43.拒否する部屋
マーシェリンに『ショウ様はとても賢い』と聞いていました。私を一目で認識して嫌ったり、そのすぐ後にはマーシェリンの言葉で機嫌を直して抱かせてくれたり、赤ちゃんなのに、大人の言葉を理解しているな、ぐらいにしか考えてなかったのに。
アドリア―ヌ様より、ショウ様の秘密をいろいろと教えていただきました。テルヴェリカ領で起きた大きな魔力のうねり、天空を光らせた巨大な魔法円、ショウ様の 仕業だそうです。普通に大人と会話が出来ると言われたときは『まさか~』と思ったんですが、『あなたより賢いから、下に見ないように注意してね。』・・・・・ アドリア―ヌ様は冗談をおっしゃっている顔ではありません。私より賢いとは・・・ 私はそれほどにおバカに見られていたんでしょうか。
ショウ様が王宮にいる間、警護に着くように言われました。私は、アドリア―ヌ様の護衛騎士としてお払い箱なのですか?。悲しそうな表情が出てしまったのでしょう。『ほんの短期間よ。それに、私の護衛をするんなら年に一度は会議で王宮に行くんだから、王宮生活を経験してきなさい。』 そ、そういうことなら、楽しみながらショウ様の護衛を・・・ いえっ、護衛ですっ。楽しみながらとは、なんと不謹慎なっ。きっちりショウ様をお護り致します。
ショウ様は、王立図書館の書物を読みたくて、王宮に残られたそうです。今日は図書館に行くんだと言って、わくわくした感じのお顔です。こんな時は普通の子供らしく、可愛らしい笑顔がとても素敵です。いえ、普段もとても可愛らしいですよ。
図書館の受付で、お子様向けの絵本がテルヴェリカ領から届いているから、ご案内致します、と言われました。
さすが、テルヴェリカ領の絵本です。小さなお子様がとても楽しく読める。文字の勉強になる。親子で楽しめる。など大絶賛です。領主様方や貴族達に広まり、最近では平民達も、文字を覚えるためには絵本から、と広まり始めています。
やはり、ショウ様も小さなお子様です。絵本が大好きなのでしょう。今日はマーシェリンの代わりに私が読み聞かせて、さしあげましょう。
突然、ヴァネッサ様がショウ様を連れて、物陰の人気の無いところへ移動し、読みたい書物を訪ねています。
私は耳を疑います。国境門の向こう側の世界の書物? そんなものがあるのでしょうか。
そもそも、私は国境門がいつ閉じられたのか知りませんし、学院の座学でも何百年前、何千年前とか、正確な記述は無かったと思います。それほどまでに遠い過去のことだと認識しています。
そんな過去の書物が残っている?
「ございます。でも誰も文字を読めないそうですが、いかが致しましょう。」
あるんですかっ・・・ 読めない? 読めないのでは、諦めるしかありませんね。でもヴァネッサ様は、読めなくても行くと主張しています。えー、読めないんですよ。面白くないでしょう。とか、思いながら歩いていたら説明されたことが・・・・・ 部屋へ入るのに、部屋が拒否する場合があるらしいじゃないですか。それって部屋におばけでも居るんじゃないですか。嫌ですよ。帰りましょうよ。
部屋のドアに着いてしまいました。階段があるから、ショウ様を乗せてきた手押し車は使えないそうです。それでは、とマーシェリンが、ショウ様をさりげなく抱き上げます。そのさりげなさは、もう親子の域に達しているのではっ・・・ うらやましいっ。私が抱きたかった。
ヴァネッサ様が、部屋に入るのを拒否されました。やっぱりお化けです。帰ったほうが良さそうです。
ショウ様を抱いたマーシェリが、部屋の中へ入ってしまいました。ちょっと待ちなさい。慌てて引っ張り出そうとしたら、私まで中に入っちゃいました。
マーシェリンは、3人で行くと言ってます。私は、やですー。こわいですー。
でも、ショウ様の手前、そんな弱音は吐けません。ショウ様を、おばけから守らねばならないのです。見た感じは普通に振る舞えているようですが、内心ビクビクで、マーシェリンの後を追います。螺旋階段を下り始めたら、円形の広い部屋が見えます。
マーシェリンが、最後の段から床へ足を着いた途端、
「あっ、あっ、あっ、」
ショウ様を抱いたマーシェリンが、前に向かって倒れていきます。だめっ!! マーシェリン、ショウ様が怪我をしてしまう。手を伸ばしてマーシェリンに飛びつきます。
