32.空間の交換
ふと目が覚めたら、真っ暗だった。どんだけ寝てたんだよ。元気いっぱい。目がバッチリ冴えてる。こりゃー、眠れそうに無いぞ。これは、赤ん坊だったら夜泣きだね。ギャンギャン泣き叫んで大人を起こし気が済むまで大人を振り回すのが赤ん坊だ。でも、お腹が減ったら時間凍結袋にミルクがあるっ。哺乳瓶にミルクを入れて、ちゅぱちゅぱ。おいしーっ。
ああー、しっこ出たっ。それもあわてなーい。洗浄魔法ー。
何も困らないんだけど、退屈だ。圧縮魔石に吸収させるのは、ちょっとお休みしようと思ったんだよね。何しよう・・・・・
あれだ、あれ・・・・・ やってみるか。【転移】の魔法円。
図書館で複写してきた紙を読み込んで、自分なりに理解は出来たと思う。A地点からB地点へ転移したい場合、AとBお互いの地点の空間を交換するのだと理解した。
転移とは呼ばれているけど空間交換魔法と名付けたい。そりゃそうだ。何もない空間だと思っていたとしても、そこには空気があるし埃だって舞っている。そこへ転移と称して突然別の物体が現れたら、分子レベル、原子レベルでの衝突が起こり『BIG・BAN』を引き起こすかもしれない。宇宙創造の大爆発だよね。だから、小説や漫画なんかで読んだ事のある超能力『テレポーテーション』はどう考えても無理がありすぎる。いや、空間の交換も無理っちゃー無理なんだけどね。まあ、そこは魔法の世界って事で、ここでは出来るようだ。
で、空間の交換にあたっては、お互いがお互いの座標を指定して、その交換する空間の体積も全く同じにならなければいけない。質量に関しては記述が無かったから、無視してもいいようだ。
その離れた2点間で体積を揃えた上に座標指定など、普通に考えて無理に決まってる。
それを可能にするのが、魔力のリンクだ。お互いの場所の方角と距離をおおよそ把握しておき、魔法円を展開させた位置から相手の魔法円に向かってお互いを探りながら魔力を飛ばす。いつも使ってる魔力の触手を1方向に向けて何処までも伸ばしていく感じかな。これがなかなか難しいらしい。魔力同士が行き会うことなくすれ違いになったり、途中で魔力切れを起こして術士が倒れたりと、魔力消費量がハンパ無いから、魔力量が多めの術士を何人も用意して臨んだとの記述があった。
魔力がリンクしてしまえば、お互いの魔法円に相手の座標x軸y軸z軸を表す文字が現れる。それと同時にお互いの魔法円の体積が同じ容量に揃う。揃うと言っても、魔法円の大きさの半球の結界が出来上がるんだから、魔法円の直径が揃えば体積も同じになる。
そこまでやって、ようやくその場に魔法円を固定する。魔道具を作る時の、魔方円を焼き付ける感覚だろう。そうやって転移の魔法円が固定されてしまえば、その魔法円に魔力をを注ぐだけで、転移・・・・・ 半球状の転移結界同士の空間の交換が可能となる。
転移結界は中からも外からも干渉されないために必要な結界だ。もし【転移】に結界がない事を考えてみる。出入りをしている最中に【転移】が発動してしまった場合、体が半分だけ転移先に運ばれる可能性もある。半分って事は、元の場所に残った半分も転移先へ飛んでった半分も中身がベロンと出ちゃうって事だ。想像するだけでもコエー。
要するに転移結界は、そんなコエー事故を起こさないためにも非常に重要である。
転移円の設置にあまりにも多くの手間と魔力を必要とするため、この国の中でも、王宮と領主城をつなぐ転移の魔法円しか設置されていない。魔法円は厳重に管理され常に、勝手に行き来は出来ず、王でさえ他領を訪問するのに事前連絡をしなければならない。
そう考えるとこの国は王政だけど、絶対君主制じゃないのかな? 少し民主主義っぽい所もあるみたいだな。政治の事はよく分からん。
それで俺は、大人数でやらなきゃ出来そうもないことを、一人でやろうとしてるんだけど、俺の中では成功するイメージが出来上がってるんだよね。
だからといって初めて試すのに、見えないところでやるのは怖いよな。A地点から転移先のB地点は見えるところで試してみよう。
コナンになった状態で、音を立てずにそーっとドアを開け廊下に立つ。
ドアの前の廊下の床に跪き、足下に転移の魔法円を展開、そうしたら自らを見る感じでもう一人のコナンを魔力で形成し・・・ うん、出来た。床に跪き魔法円を展開しているコナンを第三者の目から見てる。そしてコナンとコナン、お互いは魔力ラインでつながっている。向こうのコナンの中身が俺の本体、こっちが俺の精神体。
魔法円が重ならないように離れて、同じように跪き魔法円を展開、もうすでにその時点で二つの魔法円はリンクし光を放っている。後は双方に魔力を込めれば発動するはずだ。え? どうやって? 精神体に魔力はあるのか? 魔法円に魔力を込めたらひときわ明るく輝く。
精神体にも魔力はあるんだ・・・ それもそうか、この世界で神々と呼ばれる存在、その神々は巨大な魔力を持った精神体だよね。俺はそう認識してるんだよね。だから俺の精神体も魔力は自在に扱えるみたいだ。
今度は、俺の意識の無い肉体にどうやって魔力を使わせるのか。意識を戻す? 意識を戻すとこっちの魔力供給が途絶える? う~ん。やってみよう。
戻ったらやっぱり魔力の供給が止まった。
魔石を使うのもありかな? 肉体が残った側は魔石を持たせて、魔力を供給させ続ける。・・・?
