表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/102

第46話 一途(二)

「私は、こんな形で稔流の命が壊されるなんて、一度も望んだことはなかった! 私が守れたはずの命を、私が守りたかった! ……もっと、あの家で一緒に暮らしたかった。稔流に、もっと友達と遊んでほしかった。大人になっていく稔流の姿を、傍で見ていたかった……!」


 さくらは、泣いていた。

 年相応の子供のように、泣きじゃくった。 


「……笑ってくれないんだね」


 稔流は、ほろ苦く微笑した。

 命を終えるには、若すぎる――幼すぎる。痛ましくて、喜ぶことなど出来ない。

 さくらを迎えに行くのも、遠い何処かへ旅立つのも、あまりにも早すぎる。


 だから、さくらは慟哭(どうこく)する。稔流の命があまりにも大切で。幸せだとは、決して言ってくれない。


「わかったよ。俺は、自分に出来ることなら全部、さくらの願いを叶えてあげたいから」

「稔流……」


 涙に濡れた長い睫毛に、涙の粒が光る。

「生きて……くれるのか?」

「さくらが、嬉しいって笑ってくれるのなら」

「……うん」


 さくらは、あどけない頬に涙を伝わせながら、笑った。

「嬉しい。だから、待ってる……ずっと」

「……!」


 稔流は、驚いた。

 背伸びをしたさくらが、赤味を|帯びた柔らかな唇を、そっと、稔流の唇に重ねたから。


 びっくりして、目を見開いて。でも、そっと目を閉じた。口移しで、ゆっくりと流れてくる《何か》。


(甘い……)


 神隠しに遭った時。そして、転校初日にさくらと走った時。

 どちらも喘息の発作を起こした時に、さくらが飲ませてくれた金色の丸い飴のようなものと、同じ味だった。

 でも、今はあの時のビー玉のようなひとつぶではなく、蜂蜜のようにとろけた液体が、稔流の喉を通って、体の中に落ちてゆく。


(さくらみたいだ)


 その甘さそのものが。優しく心と体を満たしてくれるあたたかさが。胸がキュッと締めつけられるような気持ちさえ、全てが甘く感じて。


 コク、コクと、何度も飲み込んだ。

 この真っ白な世界で、気が付かないうちに自分の存在が曖昧(あいまい)になっていたことに、気が付いた。


 稔流の体が、命が、魂が、金色の光に満ちて、自分自身の存在の形を取り戻してゆく。

 そして、今までは稔流が持っていなかった力が、確かにこの身体に宿るのを感じる――


「……私があげられるものは、これで全部だ」


 その声で、稔流は我に返った。


 さっきまで、自分は何をしていたのだろうか。

 つぶらな黒い瞳が、稔流を見つめている。近い。

 でも、もっと……


「――っ!」

 稔流は、思わず目を()らした。


 危うく、衝撃のあまりに、さくらの両肩を掴んで遠ざけそうになったのを、寸前で止めた。いつか、恥ずかしいからと慌てて身を離したら、怒っていると勘違いされて、さくらに泣きそうな顔をさせてしまったのを思い出したからだ。


「稔流、どうしたんだ?」

 目を逸らしたのに、素直な眼差しでさくらに顔を(のぞ)き込まれた。


(わあああああああ!!)


 稔流は心の中で叫んで、心の中で頭を抱えた。

「え、えっと……」

「何だ?」

「今の、……キ、……」

 たったの二文字なのに、残りの一文字を言えない。


接吻(せっぷん)のことか?」

「わ─────!!」


 稔流は、今度こそ本当に叫んだ。顔から火が出る。絶対出る。


「いくつも飴玉みたいに()めるのは大変だろうし、溶けているものを口移しにする方が、たくさん飲むにはいいと思ったのだが」

「………………」


 うん、それだけだよね……と稔流は脱力した。

 自分だけ思いきり意識して誤作動しかけたなんて、恥ずかしいし(むな)しい。


「でも、こういうことは、私は稔流にしか出来ないよ」


 稔流は、改めてさくらを見つめ返した。

 今度は、さくらの方が目を逸らして仄かに頬を染めている。


「私に出来ることは、これだけしかなかったけれども……でも、何も飲ませることがなくても、……接吻は、稔流だけだ」

「……。俺もだよ」


 稔流は、やっと微笑みを返すことが出来た。頬は火照って熱いけれども、胸の中は、甘くてあたたかい。


「これで全部だ」

 再び、さくらが言った。


「全部……?」

 稔流は、言い知れぬ不安に襲われた。

 これで全部……なんて。まるで、お別れみたいだ。


「お別れではないよ。稔流が、望まない限りは」

 さくらが、笑った。哀しそうに。罪悪感に耐えるように。


「ただ、反魂(はんこん)の術には、大きな代償が必要だ。」

「…………!」


 稔流の心臓が、ドクンと音を立てたような気がした。

 やはり、自分が死んだという感覚、命の火が尽きた感覚は、本当だった?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