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第29話 学校に行きたくない(二)

 (もっと)も、さくらが言うには

「村八分になるだけの理由もあるのだぞ?」

ということらしいが。


「意地悪をする側の理由なんて、いくらでも勝手に付けられるじゃないか。だだでさえ、新入りは立場が弱いのに」

警戒(けいかい)しているんだよ。この村は元々(かく)れ里だからな。移住希望者が下見に来たら、それは親切に歓迎(かんげい)されたのに、住んでみたら違ったとよく言うが、住むならもう()()()()()()()んだよ。新入りとは、隠れ里の平安を乱しかねない『異物』だ。(ごう)に入れば郷に従えだ。この村での礼儀や義務について、自ら頭を下げて教えを()うくらいでないとやっていけぬよ。実際、上手くやって居着いている者もいる」

「…………」


 稔流は(だま)った。

 だから田舎は面倒なんだよなぁ、と思いつつも、さくらと言い争いたくないし、今気になるのは稔流自身が学校で『学校八分』にならない方法だ。


 子供達の閉鎖(へいさ)性も高いが、教員も曰く付きが多い。

 天道村立天道小学校、及び中学校は秘境に位置する為、他校で問題を起こした教員が左遷(させん)で飛ばされてくるのだ。


 良い先生は冤罪(えんざい)か、新人や正規採用待ちの嘱託(しょくたく)という、勤務地をほぼ選べない教員だ。


「何その令和版島流し……」

「あまり気に病むな。流刑(るけい)になった分際(ぶんざい)で、ここでも問題を起こすようなら鳥海が動く」


 村の王・鳥海さんが県庁にコネを持っているので、問題のある教師は大抵1年で別の流刑地に異動になるらしい。

 でも、後任がよりましかどうかはわからないし、結局は担任ガチャで当たりを引くことを祈るしかない。


「稔流の場合、宇賀田本家の直系という貴種(きしゅ)と見なされるか、客人(まれびと)として(むか)えられるか、どちらになるかは行ってみないとわからないな」

「まれびと、って?」

「文字通りの客というよりも、この村の感覚では《外》という異界からの来訪者だ。天神様と宇迦(うか)の姫神様の神域の向こう側からやって来る者を、客人(まれびと)と呼ぶ」

「異界……。3年早く厨二病を発症しそうなんだけど」


 ちゅうにびょう?とさくらは小首を(かし)げたが、説明を続けてくれた。


「村人の、客人(まれびと)に対する感情は、複雑なものなんだよ。ここは奥まった土地だから、珍しいものや便利なもの、新しい知識などありがたいものをもたらす者は《外》からやって来る。一方で、村人にはどうしようもない、厄介(やっかい)な災いを連れてくるのも、客人だ」

「災い?」

「一番の災いは、(やまい)だよ。流行病(はやりやまい)は、必ず外からやって来る」

「あ……」


 さくらが「子供は簡単に死ぬ」そして「どの墓も当歳(とうさい)だらけだ」と言った墓園を思い出した。


「この村も、人口が三割以上死ぬほどの災厄に見舞われた事があるし、もっと小さな集落ならたった一度の流行病で全滅することもある。病ほど恐ろしいものは、そうそうないんだよ。今は車で2時間ほど走れば大きい病院に行けるようになったけれども……それでも、客人(まれびと)が何らかの災いを連れて来るという怖れは、この村に()み込んだままだ」

「…………」


 村に医療を、という志でこの村へ行くことを選んだ父。

 幼くして命を散らせた、その魂から()ったという、座敷童――――


 怖れも、悲しみも、この村では迷信ではないのだ。


「だから、稔流は客人になるな。子供は残酷だ。《外》から突然やってきた本家の血筋という両極端をどう扱うか、楽しみにしているだろうよ」


 うわあ。心からイヤだ。やっぱり学校行きたくない。


「策はあるから安心しろ。稔流の『(きつね)の子』の見かけを利用して、宇賀田の頂点だと見せつけてやれ」


 稔流が河童や狐に気に入られて(さら)われたのは、稔流の髪と瞳がきつね色であったからだ。

 このように色素の薄い者は『狐の子』と呼ばれ、どういう訳か宇賀田の一族、それも本家に近い血筋にだけ現れるのだという。


「稔流が思うより、本家の家格はまさに別格なんだよ。宇賀田に限らず、鳥海も波多々(はたた)比良(ひら)も同じだ。宇賀田の本家は、つい最近まで稔流の爺様で絶えると思われて、分家が出しゃばる危うい立場だったが、豊と稔流が来てから風向きが変わった。だから、稔流は堂々としていればいい。出来るだけ偉そうな自己紹介でもしてやれ。対等になろうなどと思うな。()められるな。本家として、人の上に立つ義務を果たせ。心優しい貴種は(つぶ)される」

「…………」


 さくらは、まだ稔流のことを心優しいと言うのだと、稔流は苦笑した。

 さくらにとってだけ、優しい自分でいられれば、それでいい。



 久し振りに聞く目覚まし時計の音に目を覚ますと、いつもは稔流の隣に転がっているさくらの姿が消えていた。学校に行く前に、少しだけ(はげ)まして貰いたかったのに。


 布団を(たた)んで着替えると、どこからか毛並みのいい細長いものが飛んで来て、ぷらーんと稔流の首にぶら下がった。


「あれ?むすび。さくらと一緒じゃないの?」

「あら、ひとりで早起き出来たんだねえ。偉いねえ」


 ひとりでむすびに話しかけていたら、背後から曾祖母に話しかけられたので、稔流は驚いてぐるんと振り返った。

「えっと……ひとりで起きるって、当たり前じゃない?」


 親に(たた)き起こされる子供がどのくらいいるのか知らないけれども、父が倒れる前は共働きで朝は忙しく、稔流がうっかり寝坊して気付いた時にはもうテレビが朝の連ドラ、というのを一回やらかしてからは、絶対に寝過ごさないように心がけている。


「当たり前のことを当たり前に出来るのが、一番偉いことだよ。新しいことが出来た時しか()めなかったら、大人は(しか)るばっかりになる。大人も子供も悲しくなってしまうよ」

「…………」

「何かして貰ったら、ありがとうって言うのに似てるかもねえ。当たり前になったからってお礼を言わなくなったら、幸せが見えなくなってしまうからね」

「…………」


そんな考え方もあるのかと、稔流は新鮮な思いがした。


(当たり前だ)


 昨夜のさくらのぶっきらぼうな返事を思い出した。それでいて、照れていたことも。

 さくらが、稔流を大切に思うのは当たり前。稔流も、さくらを大切に思うのは当たり前。


 それは嬉しくて幸せなことだから、いつでも、何度でも、()り返し、伝えたい。

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