ちょっと待て、魔石じゃなくても肉体が魔力を供給させ続ければいいんじゃないか? 精神体が離れても魔力供給が止まらなければ、転移を発動出来そうだ。
跪いたコナンが、魔法円に魔力を供給し続けている。よしっ、ここまでは成功だ。こっちのコナンが魔法円を展開して・・・ その時点ですでにリンクしてる。
これはっ、肉体と霊体は魂の緒で繋がっていると漫画で読んだことがある。この世界では、魔力で繋がっているのでは。それなら、どれだけ離れた場所でも一瞬でリンクできるのでは?
まあ、そんなことは後で考えよう。今は転移円を発動させよう。魔法円に魔力を込めてみた。・・・?
成功したのか? 周りを見回して見る。ドアの前にいたはずの本体、それと向かい合っていた精神体のコナンの位置が入れ替わって背中合わせになっている。ドアの前で崩れていくコナンの背中が見える。精神体はコナンの体と一緒には転移しなかった? 本体が転移して来るのを、精神体が待っていたのか? そうすると精神体だけが、本体が転移してくるのを待っていれば、もう一体のコナンを創る必要は無かったんじゃね。精神体だけで今の手順で移動できるのかな。それを踏まえて、次はもう少し遠くへ転移してみるか。
いつまでも廊下でそんな事してると、誰か起きてきそうだよね。後は部屋の中からやってみよう。
さて、何処へ行こうか。人目に付かない所、出来れば誰も居ない場所がいいな。夜中だし、図書館には誰も居ないだろう。けど、アドリアーヌが、魔法でセキュリティーシステムを構築していたらヤバい。でも、セキュリティーシステムがあったとしても誰かが駆けつけてくる前に、転移で消えればいいか。いろいろと悩ましいことはあるが、面倒だ、やっちまえ。
精神体が一瞬で図書館にとんだ。何処へでも行けるのか、行ったことのある場所しか行けないのか・・・ これも検証する必要があるな。
やっちまいました。煌々と魔法の照明に照らされ、僅かでも身動きすると何かの攻撃魔法で集中砲火を浴びそうだ。図書館だから、炎とか水とか、蔵書にダメージを与えるような魔法は飛んでこないと思うけど、床に跪いたまま身動きはしない方が良さそうだ。このまま転移円を発動させて自室へ戻ろう。
なんとか攻撃を受けずに部屋へ戻れた。もうおとなしく寝よう。
目覚めたらもう日が高く、昼に近い時間か? 夜遊びしすぎか? いやいや、赤ん坊の生態は、夜中に目が覚めたら、泣き喚いて大人の手を煩わせていつまでも泣きやまないのが普通なのに、大人を起こさずに、一人遊びが出来るのだから、夜遊びぐらいは問題ないよね。昼頃まで寝ていたって、赤ん坊なら普通だよね。
マーシェリンが来た。
「お目覚めになりましたら、アドリアーヌ様の元へショウ様をお連れする様にと、リベルドータ様が仰っておりましたが、お出かけのお支度をさせて頂いてもよろしいでしょうか。」
えーっ!! 夜中の異常発報の件か? もう俺だとバレてる? まさか映像を残す様な魔法があったりするのか? いやまさか・・・ 俺ではないかと見当を付けて、問いただそうとしてるだけか? 追求されても、しらばっくれておけば大丈夫じゃね?
マーシェリンに抱かれて廊下を歩いてるけど、連行される容疑者の気分だよ。そんな立場に立ったことは無いけど・・・ 無いよな? うん、無いと思う。
「ようやく起きたのね。随分と遅くまで寝てたのね。夜の間あまり眠れてないのかしら。」
今日は執務室の中で、イブリーナが帳簿相手に奮闘してるんだけど、アドリアーヌはそれさえも気が付いていない様子で、俺に話しかけてくる。俺がイブリーナを指差したら、アドリアーヌもようやく気が付いた。
「マーシェリン、隣の部屋へ来てちょうだい。」
マーシェリンはまた今度も執務室へ戻され、二人だけでの会話になった。こ、これは、かなり厳しい追及をするつもりなのか?
