表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/102

第43話 最後の犠牲者(二)

「おい、稔流?」


 涼介、がコソッと声をかけてきた。

「大丈夫か? 雄太に頼めばどうにかなるぞ。雄太は校長よりも偉いから」

「すごい権力構造だなあ……」


 稔流は、遠い目になった。でも、

「どうにかする」

 静かだが、稔流は言い切った。


「どうやって、……」

 涼介は言いかけたが、言えなかった。

 稔流のきつね色の瞳が金色の光を帯びて、その奥に昏い炎が揺れているように見えたから。


「いつも大彦君を頼る訳にはいかないから、俺がやる」


 ――追い出されるのは、俺じゃない。

 でも、追い出すだけじゃ、意味がない――


 男子17名、女子16名。男子は5人ずつ走って最後は2人という4組。女子は4人ずつで割り切れて同じく4組。タイムは2回計って良い方を記録するというルールだ。


 稔流はざっと計算した。1回目と2回目の間に稔流が休息を取れるのは、7組分だ。

 50メートル走は、男子はかなり遅くても()()()()10秒だろう。稔流が休めるのは10掛ける7で70秒より少し長めに見積もって80秒。記録の記入時間その他を考慮しても、2分を切る。


「結構短いな……」

 稔流は2組目なので、すぐ走ることになった。一斉にスタートしたのに、あっという間に他の4人の背中が遠ざかる。


「11.5秒? 怠けるな稔流!」

 予想通り、怒声が飛ぶ。


 ふざけてなどいない。今のが全速力だった。

 稔流はあまり走ったことがないのだし、以前計ったときには12秒台だったのだから褒めてほしいくらいだ。――両親がこの場にいたなら、褒めてくれるし心から喜んでくれるだろう。


(もう、1ヶ月会ってないな……)


 両親が先に謝るべきで、赦すかどうかも決める権利は自分にあると思っている稔流と、稔流が親恋しさで会いに来るのを待とうという両親の心は、すれ違ったままだ。


(稔流、すごいぞ!頑張ったな!)


 ふと、鈴を振るような声が、聞こえたような気がした。


(でも無理は駄目だぞ。2回目は走るな。もう息が切れているんだから――)


 さくらなら、笑って褒めてくれて、そして止めてくれるだろう。

 さくらは、稔流をとても大切に思ってくれているから。

 幼い日の稔流を苦しめた河童と狐に激しく憤り、業火で燃やし尽くそうととした程に。


「稔流君」


 走って近付いて声をかけてきたのは、狭依(さより)だった。珍しい。


 稔流は、登校2日目に、スクールバスで隣の席に座るのは避けたいと伝えた。『噂』を立てられたくないから、転校生だからと特別扱いしないでほしい、学校のことなら大彦が教えてくれるから大丈夫だよ、と。


 狭依は、2人の間に縁談が持ち上がっているという噂、もしくは事実を既に知っているようだった。でも、面と向かって距離を置きたいとはっきり言われたことには、ショックを受けた様子だった。


(うん……ごめんね。噂なんて気にしないようにすればいいって思っていたけど、稔流君がイヤなら、無理に一緒に座らなくていいよ)


 きっと、本当は傷付いたのに、狭依は笑った。


(でも、友達でいてね。他の友達と同じようにするから)


 それで普通のクラスメイトになったと稔流はホッとしたのだが、その日からふたりの間には見えない壁が出来た。

 狭依は稔流を嫌いになった訳ではなさそうなのに、明らかに話しかけるのを遠慮しているし、それは稔流も同じだった。


 結局、『普通のクラスメイト』というのは、特に仲が悪くはないけど、特に親しくもない、話をするのは必要な時だけなのだと、気付かされた。


「稔流君、苦しそうだよ? もう休んで、1回目のタイムだけにしてして貰った方がいいよ」

「……どうやって?」


 稔流は、整わない息のまま――笑った。

 その瞳に、金色の光と昏い炎を宿して。


郷里(あいつ)は、俺を生かさず殺さず、苛め倒したいんだから」

 狭依は、立ち尽くした。これ以上、言葉が出てこなかった。


 ――稔流君じゃ、ない……?


「でも、()()()()()()には証人になってね、狭依さん」


 ……ううん、これが稔流君だ。本当の――――


 稔流の息が完全に整う前に、2回目がやって来た。

「稔流! ボケッとしてないで位置に付け!」

「…………」


 好きに言えばいい。

 ――だって、もう、これで()()()()()()()から。


 スタートから、稔流は少しの手抜きもなく、全力で走った。

 苦しい。ヒュウ、ヒュウ、と喉が悲鳴を上げても、最後まで走り切った。


「今度は12秒か? 本当にのろまだな」

 その侮蔑の嘲笑と、発作は同時に来た。


 稔流は、激しく咳き込んで、膝を付いた。コン、コン、コン、と狐の声のような咳が止まらない。

 呼気ばかりで、なかなか息が吸えない。


(苦しい。苦しい、苦しい――)


 ヒュウ、とやっと息を吸った。でもすぐに咳の連続になり、ドサリと地面に倒れ込んだ。


「この野郎!!」

 大彦の怒声と共に、何か重いものが倒れた音に、ズザザっと砂の上を擦ったったような音が重なった。


「おい! 誰かなっちゃん先生呼んでこい!!」

 大彦は叫ぶと、自分は校舎近くの植木へと走り、隠していたスマホで電話をかけて怒鳴った。


「豊先生呼べ! 急患だ!! すぐに小学校の校庭に来い!! はあ? 診察中? 知るか! 自分の息子が死んでもいいのかって言ってこい!!」


 天道村は救急車を呼んでも、来るのに時間がかかる。

 待っている間に、患者が息絶えてしまうことは、これまで何度も有った。


「稔流! お前の父ちゃんを呼んだ!! 来るまで頑張れ!!」


 稔流の耳に、大彦の声は聞こえたけれども、苦しみの余りに涙を伝わせながら咳き込むばかりで、返事をすることは出来なかった。


 稔流は、命の危険を垣間見ながら、ひとつの名を想った。


 ――さくら――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