7.イクスブルク領騎士団第2騎士隊
「イクスブルク領騎士団第2騎士隊、整列!!」
第二騎士隊オルドリン隊長の号令の下、第2騎士隊の騎士達が整列した。
「本日の辺境の大型魔獣出没の探索であるが、魔獣の調査なので、できる限り新人を起用したい。無理強いはしないが、希望がある者がいたら名乗り出てくれ。」
無理強いされなくても私は率先して名乗り出る。ここまで私は何の為に鍛え上げてきたのだ。イクスブルク領の平和を守りたくて、学院では剣と魔法を鍛えてきたのだ。
剣には自信がある。魔法はそこそこではあったが・・・ 覚えられたのは身体強化魔法のみであった。魔法など、魔法円を記憶させた魔石を装着した腕輪を装備していれば、魔石に魔力を注ぐだけで魔法を発動できる。
ここからが本当に私の活躍できる場なのだ。鼻息も荒く フンスッ! と手を挙げる。
「マーシェリンか、相変わらず元気がいいな。他にはいないか。」
第二騎士隊の今年の新人は三人。私の同期の他二人も手を挙げる。
「三人全員か。元気があって大変よろしい。毎年恒例の事だが、この魔獣出没調査には新人騎士が入ってきているから、特に、とーくーにっ!! 新人に対して、とーくーにっ!!マーシェリンに対して詳しく説明、及び釘を刺しておく。
本日の当番の第二騎士隊にて、二人一組それを24組編成で48名が調査に出る。残りの者は第三騎士隊と共に騎士隊詰所にて待機。各班6名出してくれ。
この調査は魔獣討伐の任務も兼ねているが、大型魔獣の発見が主な任務である。大型魔獣を発見次第騎士隊本部に連絡、詰所に待機している騎士が現地に向かい到着までの間、付かず離れず大型魔獣を監視、騎士隊との合流後速やかに魔獣討伐に取り掛かる。
騎士隊到着の前に一人で何とかしようと思うな。
特に新人共!! 大型魔獣は一人二人でどうにかなるものではない!! 過去には、血の気が多く一人で飛び掛かっていった奴がいたが、喰われてさらに魔獣が大型化し討伐の危険度が上がったということがある。功名心にはやり自らの命を懸けるのを美徳と思うな。自らの命も仲間の命も同じだ!! 常に自分も仲間も生き延びる事を考えろっ!!」
「感動しましたっ!! オルドリン隊長っ。命を掛けて仲間を守れということですね。頑張りますっ!!」
「そうじゃないだろっ!! マーシェリン 何聞いてたんだ。自分の命も大事にって言ってるじゃないかっ!! お前は俺の話聞いてるのか?」
「はいっ!! 長々と説明されると理解が追いつきませんっ!!」
「頭で考えるより先に体が動くタイプだったか。もういいっ!! マーシェリンは俺の組だ。後の新人二人は他のベテランを付けろ。人選は各班長に任せる。」
オルドリン隊長がげっそりとした顔付で私を見ている。何だかお疲れの様子だ。癒して差し上げたいが、癒しの魔法は覚えられなかった。その他の攻撃系魔法もおぼつかない。唯一得意なのは剣術に秀でるための肉体強化魔法だ。そうだ、オルドリン隊長に身体強化魔法を掛ければ、お元気になるのでは?
「マーシェリンッ!! 何を考えているっ!! お前のその顔は何か企んでいる顔だぞっ!! 何しようと思ってる!!」
「隊長が元気になるように、身体強化魔法をと考えております。」
「そんな余分なこと考えてんじゃない――――っ これからの任務のことを考えろっ!!」
周りから、「クスクス」と押し殺したような笑い声が聞こえてくる。
オルドリン隊長が真面目に説明して下さっているのに、何処に笑う要素があるのだろう。
「皆さんは何を笑っているのです? オルドリン隊長は真面目に話して下さっているのですよっ!!」
クスクスと笑っていた者たちに、避難気味に強い口調で言い放った途端、ドッ!!と笑い声が上がった。中には、しゃがみこんで膝を叩いて笑っている者までいる。
ポンと頭を叩かれ、振り返るとパトリック班長が目尻の涙を拭っている。
「おい、天然脳筋娘。いやあ、久しぶりの大笑いだ。隊長ではなくて、お前が笑いを取っている事をお前自身が気づいていない事に、皆が大笑いしているんだ。」
「私は、天然でも脳筋でも・・・ いや、脳筋は否定しませんが、天然では断じてありませんっ!!」
「そこは脳筋も否定しとけよ。」
パトリック様、この男はペレスターノ侯爵家三男で私より5歳程年上であろうか。私は貴族学院に在籍中であったが、妻として迎え入れたいと申し入れてきたのだ。卒院まで1年を残した14歳の時だ。私はその時相手が誰なのか知らなかったが、貴族学院で私の剣の稽古中を見て知っているようだった。私の家がバートランド子爵家で爵位を見れば下になるのだから、断る理由など無かった。
貴族学院は全寮制であったが、ちょうど私が冬季休暇で家に帰っていた時にその話を父が受けた。父も母も大喜びで、是非その話をお受けしましょうと、私に勧めてきた。侯爵といえば、地方領にしてみれば最高爵位であり、領主様の血筋にかなり近い。その上の公爵などは中央の王直轄領にでも行かなければ、拝見することができない。地方領では唯一、領主様が公爵と同格になる。
