150.カメリアの原生林だ―――っ!!
「シ・・・・・ シルヴェストル様、こ、これは、どういった魔法なのでしょう。しかも、この小さいかたは・・・・・・・」
じいさんに付き従う護衛騎士がじいさんの後ろに立っていた。もう朝食は摂ったらしいが、うっとうしいから座るように勧めた。脅しも入っていたけどね。座るか出ていくかどっちかにしろ、と。
その護衛騎士がティーカップを手に持ったまま目を丸くして俺とアシルを見ている。
朝飯を食ってる最中に、料理人達が次から次へと料理を運んでくる。余裕を持って百食分用意させたと言ったけど、けっこうな量がある。
しょうがないでしょっ!! 次々に出される料理を放置したままにできないんだから。 出される料理を次々と収納していく。
アシルはいつものごとく朝食をむさぼっている。
「ふむ、こちらの小さいかたはショウ殿と行動を共にするアシル殿だ。人と接するように普通に接してやってくれ。しかしショウ殿のこの魔法には私も驚いておる。テルヴェリカ領では新しい物が次々と創られておるようだ。ショウ殿が使うこの魔法もその一つであろう。いずれは領主会議で発表されれば世間に広まるであろう。」
え? 多分そりゃ無理だ。この【異空間収納】の魔法円は、俺以外には制御できないだろうし、劣化版の収納バッグはアドリアーヌに、創るのを止められてるし。
ま、それを正直に言う必要もないか。いずれは発表されるかもしれないと、希望を抱かせておいてやろう。
えへへ、と愛想笑いでやり過ごす。
いや、そんな事よりも呼び方だよ。俺がじいさんと呼んでるのに、ショウ殿はないだろ。
「その呼び方ってなんとかならないの。殿って付けられると堅苦しいよ。もっとフランクにいこうよ。ショウって呼び捨てでいいよ。」
「む、そうか? そうであるな、それではそうさせてもらおう、ショウ。そのまま私の養子になってくれてもいいぞ。」
「ならないよっ。じいさんも諦めが悪いねっ。」
その横では護衛騎士同士で挨拶が交わされてたけど、名前聞き逃したな。後でマーシェリンに聞けばいいか。
じいさんとじいさんの護衛達が馬車に乗ったときは大騒ぎだった。
車内の設備に驚き、俺が御者席に座った事に驚き、じいさんが自分も御者席にと言えば護衛達が『いけません、危険です。』と一騒動、なんとか護衛達を説き伏せたじいさん、御者席で俺が従魔の馬を形成した事に驚き、手綱をじいさんに持たせて馬車が走り出したときに究極の驚きが、
「風景は流れているが、揺れていない。どういうことだ、本当に走っているのか。」
「揺れを軽減させるシステム形成に情熱を注いだ究極の馬車だよ。驚いた?」
「驚くだなんてものでは済まないぞ。こんな馬車が領主会議で発表されれば、誰もが欲しがるぞ。」
「誰もが欲しがるかもしれないけど、誰もが動かせるわけじゃないんだ。従魔の馬にこの超重量級の馬車を牽かせて車輪に魔力を纏わせて、ようやくこの乗り心地が得られるんだ。魔力消費量がでかすぎて誰も長時間の馬車の運行はできないと思うよ。」
がっくりと気落ちした感じのじいさん、諦めてくれたのかな。
じいさんの案内で領都の門を抜ける。入ってきた北門とは別の東門から出て南東へ向かう街道をひた走る。
じいさんの説明だと、町や村を越えた先の山々の間を抜けたその先、山に囲まれた盆地にその原生林はあるという。そこに至るには従魔に騎乗した騎士でなければたどり着けず馬車では不可能との事。じゃあ、馬車で飛んでいくか?
「まさか、馬車であの地へ赴こうなどとは思わなかったぞ。途中で馬車を乗り捨てて従魔で飛んでいくことになるか。」
「何言ってんの、じいさん。この馬車で跳んでくよっ!!」
「何を言ってるとは、それこそ私の言葉だぞ。アドリアーヌ殿の従魔ならいざ知らず、この馬車が飛ぶわけが・・・・・ 飛ぶのかっ!! ど、どういうことなのだ、馬車が飛ぶとは。牽いてる馬は従魔だから飛べるのだろうが、馬車は無理ではないのか。」
「まあ、見てなって。」
4頭の馬が浮き上がるのと同時に馬車もふわりと浮き上がる。空を駆ける馬、牽かれる馬車、快適な空の旅が始まった。
「おぉ~~・・・ どうやって、馬車が浮くのだ・・・ こんな幻想的な体験ができるとは、ありがとう、ショウ殿。」
また殿って付けてるな、もう放っとくか。
それより、このファンタジー世界で幻想的って言われてもね~ 自分達だって従魔に乗って飛び回ってるじゃない。
鬱蒼と木々が生い茂った山々を越え、じいさんが指示する方角へ馬車が空を駆ける。
いくつかの山を越えた狭間に見えてきた盆地、カメリアの原生林だ―――っ!!
