16.だめよ 相手は0歳児よ
抱かれていた赤ちゃんが突然リベルドータの手を離れ、筋肉モリモリマッチョマンに変形していく。
「何者だっ!! グレーメリーザ、マスカレータ、アドリアーヌ様をっ!!」
即座にリベルドータが剣を抜き、他の二人に指示をする。
「出たーっ!! 半裸の剣士っ!!」
えーっ!! この人映画俳優の・・・ 誰だっけ?
「人を指差しちゃいけませんっ!!」
「あ、そ、そうよね、指差しちゃいけないわね。って喋れるのっ!!」
「剣を収めるように言ってくれない。」
「あ、そうね。ちょと待って。リベルドータ、剣を収めて。彼には攻撃の意思は感じられないわ。」
「本当に大丈夫でしょうか。」
しぶしぶながら三人が剣を収めてくれたけど、彼との間に立って凄く警戒している。
その彼は私の治癒にダメ出ししてきた挙句、気を失ったマーシェリンに飲食をさせるって言いだした。治癒も自分でするって言ってるけど、あなた、魔力を切れを起こしてまだ半日もたってないのよ。さっきまで気を失ってたじゃない。
でもマーシェリンの治癒をしたのが彼なら、その技術を見させてもらった方がいいかもしれないわね。
ベッドの反対側に座った彼がマーシェリンの上に手をかざせば私が展開した魔法円と同じ魔法円が光り癒しの光をちりばめる。
え―― それ私が古い文献から探し出した魔法円なのよ。なんであなたが知ってるのよっ!! しかも魔石も持っている様子が無いわ。魔法円を記憶してよっぽど使い慣れている場合を除けば、ほとんどの人は魔法円を複写した魔石を腕輪に装備して、そこに魔力を注いで魔法を発動するのに。
「ちょっと、あなた、魔石も待たずにどうやって魔法円を出してるのよ。」
「え? だってあんたがさっき使ってた魔法円がここに浮かんでたよ。」
「そんなもの見えるの?」
「え? 見えないの?」
「そんなもの普通の人は見えませんよっ!!」
魔法を使用した痕跡が見えるらしい。しかも一度使うと記憶できるとか。何その能力、私も欲しいわ。
名前を聞いたら『ショウ』と名乗ったけど、本名じゃなさそうね。
チューブ状の物で食べ物や飲み物を流し込んでるんだけど、大丈夫なの。詰め込み過ぎよ。吐いちゃうわよ。でも顔色が良くなってきているみたい。もうちょっと様子見ね。
凄い、この濃密な魔力、マーシェリンの体が浮きあがったわ。ちょっと、ちょっと なんで脱がしちゃうのよ。って、魔法円の展開が早いわ。こんなに多くの魔法円を展開するの? お腹側も背中側も、これ制御しきれるの。これって魔力の触手? 体内の損傷部を探ってるのかしら。ここまでの怪我だと治癒しても、かなりの障害は残ってしまうんだけど、それさえも治してしまおうとしているの? 人体をどこまで理解しているのかしら。この人、お医者様なの?
いろいろ聞きたい、聞きたいけど、集中を乱しちゃいけないわね。我慢、我慢。
「ミルクのおかわり、お願いできる?」
「え、ええ、すぐに。
マスカレータ、もう一度ミルクを温めてきて。今度はポットでお願い。」
ヘッドボードに置かれたポットを魔力の触手で、 えー、それ哺乳瓶? ミルクを注いで・・・ お前が飲むんかい!
