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31.あなたはわたしのおうじさまよ

 アドリアーヌへの報告も終わり、このまま自室へ戻るか図書館でも行くかと思っていたら、アドリアーヌから、


 「最近、子供室へ顔出していないらしいじゃない。アルテミスが会いたがっているわよ。」

 「え、俺は会いたくないよ。お子ちゃまのお世話は嫌いですっ!!」

 「あなたは普通の子供なんじゃないの? 普通の子供は、子供同士楽しく遊ぶものよっ。アルテミスだって、せっかく弟が出来たのに、なかなか会えなくて寂しがってるわ。」

 「俺は寂しくないっ!!」


 マーシェリンに、『子供室に連れて行きなさい』と指示が出て子供室に向かっているんだけど、俺が逃げ出すとマーシェリンが怒られるから、逃げるに逃げれない。しょうがない。お子ちゃまの面倒を見てやるか。


 子供室では、大きい子たちが机に向かって、座学のお勉強中のようだ。

 大きい子といっても5歳から9歳までの子供達だ。

 なぜその年齢層なのか。アドリアーヌに教えてもらった話では、医学が進んでいないから病気で死ぬ子が多い。貴族の子供は5歳になるまでは外へは出さず家庭内で大事に育てられる。無事に5歳を迎えられた子供がようやく領民として登録される。だから5歳未満の子供って兄弟姉妹ぐらいしか顔を合わせる機会がないんだと。

 子供の情操教育の事は考えてんのかいっ、と突っ込みたくなるけど、そのシステムが定着してるようだから俺が異を唱えてもしょうがない。

 ウルカヌスも、そちらの仲間に入って読み書きのお勉強かな? アルテミスは・・・ 世話係のお付きの侍女が絵本を開いている。同年代の子はいない。

 ここは5歳以上の子が貴族学院に入るまでに、基礎知識を学習するための場らしい。領内の全ての子供達が集まっているわけでは無いと、アドリアーヌが言ってたな。優秀な家庭教師を雇う事が出来る裕福な家庭は、ここに参加していないらしい。

 そんな中でまだ文字も読めないアルテミスは、お勉強には参加出来ず、必然的に学習中の子供達は誰も相手にしてくれないので、1人ぼっちだ。このまま、ぼっちが板に付いた女になってしまうのだろうか。

 あ、俺に気が付いた。パーッと満面の笑顔になり、絵本そっちのけで走ってくる。とてとて、と。

 あっ、あー、転びそう。気を付けなさい。そんなに急がなくていいから。って、お父さんですかっ!!


 「アルテミスの面倒を見てあげるから、下に下ろしてよ。」


 マーシェリンに床に下ろしてもらい、這ってアルテミスに近づく。アルテミスは、といえば、あ、こけた。気持ちは前に向かってるのに、足が追いついていない状況かな。俺の目の前で、前に向かってズベーと転んだ。鼻が赤くすりむけて、痛かったのか顔がひずんで目に涙がいっぱい溢れてくる。鼻血も垂れ始めた。

 これは、大声で泣き叫ぶ前に治癒しとくか。鼻の前に小さな【治癒】の魔法円を展開して魔力を注入。見る間にすりむけた鼻が綺麗に治り、鼻血も止まったようだ。アルテミスは転んでうつぶせのまま、両目にいっぱい溜まった涙がこぼれ落ちながらも、あっという間に痛みが消えたことに、きょとんとした顔になっている。大人達には見えてないよね。

 うん、なかなか可愛い姉じゃないか。よしよししてやろう。アルテミスの頭をなでなでしてあげてたら、侍女が飛んできてアルテミスをひょいと立たせる。


 「ああっ、アルテミス様、鼻から血が。申し訳ございません。私が付いていながらこ、このようなお怪我をさせてしまいました。」


 侍女がハンカチを取り出し、アルテミスの鼻を(ぬぐ)うが、


 「あら? 血は止まっていらっしゃいますね。こんなに早く止まるものかしら。痛いところはございませんか?」


 この侍女、甘やかしすぎじゃね? 子供は痛い目にあったりしながら学習して成長するモンだ。放っときなさい。


 「わたしはだいじょうぶです。どこもいたいところはありません。ショウになおしていただきました。」


 何言ってくれてんですかっ!! このガキんちょは。たかだか2歳のおチビちゃんに理解できると思わなかったよ。2歳とは言っても、3歳直前だったな。物事の理解力がかなり高いのか? それに加えてアドリアーヌの娘だ。優秀な遺伝子を持っているのかもしれない。たかが2歳児と、なめてかかってはまずいぞ。


