152.じいさん、大サービスだぜ
5日間だっ!! 5日間、カメリアを掘りまくった。最初こそ一本単位で掘り出していたカメリアを、慣れるにつれて5本単位で掘り出したり、10本単位で掘り出したり、最終日にはここからここまで全部、なんてかんじで掘り出した。
広大な盆地のカメリアの原生林は跡形もなく消え、所々にポツンポツンと単独でカメリアが生えている状態だ。もちろん掘った後の穴は全て【土石創造】でちゃんと塞いであるよ。またカメリアの原生林に戻すように抜かりはないぜ。
「ここまで掘ればもう充分だ。今日はもう夕食にしようか。」
「もうっ、ショウは働き過ぎだよっ。はやくおうちに帰ってご飯だよっ。」
アシルが言うおうちとは・・・ そう、ここへ来て二日目に家を【建築物創造】で創っておいた。馬車内での宿泊が手狭だったとは考えてはいないが、じいさんと護衛が・・・・・ いや、じいさんだな。一番不満そうな顔をしてたのは。
護衛でついてきた女性騎士は野営地でのテント泊の経験もあるようで『ベッドがあるだけ贅沢です。』と言ってたけど、やっぱり元領主様のじいさんはベッドが硬いだの狭いだのと愚痴をこぼしていた。
キャンピング馬車に備え付けた簡易ベッドなんだからしょうがないだろう、という理屈は通らないらしい。贅沢が身に染み込んだじいさん、『贅沢は人間を堕落させる。』って誰か言ってたぞ。
そんなじいさんのためだけではない。植木職人をここに常駐させてカメリアを増やして森を復活させる、とじいさんが言い出した。
職人が来るのなら家欲しいよね、って事で【建築物創造】で創っちゃいました。騎士隊も常駐させるとか言い出すし・・・・・ 余裕を持って大きめにしておいた。
騎士隊は2隊まで、それ以上は野宿だっ。森の再生のためなんだから職人を優遇しないとね。
騎士なんか全員野宿っ、と言いたいとこだけど魔獣討伐のために来ていただいている騎士様達をそこまで低い扱いにしていたら、平民の職人達が困るかな、とも思う。まあみんなが宿泊できて満足できる状況をつくっておく事が大事だね。
じいさんには、まあまあ満足のいく部屋を創ってあてがった。俺はそんなにデカい部屋が欲しいわけじゃないし、騎士や職人用に創った部屋でいいや。イブリーナもアシルも一緒だし、4人部屋がちょうどいいね。
「ショウ、ご飯だよっ、早く早くっ。」
そう、ご飯なんだよ。じいさんが用意させた100食分は既に食い尽くして、テルヴェリカ領主城の料理人が作った料理で食事を間に合わせている。まだ充分に余裕あるから、もう何泊かしてもなんの問題もない。
「やっぱり、テルヴェリカのご飯は美味しいよっ。」
「アシル、その発言はじいさんに失礼だぞ。」
「何を言っておる。たしかにテルヴェリカ領の食事はうまい。ポスダルヴィアの料理人を修行に出したいくらいだ。」
「テルヴェリカ領へ遊びに行くんだから、じいさんが料理を覚えてこればいいんじゃない?」
「私が? 料理などした事もないが私でもできそうか。」
「美味しい物を食べる事が好きだったら、作ることも好きになればいいんだよ。『好きこそものの上手なれ』って言うしね。きっと美味しい料理が作れるようになるよ。」
「ほう、そのような言い回しがあるのか。それでは趣味としてやってみれば面白いかもしれぬな。」
じいさんが料理を教わりに厨房に入っていったら、料理人達がかしこまってしまって、教えるどころではなくなってしまう事も・・・・・ なきにしもあらず。まあ、俺は関知しないけど。
朝だ。キャンピング馬車に従魔の馬を4頭立て、さあ、ポスダルヴィア領領主城に向けて出発だっ。
何泊もしながら帰るとじいさんが不満を漏らしそうだから、最初から『空飛ぶキャンピング馬車』状態で領主城を目指す。
だったら【転移】しろよ、って話になるんだけど、旅のわびさびは馬車なんですよっ!!
