147.そういうのとは断じて違うからねっ!!
植木職人達と桜の植樹場所の打ち合わせをしながら、思い出した。『明日之城』って、麓からの登山道、作ってなかったよね。あの城に行くのは騎士だけだった。従魔で飛んでいけば道など必要は無かったんだよな。
登山道か~ この職人達が『明日之城』の麓に着くまでに、俺が戻ってこれるかな。
もし戻れなくてもアドリアーヌの『トラネコバス』で送ってもらえばいい? 後でアドリアーヌ宛ての手紙を書いて、騎士達に持っていってもらうか。
紙に『明日之城』の大雑把な配置図を書いて職人達に指し示す。
「こんな感じで白い大きな建物が建っている。その建物の前が大きく開けているんだけど、その外周をぐるりと桜を植えてほしいんだ。」
「白い建物ですか。桜がよお合いそうですなぁ。」
そうそう、城の白と桜のピンク、そのまわりを取り囲む森の緑、素晴らしい景観になるぞ。桜が咲き乱れるのが、今から待ち遠しい。
でも、桜が生長して花を付ける頃には、俺はどこかへ旅に出ているかもね。
でもでも、必ずその風景を堪能するために帰ってくるんだろうな。
職人達との植樹場所の打ち合わせを終え、騎士達にはアドリアーヌ宛ての手紙を託す。
明日中にポスダルビアの領都まで走ってしまおう。騎士達の話では領都までは馬車で4日ほどかかるとの事だ。それを一日で走破しようって事は普通に走る馬車の4倍の速度で走ればいいんだよね。うん、その程度なら何も問題は無いな。
だからといってのんびりしている暇も無いよな。夜明けと共に出発するぐらいがいいだろう。
そうと決まればさっさと寝よう。マーシェリンとイブリーナに明日の行動予定と寝る前に宿の精算を済ませるように伝える。
アシルは睡眠を必要とはしないから、早起きしろとか言う必要も無いな。夜は俺の横に居るときは寝ているというよりも、活動の休息といったところか。
そうか、それなら朝早く起きたいときはアシルに起こしてもらえばいいのか。
アシルにそのように伝えたら、マーシェリンもイブリーナも夜明け前に起きて活動を始めているとの事だった。そうなのかっ、俺だけがお寝坊さんだったのかっ。
もっと早くに起こすように伝えたら、マーシェリンに注意される。
「ショウ様はまだ小さなお子様です。しっかり睡眠をとらないと大きくなれませんよ。」
なんですと~っ。た、確かに俺の体はちょっと成長が遅いような気がしないでもない。それは睡眠不足のせいだと言うのか。
・・・・・・・分かりました、ちゃんと睡眠とります。俺だって早く大きくなりたいしね。でもっ、明日の朝だけは早く起こしてねと念を押して床に就く。
翌朝、まだ外は暗い中マーシェリンに起こされて食堂に向かう。
こりゃまた、食堂が混み合ってテーブルが空いていない。
「何でこんなに混んでいるんだ?」
俺のつぶやきが聞こえたようで、イブリーナが教えてくれた。
「ここにいる旅商人達は日が沈むまでに次の町まで行かなければいけないので、日が昇ると同時に馬車を走らせたいのです。私達がのんびりしすぎているのですよ。」
そうだったのか―っ!! 宿屋に泊まっても、その規模に応じた宿泊客が見当たらないなとは思っていたんだよね。行動をする時間帯が違っていただけなのか。
「じゃあ俺達だってもっと早く行動したっていいんじゃないか。」
「ショウ様には休息が必要です。もっと体を休める事を心がけて下さい。」
充分に休息はとっているつもりなんだけどね。昼食後のお昼寝休憩だって取っているし。マーシェリンから見たらその程度の休息では全然足りていないらしい。しょうがない、『そのように心がけるよ。』と伝えておいた。心がけるだけならいくらでもできるしね。
客達は食事が終われば長居をする事もなく、さっさと席を立ち食堂を後にする。
まだ暗い内に出掛ける準備をして、日の出と共に馬車を走らせようとする意気込みがひしひしと伝わってくる。
早く起きたつもりでも、俺達が一番最後ですかっ。
空いたテーブルに向かいながら食堂を見渡しても、昨日の騎士達や職人達の姿は見当たらない。もう馬車を出す準備でもしていそうだな。
俺達が食事を終える頃には廻りには客はおらず、食器を片付ける音だけが響いていた。
出発のための準備は、異空間収納から馬車を取り出すだけだからそれほど急ぐ事もあるまい、とのんびりお茶してたら、宿の外からガラガラと馬車が出ていく音が聞こえ始める。まだ日は出ていないが、ずいぶんと明るくなってきていた。
