33.はじまりのめがみ ルーナレータさま
マーシェリンに子供室へ連行されてる。アルテミスの本読みに付き合わなければいけないらしい。
「あれ? 今日は誰も・・・ アルテミスだけか。」
護衛が近くに立ち、部屋の片隅、本棚の前で侍女と本を開いている。侍女はエリーだったかな?
「そうですね。他の子供達はどうしたのでしょうか。」
「他の子が居ないんだったら、マーシェリンはアルテミスから侍女と護衛を離してよ。俺一人でアルテミスの相手をするから。」
「え? よろしいのですか」
「それほど、問題は無いでしょ。アドリアーヌもアルテミスの面倒を俺に見させようとしてるし。」
「かしこまりました。」
マーシェリンが歩み寄る間も無く、アルテミスが気が付き走ってくる。あくまでも〈とてとて〉と。アルテミスのすぐ後ろにエリーが付いてきてる。
「マーシェリン様、ショウ様を連れていらして下さったのですね。ありがとうございます。」
「今日は、他の子供達はどうされたのでしょう。」
「大きな子達は剣術訓練で、小さな子達はその見学なのですが、アルテミス様にはまだ剣術は早すぎますので、こちらで絵本を読んでおりました。」
そうか、剣術か。机に向かっているばかりじゃ、頭膿んじゃうよね。やっぱり子供は元気に体動かさなきゃだめだろ。
「ショウ、はじまりのめがみさまの、ほんをよめるようになったのよ。ショウによんであげる。」
本当か? よーし、しっかり聞いてやるから読んでみろ。でも、それを聞いてるだけだと暇だし、退屈しのぎに圧縮魔石に魔力を送っておくか。
「エリー、ショウ様とアルテミス様をお二人だけにして、私達はあちらでお茶でも頂きましょう。」
「え、でも、アルテミス様は私が見ていないと・・・」
「見えるところに居るのだから大丈夫でしょう。子供の成長は、離れたところから見守るのも大事ですよ。」
「そうよ、エリー。わたしはショウとふたりだけで、えほんをよみたいの。あっちへいって。」
あ、エリー、痛恨の一撃。涙目でよろよろと後ずさり、マーシェリンに肩をつかまれ連行されてった。アルテミス~、エリーは傷ついてますよっ。謝りなさい。アルテミスの手をぺちんと叩き、エリーを指差す。
「え? わたしは、なにかいけないことをしたの? エリーは? そう、エリーはなきそうだったわ。わたしのせいなの?」
アルテミスがエリーに駆け寄り、
「ごめんなさい、エリー。ショウに、おこられてしまったわ。わたしが、いけないことをしてしまったみたい。」
「え? ショウ様が?・・・ マーシェリン様・・・ ショウ様に怒られたとは、どういう事なのでしょう。赤ちゃんが、今の成り行きを理解出来ていたとでも。」
「前にも言いましたが、ショウ様はとても賢い赤ちゃんなのです。今のエリーに掛けられたアルテミス様のお言葉が、エリーを傷つけている事を理解して、アルテミス様をお諫めになられたのですよ。」
「そうなのですか。ショウ様、アルテミス様、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。私もあれこれと、アルテミス様に構い過ぎていたかもしれません。今日は少し離れたところから見守る様に致しますので、ショウ様、アルテミス様をよろしくお願いしますね。」
「エリー、わたしが、ショウのおせわをするのです。」
「あらあら、そうでございますね。アルテミス様、ショウ様をお願いしますね。」
いやいや、俺がアルテミスのお世話をするんだよ。まあ、ちゃんとエリーに謝れたから、頭なでなでしてやろう。
「うふふ、ショウはどこまで、みんなのおはなしがわかっているの?」
肩をすくめて、分かりませ~ん、ってジェスチャーをするんだけど、そんな仕草を見たアルテミスは
「やっぱり、ショウはぜんぶわかっているみたいね・・・ それじゃ、わたしがえほんをよむから、まちがったらおしえてね。」
「はじまりのめがみ、ルーナレータさま。
このとちにすむひとびとや、けものたちは、みな、ませきをもって、うまれてきます。
よそからきたひとびとは、いきているものたちから、ませきをうばっていきます。」
魔石を奪っていく手段は書かないんだね。まあ、子供の読む絵本だし、『殺害して心臓から魔石を取り出します。』なんて文章があったらトラウマを植え付けかねないか。
「それにこころをいためた、ルーナレータさまは、このとちを、けっかいで、かこいました。
けっかいのなかで、ひとびとはあんぜんにくらすことができました。
これが、マグノリアおうこくの、はじまりです。
でも、マグノリアおうこくは、かこわれてしまって、でいりができないのは、とてもふべんです。
ルーナレータさまは、いっかしょだけ、たこくと、いききができる、もんをおつくりになりました。
それが、こっきょうもんです。
こっきょうもんを、とおって、しょうにんたちが、いろいろなものを、はこんできます。
そのおれいに、まじゅうのませきを、わたします。
あるとき、ませきを、もっとほしがった、たこくのおうさまが、へいを、おくりこんできました。
マグノリアおうこくの、きしだんとの、いくさになりました。
きしだんは、たこくのへいを、こっきょうもんのそとへ、おいかえすことができました。」
追い返したんじゃないと思うぞ。殲滅したんじゃないのか?
