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第14話 約束

 格好悪い。花婿さんになると言ったのに。大人になれば、泣き虫ではなくなるのだろうか。


「よくないよ!さくらは、ちっともわがままいってくれない!はなよめさんをみて、いいなっていったのに」


 稔流は、もう気付いていた。

 さくらが言っていた『いいもの』とは、綺麗な虹よりも、花嫁と結婚式のことだったのだ。


「ぼくは、おとなになっても、さくらがみえるぼくでいる。みえなくても、みえるまでさがすよ。さくらって、なまえをよんで、さがすから。ぜったいに、さくらをむかえにいくから…むかえにいくって、《やくそく》するから…っ」


 さくらは、何も言わずに稔流を見つめていた。つぶらな黒い瞳を、少し見開いて。

 

「だから……さくら。ぼくがおとなになったら、ぼくのはなよめさんになって!ぼくは、はなよめさんは、さくらがいい!!」


 しゃらん、しゃらん、しゃらん……

 しゃらん、しゃらん、しゃららん……


「……大人になれない花嫁でも?」

「いい。ぼくは、さくらじゃなきゃイヤだ」

「我が侭だな」


 しゃらん、しゃらん、しゃらん……

 しゃらん、しゃらん、しゃららん……


 鈴の音が、遠ざかってゆく。いつの間にか、雨は上がっていた。


「でも、その我が侭は悪くない」

 さくらは、くすりと笑った。


「……いいよ。稔流が大人になったら、私を迎えに来て。迎えに来てくれたら、私は子供の姿の花嫁さんになるよ」

「それ……やくそく?」

「うん。《約束》だ。私は、稔流を待ってる……ずっと」


 そう言ったさくらの笑顔は、あどけなく、とても幸せそうで。なのに、


「でも、この約束は、忘れてもいい。子供はよく覚え、よく忘れるものだ」

「わすれないよ!やくそくは、まもらなきゃ『うそ』なんだから。ぼくは、うそなんかつかない!」

「知っているよ。稔流は嘘を()いてはいない」

「じゃあ、しんじてよ!ぜったい、さくらをむかえにいく!さくらを、ぼくのはなよめさんにする!ぼくがおとなになったら、けっこんしてよ、さくら!」


 そう叫んだ時、やわらかな風が吹いた。

 きらきらと、朝日に舞う粉雪のような光が、ふわりとさくらの体を包み込んだ。


「さくら……?」


 きらきら、光が舞い落ち地面に吸い込まれて、雪の糸のような髪がさらりとさくらの肩を撫でた。


「何だ……?髪が伸びたのか。わざわざ切り揃えなくても、ずっと同じ便利なおかっぱだったのに」

「えぇと、髪の毛だけじゃないよ?」


 見かけの年頃なら、5,6歳だろうか。

 稔流の前に立っていたのは、稔流よりも背が高い少女だった。 深紅だった着物は白地のものに変わり、紅い帯が蝶々(ちょうちょう)に結ばれている。


「さくらって、おとなになれないんじゃなかったの?」

「なれない。それより稔流、少し小さくなってないか?」

「ちがうってば!ぼくはちいさいまんまだけど、さくらがすこしおとなになったんだよ!」

「……白い着物か。私は、《《赤い座敷童》》ではないのか……?」


 稔流には意味が分からなかったが、さくらの独り言だったのだろう。

 さくらは、白い着物の(たもと)(すそ)を見た。赤い椿の柄があしらわれている。そして、稔流よりも一回り大きくなった白い手で、白い髪に触れた。


「椿からは、逃れられないか。やはり、これは、--------」


 伏し目がちに言った言葉の最後は、聞き取れなかった。小さな声は愁いを帯びていて、稔流は心配になった。


「さくら、おおきくなったの、イヤなの?」

「イヤではないよ。でも、驚いた。やっぱり、稔流は私の特別だ。長い時を渡ってきたけれども、成長したのは初めてだから」


 まだ子供の姿で、でも確かに少し成長した姿の、美しい少女が笑った。

「心配しなくていいし、落ち込むな。背丈なら、すぐに稔流が追い越すのだから」

「そうかなあ……。ぼく、なかなかおおきくなれないんだよ」

「なれるよ。稔流の両親も、どちらも背は高めだろう?子は親に似る。すぐに追い着く」


(すぐに、おいつく)

(すぐに、おいこす)


 幻の様に響く声に、稔流の意識は遠のいた。


 うつらうつら、眠っていたのだろう。とても聞き慣れた、でも初めて聞く必死さで稔流の名を呼ぶ声に、うっすらと目を開けた。


「おか……さん……?」


 目を(こす)りながら身を起こすと、そこは古い家の濡れ縁だった。

 少し肌寒い。あの、白いもふもふの毛皮みたいな袢纏(はんてん)は、どこに行ったのだろう?


「稔流……稔流。よかった、稔流……!」

 稔流の小さな体をぎゅっと抱き締めて、母は泣いた。


「心配したのよ。(さが)しても捜しても、ずっと見付からなくて……」

「……ごめんなさい」


 稔流が一晩帰って来られなかったのは、河童に攫われて、河童も狐も稔流を帰してくれなかったからで、稔流の所為(せい)ではない。

でも、母がこんなに泣くのなら、自分が謝らなければならないと、稔流は思った。


「1週間も見付からなくて、もう帰ってこないんじゃないかって……」


 稔流は驚いた。1週間なんて知らない。一晩帰れなかったけれども、さくらが助けにきてくれて、夜明けに『狐の嫁入り』を一緒に見たのに。


 でも、本当に1週間戻らなかったから、母はこんなに泣いて、隠していた事を無意識に口にしてしまったのだ。


()()()()()()()()()()()()()()んじゃないかって……!」


 みのり。

 初めて聞いた。稔流によく似た響きの名前を。


 双子だったのに、産まれてきたのに生きてはいなかった、産声を上げることなく逝ってしまった、妹の名前を。

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