154.そういうもんなんですよっ!!
昨夜はジェラルディーヌとは揉めたね。なんで俺の馬車に乗っていきたいのかを散々言われ続けて、最後は、もう好きにしろ、ってな返事をしてしまった。
俺の馬車に乗って行くには、山盛りの荷物は持っていかないからね、と釘を刺せば、領都邸に着替えはありますわ、護衛は乗せないよ、と言えば、ショウ様がいらっしゃるのに護衛は必要ないでしょ。なんて返事が返ってくる。
ファルギエール伯爵は、ジェラルディーヌが護衛も付けずに領都まで行くのを渋っていたけど、ジェラルディーヌの『マーシェリンさんは領内最強の騎士ですっ!!』の言葉に渋々領都行きを許可したけど、最強のマーシェリンは俺を護るためにしか動かないよ・・・・・ 多分。
馬車に乗り込んできたジェラルディーヌとポーラの荷物は・・・・・ ま、まあ、少なめなんだろうね。でっかい衣装鞄が二つですんでいる。
いくら馬車がでかいからといって、あまり荷物が増えすぎたら居住空間を圧迫してしまう。固定されたテーブルや椅子があるし、トイレスペースも、収納型とはいえベッドまである。どこかにトランクルームでも創っておけばよかったな。
まあ、じゃまな荷物は異空間収納に放り込んじゃうんだけどね。というわけでじゃまな荷物の無い快適な馬車の旅をご堪能あれ~。
って、この狭い御者台にまた割り込んできたよ、この娘は。
「こんな狭いところに割り込むんじゃないっ。せっかくポスダルヴィアのじいさんが乗ってるんだ。社交してこいっ。」
「何をおっしゃるのですか。社交も大事ですが生涯の伴侶を探すほうがもっと大事ですわ。」
「まさか、俺が生涯の伴侶になるだなんて考えてないだろうねっ!!」
「あら、いけませんか。ショウ様とわたくしがそのようになる機会があってもよろしいのではございませんか。」
あれ? この娘は俺とアルディーネの婚約の話を聞いてないのか? ファルギエール伯爵ならその程度の情報は知っているはずだよね。
いや、ファルギエール伯爵もワンチャンありかも、なんて思って娘をけしかけたとか?
いやいや、ファルギエール伯爵にそんな下心があったとは考えにくい。全てはジェラルディーヌの暴走だろう・・・・・ 暴走少女ですかっ!!
もう、俺の中でのジェラルディーヌの印象は暴走少女に決定だ。
「まず、俺とジェラルディーヌがそのようになる機会は無いからね。それと、アルディーネの話は聞いてる?」
「え? 王女様がどうかされましたか。」
やっぱ知らないんだ。でも、俺から、アルディーネと婚約しました、とは言いたくないな。婚約とは名ばかりで実際には婚約の儀も交わしてないし。
じいさんならその婚約したって話だけなら知ってるよな。領主会議の時には、ご婚約おめでとう、の言葉をもらってるし。よし、じいさんに説明してもらおう。
「俺の横に座っていてもジェラルディーヌの将来の糧にはならないぞ。ポスダルヴィア領の元領主が同乗しているんだ。じっくり会話をしてしっかり顔を覚えてもらえば、この先貴族学院へ就学した時の強みになるぞ。」
「そ、そうですわね。なかなか他領の御領主様と・・・ あ、いえ、元領主様でしたわね。そのような方との顔つなぎなどできるものではございませんね。せっかくショウ様にそのような機会をつくって頂いたのです。では、わたくしは社交致してまいりますわ。」
うっとうしい暴走少女がようやく消えた。ついでにアシルも馬車内に消えていった。お茶とお菓子が出るかと思ったんじゃないかな。
暴走少女がまた戻ってきてゴチャゴチャ言われないうちにさっさとテルヴェリカ城に帰ろうか。もう地べた走らなくても馬車ごと飛んで帰ろう。
少しずつ加速させて4頭立ての馬も馬車も空中に浮き上がる。
街道を走らせていたときもほとんど馬車は揺れてなかった。空中に浮き上がってもジェラルディーヌは気付かないだろう。窓の外を覗かない限りはね。
ここで急激な加速をすると馬車内にいるジェラルディーヌに空を飛んでいることがバレるから、微妙な加速を継続的にかけ続ける。
スピードが上がるにつれ風切り音が大きくなってくる。御者台の前に展開している魔力風防を大きく広げて馬車全体を包み込めば、音も入ってこなくなった。
よしよし、馬車内の連中には気付かれていないぞ。このまま加速を続けよう。
そろそろ音速を超えたぐらいかな、なんて考えながら馬車を飛ばしている。ここまでスピードを上げるとソニックブームで地上に大ダメージを与えかねないから、超高高度を航空させる。すぐ上には天空の魔法円が見えているんだけど、俺にしか見えないらしいからまだ誰も飛んでいることに気付いていないようだ。
突然後ろの扉が開かれジェラルディーヌが顔を出す。
「ショウ様っ!! どういうことですかっ!! 馬車が飛んでますっ!!」
「アンタ、待ちなさいよっ。ショウが動かしてるんだから、空飛んだっておかしくはないんだよっ。」
追っかけてアシルも顔を出す。
「アシル様、空跳ぶ馬車はどう考えてもおかしいですわ。せっかくこの場にいるのです。この空を飛ぶ経験をしなければっ。やっぱりわたくしはショウ様の隣に座りますっ!!」
またもや無理矢理俺とマーシェリンの間にお尻を割り込ませてきた暴走少女。
「あたしはおやつを食べてるからねっ。」
