第34話 連れて行かれる子供
「稔流君、帰りはバスなの?」
声をかけられ、振り向いた。
女の子だった。名札を見ると『五年二組 波多々狭依』と書いてある。同じクラスだ。
今日は大彦のお陰で何人かの男子と友達になれたが、女子と話すのは初めてだ。
「うん。朝は始めに保護者と一緒に職員室に行くようにって言われてたから」
大体は、両親が揃っていれば、保護者イコール父か母が同伴だと思う。
でも、稔流の両親は変に気を遣って、稔流に無理強いしないように、稔流から会いたいと思うようになるまで待とうと思っているらしい。
稔流は、両親を責めたい訳ではないのだが、それだけはどうもカチンと来てしまうのだ。
どうして、傷付けられた側の稔流の方から、会いたいと思って会いに行くと思っているのだろう?子供は、親を恋しがって折れるものだと舐めているのだろうか。
「ったく、気を遣う方向が違うんだよ」
「何か言った?」
「あ、独り言。気にしないで」
うっかり声に出てしまった。今日は失言が多い。
以前の自分はこんなんじゃなかったのにな、と稔流は思った。前の学校では、公私認める『おとなしい子』『物静かな子』だったのに。
自分が変わってしまったのは、さくらや曾祖母には正直でいられる生活に慣れてしまったからだろうか。
それとも、ズバズバと本質を突き、容赦無い物言いをするさくらの話し方が、移ってしまったのだろうか?
――――否、それは無い。無いことにしないとさくらが怒る。
「私も同じバスなの。稔流君の家の近くだから」
天道村の常識:近所=半径1キロ以内。
だが、この場合は村の外でも常識的な距離だという事に稔流は気付いた。
「あの、お悔やみ申し上げます」
善郎さんが居た家……あやめという座敷童が居た家。
「お葬式にも行けなくて、すみませんでした」
深々と頭を下げると、狭依は困ったように微笑んだ。
「気にしないで。この村では、子供がお葬式に行くのは良くないって言われているから」
「……?騒ぐから?」
「ううん」
狭依は、小さい声で答えた。
「10歳に届かない子供は『連れて行かれる』から……神隠しと同じ」
稔流は、驚いた。死者に連れて行かれるのも、神隠しに遭う子供も、10歳に届かない――9歳までの子供だと、狭依は言ったのだ。
「俺は10歳だけど?」
「うん。10歳になれば、神隠しには遭わないの。昔は数え年だったみたいだけれど、今はお誕生日の10歳。でも、天道村は神様への信仰が強いから、死は『穢れ』で、出来るだけ避けた方がいいって言われているの。私は、善郎おじいちゃんと同じ家に住んでいたから10歳でお別れできたけど、お葬式はどこも大人だけよ。『穢れない』のは、お寺の家柄の比良っていう名字の人達だけ」
(――――どうして、今なら村に行ってもいいんだろう?)
(5年もの間、多分わざと、村から遠ざかっていたのに)
(お父さんとお母さんは、一体何を避けていたんだろう?特に、お母さんは……)
一体、何を怖がって、何から俺を守ろうとしていたんだろう――――?
稔流の中で、やっとパズルのピースが埋まった。
数え十に届かない子供は、別の世界へ連れて行かれる。
稔流は満10歳になったから、もう神隠しには遭わない。だから、両親は『みのり』の遺骨と共に、天道村に定住する話を承諾したのだ。
そして、父よりも母の方が、より強く天道村を避けていた理由は……
――――『みのり』みたいに、俺までいなくなってしまうかもしれないって、怖かったんだ――――
河童に攫われた時、祖母がきゅうりとナスを取りに行っていたので、稔流はひとりだった。
母も、何かしらの理由でその場には居なかった。まだ5歳の子供を、ひとりにしてしまった。
偶然、大人全員の目が離れた僅かな時間に、稔流の姿は消えてしまった。そして、一週間帰って来なかった。
――――お母さんは、神隠しのことも、自分が悪かったと思っているんだ――――
誰の所為でもないのに。
神隠しなんて、もう伝説とか昔話とか、その程度のものになっていたのに。
家に鍵をかける習慣がないくらい、村人達はお互いを信頼しているし、信頼を失った者は、最悪村八分になるという縛りもあるから、人攫いなど起こるはずがない。
起こるはずがないから、小学生は登下校中も名札を付けている。
神隠しは、妖怪や神の気紛れだ。人間の善悪とは関係ないのに。
「稔流君、どうしたの?具合悪い?」
狭依の声で我に返った。
「大丈夫だよ。……少し考え事をしてただけ」
「あまり気にしないでね。……たっくんのこと」
たっくん?って誰?と思ったが、すぐに解決した。
「ああ、二の分家の?『たくくん』じゃ呼びづらいね」
「ちっちゃい頃から、みんなそう呼んでるの。あの……たっくんも、反省してると思う。だから……」
「だから何?」
稔流が静かに問い返すと、狭依が微かにびくっとした。
多分、優しい子なんだろうなと稔流は思った。でも、また稔流が拓を追い詰めるかもしれないと思われているのは、悪者扱いのようで微妙にイラッとする。
「もう終わった話だよ。今の話もお終い」
と本当に終わらせたのだが、
「おい、稔流」
「さ……」
じゃない。心の声で言い直した。
(さくら、どうかした?)
「どうかしたかどうかは、自分の目で確かめろ」
始業式の後に稔流を待っていたさくらだが、テスト中は退屈だったのか、稔流のランドセルからむすびを竹筒に回収すると、(三階の)窓から出て行ってしまった。
さすがに心配していたのだが、さくらはいつの間にか稔流の隣にいる。
稔流は、さくらが言った通りにチラリと周囲の様子を伺った。……時に、同じ年頃の子供達のほぼ全員と目が合ってしまった。
羨望と興味と二種類の視線が、稔流に向けられている。結構露骨なのに、今まで気が付かなかった方がおかしいくらいだ。