153.もちろん一緒に領都へ
ポスダルヴィア領都からテルヴェリカ領の領界門に向かう街道をひた走る。
じいさん曰く、領主城へよっていたらあれやこれやと仕事を押しつけられる、さっさとテルヴェリカ領へ旅立とう。とのことで、新領主様への挨拶もせずに領都を離れることになってしまった。
まあ、じいさんに急かされたんだからしょうがない。怒られるのはじいさんだけにしてほしいものだ。
それでも、昼をまわってから領都を出てきたんだから、どんなに急いでも領界門まではたどりつくこともできず、途中の町で宿を取ることになった。ベッドが硬いだの狭いだのと、じいさんが文句言うかもしれないが俺は知らないよ。
宿はその町の最高級の宿。そしてVIPルームでの夕食時、何やら外が騒がしい。どうやら従魔がたくさん飛来してきたようだ。
家出して行方の分からなくなったじいさんを、動かせる騎士隊を動員して探し回ったんだろう。これってどう考えてもじいさんのせいだよね。俺が怒られたりしないよね。
いや待て、俺が拉致監禁でじいさんを連れ回した犯罪者にされたりとか・・・・・
待て――――いっ!! お、俺じゃないよ、じいさんだよ、全部じいさんが企んでこんなことになってるんだよ。
扉が乱暴に開かれる。新領主テオファーヌと騎士団長フィリベール? だったかな。その後ろにオロオロしてる宿のオーナー、「お止めしたのですが、」とつぶやいてる。
「父上っ!! 新しい事業を始めるとか諸々の指示をしたことは理解出来ますっ。しかしっ、私への何の説明もなく雲隠れをするとはどういうことですかっ!!」
「雲隠れとは人聞きが悪い。私はまだショウとの旅の途中だ。城に寄る用事もなかったというだけだ。」
「城へ寄る用事ならあるでしょうっ。私への説明責任ですっ!!」
「分かった、今ここで説明する。椅子に座れ。会食しながらでもよかろう。
主人、二人分の食事を頼めるか。」
「ただいまお持ちします。」
新領主は怒ってて、じいさんはどこ吹く風の表情で受け流す。
この親子げんかに巻き込まれたくはない。俺も我関せず、で黙ってよう。ちゃんと聞き耳は立ててるよ。いつ俺に対しての風当たりが強くなるかもしれないからね。
フィリベールは騎士隊に城へ帰るように指示をし、騎士隊は飛び立っていた。
さて、みんなが席に着いたけど、テオファーヌのお怒りモードがおさまったわけじゃない。イライラした感じの表情を隠そうともしていない。
「テオファーヌよ、領主たる者、機嫌を損ねることはあってもそれを表に出してはならぬぞ。」
「機嫌を損ねた本人に言われたくはないですね。カメリアを大量に植栽させると聞きましたが、あんな物で一体何をしようというのですか。」
「なんだ、情報がちゃんと伝わっておらんのか。」
「情報とは?」
「話を伝えにきた騎士は油に関しての事を何か言っていましたが、要領を得なかったのでシルヴェストル様に直接伺おうと思っていました。」
フィリベールが助言してきたけど、人づてに話を伝えるためには書面にすればよかった。人から人へ話を伝える際に言葉が消えていたり、余分な言葉が追加されたりで、内容がしっかり伝わらなかったみたいだ・・・・・ 伝言ゲームですかっ!!
