第28話 学校に行きたくない(一)
天道村の学校の夏休みは短い。8月下旬から登校日となる。
代わりに、寒い時期が長く雪深いので、冬休みが長い。
「稔流。あからさまに気怠いな」
「うん……学校、行きたくない……めんどくさい……」
稔流は、座布団を枕代わりにしてうつ伏せに寝たままぼやいた。
「今のところ、学校の噂って、悪い話しか聞いてないんだよ……」
「田舎なんだから諦めろ」
とさくらは素っ気ないが、
「稔流はウッカリ我慢しすぎるからな。居心地が悪いようなら、さっさと不登校とやらをやればいい。母様は騒ぐだろうし父様と爺様と婆様は困って心配するだろうが、ひい婆様ならいつも通りにふわふわした感じで匿ってくれるだろうよ。そうすれば、私は一日中稔流と遊べる」
「…………」
さくらは稔流が学校に行くように励ましているのか、本当に一日中稔流と遊ぶ方が本命なのか、どっちなのだろうか。
稔流は、盆の入りからずっと、曾祖母が住まう古民家の方で過ごしている。一日中遊べると言うさくらだが、気が付けばその辺に転がって昼寝をしていたり、ふらりと出掛けていなくなったりするので、その間の稔流は暇だ。
祖父母が時折様子を見に来るので、取り敢えずスマートフォンとノートパソコン関係一式、引っ越し前の学校や塾で使っていた教科書を持って来て貰った。
持って来て貰ってから、思った。……これって、ほぼ机の上にあったか引き出しに入っていたものなのでは?
いっそ机ごと持って来て貰えばよかったと思ったが、そうすると稔流は本格的に曾祖母の家に居座ることになる。
イコール、両親との別居だ。実は、あの墓参りの日から稔流は両親に会っていないので、居場所は同じ敷地内でも家出状態が続いている。
曾祖母は今のところ何も言わずに稔流をこの家に置いてくれているが、稔流と両親の亀裂を内心どう思っているのかはわからない。
心配をかけているのならば、稔流は新しい母屋に戻って、両親に謝るべきではないのか。
「……って、そういうの、止めたんじゃん俺!」
傷付いたのは、稔流の方だ。なのに、何故子供が先に折れて、親という大人に気を遣ってあげなければいけないのだろうか?
「何のことだ?」
さくらが不思議そうに問う。
稔流が天道村に引っ越してくることになった経緯は、さくらは稔流が何も言わなくても知っていたようだったが、稔流視点の事情は誰にも話していなかった事に気付いた。
――――さくらには、話してみたい。
ただ、聞いて欲しいと、稔流は思った。大人には、もう言っても何もかも遅くても。
「……俺はね、本当は東京を離れるのが嫌だったんだ。もう5年生だから前の学校の友達と一緒に過ごして、一緒に卒業したかったんだ。周りに釣られて塾に入って中学受験の勉強をしていたけど、一所懸命努力していたのは本当の事だから、本命の学校の入試に挑戦してみたかったんだ。でも……」
父は天道村行きをひとりで決めてしまったし、母は稔流の事情を考慮すべきだったと思いつつも、本音では天道村に付いて行きたいと思っていた。――みのりと一緒に。
(俺だけ我慢すれば、諦めれば、みんな喜ぶんだ)
稔流が「高校と大学は好きな所を選ばせて」と言って事を収めたのは、いずれまた家族3人で東京で暮らす日々に戻れると思っていたからだ。
でも、それは稔流ひとりの思い込みいでしかなかった。
十年手元に置いていたみのりの遺骨を天道村の墓に入れ、両親もまたこの村に骨を埋めることを決めていたなんて、稔流は聞かされていなかった。
この村に高校が無い以上、稔流は中学卒業後は下宿住まいか独り暮らしをすることとなり、それがそのまま両親との別れの時になる……だなんて。
何も知らないまま、知らされないまま、稔流だけが自分の望みを諦めて、この村に来てしまった――――
「良くないぞ」
と、さくらは言った。
「全然良くない!稔流は、自分ひとりが心を閉じ込めめれば丸く収まると思ったのか?そんなの、全然丸くない!稔流のところだけ大穴だ!誰も気が付かない、稔流も自分で気付いていない、そんなの、全然、ちっとも、良くないぞ!!」
憤然とした声と共に、稔流はごろんと仰向けにひっくり返された。
「私は、稔流以外の全員に穴が空いていても、稔流だけは笑っていて欲しい。ああ、私は穴など空けないぞ。私が私の心を殺したら、稔流が悲しむだろう?」
すぐ真上からさくらのが稔流の顔が見下ろすので、真っ白な髪の毛がさらりと稔流の頬を撫でた。近い。
「スイカでも食べるか?」
「もう歯を磨いたよ!!」
自分だけ顔が真っ赤になるのが恥ずかしい。でも、嬉しかった。
「うん……。今は知ってるよ。俺が俺の心を殺したら、さくらが悲しくなるんだ。さくらは、俺のことを大切に思ってくれてるから」
「……当たり前だ」
ぷい、とさくらがそっぽを向いたので、稔流はクスリと笑った。
「さくらの言う通りだよ。当たり前だから、俺は我が侭になったんだよ」
稔流がこの家に留まっていることについて、曾祖母がどう思っているかは、明日直接聞いてみよう。もう、曾祖母はいつも通り8時前には寝てしまったから。
明日は学校に行こう。勇気を出して。
そう、我慢はしなくても、勇気は必要なのだ。
天道小学校の児童達は、みな幼稚園・保育園時代からほぼ同じメンバーで、中学校も村に一つしかない。実質幼保小中一貫校という、とんでもなく閉じられた世界に暮らしている。
余所者は肩身が狭く、大自然に囲まれた農村に夢を持ってやって来た人々の多くは、馴染むことが出来ずに村八分にされ、心折れて去って行くのだという。怖。