『空飛ぶキャンピング馬車』でそのまま領主城に乗り付けたら大騒ぎになるだろう、と思って領都の門に向かう街道上へ降りようとしたわけだ。
「待て待て、こんな所から地上を走って行けば城に着くのが夜になってしまうだろう。このまま城まで飛んでくれ。」
行きと同じで帰りも御者席に座りたがったじいさん。手綱を持ってはいるけど馬車の制御は俺がしてるから、あっちだこっちだ、の指示をしてくるんだけど・・・・・
「このまま城まで飛んでったら騒ぎが起きるんじゃないの?」
「城の横には騎士団本部があるからな、常に騎士達が従魔で飛び交っているから騒ぎなど起こらぬだろう。」
いやいや、領主城に向かって飛来する未確認飛行物体に対して、騎士団のエマージェンシーからのスクランブル発進、あげくには警告無しの魔法の集中砲火も・・・・・
スクランブル発進まではあった。騎士隊が従魔を駆ってわらわらと飛び立ってくる。そのまま俺達を取り囲んできたけど、威嚇砲撃などは無かった。
御者席に座っている前領主を確認して、すぐ横を飛ぶ騎士と従魔。この騎士が隊長らしい。
「シルヴェストル様っ!! これはシルヴェストル様の従魔でしたかっ!!」
飛んでいるおかげで大声を出さないと会話が成り立たない。じいさんも当然大声でしゃべるけど、騎士の問いには答えず指示だけをする。
「領主城正門前に降りるっ!! 先行せよっ!!」
騎士達も聞きたいことはあるだろうが、じいさんの指示に従って俺達の前へ先行する騎士。その他の騎士達は俺達の馬車の廻りに展開し、今更ながら護衛隊形をとる。
いやもう、ホントに今更ですよっ!! 今まで俺達だけで飛んできたんだから、ここにきて護衛は必要か? などと思うけど、元領主様が単独で飛んでたら護衛に貼り付かなきゃいけないんだろうね。彼らもそれが仕事だし。
先行する従魔に続いて俺達の馬車のランディング。うん、何の問題も無く無事着陸だ。従魔を降りた隊長らしき騎士が駆けよってきた。
「シルヴェストル様、護衛も連れずに御者をしているとは、どういうことですか。お声を掛けていただければ我々が護衛に付きます。」
「私はもう領主では無いぞ。ぞろぞろと護衛を引き連れていたら、出かける先々で迷惑を掛けてしまうだろう。それに護衛なら馬車の中におる。」
「し、しかし、」
「その件はもうよい。誰か植樹ギルドへ走ってギルドマスターを・・・・・ いや、こちらから出向こう。」
植木職人ギルドじゃないんですかっ!! 植樹ギルドなんて、ポスダルヴィア領独特のギルドなのか? テルヴェリカ領ではどっちも聞いたことないけどね。
「ショウ、こちらの方角に向かってもらえるか。」
「植樹ギルドに向かうんだね。」
「うむ、呼びつけるよりもあそこの事務所でもろもろの指示を出せば話が早い。
おまえ達騎士隊は帰ってもよいぞ。いや待て、隊長だけは一緒についてこい。」
「し、しかし、シルヴェストル様の護衛にもう二人ほど、」
「いらぬと言っておる。」
じいさんの毅然たる態度で取り付く島もない騎士達は隊長を残して帰って行った。本部待機でやる事もなくヒマだったのかな。だからといって俺達が奴らのヒマつぶしに付き合ってやる義理もないしね。
じいさんの案内で馬車を止めた先は・・・・・ 桜だっ!! 広い敷地に多くの桜の木が立ち並んでいる。
さすがに花の咲く時期は過ぎていて緑の葉しか拝めなかった。残念だっ!! ピンクのトンネルを抜ける馬車のシチュエーション、 見たかった。
「まさかっ、ここで桜の取り木をやってるの?」
「いや、取り木ではないな、確か挿し木で増やしていると聞いたことがある。」
そうなのか、取り木ではなかったのか。挿し木でも取り木でもどっちでもいいんだ。テルヴェリカ領へはそういった技術を習得した職人達が向かってくれたのだから。しかも、その職人達は桜の世話のためにテルヴェリカ領に残ってくれる事になってる。じいさんに感謝感謝だね。
桜並木を抜け植樹ギルドの建物の前で馬車を降りる。
扉をぬけた先、建物内部は・・・・・ 普通に事務所っぽい。ハンターギルドのように窓口があったりしなかった。
来客に気付いた事務員らしき女性がすぐに応対してくれた。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょう。」
「ギルドマスターを呼んでくれ。シルヴェストルが緊急の要件だとな。」
「えっ? シ、シルヴェストル様?! し、しばしお待ちくださいっ。」
慌てて事務所の奧へ駆け込んでいく事務員。他の事務職の連中もざわつき初めて、その中でも年配の事務員? ではないな。浅黒く日に焼けた筋肉質の、どう見ても職人以外の何者にも見えない。
その職人が出てきてソファーに案内された。商談でもするための応接セットかな?
