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144.ポスダルビア領だーっ

 領界門に向かって馬車を進める。俺のキャンピング馬車だ。まだこの馬車で泊まってないけど。

 領界門に向かって進みながら、昨日の靴屋に寄った。アシルの足型を回収しておかないとね。


 ジェラルディーヌはあたりまえのように御者台に座る俺の横に陣取っている。

 で、今日は何が違うかといえば、馬車内部で伯爵家族が大騒ぎだ。特に聞こえてくる悲鳴っぽい声は伯爵夫人ドミニク? ドミニカ? 何て名前だったっけ。

 なんで伯爵はこんなやかましい嫁連れて来たんだ。


 「ショウ様、馬車でお茶が飲めるってどういうことですかっ。」


 「なんでこの馬車は揺れないんですかっ!!」


 「馬車にトイレがあるとはどういうことですか―っ!!」


 「トイレが水が流れて綺麗になるのはどうしてですか――っ!!」


 「す、すまぬ、ショウ殿。ドミニクが興奮しておるようだ。」

 「このままうるさいと降ろすよ。」


 俺の馬車から放り出しても何の問題もない。帰りのために伯爵家の馬車が後ろに付いてきているんだから。

 ジェラルディーヌが俺の馬車を褒め称えたおかげで、伯爵夫妻も乗りたくなってしまったようだ。特に嫁が。


 伯爵が嫁をなだめてくれたようでようやく静かになった。お茶を堪能しているようだ。街中だからゆっくり動いてるからね。お茶がこぼれるほどの揺れはないんだ。


 昨日の伯爵の話だと、伯爵は領界門のある街を管理しているが、領界門は騎士団が管理しているとの話だった。領界門に関しては領主直轄で管理しているという事か。

 他領との行き来、出ていくもの入ってくるもの、者も物も全て領主が把握しているのか。アドリアーヌ、ご苦労様です。

 後ろから伯爵が顔を出す。


 「ドミニクが騒いでしまってすまなかった。ようやく落ち着いてお茶を頂いているよ。しかし、馬車に揺られてお茶が飲めるなど想像もできぬ事であるぞ。」

 「街道を走ってるときは無理だよ。揺れが大きいからね。」

 「馬車にトイレが付いているのもすごいと思うのだが、どういった発想でトイレを付けようなどと思われたのだ。」

 「座席の背もたれが倒れるようになっててベッドになるんだよ。馬車で寝泊まりできるようにしてあるんだけど、そうなるとトイレも欲しいでしょ。」

 「そんな理由で? トイレを付けるだけでも重量が・・・・・ いや、座席がベッドに?」


 伯爵が馬車の中に駆け込んでった。座席をベッドにしてお休みでもするのか。


 「座席がベッドになるなんて聞いてませんわ。それならジスカールに帰ってくるときに、あんなに急がなくてもよろしかったのでは。」

 「荷物はさっさと届けるもんだよ。」

 「何か荷物を運ばれていらっしゃったのですか。それならしょうがないですわね。」


 おまえの事だよっ、と指摘するのはやめとこう。



 伯爵邸を出て一刻ほど馬車を走らせる。見えてきた騎士団駐屯地。その騎士団駐屯地の建物の間へ道が続き、真っ直ぐ進んだ突き当たりに領界門があるという。

 建物の間の道を進めば領界門にたどり着くまでに、騎士によるテルヴェリカ領とポスダルビア領それぞれの許可証の確認、商人の荷馬車なら積み荷目録と荷物の確認、違法物品を持ち出さないか馬車内の荷物改め。これって・・・・・ 税関ですかっ!! 騎士団がそんな事までやってたら忙しすぎじゃないか? まぁ、俺が心配する事ではないが。

 建物の前に守衛として立っていた騎士が、右側の建物沿いに進むよう指示してきた。右側通行だね。

 建物沿いにゆっくりと馬車を進めていれば、ここで止まれと指示をされる。ここで何かの確認をするのか?