俺達も急いで出発しよう。これ以上のんびりしてたら早起きした意味がなくなる。
他の馬車は全て出発したようで、廻りには人目がなかった。宿の前で【門】を開き異空間収納から馬車を出現させる。
従魔の馬に牽かせて、それじゃあ出発だ。昨日入ってきた門から逆方向に向かって走り出せば、領都方面に向かう街道に出られる。まだ朝も早く人が歩いてはいないから、少し早めの速度で走らせれば、先行する馬車に追いついてしまう。対向してくる馬車もいるから、前方の安全を確認して一気に抜き去る。
町の門が見えてくる頃には、道を歩く庶民の姿もチラホラと現れ始めた。門を出るまでは馬車の追い抜きは危険そうなのでやめておこう。
門を出たと同時に加速する。目の前に走っている馬車群を遙か後方に置き去りにする。
はやいはやい、まるで宙を飛ぶようだ。って、飛んでいるんだけどね。従魔の馬が空中を走れるのはもちろんの事、馬車の車輪にも魔力を纏わせているから、宙に浮かせて走らせている。そのおかげで路面のギャップが馬車本体に全く伝わってこない。このスピードで走りながら、馬車内でお茶が飲めるくらいだよ。
領都は三つの町を越えた先にあったはずだ。昼前に二つの町を迂回して通り過ぎた。なかなか順調に進んでるぞ。お昼休憩は次の町の手前ぐらいでいいかな。
なんか飛んできた。いや、なんかじゃないよね。従魔で飛んでるポスダルビア領騎士団だよ、あれ。
こんなとこで止められて時間を潰されるのも嫌だな。横を飛んでもらって大声でしゃべるか? あ、そうだ、馬車の屋根に降りてもらうか。そうすればゆっくりしゃべれるだろう。
「アシル、あの騎士団の隊長の所に飛んでいって、この馬車の屋根に降りるように伝えてよ。」
「誰が隊長かわかんないよ。」
「多分、先頭を飛んでるのが隊長だと思うよ。」
「そうなんだ、じゃ、行ってくる。」
「マーシェリンはこのまま御者台に座ってて。俺は屋根に上るから。」
「お待ちください、今私が、」
マーシェリンが御者台から立ち上がって、ひょいと屋根の上に乗せてくれた。
手綱から手を離すなよ、と言いたいが、俺が走らせているから何ら問題はないんだけど。
屋根の上から騎士団に手を振る。一騎が馬車に向かって降りて来る。降り立った騎士を見て・・・・ あれ? どっかで見た事あるような、ないような、
「ショウ、この人隊長じゃないって、団長だって言ってたよ。」
「ああ、そうか、領主会議であったのか。」
「おお、覚えていてくださったか、ショウ・アレクサンドル・テルヴェリカ殿。ポスダルビア領騎士団長フィリベール・ローランサンだ。」
そんな名前だったか? 忘れてたのか、聞いてなかったのか、どっちにしろ記憶にはなかったな。
「ショウ殿が馬車で領界門を越えたとの連絡が届いたので迎えに参じたのだが、この速度では迎えの必要も無いようだ。しかもこれだけの速度で全く揺れないとはどうなっておるのか。」
「今日中に領都まで行くつもりだから、乗っていってもいいよ。」
「おぉっ、よいのか? 是非とも乗せてほしい。」
フィリベールが従魔で飛んでいる騎士団に手を動かして何か指示をしている。空母でジェット機の発艦のハンドサインみたいだけど、それよりももっと複雑な動きをしてる。手話を体全体を使って表現するみたいな? 伝えられる情報量がハンドサインよりもはるかに多いのが一目瞭然だ。
騎士団の従魔群が馬車を離れ領都に向かって飛んでいくが、もうちょっと馬車のスピードを上げれば追いつきそう、っていうか追い越しちゃうよね。
マーシェリンに屋根の上から降ろしてもらい、すぐにフィリベールが降りて来る。扉を開けフィリベールは馬車の中に入ってもらう。後は中でイブリーナが接待してくれるだろう。
「ショウ殿、何故馬車の中に入らぬのだ。御者はその娘がやっておるのだろう。」
すぐに扉を開けてフィリベールが顔を出す。イブリーナが説明をしなかったのかな。
「この馬車を動かしてるのは俺の魔力なんだよね。前を見ていないとどこかに突っ込んじゃうよ。」
「なんと、ショウ殿が? ではこの娘は、」
「馬車に御者がいないと格好が付かないから、マーシェリンは飾りで座ってもらってるだけだよ。」
「そうであったか。では私も御者台に座らせてもらってもよろしいか。」
え~、こんないかついおっさんが座ったら俺が押し出されて馬車から転げ落ちないか。でも御者台に座りたくて子供のようなキラッキラッした目を向けてくるおっさん。そんな目で見られたら乗せてやるしかないのか?