「ならば、父上が直接説明に来ていただければよかったのでしょうっ。」
「そんなことをしたら私に仕事を押しつけようとするのが目に見えておるわ。どうしたいのかをここで説明をしてやるから、あとは事業化の段取りは現領主に任せる。」
「事業化などと。カメリアの木ですよ。一体何ができるというのです。」
「私もそう思っていた。ショウに教えてもらうまではな。
ショウ、カメリアの実はまだ持っておるか。」
おぉい、ここで俺に振るのかい。まだ持ってるから出してやるけど、説明はじいさんがしてくれよな。
異空間収納から出したカメリアの実を、マーシェリンがじいさんの前に置く。
俺がやったのと同じように、テーブルに載っていたナプキンにカメリアの実を包み込みグジグジと潰す。にじみ出た油をナイフに塗りつけフィリベールに渡す。フィリベールに手を出させて手のひらに塗りたくる。
「この油はべとつかずにさらっとしているから、刃物の手入れにはとても良い。その手に塗った油で髪をなでつけてみろ。整髪にもいいぞ。髪も艶やかになるから女性達も欲しがること間違いなしだ。」
「確かにこれは良質の油ですね。しかし、サンフラワーの油の件もありますしそこまで急いで推進する事業ではないでしょう。」
「そんなのんびりしたことを言っておれば、ここにいる小さな子供に先を越されるぞ。この油はショウに教えてもらった知識だ。」
「領主会議でカメリアを欲しがったのは、そういうことでしたか。交渉術もさることながら、なかなかに食えない子供だ。」
「今さら返せって言っても返さないよ。」
「そのような事は言わないし言えない。契約書にも謳ってあるのでな。」
ああ、そうだ、あの交渉の時に契約書を交わしたんだったな。どういう契約だったっけ。塩や桜の話のついでに、カメリアはタダで好きなだけ持ってっていいって話だったよな。そうか、掘ってきたカメリアを置いてってやる必要もなかったか。だからといって総取りしたら後々禍根を残す事もありうるし・・・・・
ま、じいさんとは仲良く付き合っていきたいしね、じいさんや新領主が喜ぶようなことをやっておけば、末永くいい付き合いができるんじゃね。
「ショウ殿、必要とするカメリアは全て持っていってよい、との約束であったが我が領にも植樹用に置いていってくれたのはどういった理由なのだ。」
「じいさんとは末永くいいお付き合いをしたいからね。総取りで全部持ってったら嫌われちゃうでしょ。」
「いや、嫌いはしないが、父上だけではなく私とも良い関係を保ってほしいものだ。」
「うん、それも約束するよ。」
ポスダルヴィア親子はこれで親子げんかも収まったか? 食事も来たことだし、ご飯を食べてみんなでまあるく収まりましょう。
「して父上、事業化の話をされていたが、その計画は立っているのですか。」
「計画なんぞ、知らぬぞ。カメリアを植樹、増やすところからだからの。
ショウはどう考えておるのだ。」
「え? 俺だってテルヴェリカ領に帰って植樹するところから始めなきゃいけないからね。すぐに製品化できるような計画はできないよ。」
そもそも、実がなってようやく加工ができるんだから、まだまだ先の話だ。植樹して最初の年に実がなるかどうかも怪しいし。
「テルヴェリカ領でカメリアの油をとれるようになるには早くても来年、もし実がつかなかったら再来年以降だね。でも、ポスダルヴィア領ならカメリアの原生林があったところ、掘り起こしていない場所なら実がいっぱい落ちてると思うよ。それを拾い集めてくればカメリアの油がとれるんじゃない?」
「何っ、そうか、ショウ殿の先を越せるということか。」
「先を越せるとかは、俺は関係無いから好きなようにやってくれていいんだよ。俺は油が欲しかっただけだし。」
「では次回の領主会議では、カメリアオイルとして我が領が独占できるのだな。」
「そりゃ無理じゃない。他領に流通させるほどの量が確保できるか分からないよ。領主婦人が独占するようなことになったら、領内の流通さえもおぼつかないかもね。」
「こ、この事業は妻には極秘で・・・・・ 進めねば。」
「ショウも鋭いところをついてくるな。」
「鋭いも何も、流通させられるほど量が確保できなければ誰が独占しようとするかって事を考えただけだよ。でも、この事業が領主婦人にばれたら、情報元はじいさんだからね。」
「ち、父上、まさか吹聴して回る事はないでしょうねっ。」
「ショウ、私に責任を押しつけるでない。私がしゃべらずとも、その程度の秘密などすぐに拡がるものだ。」
確かにそうだ。植樹ギルドも騎士も話をした人はいっぱいいる。人の口に戸は立てられない。箝口令を敷いたって、どこかしらから漏れてくるもんだ。
「領主様も諦めて最初から奥様に贈るつもりでカメリアオイルを作ってみれば。夫婦仲がきっとよくなるよ。」
「そうか、うむ、確かに妻の機嫌がよくなるのならそれに越したことはないな。助言をありがとう、ショウ殿。」
テオファーヌは騎士団長と共に帰って行ったけど、恐妻家であることが露呈した。そんなことがこんな乳幼児にばれてしまって大丈夫か。