「それで、ショウ、何でこんなに遅いの?」
「昨日お昼寝をたくさんしたし、夜中に眠れなかったんだよ。」
「眠れなくて夜遊びしたのかしら。」
「夜遊びだなんて人聞きの悪い。部屋で本を読んでいただけだよ。」
「深夜に図書館で騒ぎがあったんだけど、あなた、何か知らない?」
「え? 騒ぎってどんな騒ぎなの? そんな遠い所の騒ぎなんて知らないよ。」
嘘を暴こうとでもしているかの様に、じー、っと俺の目を見つめて来る。完全に疑ってるんじゃないか? 内心ドキドキして、額から汗が噴き出そうだよ。
「深夜に侵入者に入られたみたいなのよ。捕まえられなかったんだけど。」
「警備員とかが、侵入者を見つけたの?」
「図書館に警備は付けていないわ。魔法円をいたるところに仕掛けてあるのよ。入ろうとした時点で警告が発せられるし、それ以上進入すれば様々なトラップが発動するんだけど・・・」
よ、よかった。身動きもせずに転移したおかげで助かった。
「へ、へ~、そんなにセキュリティーがしっかりしてるのなら、侵入者は何で捕まらないのさ。」
「それが不思議なのよ。侵入者を感知しただけで、トラップが発動していないのよね。」
「あ、それ何となく分かる。警備会社の警備員が、異常発報を感知して現場に急行しても、何も無かった、っていうのはよくあることらしいしね。単なる誤作動だね。」
「異常発報ってなんなのよ。」
「警備会社が、セキュリティーの契約をしている建物に設置してある防犯の機械が反応して、警備会社に報告が来るんだよ。それが異常発報。」
「そうなの。でも私が設置した侵入者対策の魔法円は、今まで誤作動なんて起きたこと無いのよ。」
「今まで誤作動が起きなかったから、これからも起きないと断言は出来ないよね。」
「う、・・・ ま、まあ、そうなんでしょうけど。」
よっしゃー、このまま、たたみかけろ。
「長い間のたった一回の誤作動が、たまたま昨夜起きたのか。今まで何度も気が付かない程度の誤作動が起きていて、たまたま昨夜の誤作動は気が付いたのか。そのあたりは誰にも分からないよね。」
すんません。俺だけ犯人が分かってます。
「でも気を付けてね。異常発報が発生したとしても、誤作動だと思わない様に。本当に侵入者がいると思って行動しないとね。」
「え、ええ、そうね、そうするわ。いろいろとありがとう。」
よしっ、よしっ、アドリアーヌのプレッシャーに打ち勝ったぞ。
「ところで、昨日アルテミスに治癒魔法を使ったかしら?」
うっ、これは誤魔化さずに、素直に認めておいた方が無難だぞ。
「アルテミスが言ってたの?」
「『転んだけど、ショウが治してくれた。』って、言ってたわよ。」
「あ、いや、あんなちっちゃい子が、あの魔法円に気付くとは思わなかったんだよ。」
「責めてる訳じゃないわ。お礼を言いたかっただけよ。ありがとう。」
「いえいえ、どういたしまして。」
「アルテミスはショウの事が大好きみたいよ。このままアルテミスの許嫁として、テルヴェリカ領でウルカヌスを支えてもらえると、私としてはうれしいわね。」
アルテミスを手元に置いておきたいんだろうな。でも、そのために俺は人身御供か?
「嫌だよ。ここに縛られていたくない。俺は旅に出たいんだよ。」
「縛られたくないって言ったって、人は誰でも人同士のしがらみの中で生きているものよ。貴族として生きていくのなら、そのしがらみは特に強くなるわ。」
「それが嫌なんだよ。平民として生きてく方が気楽でいいよね。」
「まあ、そのあたりは、成人するまでじっくり考えて、ショウなりに答えを出してちょうだい。アルテミスの許嫁の件は、考えておいてね。」
あまり強く拒否するのもアルテミスに失礼かな。この件はうやむやにして、近い将来、自由に動ける様になったら勝手に旅に出るか。
「アルテミスが、ショウは絵本の内容を理解しているみたい、って言ってたけど、アルテミスと何か喋ったの?」
「まさか、何も喋っていないよ。これを読めって感じで、本を指差しただけだよ。」
「ああ、それでアルテミスが文字を覚えるのに一生懸命になっていたのね。ショウに絵本を読んであげたかったのか。アルテミスが頑張っているんだから、会いに行ってあげなさいよ。」
「俺に二歳児のお守りを押しつけようというの?」
「お姉さんとして、弟を可愛がりたいのよ。」
「お子ちゃまの面倒は見たくありませんっ!!」
「あなたもお子ちゃまじゃないっ!! マーシェリン、昼食後は子供室よっ。」
隣の部屋にいたマーシェリンを呼んで、午後の俺の行動が指示されてる。俺には自由は無いのか。