「じゃあ、お昼休憩してから御者を交代しようか。」
「おお~、よろしいいか。もう昼であろう。昼休憩をしようではないか。」
子供ですかっ!! 早く早くと急かされそうな雰囲気だ。しょうがない、お昼ご飯にしよう。
馬車を街道脇に止め魔力供給を停止、馬と車輪が消え去る。
「まさかっ、あの4頭の馬が従魔であったとは。 ・・・・・この馬車があれほどの速度を出せるのも頷ける・・・・・ いや、それに対しての魔力量が・・・・・」
いつまでもブツブツと独り言を言いながら馬車から降りて観察を始めたフィリベールをそのままに、馬車の中で昼食を異空間収納から取りだしてテーブルに並べる。
イブリーナに呼ばれてフィリベールが馬車の中に入ってきた。
「これは・・・・・ 今の短時間でこれほどの料理をされたのか。いったいどのような手法でこれだけの料理をしたのだ。」
「テルヴェリカ領で開発した魔法を使ってるんだけどね。まだ他領には公開していないはずだよ。」
「そうであったか。領ごとの利益に関する事なら、あまり根掘り葉掘り聞く事もできぬな。しかし、いずれその領主会議で発表するのであろう。次の会議が楽しみだ。」
いやいや、異空間収納は発表はしないと思うけど、ここで否定するのも話がややこしくなりそうだし、話を逸らそう。
「今回ポスダルビア領の旅の一行は俺達4人なんだけど紹介しておくよ。護衛騎士のマーシェリンとイブリーナ」
「先だっての領主会議で会ったのを覚えておるがイブリーナはテルヴェリカ領主様の護衛騎士ではなかったか。」
「はい、その通りです。今回は特別にショウ様の護衛に付いております。」
そんな会話の間にもフィリベールの視線がチラチラとアシルにいく。メンバーの紹介と言われて最も気になるのがアシルだろう。アシルはそんな視線を気にもとめずに昼食をがっついてる。
「で、最後にちょっと変わって・・・ いや、スゴく変わってるけどこのちっちゃいのがアシル。」
「あたしのどこが変わってるのさっ。」
「明らかに人では無いしな。」
「たしかに人で無いのは頷けるが、アシル殿? アシル様? あなたはどのような存在なのだ。」
「あたしは図書館の精霊、アシルだよっ。」
「おお、精霊様でしたか。
ショウ殿は精霊様を使役されておられるか。」
「使役だなんて人聞きが悪いよ。アシルは面白そうだから俺に付いてきてるだけで、他に面白そうな物があったらそっちへ飛んでいってしまうよ。」
「何言ってんのさっ!! あたしはずっとショウに付いてくよっ!!」
「私もですっ!!」
負けじとばかりにマーシェリンまで声を上げる。何言ってんだ、こいつら。赤ん坊のうちから俺に自由は無いのか。
いや、赤ん坊に自由があるわけが無いか。子供は保護者の庇護の元生活しなければならないんだから・・・・・・・・ いやっ、おまえ達保護者じゃ無いだろっ。ってか、俺に付いてくるって、俺がおまえ達の保護者かいっ!!
「ふむ、精霊様に護衛騎士ですか。ショウ殿も大変そうですな。」
この二人がずっと俺に付いてくる事に、大変だと言ってくれちゃってるフィリベール。何かを思い出すようにうむうむとうなずいている。
もしかしてこのおっさんは嫁が二~三人いて、その嫁同士の確執が大変だと言ってるのか?
いやっ!! そういうのとは断じて違うからねっ!!