アシルが引っ込んでしまった。暴走少女を連れてってくれればいいのに。
「それで、この馬車はどのあたりを飛んでいるのでしょう。」
地面がはるか遠くに見えているだけだし、まだ従魔で飛ぶ経験もないようだから、空を飛んでいる時の位置の把握はできないようだ。
まあ俺も、こっちに向かって飛んでいけば領都だよね、っていう大雑把な感覚で飛んでるだけだけどね。
「ジェラルディーヌの町から領都までの・・・・・ 半分ぐらいかな?」
「なんですってっ、まだジスカールを旅立って半刻も経っていませんよ。今日中に領都へ着いちゃうじゃないですかっ。」
「早く着くことには何も問題はないだろ。時は金なり、とか言わなかったっけ?」
「時は金なり? 聞いたことありませんわ。どういう意味ですの。」
「時間はお金と同じぐらい貴重である、という意味なんだけど、貴族共のお金の価値観が低いからな~、ジェラルディーヌには理解ができないかも。」
そうなんだよ、このことわざはお金に価値を見いだせる庶民のための言葉だよね。貴族達には絶対響かない言葉だ・・・・・ と思う。
「失礼ですわ、ショウ様。お金の大切さは理解しているつもりですわ。そのお金と同じように時間を大切にしろとのショウ様のお言葉なのですね。」
「いや、俺の言葉じゃないよ。そんな言葉を誰かが言ってたのを聞いただけだよ。」
「残念です。ショウ様の名言だと思ったのに。ショウ様の名言はないんですか。」
「ありませんよっ!! そんなものっ。」
そうだな、俺が言うんなら、『時はお金よりも貴重』だな。お金は使ってもまた稼ぐ事はできる。過ぎ去った時はお金を払っても巻き戻ることはない。
『time is money』ではないっ!!『Time is more precious than money』だっ!!
「ポスダルヴィア様に、ショウ様とアルディーネ様のご婚約をお聞きしました。」
そうか、じいさんちゃんと言ってくれたようだな。よかったよかった、これでジェラルディーヌもおとなしくなるか。
「あの、わたくしは第二夫人でもかまいませんわ。」
「いらねーよっ!! 第二も第三もいらねーよっ。」
全然おとなしくなりそうもないよ。やっぱ暴走少女だよ。ジェラルディーヌはバーミリオンと友達だって言ってなかったか。殿方候補はバーミリオンにしとけよ。
あ、そうだ。バーミリオンってイブリーナの弟だったよね。後ろにイブリーナが乗ってるじゃないか。バーミリオンとジェラルディーヌが婚約するように、イブリーナに働きかけてみようか。
物思いにふけっていたら、マーシェリンの呼びかけで現実に戻された。
「ショウ様、領都が見えてまいりました。前方の海岸から右に広がっている都市が領都だと思います。」
え? どこどこ? って、見えね~よっ!! いったいどんだけ先の物が見えてるんだよっ。しかも高度10,000mだよっ。
「わたくしには見えませんが、ショウ様は見えていらっしゃるのですか。」
「俺だって見えないよ。マーシェリンだけ特別なんだよ。」
「と、特別だなんて・・・・・ ショウ様に褒めていただいて、嬉しいです。」
マーシェリンが頬を染めてるけど、今の話の中で、いつ俺が褒めたんだ? まあ、マーシェリンが喜んでるならいいか。あえて水を差すのはやめておこう。
もうずいぶん前から加速はやめているけど、領都も目視できたのなら減速し始めてもいいだろう。
またもや乗客達にはわずかに感じられるぐらいの減速Gがかかり始める。スピードが落ちればソニックブームの影響も少なくなるから、高度を下げても大丈夫だろう。
高度も速度も落とし、地表が近づいてくる。あ、見えてきた。領都だ。ようやくおうちに帰ってきた感がわいてきたぞ。それだけこのテルヴェリカ領主城に愛着がわいたのかな。
いや待て、それってアドリアーヌの思うつぼに嵌まってないか?
ダメだっ!! 俺はここに定着すること無く、根無し草のごとく旅人として生きるつもりだったのに。
旅人でも帰る場所がある安心感はあってもいいのかな。実際には放浪して帰ってきても身内は邪魔者扱いして受け入れてくれないんだけどね。
今現在のスピ-ドと減速率だと、領都をはるかに飛び越すね。だからといって急制動を掛けると乗客に減速Gの負担がかかる。
領都を旋回するように廻りながら徐々に減速するか。
「マーシェリン、この速度だと領都を超えちゃうから、領都上空で旋回して速度を落とすからね。今ちょうど領都の西側を通過するから右にバンクさせて右旋回するよ。」
「はいっ、かしこまりましたっ。」
「お、落ちますっ。ショウ様、落ちますっ。」
いや、落ちないからね。右旋回のために右にバンクさせたおかげで、自分の体が右に転がり落ちていくと勘違いしたジェラルディーヌ。自分より小さな俺に向かって抱きついてくる。右側にいるマーシェリンに抱きついたらそのまま右に落ちるとでも思ったのだろうか。
「あれ? 落ちませんわ。地面が右側に迫ってくるのに、なぜ地面に向かって落ちないのですか。」
「そういうもんなんですよっ!!」
遠心力による横Gを相殺するためにバンクさせてるんだけど、そもそも遠心力とかの概念を説明して理解出来るのか?
そういうときのための『そういうもんなんですよっ!!』 これに尽きるね。