135.ビャ――――とギュ――――
そろそろポスダルビア領へ行こうと思っている事をアドリアーヌに伝えておかなきゃいけない。まだポスダルビア領やイクスブルク領への入領許可証もらってないんだよね。
「そろそろ、ポスダルビア領へカメリアをもらいに行ってこようと思うんだけど、いいかな。」
「何言ってるのよ。ポスダルビア領の植木職人が桜の植樹に来るって言ってるわよ。欲しがってた本人がいなくてどうするのよ。」
「それはアドリアーヌが面倒見てやってよ。カメリアの移植も今の時期にやっておきたいんだよね。」
「そうね、椿ね。その件は外せないわね。分かったわ。ポスダルビア領の入領許可証と、ついでにイクスブルク領の入領許可証も届いているから渡しておくわね。」
アドリアーヌ宛ての封筒に入ったままのそれを渡された。
「護衛をつけるけどマーシェリン以外に5人もいればいいかしら。」
「マーシェリンがいれば他はいらないよ。」
「王宮で襲撃を受けたのよ。いつどこで襲われるか分からないのに護衛がマーシェリンだけなんて、送り出せるわけがないでしょうっ。」
「もう、並の騎士達じゃマーシェリンの足元にも及ばないよ。そんなのを連れてたらそいつらを護るために動かなきゃいけなくなるんだ。そんなお荷物をぞろぞろと連れて行けないだろ。」
「お荷物にならない騎士って誰なのよ。」
「かろうじてアステリオスかな。それでも今のマーシェリンと比べたら遙かに格下だけどね。」
「アステリオス様が格下なんて・・・・・ そんな事ないでしょうっ。」
テルヴェリカ領で最強を誇っている騎士団長、しかも領主の夫を格下呼ばわりされて、声を荒げるアドリアーヌ。
マーシェリンは魔力を従魔化せずに纏う事をマスターしたんだよね。訓練ではアステリオスとギリギリのバトルをしていたらしいが、魔力を纏ったマーシェリンならほぼ無敵だろう。
「信じられないと思ったら、アステリオスとマーシェリンの訓練を見学してみれば。」
「そうしましょう。今日はアステリオス様は騎士団本部にいらっしゃいます。今から行きましょう。」
騎士団本部の訓練場に向かっている間に、マーシェリンに説明をしておく。
「マーシェリンとアステリオスが剣術訓練をする事になった。容赦なく叩きのめしていいぞ。」
「アステリオス様との剣術訓練は楽しみですが、叩きのめすなどとは無理ですよ。とてもお強い方ですから。」
「魔力を纏う方法を教えただろ。あれをやれば楽勝だよ。でも今回は訓練だからね、剣に魔力を纏わせないようにね。訓練用の剣でも真剣並に切れたらまずいからね。」
「まさか、魔力を纏ってもそんなに変わらないでしょう。」
あの後、対人戦はやっていないようだ。纏った魔力が体の動きを補助して人の出せる速度を超えている事に、まだ気付いていないらしい。
「ショウ、マーシェリンがアステリオス様よりも強いと認められなかったら、私の言うとおりに護衛を連れて行きなさい。拒否はさせないわよ。
マーシェリンも他の護衛達と連携するように、これは命令ですよ。」
アドリアーヌもそんな約束していいのかね。負けてしまったときの事を考えていないみたいだ。
「ショウ様、どのような話になっているのでしょう。理解ができませんが。」
「ポスダルビア領へ行くのに、護衛が必要か必要でないかの話。マーシェリン以外はいらないって言ってるんだけど、アドリアーヌがたくさん連れて行けって言ってるんだ。」
「ショ、ショウ様と二人旅でっ、ですかっ。」
「でもアステリオスに簡単に勝てるぐらいでないと、他の護衛達をぞろぞろ連れて行かなきゃならなくなるからね。」
「そうでございましたか。頑張りますっ!!」
旅に出るとなればアシルがくっついてくるけど、それを言ったらテンションが下がりそうだから黙っておこう。
騎士団本部にある訓練場にはアステリオスが先に来て待っていた。イブリーナが走って行ったから、呼びに行ったのだろう。
騎士隊が訓練中だったが、アドリアーヌが入ってきた事で手を止めその場に膝をつく。
「邪魔をしに来たのではありません。訓練を続けて下さい。」
騎士達が訓練に戻り、アステリオスがこちらに歩いてくる。
「マーシェリンと戦闘訓練をするとか聞いたが、マーシェリンは今日は訓練日ではないだろう。なぜ私とマーシェリンなのだ。」
「アステリオス様、申し訳ございません。ショウがポスダルビア領に向かうにあたって、護衛はマーシェリンだけでよいと言うのです。理由がアステリオス様より遙かに強いから他の護衛は必要ないとの事なのですが、本当にそれほどの実力差があるのでしょうか。」
「それはマーシェリンが言っているのか。」
「いえ、ショウが主張しているだけです。」
「そうか、以前にマーシェリンと手合わせした時にはまだ私が勝っていたが、それほどまでに上達するような何かがあったのか。」
「まあ、一度マーシェリンと手合わせしてみてよ。どの程度の変化があったか身をもって体験して欲しいね。」
「それは楽しみだ。それほどの変化があるのなら、我が騎士団にもその技術をご教授願いたいものだが、手合わせの後にそれは頼めるのか。」
「それはマーシェリンがどれほど進化したかを見て考えようよ。」
「その通りだ。たいした変化がなければ教わる価値もないと言う事だな。
ではマーシェリン勝負だ。」
アステリオスはマーシェリンと何度も剣を交えているから、その強さは自分に肉薄している事は充分に承知しているはずだ。そのわずかな差を何かのきっかけがあれば、逆転される事も覚悟はできているだろう。