その原生林の中に樹木が伐採された空き地があった。その空き地に向かって馬車を進める。滑るように高度を下げながら、空き地に見事なランディング。
もう、今日はここから動く事もないだろう。魔力供給停止、車輪に纏わせた魔力タイヤと馬が塵となって消えていく。
「本日はショウ・アレクサンドル・テルヴェリカ観光の観光馬車にご乗車いただきありがとうございました。快適な空の旅をお楽しみいただけましたでしょうか。ここで数日のキャンプの後に、もう一度空の旅をお楽しみいただけます。乞うご期待下さい。」
「・・・・・ ショ、ショウ様? なんのご挨拶でしょう?・・・・・」
ぽか~んとして問いかけてきたマーシェリン。いや、マーシェリンだけじゃなくその場にいた全員がほけ~としてた。あ、アシルは普通か?
「何言ってんのさ、ショウッ。訳わかんない事言ってないでご飯にしようよっ。」
うん、アシルは欲望に正直だ。
「じゃ、お昼ご飯にしようか。」
馬車の中にはテーブルも椅子も設置されてるから、【門】を開き、皿ごと収納した食事を取り出してテーブルに並べる。皆が席に着いて、さあ、お食事だ。
「で、ショウ、さっきの挨拶はなんだったのだ? 私にもよく分からなかったのだが。」
「商売で観光業というものがあったとしよう。馬車にお客さんを乗せて観光をした場合、乗車してくれたお客さんに挨拶をするんなら、あんな感じで挨拶をするんじゃないかな、って思ってやってみた。」
「ほう、観光業、どのような商売なのだ?」
商売と聞いて食いついてきたよ。さすがじいさん、元領主だけあるな。領の収益を上げるためには、どんな情報も聞き逃さないってか。
「大型馬車に乗客をたくさん乗せて、その乗客達を楽しませるためにいろいろな観光地を巡り美味しい食事を食べさせて、その楽しんでいただいた乗客から見合った対価を頂く、ってのが観光業なんだけどね。」
そればっかりが観光業ではないけど、こまごまと説明しても理解出来ないだろうから、この説明で勘弁してもらおう。
「そのような商売が成り立つのか。我がポスダルヴィア領でも導入できるだろうか。」
「う~ん、無理だとは言わないけど難しいんじゃないかな。」
「難しいとは、できないという事ではないのだな。問題点があるのなら聞かせてもらえるか。もちろんタダでとは言わぬ。情報にはそれなりの対価が必要だからな。いくら必要だ?」
「くれる物ならもらうけど、今回はカメリアをもらえるんだから、それを対価としておくよ。」
「対価を払わなかったら、私の借りばかりが大きくなってしまうではないか。」
「そうやってあちこちに貸しを作っておけば、困ったときに助けてもらえるでしょ。」
「私に助けを求めてくれるのか? しかしショウを助ける前に、借りばかりが膨れ上がっていきそうだ。」
「それは気にしなくてもいいよ。で、ポスダルヴィア領で観光事業を始めるにあたっての問題点は、誰もが一度は行ってみたい、一度訪れたらもう一度行きたいと思うような観光地があるかどうか。ただひまわり畑を見せておしまいじゃ駄目だよ。広大な畑にひまわりが咲き乱れてるのは見応えはあるんだろうけど、一季節のものだからね。全ての季節にわたって観光できるところがほしいんだ。」
「そうなると、ポスダルヴィア城に招くとかがいいのでは。」
「それって普通に貴族連中は城に来るよね。なんの代わり映えもない城を見ても楽しくないでしょ。」
「む、そうだな。テルヴェリカ領ではどのような観光事業を展開しておるのだ。」
「え? 何もやってないよ。そんな事までやりだしたら俺のやりたい事がやれなくなっちゃうでしょ。もしそんなものに手を出すのなら、アドリアーヌが勝手にやればいいんだよ。乳幼児が働くべき事じゃないよね。」
「いや待て、噂は届いておるぞ。城を創ったとか製塩の工場を創ったとか。」
「そのどちらも俺が創りたくて創っただけだしね。たまたま、城は宿泊施設に転用できそうだし、製塩プラントのお風呂が美肌にいいと女性に人気が出たり、それを狙ってた訳じゃないんだけどね。」
そうだ、『明日之城』は俺の城がほしかっただけだし、『沖之浮島』に至っては海底の魔力の澱みを解消するついでに製塩プラントができあがったんだよな。そこに観光事業まで俺が手を出さなくてもいいよね。
このようなアイデアがあるよ、とアドリアーヌに進言すれば、勝手にアドリアーヌが事業化してくれるんじゃないかな。
「あ、そうだ。テルヴェリカへ帰る時に、じいさんも一緒にテルヴェリカ領へ行ってみる? そうすれば『明日之城』や『沖之浮島』を案内してあげるよ。」
「おおっ、そうか。是非連れて行ってくれ。領主を引退して暇を持て余しておるからの。」
帰りの旅の同行者が増えた。世間では『旅は道連れ世は情け』って言うしね。どういう意味だっけ?
あ・・・・・ 昼食後の、睡魔が・・・ お昼寝タ~~イム・・・・・