「マーシェリンッ」
階段から飛び下りた私の足は床に・・・ 着かなかった。
「きゃ―――――」
突然足元から弾き返されるような衝撃、ぐるんぐるんと振り回される感覚、ゴロゴロと転がった場所は、階段を下りる前の部屋。
部屋の外からヴァネッサ様の、悲鳴とも呼べるような声が聞こえます。
「イブリーナッ、どうしたのですっ。ショウ様はっ、ショウ様無事なのですかっ。」
「ショウ様をお護りしますっ!!」
飛び降りるように螺旋階段を下る。床に魔法円の光が、マーシェリンを中心に外に向かって広がっている。階段の下では、マーシェリンが仰向けにショウ様を抱いている。よかった、ショウ様は押しつぶされていない。マーシェリンは後よ。まず、ショウ様だけでも引っ張り出さないと。ショウ様のすぐそばに向かって、階段から飛び下りる。手を伸ばしていても僅かにショウ様に手が届かず、
「いや―――――」
また元の部屋へ放り出される。しまったっ。足が折れた? いや、大丈夫、捻っただけよ。まだ歩ける。すぐに立たなきゃ。痛いっ!! 腕が動かない。肩が折れてる? 痛みを我慢して立ち上がったら、右腕が動かせない。まだ左腕があるわ。腕一本あれば、ショウ様を抱き上げれる。
足を引きずりながら階段を下り始めたら、魔法円が部屋の隅まで光り輝き・・・・・ 消えた。
そう、消えてしまったのです。魔法円の光も、ショウ様も、マーシェリンも・・・・・
私ではこの部屋へ下りられない。後を追うことも出来ない。ショウ様を護れなかったという思いに打ちのめされ、下りてきた階段を上ります。部屋の外に待つヴァネッサ様に報告をしなければ。
「ショウ様とマーシェリンが、下の円形の部屋で消えました。私は円形の部屋に拒否されたようです。部屋に足を踏み入れることが出来ません。あの部屋へ入ることの出来る国王様に、大至急ご報告をお願いします。」
「イブリーナ、怪我をしたのですね。あなたはここで休んでいなさい。私が行ってきましょう。マーシェリンが付いているのでしょう。ショウ様はきっと大丈夫ですよ。
マティネータ、イブリーナに付いていてあげて。」
アンジェリータ様は、ショウ様を助けてくれるのでしょうか。国王ともなれば、そう簡単に仕事を放り出せるわけもなく、この件はしばらく放置されたりしないでしょうか。手が空いたら行きますよ、ぐらいに思われてしまったら。
床に横になり、痛みに耐えながら待っていたら、マティネータ様が
「いらっしゃいました。どうされます。」
えっ、と目を向ければ、アンジェリータ様自ら歩いてこられます。お付きの者達を引き連れて。
「起きますっ。起こして下さい。」
マティネータ様に手を貸していただき、起き上がるのですが・・・・・ 痛い。顔をしかめながらもなんとか立ち上がって、アンジェリータ様の前で跪く。
「ショウ様の護衛騎士見習い、イブリーナ・ギリストスです。」
「挨拶はいいから、横になりなさい。そんな怪我をした状態では、満足に報告も出来ないでしょう。」
横になって、アンジェリータ様の治癒の魔法を受けています。痛みが引いていきます。
「あの部屋で、こんな大立ち回りをしたような怪我をするなんて、今までなかったのですけれども、一体何があったのでしょう。」
「ショウ様とマーシェリンが消えてしまいました。どこへ行ったのでしょうか。」
「今、騎士団の者達が下の部屋を調べています。何か手がかりでも見つかればよいのですが。それで下で起こったことを、順を追って説明していただけるかしら。」
マーシェリンが、突然倒れ込むところを思い出しながら、アンジェリータ様に説明します。
「階段を下りて、床に足を着いた途端、マーシェリンの体から力が抜けたように前に倒れ込みました。ショウ様を抱いていましたので、倒れる前にマーシェリンを支えようと飛び下りましたが、私はあの部屋に拒否されたようです。足を着くことも出来ず、弾き飛ばされて上の部屋に放り出されました。もう一度下りたとき、部屋に魔法円が光っていました。ショウ様だけでも助け出そうと思って、手を伸ばしショウ様のおそばに飛び下りましたが手が届かず、結果は同じでした。3度目に階段を下り始めたときは、魔法円の光が部屋中に広がっていて・・・ 全てが消えました。」