「にどと、せめこまれないように、ルーナレータさまは、こっきょうもんを、しめてしまいました。
そのご、ルーナレータさまが、おまもりになる、こっきょうもんは、あいたことが、ありません。」
12の国境門で、一番最初の門が2番目以降の門ができる前に閉ざされたという話だけど、どのくらい前の話なんだろうね。
いやいや、それ以前に全ての国境門 閉ざされているよね。どんだけ攻め込まれてるんだ、この国は。
神々の事など想像したとしても正解など導き出す事も出来ないだろうが・・・・・
ルーナレータは始まりの女神と称されているんだから、最初から存在したと考えていいだろう。
その後に出現したとされる他の神々、それらの神については、時折現れると言われている神々に匹敵する程の魔力を持った人間が、死してなお自我を残して精神生命体となった存在ではないかと思われ・・・・・ ?
俺って・・・ ヤバい? 死んだら神か? 死んだら洗濯機みたいな所に魂を放りこまれて、ガラガラと洗浄されて、綺麗さっぱり記憶を失って転生するもんだと思ってたけど、こんな所に縛り付けられるのか? この状況から逃げる方法は?
遠くから何か話しかけられてる。重要なことを考えてるのに・・・
「ねえっ、きいてるの? ショウ。」
「聞いてねーよっ!!」
「えっ?」
「・・・ ? あ・・・ 聞いてる聞いてる。とても上手に読めました。」
「・・・・・ 」
やっちまったーっ。どうやってごまかす? いや、ごまかすのも面倒だ。開き直ろう。
「やっぱり、ショウは、おはなしが、できるのね。」
「俺と話した事は、他の人には内緒にね。アドリアーヌには言ってもいいよ。」
「うん。わたしたちだけの、ひみつね。」
「いや、アドリアーヌには言ってもいいって。」
「いやよっ!! わたしたちだけの、ひみつにするのよっ。おかあさまにも、はなさないわ。」
うわ~・・・ 面倒くせー、でも、いいか。秘密のお話にしてくれるなら、他人には話さないよね。母親にも話さないって言うんなら、俺もアドリアーヌに言い訳しなくてもいいし。
「ころんで、はなぢがでたときに、いたくなかったのは、やっぱりショウが、まほうでなおしてくれたのね。」
「あの時の? ああ、俺が治癒魔法を掛けた。」
「すごいわ、ショウはあかちゃんなのに、まほうがつかえるの? わたしにもできるかしら。」
「出来るかもしれないけど、魔法が暴走すると危険だから、絶対に教えないよ。」
「ショウができるのに、わたしはできないの?」
「アルテミスは、まだ魔力の制御を教わっていないでしょ? 例えば、火の魔法を使ったとき、自分でそれを制御出来なかったとしたら、自分が火に包まれて焼け死んだりとか、周りにいる人達を傷つけたりする場合があるから、子供には魔法は使わせられないんだ、とアドリアーヌが言ってた。」
「それはおかあさまから、きいているけど・・・ でもショウは、まほうをつかってるじゃないっ。わたしもつかいたいわ。おしえてくれないと、わたしたちのひみつを、しゃべるわよ。」
一丁前に俺を脅してきたな。俺に我が儘を押し通せるとでも思っているのか? まぁ、赤ん坊相手だから、我が儘が通るとでも思ったんだろうな。
「好きな様に喋ればいいよ。そもそも、それは俺に対して脅しにはなってないし。」
「えっ。なんで。」
「アルテミスが『ショウは喋れるのよ。』ってみんなに言っても、俺が知らん顔で何も喋らなければ、アルテミスが嘘つきだと、皆に責められるぞ。」
「ひどい、わたしをうそつきにしようというの?」
「何も酷くはないさ。アルテミスが喋らなければ嘘つきにはならないね。でも、俺を脅して自分の我が儘を通そうとしたアルテミスは、報いを受けなければならない。」