 「許可証を持っているか・・・・・ ん~? マーシェリン? まさかマーシェリンがいるわけないか。」


 俺達が平民の格好をしてるから、横柄な態度で接してくる。事前に渡しておいた許可証をマーシェリンが提示しながら告げる。


 「マーシェリン・バートランドです。」

 「何? やっぱりマーシェリンか。ポスダルビア領へ何しに行くんだ? あれ? この書類にはショウ・アレクサンドル・テルヴェリカと書いてあるがどこに・・・・・ え、まさか、こちらがショウ様?、たっ、大変失礼をいたしましたっ。どうぞ、お通りください。」

 「簡単に通してんじゃないよ。仕事しろよ。許可証確認と馬車内の荷物改めしないといけないんだろうが。」

 「そ、そうですね。かしこまりました。」


 こんな所に配属されてる騎士が、なんで俺やマーシェリンの事を知ってるんだ? マーシェリンだけなら騎士団の訓練で顔を合わせているのかもしれないが、俺の事も知っているっぽい。聞いてみた。


 「アリの魔獣との戦闘で重傷を負いまして、子供の治癒魔法で命を救われました。後でその子供が領主様のお子様だと伺いました。あの時はありがとうございました。」


 あ~、なんかそんな事もあったような気がする。でも、前線の騎士が何で事務系にいるんだ? 人手不足で事務方まで戦闘に引っ張り出されたわけでもないと思うが。

 本人曰く、戦闘に対する恐怖から、転属願いを出した、受理されてこちらに配属された、との事。

 よくよく聞いたら、アリ達との戦闘で手足が吹っ飛んだとの事。治癒魔法で元には戻ったが、恐怖からは逃げられなかったらしい。

 そりゃそうだ。肉体の一部分を失った時の喪失感、耐えがたい恐怖。

 騎士として前線で戦う以上同じ事が起こるリスクは高く、いざ戦闘になったときに心が恐怖に支配され手足が萎縮してしまえば、使い物にならなくなる。

 騎士隊の隊長も早めに引退を勧めたんだろうな。

 でも騎士団にこんな事務系の部署があったなんて驚きだ。魔獣とのバトルばかりの脳筋集団だと思ってたよ。


 書類の確認が終わって『馬車の内部を拝見致します。』と、戸を開ける。中にいた伯爵夫妻と視線が合い、一瞬考え込んでいるようだった。


 「伯爵様ですよね。」

 「うむ、いかにも、ファルギエールである。」

 「伯爵様が何故この馬車に乗っておられるのですか。ポスダルビア領へ出掛ける話は聞いておりませんが。」

 「ショウ殿のお見送りだ。我が娘と懇意にして頂いてるショウ殿だ。見送りぐらいはせねば。」

 「誰が懇意にしてるんだよっ!! 普通の友人だよっ。」

 「あら、ショウ様、それは充分に懇意といえるのでは、」

 「認識の違いがあるっ!!」


 騎士がそのやりとりを笑顔で見ている。


 「何か微笑ましい物を見るような目で見てるんじゃないよ。さっさと荷物を改めろよっ。」

 「あ、すいません。商人の馬車のように商品満載というわけではないですし、もういいですよ。」

 「いいのかいっ、じゃあ門を越えるから伯爵達はさっさと降りる。」

 「ショウ様、名残惜しいですわ。」

 「名残惜しくないよっ。すぐ戻ってくるし、戻ったらまた伯爵邸に寄ってくよ。」

 「そうでしたわ。早く戻ってくださいまし。」

 「ショウ殿、待っておるぞ。」



 正面に見えている大きな領界門に馬車を進める。両側の建物にも正面の門も両側にも騎士達が立っている。

 許可証無しで強行突破しようものなら、見えている騎士達だけではなく建物の中からも大勢出てくるんじゃないかな。普通の商人程度なら強行突破は考えないだろう。かといって門以外の所を通ろうにも、領境の結界を抜ける手段は無い。一般人には。

 俺はイクスブルク領からテルヴェリカ領へは、何かの膜を喰い破る感じで抜けたけど、あれが領境の結界だったと、アドリアーヌに教えてもらった。

 その時に言われたんだけど、『二度と結界を破らないでっ!!』

 アドリアーヌ曰く、結界は領主の感覚とつながっており、俺が破ったときには身を引き裂かれるような感覚を味わったらしい。知らなかったとは言え、申し訳ない事をしたと思ったものだ。