「こちらでお待ちください。すぐにギルドマスターが来ます。」
俺とじいさんはソファーに腰掛け俺達についてきた隊長とマーシェリンがソファーの後ろに控えた。
「バタバタさせちゃってるじゃない。貴族の慣例に従って先触れ出せばよかったんじゃないの?」
「そんなことをしていたら、余分な時ばかりが過ぎて話が進まぬであろう。私は早くテルヴェリカ領に行きたいのだ。」
そんなにテルヴェリカ領へ行きたいんですかっ!! 子供のわがままみたいな事言ってるよ。って年寄りは年をとるほど子供返りするものだったっけ?
うん、理解はできるよ。まあ、温かい目で見守ってあげましょう。
奧の扉から飛び出てきたギルドマスター・・・・・ おまえも職人かっ。
いや、まあ、なんとなく分かるんだけどね、こういう業界は現場のたたき上げでないと仕事内容を理解出来ないしね、事務仕事だけでトップに立ったら職人達からボロクソだ。
「シ、シルヴェストル様、このような場所に足をお運びにならなくても、私がお伺いしましたのに。」
「そんなことをしておれば貴重な時が過ぎ去るばかりであろう。」
うん、年寄りには時は貴重なんだよ。老い先短いんだしね。
「おっしゃるとおりでございます。で、ではここへいらっしゃった理由をお聞かせ願えますでしょうか。」
「単刀直入に言おう。植樹ギルドの空いている畑にカメリアの木を植樹、育成してほしい。その木から取り木分け木挿し木、いかような手段でもよい。カメリアを増やせ。これはポスダルヴィア領の公共事業として、植樹ギルドに発注する。」
その話を聞いて後ろに立っていた隊長が口を挟んできた。
「シルヴェストル様、お待ちください。騎士達の間ではカメリアの花は不吉の花として嫌われております。それを増やそうなどとは騎士団から不満が噴出します。」
ギルドマスターもカメリアの木と聞いて驚いていたが、隊長の言葉を聞いてウンウンとうなづいてる。
「おまえ達の好き嫌いは関係無い。この計画はこの先の領の財政に関わってくるのだからな。」
「財政でございますか。」
「うむ、カメリアの実から良質の油がとれることが分かった。サンフラワーに次いでカメリアでの油生産を推進する。」
もう、これは俺がしゃしゃりでる必要もないな。じいさんの頭の中では油生産のプランニングができあがっているみたいだね。
「山中にカメリアの原生林があったのを知っているか。」
「ええ、あのあたりは魔獣討伐の野営地になってます。」
「知っているのなら話が早い。そこのカメリアをほとんど掘ってきた。
そこでだ、ギルドマスター、原生林のあったところに建物を建ててきた。建物は自由に使ってくれてかまわない。そこに植樹ギルドの職人を派遣してカメリアを増やして欲しい。領都では掘ってきたカメリアの植樹を頼む。
騎士団への依頼は職人達を原生林のあったところまで運び、魔獣に襲われぬように護衛すること。
今の話を騎士団長に伝えろ。緊急案件だ。」
じいさんの緊急の言葉を聞いて、隊長が飛び出ていった。騎士団長に漏れなく伝えられるんだろうか。団長が飛んできてまた説明とか、うっとうしい。
「領都内の畑では100本程度なら植樹もできましょうが、それ以上ともなれば領都の塀の外に植えましょうか。」
「それでかまわぬ。植樹場所に案内してくれ。」
案内された先は、畑として整備したがまだ何を植樹するかは決まっていなかったとのことだ。
「ショウ、ここで100本ほど出してもらえるか。」
じいさんに100本出せと言われたけど、まとめて100本はまずいよね。所々に10本ぐらいずつ置いとこう。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、と根巻きしたカメリアの木が畑に出されていく。これで100本だな。よし、次は塀の外か。
「じゃあ、塀の外は400本ぐらい置いてけばいい?」
「そうだなそのくらいでいいだろう。」
口をあんぐり開けて呆けた表情のギルドマスターが我に返って叫んだ。
「ま、待ってっ、待って下さいっ。ど、どうやってこの木を出したのか知りませんが、こんなにたくさん、領都の職人を動員してもすぐには植樹できませんっ。」
そうか、全部人力で掘って人力で植樹しなきゃいけないんだったな。ここの100本を植えるだけでも日数がかかりそうだ。その間他で400本も放置してあったら枯れちゃうよね。
「この本数は無理か。何本ぐらいなら植樹できそうだ?」
「こ、この半分ぐらいなら・・・ なんとかなると思います。」
「そうか、
ショウ、半分引き上げてくれるか。」
じいさんのお願いで半分に減らしたけど、植え終わった頃を見計らって50本を置きに来てやろう。じいさん、大サービスだぜ。