 「え?・・・」


 侍女がぽかんとした顔で俺を見て、


 「まさか、そんな事ありませんよ。それほどひどく打ったのでは無かったのでしょう。」


 マーシェリンも寄ってきて、


 「そうですよ、アルテミス様。ちょっとした勘違いですよ。」

 「ちがいますっ、かんちがいではありません。」


 アルテミスが横に座って、俺をギュッと抱きしめる。


 「ありがとう、ショウ。あなたはわたしのおうじさまよ。」


 キターッ!! 王子様展開。王子様お姫様関係の絵本、何冊か置いてあったな。あれ、どう考えてもアドリアーヌ執筆だよな。このガキんちょ、絵本に毒されすぎだよ。なんだか背筋に悪寒が・・・ マーシェリン、ガキんちょ相手に嫉妬してんじゃねーよ。

 でも、どっちもうっとうしい。ぐいっと手をはねのけ、たたた、とマーシェリンに這い寄り手をあげる。


 「あら、あら、私のほうへ来てしまいましたか。」


 勝ち誇ったような顔で、俺を抱き上げたマーシェリンの鼻先を、ばちーんと平手打ちしてやった。2歳児相手に何を勝ち誇ってんだよ。そういうところがお子ちゃまなんだよ、マーシェリンは。


 「あうっ、痛っ。もっ、申し訳ありません。ショウ様。」


 俺を下に下ろし涙ぐみながら一歩下がる。その流れを見ていたアルテミスの侍女は、唖然としながらマーシェリンと俺を交互に見る。あ、これはどう誤魔化す? 俺は出来ないから、後はマーシェリン、任せた。


 「あの、今のは一体? ショウ様とマーシェリン様の今のやりとりは? どういう?」

 「え? あ、いえ、ショウ様はとても賢いお子様なのです。アルテミス様に嫉妬した私を(いさ)められたのです。」

 「そんな、いくら賢いとはいえ赤ちゃんですよ。」


 もう大人達は放っといて本棚へ向かおう。俺に振り払われたおかげで涙ぐみながら、アルテミスも後ろを付いてくる。ヨチヨチと這いずる俺とトテトテと歩くアルテミスのスピードがちょうどいい塩梅だ。

 本棚にたどりついて絵本を引きずり出す。赤ん坊の手でもなんとか引っ張り出せるような薄い本だ。本を開いて、アルテミスにビシッと指で指し示す。


 「えほんをよんでほしいの? ごめんなさい。わたしはまだよめないの。エリーをよんでくるわ。」


 エリーとは侍女のことか。立ち上がろうとするアルテミスの袖をつかみ行かせない。絵本の文字の部分をビシビシ指す。


 「わたしによんでほしいのね。わかったわ。がんばってみる。」


 アルテミスは2歳とはいえ、もうそろそろ3歳なのだろう。その上その年にしては、かなり賢いと思われる。言葉の発音はまだ幼い子の発音だが、話す内容はしっかりした内容だ。だから文字だって覚えさせられれば、わりと早く覚えられるだろう。侍女がいつも読み聞かせてるから覚えようとしなかったんだろうな。


 「えっと、これはなんてよむのかしら。」


 最初からだめかよ。ビシッっと絵を指し示す。


 「そうだ、これははじまりのめがみルーナレータさまのものがたりよ。それじゃあこのもじは、は、じ、ま、り、の、め、が、み、ル、ー、ナ、レ、-、タ、さ、ま、・・・・・ すごいわショウ、ショウはこれがわかっているのね? わたしにおしえてくれようとしているのかしら。」