次の日は領界門に向かって街道をひた走った。まだ明るいうちに領界門にたどりつく。
領界門の出入りに俺の分の入領許可証はちゃんと用意されてる。ポスダルビア領入領許可証はじいさん署名の物だしアドリアーヌ署名のテルヴェリカ領入領許可証だって用意している。
ここで問題はじいさんのテルヴェリカ領入領許可証だ。ホントなら事前に入領許可証を準備してないと通れないんだけどね。じいさんは城にも帰らずに家出状態で俺にくっついてきたんだから、そんな物を用意しているヒマなどなかった。
しょうがないから昨日の夜の内にアドリアーヌの所へ転移して入領許可証を書いてもらってきた。それを門で提示して通してもらう。
そしたら、この町を治めてるファルギエール伯爵家へ寄りましょう。ポスダルヴィア領前領主が同行しているし、このじいさんを素通りさせるわけにもいくまい。俺に関してはジェラルディーヌとの約束もあるしね。
ファルギエール伯爵邸門前まで馬車を進めたら、すでに門は開かれており執事が出てきて深々と頭を下げていた。侍女達も後ろに並んでるし、仕事してるのを止めてまで接待してるんじゃないよ。
やっぱ無視して通り過ぎればよかったか。こういうお出迎えは嫌いなんだよね。
「ようこそおいで下さいました。旦那様もお嬢様もショウ様がポスダルヴィア領から帰ってこられるのを心待ちにしておられました。お嬢様はショウ様が領界門を通過なさったとの話を聞き大層お喜びになっております。今お出迎えの準備をしておりますので、その間に馬車を奧に進めて頂いてもよろしいでしょうか。」
普通なら、馬車は裏へ回しておきます、となるんだろうけど、執事がこの馬車を動かせないことを理解した上での『馬車を奧に進めてくれ』なんだよね。その言葉で俺が機嫌を悪くするわけでもないし。
裏へ馬車を回し魔力供給をストップ、従魔の馬と魔力タイヤが塵となって消える。その馬車から降りて地に立てば、
「ショウ様っ!! 嬉しいです。約束を守って下さったのですね。」
俺に飛びつかんばかりの勢いで走ってくるジェラルディーヌ。
ジェラルディーヌよりも大きい子の胸に飛び込んで行くんなら、絵になるんだろうけど俺に飛びつかれたら潰れちゃうよ。ひょいと横に避けてやり過ごす。
「ひどいですわ、再会を祝って抱きしめたかったのに。」
「いや、俺が潰されるシーンが頭によぎったんだ、っていうかそんな勢いで走ってきたら恐怖のあまり避けるよねっ!!」
後ろからアシルも出てきた。アシルにはカーテシーでご挨拶、って俺にカーテシーのご挨拶はないんですかっ!!
「アシル様もお元気そうです。ようこそおいで下さいました。あら、こちらのお年を召した方はどちらかの貴族様ですか。お初にお目にかかります。ファルギエール伯爵家長女ジェラルディーヌと申します。」
護衛が先に降りて横に分かれた間を悠然と降りてきたじいさん。元領主ではあるが、いまだ領主としての貫禄は充分にある。
ジェラルディーヌもその雰囲気から、じいさんが爵位の高い貴族だと理解したみたいだ。
「これは丁寧なご挨拶、痛みいる。私はシルヴェストル・ポスダルヴィアと申す。」
「え・・・・・ え? え? ポ、ポスダルヴィア様?! 御領主様ですかっ。た、大変失礼を致しました。ただいますぐに父を連れて、あ、いえ、まずは邸にご案内致します。
こちらへどうぞ。」
「そんなにかしこまらずともよい。私はもう領主ではない。ショウに同行する旅の一老人として接してくれればよい。」
「じいさん、名乗っておいて一老人で通そうなんて、そりゃ無理な話だ。ポスダルヴィア領元領主として接待を受けるべきだな。」
「そうか? 名乗ったのはまずかったか。しかし、娘御のあのしっかりとした挨拶には名を名乗って挨拶を返さねば失礼であろう。」
「俺に飛びついてくる失礼な娘なんだから、挨拶を返さないぐらい問題無いでしょ。」
「ショウ様っ!! そ、その言葉遣いはポスダルヴィア様に失礼すぎますっ。」
「え? いいんだよ。俺達仲良しだから。」
「ショウ、嬉しいことを言ってくれるのう。
そうだ、私とショウは仲良しなのだ。」
「そ、そうでございますか・・・・・」
その後は邸に案内されてファルギエール伯爵の『ポ、ポスダルヴィアさまーっ?』に始まり、下にも置かない接待でじいさんはうんざりした顔になってた。
俺はそういうのは嫌いだからね、ジェラルディーヌに案内させて屋敷内を散策だ。
「今回はショウ様はどの程度ご滞在なされます?」
「明日には出るよ。」
「ええ―っ!! 待って下さいっ。ショウ様と町を歩けるように調べておきましたのよ。もっとゆっくりしていって下さい。」
「やだよ、やる事があるんだから、さっさと帰るよ。ここへ寄ったのはジェラルディーヌと約束してたしね。それがなきゃ通り過ぎてたよ。」
「ありがとうございます。約束を守って頂いて。でも明日ここを発ってしまわれるのなら私も準備をしませんと。」
「準備って?」
「もちろん、ショウ様と一緒に領都へいく準備ですわ。」