「この扉から奥の部屋は、入る者を選別します。その仕組みは分からないのですが、神々の力が働いていると考えられているのです。魔法円が光ったのも、ショウ様がそこへ下り、魔力が反応してしまったからなのでしょうか。私があの部屋へ下りても、何も変化はないのですが。」
動けるようになりました。もう一度円形の部屋を確認に行かなければ。もしかしたらショウ様とマーシェリンが戻ってくるかもしれません。
「アンジェリータ様、ありがとございます。もう動けます。もう一度、下の部屋を確認したいのですが、よろしいでしょうか。」
「あなたは下の部屋へは、下りられないのですよ。」
「階段の上からでも、見させて下さい。二人がいつ戻ってくるか分かりませんが、そこで待つことは出来ないでしょうか。」
「部屋へ下りることが出来る人を、騎士団から出してもらって交代で見張らせます。その前に見に行くぐらいならよろしいでしょう。」
階段から男性の騎士団員がぞろぞろと上がってきました。下の部屋を調べてくれていた方々です。
「アンジェリータ様、我々が魔力を放出しても何も起こりません。床や壁をあちこち、叩いたり押したりしたのですが、変化はありません。」
「分かりました。この後は交代で下の部屋を見張って下さい。人数の不足は、何人か回してもらえるように、団長に伝えておきましょう。では、私も下の部屋へ下りてみます。」
アンジェリータ様の後ろについて、恐る恐る階段を下り、あと数段の所まで下りてきました。
突然の床の発光。ショウ様が消えたときと同じ? いいえ、それよりもまばゆい光。何かが起きる? 私の前にはアンジェリータ様がいます。アンジェリータ様を守らなければ。アンジェリータ様の前に飛び出ます。
「アンジェリータ様、わたしの後ろへっ!!」
あまりにも眩しくて目を開けていられません。危険です。こんな時に攻撃でも受けるようなことがあったら、躱すことも反撃することも出来ません。目が使えない分、耳に集中して危険に備えます。
唐突にまばゆさが無くなった? 閉じていた瞼の外が暗くなったようです。そろそろと瞼を上げてみた視線の先には、横たわる二人の姿が、
「ショウ様っ!!」
いきなり腕を掴まれました。しかも、まだ完治していない痛いほうの腕です。そうで無ければ、振りほどいていたかも知れません。痛くてうめき声が出てしまいます。
「だめですっ。あなたは下へは下りられません。」
「グウッ・・・・・ そうでした。申し訳ありません。」
アンジェリータ様が連れてきた騎士達が、階段を駆け下りて来ました。
「アンジェリータ様、どうされましたか。」
「光と共に、二人が現れました。」
「アンジェリータ様、」お下がり下さい。我々が先に下りて安全を確認します。」
騎士達が膝をつき、床に倒れたショウ様とマーシェリンの様子を伺っています。大丈夫なのでしょうか。ピクリとも動く気配がありません。
「普通に呼吸はしています。が、目、鼻、耳、口にも血が流れ出た後があります。一体何をすればこんなことに?」
そっ、そんな、誰がそんな酷いことを。ショウ様はまだ赤ちゃんです。そんな非道なことをする奴がいるのですかっ!! 怒りがわき上がります。同時に悲しみが。痛かったでしょう。苦しかったでしょう。出来ることなら私が変わってあげたかった。大粒の涙がこぼれ落ち、止められません。
「あなたはここから動かないで。私が二人の様子を見てきます。」
「はい、お願い致します。」
アンジェリータ様が二人の元へかがみ込み、様子を見た後、騎士達に指示したようで、騎士達が二人を抱き上げこちらに歩いてきます。せめて、ショウ様は、私にお任せ下さい。でも、そんなことを言ったら、怪我人は黙ってろ、と怒られそうです。ただ、黙って階段を上る方々の邪魔にならぬように、隅に寄っているだけしか出来ません。後ろを歩いていたアンジェリータ様が、おっしゃいます。
「この件は、あなたの責任では無いですよ。先ほど床に光った魔法円は、神々の魔法円だと思います。あの魔法円には、あなたでは、いえ、私でさえも干渉は出来なかったと思います。さあ、戻りますよ。」