 このガキんちょは、察しがよすぎるよ。もう関わらないようにしようかな。

 侍女とマーシェリンが近づいてきた。


 「アルテミス様、昼食のお時間でございます。食堂へ移動いたしましょう。」

 「もっとショウといっしょにいたいです。ショウといっしょにいきたいのですが。」

 「ショウ様はお部屋にミルクがご用意されているそうですから、お部屋へ戻られるそうですよ。」

 「じゃあ、またあとでここであえるのかしら。」

 「マーシェリン様、ショウ様は午後はこちらへいらっしゃるのでしょうか。」

 「お昼寝の時間もありますし、必ず来ますとの約束は、致しかねます。」


 アルテミスがしょぼんとしてたから、これを読めるようにしておけと、絵本をビシッと指す。


 「うん、よめるようにしておくわ。」



 自室でマーサにおっぱいをもらったら、眠い・・・ 昔から聞く言葉が『寝る子は育つ』、本当か?



 目が覚めると、ベッドの横にグレーメリーザが座っていた。本を読んでいるようだ。


 「あれ? マーシェリンは?」

 「昨日、あれだけの事があって、マーシェリンは意識を失ってたのですよ。今は隣の部屋で休ませていますよ。」

 「あちこち出かけさせて悪いことしたかな?」

 「アドリアーヌ様のお呼び出しですから、しょうがないでしょう。」

 「うん、そうだね。」


 諸悪の根元はアドリアーヌという事にしとこう。決して俺では無い。無いったら無い。

 さて、アドリアーヌが言うには、俺は今あまり魔力が感じられないらしい。しかし俺が全開で魔力を発生させた分、マーシェリンの魔力を吸い取ってしまった分、心臓の魔石がいまだにごく普通にに魔力を発生させている分、それらが全て圧縮魔石の中に吸い込まれ、圧縮されているとしたら、自分でも予想が付かないぐらいの魔力量が体内にある。後は圧縮魔石の許容限界が、どのあたりなのかを探っておかないとな。

 昨日みたいに魔力発生を最大にしたりすると、また大騒ぎが起きるから、目の前にいるグレーメリーザが気が付かない程度で徐々に魔力発生を大きくしていこう。グレーメリーザの反応を伺いながら、じわじわと魔力発生を大きくしていく。発生させた魔力は、どんどん吸収魔石に吸い込まれているから、意外に気づかれないみたいだ。

 とうとうグレーメリーザが、おやっ? って感じで視線を上げた。その瞬間、魔力発生を抑える。首を傾げながら本に目を戻す。ヤバかった。ここらが限界か。それでもこの魔力発生量は、長時間続けても大丈夫そうだな。しばらく寝た振りしながら続けよう。


 まだ、日が暮れる前に、マーサにおっぱいをもらってもおしめを替えられても、まだずっと続けてたけど、未だ限界が見えない。周りはもう真っ暗だ。もう疲れて眠い。一度魔力発生を抑えよう。寝てる間に限界を迎えて爆発するなんて事になったら・・・ 考えるだけで恐ろしい。



 目が覚めたら、日が高く昇っていた。思ったよりも疲れていたみたいだ。そりゃそうだ。昨日一昨日で恐ろしいほどの魔力量を発生させている。少し体を休ませた方がいいかもしれない。

 マーシェリンが来た。今日はやけに元気そうな顔をしてるぞ。


 「ショウ様、なんだかお疲れのご様子です。大丈夫なのでしょうか。」

 「マーシェリンは元気そうだね。」

 「はいっ、昨日の昼から朝まで寝続けました。やはり疲れているときは、睡眠を摂るのが一番ですね。ショウ様もお疲れでしたら、わっ、わたっ、私の膝でっお休みにっ、」

 「結構ですっ!! ここで一人で寝るよっ。おやすみっ。」


 マーシェリンが寂しそうな顔してるけど、本当に疲れてるんだよ。放っといてくれよ。

 また眠りに落ちていった。

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