いけない、下品な突っ込みしちゃったわ。聞こえてないわよね。
マーシェリンの瞼が動きうっすらと開いた。意識が戻ったみたい。あ、半裸の剣士を確認したみたい。
「剣士様。剣士様が助けて下さったのですね。ありがとうございます。あなたが魔獣に挑んだ時にあなたのお力になりたくて、飛び込んでしまいました。あげく、怪我をし、あなたの足手まといになってしまいました。申し訳ございません。私のこの後の人生をあなたに捧げます。どうか妻に娶ってください。第二婦人でも第三婦人でも構いません。どうかどうか・・・」
ちょっとなんてこと言ってるのよ、この子は。あなたまだ若いんだから、安売りしちゃだめよ。
「なんて言ってるの。」
「助けていただいてありがとうって、後は、これ言っちゃていいのかな。」
「言葉に出来ないようなことなの? 悪い事?」
「そんなんじゃないわよ。あなたの妻に迎えてくださいって、もし奥様がいるようでしたら第二婦人でも第三婦人でも構わないって言ってるわ。」
「えーっ!! この娘、いくつなの? まだ顔が少女と言ってもいいぐらい若いよね。いや、それより、一夫多妻制なの。」
「う~ん、多分15歳だと思う。騎士団に入団したばかりらしいから。でも15歳はこの世界では成人なのよ。」
「15歳が成人なのは分かったけど俺が0歳だよ。丁重にお断りしておいて。あ、この娘に強制的に飲み食いさせて胃と腸を活性化させたから、後でトイレ連れてってあげて。そうしないとここで糞尿垂れ流し状態になるよ。」
「言い方っ!!」
「え、言い方悪かった? 失禁脱糞いたしてしまいますわよ? こんな感じ?」
「言い方変えても、下品よっ!!」
下品過ぎよ。この筋肉モリモリマッチョマンはっ!!
筋肉モリモリマッチョマンの体が崩れ始めた。これは魔力切れ? 前回魔力切れ起こして半日もたたないうちに魔力使い過ぎよ。ショウが床に落ちる前に抱き止めなきゃ。
宙に浮いていたマーシェリンがボフッとベッドに沈む。マーシェリンを包んでいた魔力が消えたみたい。
マーシェリンの悲鳴が聞こえるけど、裸だったことに気付いてなのか、筋肉モリモリマッチョマンが崩れ始めてるのを見てなのか、あ、裸が恥ずかしかったみたい。
完全に消え去る前にショウの元へ走り寄り、無事抱き止めた。
ローブを羽織ったマーシェリンが慌てているんだけど、赤ちゃんの姿を初めて見たのかしら。
それよりマーシェリン、普通に動いてるんだけど。あれだけの怪我をして、何の障害も残っていないの? ありえないわ。
「剣士様はどうされたのですか。その赤ちゃんは一体・・・」
「状況が全く分かっていらっしゃらないようだから説明させていただくわ。あなたのおっしゃる剣士様はこの赤ちゃんが魔力で創り上げたものなの。私達が魔力で従魔を創るのと同じようなものだと思うわ。」
「従魔を、自らの体に纏わせて動かしているのですか? そんな事ができるのですか?」
「誰もが驚くほどの事を、普通にこなしてしまえるだけの魔力量を持っているみたいね。それだけでもこの赤ちゃんの特異性を理解していただけると思うのだけれど、このことは誰にも秘密にして頂きたいの。」
ガクッと膝を付き項垂れ、
「私は、赤ちゃんに求愛してしまったのですかっ!!」
「え、ええ、そういうことになるわね。でも安心して、赤ちゃんは大きく育つわよ。」
「そ、そうですよね。大きく育つまで私がこの赤ちゃんを、命にかえてもお守りします。」
「え? ここはテルヴェリカ領よ。あなたはイクスブルク領に帰らないといけないわ。家族もいるんでしょう。」
「ええーっ 何故テルヴェリカ領にいるのですか。」
「説明してあげるけど、その前にあなた、トイレは大丈夫?」
「ええ、大丈夫・・・ いえ・・・ 大丈夫ではないかも。」