「むくい? それはなに?」
「アドリアーヌに言っとくから、たっぷり怒られろ。」
「えーっ!! だめよっ。おかあさまには、いわないで。」
「権力のある人間が、力の無い人間に無理を言って、言うことを聞かせようとすることが、良い事か悪い事か、理解は出来てる?」
「わるいことだと、おかあさまがいってたわ。でも、ショウはわたしのいうことを、きいてくれないわ。」
「それはアルテミスより俺が、賢くて強いからだよね。アルテミスが、自分より俺が下だと思ってしまったところが、大きな間違いだ。そういうところも踏まえて、アドリアーヌにしっかり叱ってもらおう。ちゃんと怒られて、ごめんなさい、をしないと、もうお話してあげないからね。」
もうそれだけ言ったら、振り向いてハイハイダッシュで、マーシェリンの元へ這って行く。
「あっ、まってー。」
ムキになって、ハイハイ筋力トレーニングをやったおかげで、這うスピードはアルテミス程度がヨタヨタ追いかけてきたって、全く追い付かない。
すぐにマーシェリンの元へたどり着き、マーシェリンに抱き上げられる。
「あら、ショウ様。どうされたのですか? アルテミス様も、いかがされましたか? まさかショウ様が何か酷いことをしてしまったのでしょうか。」
アルテミスが泣きながら俺を追っかけてるから、俺が何かしたと思ってるのかよ。俺がいじめっ子みたいじゃないか。
「ごめんなさい、ごめんなさい。うぅ・・・ ショウ・・・」
泣きながらマーシェリンの足下まで来て訴えてるけど、無視っ!!
「ショウ様、アルテミス様が謝っておりますよ。何をされていたのか分かりませんが、笑顔で仲直り致しましょう。」
マーシェリンが、胸に抱いていた俺をアルテミスに向けようとしてるけど、がっちりしがみついて引き剥がされない。
「あれ? あれ? 離れて頂けませんね。ちょっとお待ち下さい。」
泣き続けるアルテミスと、それを見ておろおろしているエリーから離れて、マーシェリンが話しかけてくる。
「ショウ様、どうされたのですか。」
「アルテミスには、アドリアーヌに相談するように言っておいて。後は放っておいてもいいでしょ。俺は眠いから、部屋へ戻る。」
「ええー、それだけなのですか。アルテミス様がお泣きになっていらっしゃいますよ。せめて笑顔でも見せてあげられたほうが、よろしいのではないでしょうか。」
「甘い顔を見せて調子こかれるのも癪だから、放っとこう。」
「そうですか。かしこまりました。アルテミス様にはあまりトゲのない感じで、お伝え致します。」
「アルテミス様、ショウ様は眠そうでご機嫌が悪いようです。ご機嫌のよろしい時に、また絵本を呼んで頂けたらよろしいと存じます。」
アルテミスは、もう大きな声で泣いてはいないが、まだ嗚咽が続いている。
「ひぐっ、うぐっ、・・・マーシェリンは、ショウのひみつをしっているのですか?」
「っ―――!! なっ!! 何を・・・ ひっ、秘密など知りませんよっ。」
「しっているのですね。」
「いえっ!! 知りませんっ。全てはアドリアーヌ様にお尋ね下さいっ。それではっ、ショウ様はご就寝ですっ。これにて失礼致しますっ!!」
大慌てで、俺を抱えたままその場を逃げ出すマーシェリン。これって『秘密知ってますよ宣言』してきたも同然だな。
「マーシェリンは、嘘をつけないんだね。全くごまかせてないよ。」
「いえっ、う、嘘などついておりませんっ。」
「まあ、そういうことにしておこう。」
自室に戻って、マーサにおっぱいもらって、うん、満腹、マーシェリンに抱っこしてもらって・・・ 瞼が重い・・・ ぁぁぁ~・・・・・ しっこでそう・・・・・ でも眠気に勝てない・・・・・ おやすみなさい。




