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第12話 春の花

 夜の闇でも淡く光を帯びて続いてゆく、不思議な道。


「まほうみたい……」

「海の向こうの国の術か。でも、これは人間には使えない術だよ。私がいるから通してやれる」


 人間ではない、妖怪だと自ら言うこの少女を、どう思えばいいのだろう?


「なまえ、きいてもいい?……いいたくないなら、いわないで」

「その歳で、気遣(きづか)いが()ぎるぞ?子供ならばもっと()(まま)になっていいものを」

「…………」


 不思議な気持ちがした。我が侭になっていいなんて、稔流は初めて聞いたから。


(わがままをいうのは、わるいこ)

(わがままをいわないのが、いいこ)


 ――――いいこじゃないと、おかあさんがこまるんだ。

 おとうさんもこまるし、ほいくえんのせんせいもこまるんだ――――


「名は無いよ。だから『なし』と呼ばれている」

「え……?」

「呼びたければ、なしと呼べばいい。それで通じる」


 ………どうして。

 稔流は、泣きたくなった。

 泣かないように、我慢(がまん)した。


 どうして、この子には親がいないのだろう?名前さえ無いのだろう?

 どうして――――


「稔流、そんな顔をしないで。名を付けてやると言われたことが有ったのだけれども、私が断っただけだ」

「どうして?いやだったの?」

「……椿(つばき)の花は、嫌いだ」


 椿。稔流は気付いた。白い髪に(かざ)られている、赤い花のことだろうか。


「早春……早い春と言われているけれども、冬に咲く花だ。私が雪の上で目が覚めた時から、私は子供なのにどうしてか髪は真っ白で、この赤い椿がくっついていた。気に入らなくて(むし)って捨てても、すぐまた咲いてくる。理由は私も知らない」


 口調は淡々としていたけれども、それが稔流には返って悲しくて、胸が痛いと思った。

 どうして椿の花が嫌いなのか……なんて、もう聞けない。

 それに、椿をそんな風に言うのなら、わかる。


「ゆきや、ふゆも、きらい?」

「あまり好きではないな」

「……ごめんなさい」


 稔流は(あやま)った。(ひど)いことを言ってしまったと思った。

 悪気は無くても。本当に綺麗だと思ったからそう言ったのであっても。

 この少女を傷付けてしまったのなら、全部自分が悪くてもいいと思った。


(ゆきの、いとみたい)


「謝らなくていい。《雪の糸》は気に入ったよ。……とても。稔流の心みたいに、綺麗な言葉だ」


 心は、目に見えない。綺麗な心とは、どんな色をしているのだろう?

 心臓なら、見えなくてもどきどきすればそこにあるとわかるけれども、自分の心なのにどこにあるのかもわからなくて。


 ――――ほんとうに、きれいだったらいいのに。

 このこが、ぼくのこころを、きれいだとおもっているのなら――――


「年寄りの(ばばあ)みたいな白髪(しらが)だと言われたら、いくら稔流でもデコピンのひとつでもくれてやろうかと思ったかも知れないが」

「いわないよ!おばあちゃんじゃないし、しろいかみとしらがは、なんかちがうんだよ。おなじじゃないよ!」

「ふふっ、稔流がそう言うのなら、そうなのだろうな。……ありがとう。綺麗なものに例えてくれて」

「…………」


 お礼を言われただけなのに、照れてしまうのはどうしてなのだろう?


「ねえ、-------」

 稔流は(となり)の少女に話しかけようとして、言葉に()まった。


(なし)


 なし、と呼びたくなかった。

 自分が『なし』と呼ばれたら、どんな気持ちになるだろう?

 自分には名前がなくて、誰も自分の名前を呼んではくれなかったなら…?

 この世界に、稔流という名前がなかったなら……


 自分が誰なのか、わからなくなってしまう。

 自分が、どこかへ消えてしまう。

 そんな気がして。


「どうした?」

「なし、って……よびたくないよ」

「私は平気だぞ」


 どうして、このこは、あたりまえのことみたいにいうんだろう?


「でも、なしなんて、かなしいよ」


 わがままじゃないのは、このこだ。

 へいきになってしまうくらいに、()()()()()()()()()のは、このこなのに。


「ぼくが、なまえをつけてもいい?」


 嫌だと言われてしまったら、自分はとても傷付くだろうと稔流は思った。

 だから、嫌だって、いわないで。どうか。


「いいよ。稔流が呼びたいように呼べばいい」

「ぼくだけじゃ、だめだよ。-----が、…」


 このこも、すきななまえじゃなきゃ、だめなんだ。

 このこが、よろこんでくれるなまえが、いいんだ。


「……はるは、すき?」

(あたた)かければ嫌いではないな」

「じゃあ、はるのおはななら、いい?」


 きらきらした真っ白な髪で、赤い椿は嫌いでも赤い着物はよく似合っていて、とても綺麗な女の子。

 だから、雪の白に、少しだけ花の赤を()ぜた色の…


「さくら……」


 真っ先に思い付いたのは、日本中の人々がその花の(おとず)れを待つ、愛される花の名前だった。満開になったなら、目を(うば)われるように美しい、春の花。


「さくらのはなは、きらい?」

「桜の花……?」

 少女は、少し(おどろ)いた顔をした。そして、ふわりと笑った。


「……好きだよ」


 心臓が、()ねた。

 この子が好きだと言ったのは桜の花。

 稔流のことを言ったわけではないのに。


「なまえ、さくら、でいい?」

「……いいよ」

「がまんしちゃ、だめだよ?」

「していないよ」


 白い髪の少女が、手を(つな)いだままくるりと稔流の正面に来たので、ふたりは向かい合った。

「嬉しいよ。春に咲く、一番綺麗な花だ。これからは、名を聞かれたら《さくら》と答えるよ」


《さくら》は本当に嬉しそうに言った。

「私はもう、なしじゃない。稔流がくれた名前、大切にするよ」

「うん……さくら」


 稔流も嬉しかった。

 何かを諦めていた、我が侭を言わない小さな女の子に、大切だと言って貰えるものをひとつプレゼントすることが出来て。


「もう、夜が明けたな」

「え……?」


 見上げれば、いつの間にか(つた)のトンネルは消えていた。

 少しけぶった空は昼の空よりも暗いのに、何故か光が満ちているようで(まぶ)しく思えた。


「早く帰った方がいいのだが……、この天気ならいいものが見られるよ。少し寄り道しなければならないが、どうする?稔流が帰りたいなら……」

「みたい!いく!」


 本当は、もう(つか)れ切っている。でも、さくらが言う「いいもの」を見てみたかった。

 まだ、その手を(つな)いだままでいたかった。

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