「リベルドータ、案内してあげて。」
「グレーメリーザ、マーシェリンはお腹を空かせてると思うの。もう夕食の時間も近いし食事を5人分こちらに運んでもらって。後は服も用意してあげたほうがいいわね。あなたの体型に近いから貸してあげられる服はあるかしら。明日の朝でいいわ。」
「かしこまりました。マーサが先程城に着いたと報告がありましたが、いかがいたしましょう。」
あ、そうか。ショウは今晩は目覚めそうもないわね。それにさっき、ミルク飲んでたわよね。
「マーサは馬車で家まで送り届けてもらって。明日の朝改めて馬車が迎えに行くと伝えておいてもらえるかしら。謝っておいてね。」
すっきりした顔で戻ってきたマーシェリンが、
「お気を使っていただき、ありがとうございます。助かりました」
私が座ったソファーの向かいを示して、
「こちらにどうぞ。」
「ありがとうございます。」
「まず、わたくしはテルヴェリカ領領主アドリアーヌと申します。」
それを聞いたマーシェリンは、漫画みたいにピョーンと跳んで床に片膝を付き首を垂れ、
「イクスブルク領騎士団第二騎士隊マーシェリン・バートランドです。今迄の数々の非礼、真に申し訳ありませんでした。」
「非礼だなんて思ってないしそんなところで跪いていられたら話もできないわ。こちらに座ってちょうだい。」
「は、はい、座らせていただきます。」
「あなたが魔獣と戦って怪我を負った後からの話でいいかしら。」
「はい、あの時は死を覚悟しました。まさかこの世界で再び目覚めることが出来るとは思いもよりませんでした。しかもこの体の動き具合を考えると、怪我をした記憶は夢ではなかったのかと思うぐらいです。」
「その事については、同感ね。あなたの鎧や服を見れば、死んでいてもおかしくない程の損傷を受けているわ。助かっても体に障害が出て動けなかったはずよ。普通に動いているみたいだけど、何処か痛かったり動かしにくいところは無い?」
「ええ、全く何処も痛みはありません。体も普通に動きます。私も驚きました。」
「彼の、ショウと名乗っていたけど、治癒魔法の技術は凄かったわ。ショウに感謝ね。」
「ショウ様とおっしゃるのですか。」
マーシェリンが頬を赤らめ目がショウを見つめる。それって恋する乙女の目じゃないの? だめよ。相手は0歳児よ。
ドアがノックされアステリオス様が入ってきた。その後ろに食事の乗ったワゴンを押す給仕がいる。
「お帰りなさいませ、アステリオス様。遅かったのですね。」
「ああ、状況の説明を受けてから、あの大きな魔石を運んできたのだからな。」
マーシェリンがまた跪いてる。身分が高いのを感じ取ったんでしょうね。
「マーシェリンこちらがテルヴェリカ領騎士団長でありわたくしの夫、アステリオス様。」
「イクスブルク領騎士団第二騎士隊マーシェリン・バートランドです。」
「なにっ、死んだと、オルドリンが言っていたぞ。何故ここにいる。」
「食事が届きましたし、いただきながら説明いたしますわ。」
給仕にもう3人分を持ってくるように頼む。アステリオス様の側近の分も欲しいわね。
リベルドータ達は後でいいと言うので、アステリオス様とマーシェリンと私の3人で食事を始める。
「これからする話は、アステリオス様も絶対に他言無用でお願いいたしますわ。」
私が前世の記憶を持っていることを知るアステリオス様は、それだけを聞けば何かを理解したようで、黙って頷く。
「オルドリン隊長が、人型の大型魔獣が崩れ落ちて、大きな筒状の物が落ちてきたと言っていましたが、そのどちらも魔力で創り上げられたものでした。わたくし達が魔力で創る従魔と同じ要領だと思います。」
「半裸の剣士がいたと言っていたが、その男が創ったのか。そんな巨大な従魔を創るなど、どれほどの魔力量を持っているのだ。」
