2.異世界に転生 ボケた記憶を持った赤ん坊
このまま力尽き白い膜状の物が消えれば、猛獣の餌になり、生まれたばかりの赤ん坊はその生涯を終える事になるだろう。せめて母親に抱かれた暖かな記憶を思い出して、その思い出に耽っていよう。
なんだか暖かい液体の中で、いつも優し気な女性の声が響いていた。時折、男性の声も外から呼びかけてくる。言語が違うようで、全く理解が出来ないが。
母親の胎内で成長している記憶か。羊水の中が温かくて、守られている安心感がある。母親の心音だろうか。ザザー、ザザー・・・ 常に音がしてる。ドキンドキンていう音ではないんだね。
男性の声は父親のようだ。とても愛されて育っているようだった。
ああ、そうだ。産道を通って、産れ出たんだ。
産まれるときに苦しむのは母親だけじゃない。暖かな胎内で護られてきた胎児が外に放り出されるんだ。
生まれ落ちる痛み、苦しみ。自らを護るものが何も無くなってしまう恐怖。
痛み苦しみ恐怖に耐えかねての第一声は、
『おぎゃあっ!』
無事に生まれた記憶だ。恐怖はあるが、母親の腕に抱かれていつも聞いていた声と心音、それに安心感を感じる。
目を開けて廻りを見ようと思っても、目の焦点が何処にも合わず、全てがピンボケ状態で何も確認できない。そういえば、産れたばかりの赤ん坊って目が見えてないって聞いたことがあったなぁ。
『ちゅぱ ちゅぱ』
乳首に吸い付いて、おっぱい飲んでる記憶か。
『ヒヒーン』
何故そこに馬が出てくるっ!
ガラガラ
こっ これはっ! 馬車かっ!! 何故っ? 車はないのかっ!! どういう時代背景なんだっ!! って、問題はそこじゃない。産れたばかりの首も座っていない赤ん坊に、この揺れはヤバいっ! 幼児虐待で訴えてやるっ! しかもこの時すでに、体の奥底から熱が沸き上がってきている。燃え上がりそうだ。
男性の突然の叫び声。 ガラガラガラガラッ!
突然スピードが上がった。ヤバいって。脳ミソ揺れてるって。
『ガウッガウッガウッ!!』
猛獣の吠え声が。
ドガッ!
突然下から突き上げる衝撃。
地面のギャップで跳ね上がる馬車。
宙に浮く俺。
女性の、喉が張り裂けんばかりの悲鳴。
怒鳴る男性。
ガラガラガラガラッ!
走り去る馬車。
なぜかは分からないが、夫婦とその産まれたばかりの赤ん坊は、馬車で移動しなければならなかった。猛獣に追われて速度を上げたところ、地面のギャップで馬車が跳ねて、不幸にも俺だけが外に放り出されて宙を飛んでしまった。馬車って言うよりも、馬に引かせた荷車かな? そうでなければそんなに簡単に、外に飛んでく事もなかっただろうし。
悲鳴を上げながら飛び降りようとする母親を、怒鳴りつけ強引に引き留めた父親って感じかな? 言葉が理解できていればもっと詳細に状況を把握できたかもしれないけど。
馬を走らせてる人も、猛獣に追われてるんだから絶対に馬を止めないだろうし、母親が飛び降りたとしても母子揃って猛獣の餌になるくらいなら、夫としては、まだ荷車から落ちていない妻だけでも助けたいと思うのは、しょうがない。
その行動は間違ってない。駄目な物は切り捨て、助けられる物は最大限助ける。それが種族保存の本能だ。子供はまた作ればいい。
で、切り捨てられた側としての俺って、白い膜状のものに包まれて地面に転がったまま猛獣に狙われてる。体内はまだ熱いし。
そもそも、この白いのってなんだ? 体内に熱が蓄積されて、熱くて熱くて、もうこれ以上は無理ってところで一気に熱が噴出し、白い膜になった感じ? これは超能力的なものか、はたまた魔術的なものなのか? 発動するのに何かのきっかけがあったのか?
まあ いいか。 魔術的な物ということにしとこう。発動条件は危機が迫っていたから突然発動したということで、納得しとこう。何処かで説明できそうな人に会ったら聞いてみよう。でも、言葉がわかんないか。
魔術的な物だったら、もっとこう【ファイヤーッ!!】とか【サンダーッ!!】とか、もっと派手系な魔法がいいなぁ。声が言葉になってないから無理か。白い膜が出ましたってのじゃ、ちょっと地味すぎだよなぁ?
でも、これが誰にでも普通にできる事だったら、ここは今まで俺がなじんできた世界とは、全く別の世界に転生したってことか。地球の輪廻の輪から放り出されて、どっかよその星に転生しちゃいましたって事?
輪廻転生なんて信じてなかったけど、自分の身に起きてる事だし信じるしかないのか。
あれ? 転生って事は俺の前世、終わってるの? 俺って誰だったの? 何で死んだの? なんだか記憶が曖昧になってる。モヤッと霞のかかったような中で、思い出したいものに手を伸ばすと、スルッと記憶が指先をすり抜けていってしまう感じ。
やっぱりボケ老人だったような感じ・・・?
『異世界に転生 ボケた記憶を持った赤ん坊』
こっ これは・・・ いやだあ―――――っ!! あまりにも残念すぎる・・・




