表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/102

第40話 座敷童の夢(一)

 座敷童も夢を見る。

 別に眠らなくても、人間の食べ物を(かす)め取らなくても、本当は平気だ。


 座敷童は悪戯(いたずら)が好きで、悪戯は気付かれないようにこっそりやるもので、だからこっそりと人間の輪に入るのが好き、それだけだ。

 それだけなのに、眠れば座敷童も夢を見る。どうしてなのか分からなくても。


 そう……わからない。こんな夢は、夢だ。

 夢でなければならない。

 決して、《《誰かの過去》》などであってはならない。


 夢は夢。現実ではない。

 ――――なのに、()り返し見る同じ夢は、何だというのだろう?




 ある家で、年若い妻がお産に苦しんでいた。

 夫婦仲は良く、まだ赤ん坊が腹の中にいる時から名前を考えていた。


 もし男の子だったら『太郎』。夫が考えた。素朴(そぼく)だが、長男に相応(ふさわ)しい名前だ。元気で立派(りっぱ)に育つように。


 女の子だったら『つばき』。妻が考えた。お産の予定は早春で、きっと美しい椿の花が咲いているだろうから。春の花のように、愛される美しい娘に育ってほしいと。


 お産は難産だった。

 数え十五で(とつ)ぎ、すぐに身篭もった。まだ少女である体には、新しい命を生み出すには|負担が大きかったのだ。

 長い長い苦しみの()てに、『つばき』が生まれた。


 痛々しいほどに小さく、産声もか弱かった。長引いたお産で苦しんだのは、母親だけではなく赤ん坊もまたそうだったのだ。

 小さく弱い赤ん坊は、乳を吸う力が弱く、初産(ういざん)(つか)れ切った母親も乳の出が悪く、ひと月を|待たずに小さな命は散った。


 母親は、泣いて泣いて、(のど)から血を()くほどに泣いた。


(私のせい)

(私が悪いのです)


(私の体が、幼いから)

(上手に産んであげられなかったから)


(私が『つばき』という名を付けたから)

縁起(えんぎ)の悪い名前だなんて知らなくて)


 若い夫は、初めての子を失った悲しみと共に、妻を抱き締めて(なぐさ)めた。


(------のせいではない)

(あの子は、短い間でも、俺達を幸せにしてくれた子だ)

(きっと、あの子の魂は、天神様が良い所へ連れて行って下さるに違いない)


(椿は、貴い花だ。美しい花だ)

(首から落ちるから縁起が悪いなど、それは武士が勝手に言うだけだ)


 (しゅうとめ)が言った。


(子供はまた産めばいい)


 泣いていた若い妻は、(こお)り付いた。なんて非情(ひじょう)なことを言うのか。

 しかし、姑の言葉は、姑なりの(なぐさ)めだったのだ。


 子供は簡単に死ぬ時代だった。死んでも仕方が無いと割り切らねば、生き残った者は生きてはゆけない。

 夫と妻が生きていれば、子供はまた作ることが出来る。一度身篭(みご)もったことがある若い女なら、いずれまた(はら)むだろう。


 若い妻は、もう泣くことはなくなった。涙はもう、()れていた。

 もう、子供など産みたくないと、小さく(つぶや)いた。



 それから、幾年(いくとし)かの時が過ぎた。

 ひとりの座敷童が、どこからともなく《()った》。


 その座敷童は、数え五つばかりの姿(すがた)をした童女(わらわめ)だった。

 生った時から赤地に雪輪(ゆきわ)(がら)の着物を着ていた。


 肩よりも上で、ぷつりと切り揃えられた黒髪は、可愛らしいおかっぱで、(べに)を差している訳でもないのに、その唇は花びらのように赤く、幼くもそれは美しい童女だった。


 その童女の他にも、似たような(こども)がたくさんいた。女の子だけではなく男の子もいた。

 幼い者から数え十五の成人間近(まぢか)のような者まで様々で、『名前』というものを持っている者と持っていない者がいた。


 生ったばかりの童女は、名前を問われると『つばき』と答えた。何となく、それが自分の名前であるような気がして。


 毎日楽しく遊んで()らしていたが、人間の子供にも、『つばき』と似たような子供たちには、帰って行く場所があることに気が付いた。

 自分が帰る場所がわからなかった『つばき』は、(さび)しいと思いながら神社の社殿の中で眠りに()いた。


 ある子供が教えてくれた。自分たちは座敷童と呼ばれる者たちで、人間の家や(くら)居着(いつ)くあやかしなのだと。

 『つばき』も、居着く家を探した。そして立派な家を見付けた。ひと目で気に入って、この家にしようと思って(のぞ)いてみた。


(……(かか)様)


 人間には聞こえない声が、『つばき』の唇から(こぼ)れ落ちた。


(かか)様……、私の、母様だ!)


 『つばき』は思い出した。座敷童に生る前のことを。

 『つばき』が、人間の子供だった頃のことを。


 その女性のお腹の中で、父と母の声を聞いていたことを。

 生まれてからほんの短い時間だったけれども、その腕に優しく抱かれていたことを。


 でも、『つばき』の母が(いつく)しむ眼差(まなざ)しを向けているのは、よちよち歩きの男の子だった。

 母は『太郎』と呼んでいた。何処(どこ)かで聞いたことがあるような、(なつ)かしい名前だと思った。


 『つばき』は、小さな太郎と遊ぶようになった。太郎には『つばき』が見えていたから。

 『つばき』がもし人間として生きていたなら、自分は太郎の姉で、太郎は自分の弟であることも理解していった。


 『つばき』は、小さな弟を守ってあげようと思った。

 座敷童たちは()み着いた家を気に入っており、同じ家に住む人間に気まぐれに加護(かご)を与えたり与えなかったりするが、『つばき』は迷わず太郎に加護(かご)を授けた。

 名前の通りに、元気に育って、立派に家を()ぐことが出来るようにと。


 そして、太郎が『つばき』と同じくらいの背丈に育った頃に、母が身篭(みご)もった。

 十月十日(とつきとおか)()て、生まれて来た女の赤ん坊は、まるまるとしていて、元気な産声を上げた。

 母は喜び、涙を流した。


(ああ、戻って来てくれたのね)

(もういちど、この母のところに生まれて来てくれたのね)


旦那(だんな)様、この子を『つばき』と名付けましょう)


 つばきは、立ち尽くした。

 ……どうして?

 『つばき』は私の名前なのに。


 私は、ここにいるのに。母様に見えなくても、太郎と一緒にずっとこの家にいたのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