「そうでもあり、違うとも言えます。その大きな筒に話しかけましたら、筒が崩れ落ちて、中に大怪我を負ったマーシェリンと赤ちゃんが居ました。既にマーシェリンには治癒が施されて生命の危機は回避できていたのですが、外傷が酷かったので急いで城に戻る必要がありました。」
「理解が追い付かないぞ。半裸の剣士ではなくて赤ちゃん? その赤ん坊は何処にいるのだ。」
「そこのベビーベッドで寝ている・・・ というか魔力切れを起こして意識を失っている状態ですね。」
「赤ん坊が魔力切れ? 一体何をして?」
「自らの魔力で大型魔獣を創り、その中でマーシェリンに治癒を施し『ブリザードエンペラーウルフ』を倒し、そこで一度魔力切れを起こしましたが、ここに運び込んだ後、目を覚まし、マーシェリンの残りの治癒を行い、また魔力切れで意識を失っています。
そして驚くことに、この赤ちゃんの魔力操作に魔石が介在していないのです。」
それを聞いていたアステリオス様もマーシェリンも啞然として私を見ているけど、食事中にする話では無かったわね。
「それは・・・ 冗談ではないのだな。」
マーシェリンは涙をポロポロこぼし、
「私は、ショウ様にそこまでの無理をさせてしまったのですね。私のこの後の一生を、ショウ様をお守りするために捧げます。」
「話は食後にしましょう。」
食後に執務室のソファに移り、お茶を頂きながら話を再開する。
「マーシェリンはイクスブルク領に帰らなくてもよろしいのかしら。」
「ショウ様が居られませんでしたら、私は死んでいました。お願いです。ショウ様のお傍に置いて下さい。もしイクスブルクへ帰ることになれば、秘密を守ることが出来ないかもしれません。どうかお願いです。」
ショウに付いていたくて必死ね。秘密を守れないとか、ちょっと脅しっぽいこと言ってるけど、それも納得できるわね。ヴァーソルディ様に喋れと強要されれば、喋らざるをえないだろうし。ここまで強い忠誠心を持っていればショウの護衛騎士としていいかもしれないわ。
「分かりました。アステリオス様、マーシェリンを騎士団の所属で登録をお願いいたします。任務は領主の養子ショウの専属護衛騎士でお願いします。」
「アドリアーヌ様、ありがとうございます。命に代えても、ショウ様をお守りします。」
「出生も分からない赤ん坊を養子にするのか。」
「ええ、ショウの魔力量は産まれたばかりなのに、わたくしを遥かに凌駕していますわ。この子の存在が世間に知られれば、必ずや王や他領の領主達、その他の貴族達でも欲しがるでしょうね。今の王ならショウを魔力ほしさに奴隷のように扱う事はないでしょうけど、たちの悪い貴族が狙ってくるとしたら、有無を言わさず誘拐するとか、手に入らなければ殺してしまえ、などという輩がいまだに存在するのも事実なのです。
アステリオス様にはわかると思いますが、あの子はわたくしと同じなのですよ。わたくしにしか育てられないと思います。わたくしの元で静かに育ててあげたいのです。」
アステリオス様は、私の秘密を知ってるから、今の会話でショウが転生前の記憶がある事を理解してくれたと思うけど。
マーシェリンの事はどうしようかしら。死んだことにするのも家族がかわいそうよね。
「マーシェリンの事だけど、瀕死の重傷を負ったけど命は取り留めて療養中と、ヴァーソルディ様に伝えておこうかしら。手紙と一緒にマーシェリンの鎧と衣服を送れば納得すると思うの。」
「すべては、アドリアーヌ様にお任せ致します。」
リベルドータに部屋を用意してもらって、マーシェリンには早く休むように伝える。あれだけの怪我を治癒魔法で直したんだから、マーシェリンの疲労は限界までいってるんじゃないかしら。目が死んだ魚のようになってるわ。何日かは休ませた方がいいわね。




