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第31話 狐の子(一)

 天道小学校の児童の登下校は三種類。徒歩、スクールバス、自家用車等の送迎(そうげい)だ。

 稔流はスクールバスを利用することになっていたが、初日なので祖父の軽トラックに乗って登校した。


「天道小学校にようこそ!宇賀田稔流君だね!」


 担任は、長身と言うよりも大柄(おおがら)という印象で、新興宗教の勧誘みたいに胡散臭(うさんくさ)い感じだなあ…と思った。

 そして、祖父も気付いていないようだったが、この教師も稔流の首に『細長い狐みたいな何か』がくっ付いているのは見えていないようだ。


「はじめまして。よろしくお願いします」

 稔流はおっとりと挨拶(あいさつ)をした。前の学校では素でこんな感じだったのだが、今は何だか処世術(しょせいじゅつ)の演技みたいな気分だ。


「先生、こちらが先日稔流の父がお話ししました診断書です。稔流は喘息の発作(ほっさ)を起こすことがありますので、無理のないようにお願いします」


 祖父は丁寧(ていねい)に頭を下げたが、教師は診断書の封筒(ふうとう)を受け取ると、中身を確認することもなく少し散らかっている雰囲気の机の上に置いた。……後で見るのかな?と稔流はチラリと視線をやった。


「まあまあ、この村は自然に(めぐ)まれていて空気も綺麗ですからね、すぐに治りますよ!」

 心配顔の祖父に、教師は豪快(ごうかい)に笑って言った。


 ……すぐに?と稔流は不信感を覚えた。

 医者である稔流の父ですら、治る「かも」しれないとしか言っていないのに、軽はずみだ。

 楽天的な性格で、(はげ)ましてくれているのだろうか?それとも、ただの脳筋なのだろうか?


「少しは運動した方がいいぞ!これから一緒に頑張(がんば)ろうな、稔流!」

 体育会系のノリで背中をバンバンされた。その勢いで小柄(こがら)な稔流は前のめりにすっ転んで、丸くなってくれたむすびをうつ()せ用(まくら)にしながら思った。


 脳筋だ……担任ガチャ外した……



「よーし、みんな元気に全員(そろ)ったな!今日は転入生を紹介(しょうかい)するぞ」


 担任が黒板にでかでかと稔流の名前を書いている間に、稔流はざっと教室を確認した。むすびはランドセルに入れてあるので、誰にも見えない。


 秘境の村なら、全校全学年合わせて子供の数が一桁(ひとけた)でもおかしくないのに、この学校は1学年3クラスあるという。

 稔流も(おどろ)いたのだが、天道村は秘境であっても過疎(かそ)は問題になっていないのだ。


 この村は、陸の孤島(ことう)であるが(ゆえ)に、自給自足の歴史が長い。不景気で世の中が(しず)んでも、この村にいれば住むのにも食べるのに困ることはないので、《外》に出て行っても戻ってくる者は(めずら)しくないそうだ。


 今、稔流の視界には女子14人、男子16人が座っているのだから、思っていたよりも多い。

 稔流が転入してきたので、男子は17人になり、クラス全員を合わせると31名だ。


 うわぁ、と稔流は頭の中で(ひと)りごちた。

 男子だけでもクラス全員でも、どっちも素数じゃん。これ「2人組作ってー」とかいう時絶対(あま)るやつ。


(出来るだけ(えら)そうな自己紹介でもしてやれ)


 稔流は、さくらの声を思い出した。だから、偉そうな感じに自己紹介をした。


「宇賀田稔流です。村長の鳥海さんから頼まれて、父が天道村のお医者さんになったので一緒に帰ってきました。村の人なら知ってると思うけど、髪の毛は地毛です。目もカラコンじゃありません。よろしくお願いします」


 稔流は、短い自己紹介の中に、代々村の(おさ)だという『鳥海本家の当主に(まね)かれた』父は『この村唯一の医師』で、一緒に『帰って来た』。

 そして『宇賀田本家の髪色と瞳の色』、合わせて四つの上級村民キーワードを入れた。


 村の情報網は速い。

 ルーツは天道村の名家の直系だが、都会から来た客人(まれびと)でもある、という微妙な立場の転校生が来ることは、この場にいる全員の子供は知っている。


 だが、客人は()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 普通の判断力を持っていれば、この四つのキーワードを持つ稔流に、わざわざ意地悪を仕掛(しか)けてくる子供はいないはずだ。…にもかかわらず、


「しつもーん!」

 ひとりの男子が手を挙げた。


「神隠しって、どんな感じですかー?」


 一瞬、クラスが声もなくざわめいたような気配がした。

 緊張(きんちょう)と、隠せない興味。祖父が言っていた通りだ。


 仕掛けてくる者がいるとすれば――――稔流が新入りのうちに、クラスの下位カーストに突き落としたい奴だ。


「知りません」


 そう言えと、祖父が言った通りに答えた。

 《神隠し》に()った子供の(ほとん)どは戻って来ない。何故なら、本当は何らかの事故で死んでしまったと考えるのが妥当(だとう)だからだ。


 でも、()()()《神隠し》なのであれば、その子供は神様に気に入られて《神様の子》になったか、妖怪の悪戯(いたずら)(さら)われたまま『こちら側』に帰って来られなくなったか、どちらかだと。


 稔流は、実際に後者になりかけた。でも、さくらという小さな神様が助けにきてくれたから、戻ってくることが出来た。

 稔流のように帰って来ることが出来た子供は、長い歴史を持つ村の伝承(でんしょう)でも手の指の数で足りるという。


 そして、ごく(まれ)に神隠しから戻ってくることが出来た子供については、二種類の極端(きょくたん)な伝承がある。


 一 神様が再び村の(ため)に帰した《した『(さいわ)いを呼ぶ子供』

 二 神か妖怪に(たた)られた『災いを呼ぶ子供』


 神隠しのことを持ち出したのなら、相手は稔流を『災いを呼ぶ子供』にしたいのだろう。


「でもさー、行方不明になったよな?大人がみんなして(さわ)いで、山とか川とか探しに行ってさあ」

「以前、《僕》が天道村に来たのは5歳の時なので、覚えていません」

「えー?1週間くらい帰れなかったじゃん。そういうのって《神隠し》って言うんだよ」

「…………」


()められるな。本家として人の上に立つ義務を果たせ)

(心優しい貴種は(つぶ)される)


 ……ごめんね、さくら。

 俺は元々、心優しくないんだよ――――


「神隠しって何だ?稔流は小さい時に行方不明になったのか?」

 担任は、この場の緊迫感(きんぱくかん)に気付いてないらしい。


 稔流は、にこりと笑って担任に言った。

「先生。これは村の人だけの話です。《外》に帰る人は、知らない方がいいですよ」


 そして、神隠しの質問をした男子を見て、稔流はきょとんとして小首を(かし)げた。


「名前、教えてくれる?」

「え?宇賀田(たく)だけど……」

「そう。拓君も宇賀田なんだね」


 稔流は、(たく)という少年の目を見て、――――笑った。

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