しかし、侯爵家でも三男では侯爵を継ぐ事も無いだろうし。
私自身は爵位にはこだわらないが、父母のあの喜びようがよくわからない。
私も卒院後は騎士団勤務を希望しているのだから、騎士団の訓練施設とか訓練風景はとても興味があった。訓練風景を見学するついでにパトリックという男を観てくるか。あくまでもついでだ。
騎士団本部にある訓練施設の見学許可をもらい領主城へ向かった。騎士団本部は領主城の敷地内にある。その棟の前にいた衛兵に、見学許可証を提示したところ、快く通してくれた。目の前に建っている大きな棟が騎士団本部で、建物内には剣や魔法の訓練場や筋力増強訓練の施設、詰所、仮眠室、会議室などがあるらしい。その棟の裏側には大きな演習場もあるが、今の時期は雪が降り積もるので使われていない。
受付にいた女性に案内されて訓練場に向かえば剣を打ち合う音が聞こえてきた。そこでは模擬剣で戦っている騎士達が・・・ この対人戦闘訓練を見て声を掛け指導しているのが隊長と副隊長だろう。
このイクスブルク領騎士団は第1から第6騎士隊まである。今日は第2騎士隊の対人戦闘訓練だということで、この日の見学許可を頂いたのだ。騎士団は要人警護や警備任務に備えて対人戦闘訓練は欠かせないと聞いている。
まずは隊長に挨拶をしなければ。隊長と思われる人に向かって歩いて行く。相手も私に気付いたようで私に向かって歩み寄って来る。
「マーシェリン・バートランドですっ!! 本日の見学許可をありがとうございますっ!!」
騎士団なら元気が一番、声を張り上げた。
「第2騎士隊長のオルドリンだ。騎士団を希望しているようだが、騎士団に所属したいのなら家名は名乗らなくてよい。マーシェリンだけでいい。」
「どういう事ですか?}
「 家名に付く爵位を笠に着る輩が多くなると騎士団は崩壊する。実力も無く家名のみで上に立とうとする者や、爵位が下の者を敢えて危険な任務に向かわせ自分は安全な場所にいようとする者が出てきたりするからな。そんなことなれば危険な任務が多い騎士団にとっては組織が成り立たなくなる。」
「ありがとうございます。騎士団では、爵位に頼って無理強いする輩は実力をもって叩きのめせということですね。」
「いや、そうじゃない。叩きのめせとは言ってないぞ。そうならないように家名を名のるなと言っているのだ。そもそも入団したばかりの団員は爵位など持ってはおらぬし、10年間勤めあげてようやく騎士爵を叙爵されるのだからな。」
そうか、10年もかかるのか・・・
顔に残念な表情が微かに出てしまったようで、直ぐに隊長が説明を付け足してくれた。
「そんな残念そうにしなくても、手柄を挙げたり勤務態度が良かったりすると、10年かからずとも早い段階で叙爵を受けられるぞ。」
「そ、そんな残念な顔でしたか。申し訳ありません。」
「あ、いやいや、そんなに気にしなくても良い。」
そんなやり取りをしていたら、男が一人近づいてきた。
「やあ!マーシェリン。わざわざ会いに来てくれたんだね。ありがとう。」
何だか爽やかな感じの男が挨拶をしてきた。
「パトリック、知り合いか?」
「学院を卒院したら、妻に迎え入れたいと申し入れたのですよ。」
「何だと? 彼女は騎士団に入団を希望しているぞ。」
「え?」
二人がこちらを振り返る。
「騎士団を希望しているのは本当ですよ。一つ否定しておきたいのは、わざわざ貴方に会いに来たわけではありません。訓練の見学のついでに、貴方を見ておこうと思っただけですから。」
「マーシェリンが見学に来るって聞いてすごく期待してたのに。そんな酷い言い方は無いだろう。君のお父さんだってとても喜んでいたよ。」
「父が何と言っていたか知りませんが、私は強い殿方が好きなのです。私より弱い男に嫁ぐ気はありませんから。」
「その話、乗ったーっ!!この俺と勝負だーっ!!」
隊長が間に割って入り、
「いや、ちょっと待て。こう見えてパトリックは、この隊では中堅どころの実力者だぞ。君が少々腕に覚えがあってもかなうわけが無かろう。」
「隊長、こう見えてっていうのが気になるんですが、どう見えているんでしょうか。」
ここは私が答えておかねば。
「かなり女性に対して軽い感じを受けますね。」
剣を打ち合っていた隊員達も集まって来ていて、何事かと眺めていたが、私の言葉を聞き。
「おお―――」
どよめきが起こる。拍手まで聞こえてきている。この騎士隊の面々が私の言葉に同意しているようだ。これは私の剣で性根を叩き直さねば。
「グッ! 全員そう思っているのかっ!! 俺はそんなに軽く無いっ!!」
「軽いか軽く無いか貴方の剣で証明して下さい。」
私は近くにいた騎士の模擬剣を借り受け、ヒュンと振り抜き重量を確かめた。
「そんな事を証明するための剣では無いが、この場で実力の差を思い知り俺の元へ嫁いで来い。」