 で、領界門をくぐればポスダルビア領だ。両側にはポスダルビア領の騎士が。

 止められる事もなかったのでそのまま進めば・・・・・ 止められた。


 「入領許可証を出してくれ。」

 「ここでもかいっ。」

 「な、何だこの子供は・・・・・  ま、まあ、二度手間だと思うが、これも我々の仕事なんでな。おまえが母親か。子供の言葉遣いはしっかり教育しておけ。」


 マーシェリンがウエストバッグの【(ゲート)】を起動させた。剣を取り出すつもりだ。

 ヤバいっ!! ポスダルビア領騎士団を敵に回すつもりか。触手でマーシェリンの腕を押さえ【門】から剣を取り出すのを留める。

 騎士が書類に目を通す。


 「ほぅ、ショウ・アレクサンドル・・・・・・   テルヴェリカ?  こ、これは失礼をいたしましたっ。領主様のお身内の方がご乗車でしたかっ。」


 剣を取り出せなかったマーシェリン。相手の騎士の胸ぐらをひっつかんで


 「こちらが領主様のお子様です。私は護衛騎士マーシェリンバートランドです。」


 騎士の胸ぐらをマーシェリンが掴んだおかげで、建物からわらわらとポスダルビア領の騎士達が出てきて馬車を取り囲む。

 それを見て慌てたのがテルヴェリカ領の騎士達だ。馬車に向かって走ってくる。

 なんだなんだ、騎士達の間で一悶着起きるのか? これはマーシェリンを張り倒してこの場を治めようか。


 「待てっ。待ってくれ。領主様のお子様だ。事を荒立てないでくれっ。」


 馬車を取り囲むポスダルビア領の騎士達がざわつく。


 「え? 領主の子って、中にいるのか?」

 「あ、いや、こちらが領主様のお子様・・・・・ らしい。私が失礼な物言いをしたせいで護衛の怒りを買ってしまった。」

 「なっ、何故、御者台に・・・・・」


 これは・・・・・ やはり・・・・・  スパ―――ン

 御者台の上で頭を押さえうずくまるマーシェリン。


 「ショウ様、何をなされたのですかっ。」


 ジェラルディーヌが走ってきた。すぐ後ろには伯爵夫妻も。


 「あぁ、たいしたことじゃない。マーシェリンがこちらの騎士に失礼な事をしたから張り倒したんだ。」

 「何故、私が・・・・・」

 「騎士の胸ぐら掴んだよね。」

 「それはっ、この男がショウ様を卑下したのですっ。」

 「俺達は平民の格好で旅をしてるんだ。その程度の待遇を受けたからといっていちいち怒るようならマーシェリンは置いてくよっ。」

 「っ・・・・・ わ、私はショウ様の護衛騎士です。置いていかれるわけにはまいりません。」

 「胸ぐらを掴んだ騎士に謝らないと連れて行かないよ。ごめんなさいは?」

 「お待ちください、ショウ・アレクサンドル・テルヴェリカ様、私の物言いも悪かったのです。こちらの護衛騎士の方を許してあげて下さい。」

 「いえっ、私が悪かったのです。申し訳ありません。」


 うん、ちゃんと謝れたね。立ち上がってマーシェリンの頭に手を伸ばしヨシヨシをしてやる。

 そんな俺をギュッと抱きしめるマーシェリン。あ、涙がこぼれ始める。


 「ぐふっ、ショウ様~、ごめんなさい~、二度と置いていくなんていわないで下さい~。」


 やれやれといった表情で騎士達が自主解散をしていく。

 そんな中でジェラルディーヌ父娘が残していった言葉。


 「ショウ様、あまり問題を起こさないでくださいまし。」

 「ショウ殿・・・・・ 無事に帰ってくるのだぞ。」


 無事にって何だ。無事じゃない場合もあるのか。まあ、出だしで騒ぎを起こしてるんだから、行く先々で騒ぎを起こす可能性を示唆しているのか。

 最後に残ったのはマーシェリンに胸ぐらを掴まれた騎士だ。


 「ショウ・アレクサンドル・テルヴェリカ様、騒ぎを起こしてしまって申し訳ありません。お通り下さい。」

 「何言ってるんだよ。騒ぎを起こしたのはマーシェリンだし、ってゆーか、馬車の内部を改めないのかよっ。」

 「よろしいのですか。」

 「それが仕事なんだろっ。」


 馬車内の荷物改めはあっという間に終わった。商人の馬車じゃないんだ。商品がギッチギチに詰め込まれてるわけじゃない。テーブルと座席と後ろにトイレぐらいしかない。調べる場所などほとんど無いって事だ。


 馬車内を改めた騎士が言ったのは、領内に入る人に対して誰にでも言う定型文なのだろうか。


 「ありがとうございました。ポスダルビア領の旅をご満喫ください。」


 あぁ、領主がらみ案件だから無難にお通り願おうと言うところだな。本音は問題を起こさずさっさと行ってください、みたいな?


 馬車を進めて騎士団の管理区域から出れば・・・・・   ポスダルビア領だーっ!!

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