逆転されたときのそのきっかけを教えろって事なんだろうけど、全員が全員出来るようになるかは保証できないぞ。マーシェリンだからできたという見方もできるし。
アステリオスとマーシェリンが剣を構え対峙すれば、剣を打ち合っていた騎士達は手を止め場所を空ける。
「では参るぞっ!!」
「はいっ!!」
お互いに向かってダッシュ・・・・・ 通り過ぎた? 剣を打ち合う音さえ聞こえなかった。
茫然自失のアステリオス。剣を振り下ろした格好のまま固まっている。
「ショウ、今のはどうなったの。」
「知らないよ。俺は超人じゃないんだよ。普通の幼児だよ。何も見えなかったよ。」
でもマーシェリンの魔力の動き、体に纏った魔力だ。それがどう動いたのかは感じられた。
目をつむって魔力の動きをトレース、そして解析。
マーシェリンのダッシュ、すぐに横にぶれる。腕が動いていない、振り下ろされた剣を打ち合わずに避け、ここで腕が上に動く。剣を振り上げる動作か。その腕が引き戻され水平に振られる。胴を切った? 腕が上に上がって振り下ろされ、その腕はピタリと止まり走り抜ける。
「多分、マーシェリンが通り抜ける間に、アステリオスに3撃入れたみたいだ。」
「なっ、マーシェリンとアステリオス様にそんなにも差があるとでも言うのですかっ。」
「最初に言っただろ。マーシェリンの足元にも及ばないって。約束だよ。護衛はマーシェリンだけだよ。」
「ぐぬぬ~ アステリオス様っ、今のは油断していただけですよねっ。」
アステリオスがマーシェリンと共に歩いてくる。
アドリアーヌの問いに肩をすくめながら答える。
「マーシェリンを相手に油断などあるはずもなかろう。今の私ではマーシェリンのスピードに全く追いつけない。振り下ろした腕を切られ胴を切られ頭を切られた。それも全て寸止めで、剣圧で切られた事が理解できたぐらいだな。
ショウ、いったいマーシェリンに何を教えたのだ。私でも会得できるのか。」
「出来るとは思うけど、誰でも出来るとは言い切れないからね。」
「テルヴェリカ領騎士団の全員の会得は難しいと言うことか。」
「全員どころか誰一人覚えられないかもしれないからね。」
「そんなに難しいのか。」
「いや~、マーシェリンが出来たんだから、難しくはないんだ。魔力操作の感覚を覚えるのと、重要なのは魔力量かな。」
「魔力操作なら鍛錬でなんとかなるはずだが、魔力量か。私の魔力量でできるだろうか。」
「アステリオスの魔力量なら問題はないでしょ。
マーシェリン、アステリオスにどうやって覚えたのか教えてあげて。」
「え、私が・・・・・ 団長にですか?」
「そうだよ、習得した人の意見が一番心に響くんだよ。」
「頼む、マーシェリン。」
「わ、分かりました。では見て下さい。ここでビャ――――と出します。それをギュ――――っとするとこのようになります。そうなればビュンビュンできます。
プゲッ!!」
スパ―――――ンッ!! これはハリセンアタックをかましても問題はないよね。誰も理解出来ないよ。アステリオスは困惑してるし、アドリアーヌも・・・・・?
「分かったわ。【魔力放出】ね。」
え? アドリアーヌにはそれが理解出来た? 【魔力放出】? そうか、領主一族にしか教えられなかった魔法か。従魔を創り出す魔法円はそのアレンジだったのか。
魔力の放出ができて、魔力操作に長けているアドリアーヌならギュ――――っとする事は簡単にやってしまうだろう。
ビャ――――と放出された魔力がアドリアーヌの廻りに漂い、それをギュ――――っと体表面に圧縮されてゆく。
おお~、できたみたいだ。ビャ――――とギュ――――ができれば後はビュンビュンだけだ。
「できたわっ!! これで私もアステリオス様に勝てますわね。」
アドリアーヌがマーシェリンから模擬剣を受け取りアステリオスに挑む。
踏み込みが早いっ。アドリアーヌの動きじゃない。でもっ!!
キ―――ン・・・・・ アステリオスにいとも簡単にはじかれ飛んでいく模擬剣。
「なぜ? 私は強くなったんじゃないのっ。」
「体力も剣術もゴミのアドリアーヌがちょっとぐらい強くなったって、日々鍛えているアステリオスに敵うわけ無いじゃないか。何考えてるんだよ。」
「そんな、ショウは強いんじゃないの。」
「俺は大魔力に物を言わせて力でゴリ押しだからね。それでもマーシェリンやアステリオスには勝てないよ。俺が強いのは魔獣相手だね。」
強くなれた気になってしまったアドリアーヌのガッカリ顔。そんなに落ち込まなくたって魔力を纏う事ができただけでも、充分に凄い事なんだけどね。
「気を落とさなくても、魔力を纏えば今までより強くなれるし運動能力も上がっているはず。いざというときはそれで身を守れるんだ。」
「そうね、私は自分の身を守る事を考えないといけないのね。」
「それで、私にもその方法を伝授してもらえるのか。」
「伝授よりも、今のアドリアーヌがやったのを見て同じようにやってみてよ。手取足取り教わるよりも、見て覚える事も大事だよ」
「ふむ、そうではあるが、【魔力放出】など私はできぬぞ。マーシェリンもそうであろう。マーシェリンはどうやって習得できたのだ。」
そうだった。アステリオスは入り婿だったな。だから学院では領主一族が教わる事を、教わってこなかったという事だ。まあしょうがない。マーシェリンに教えたやり方で覚えてもらうか。
「従魔を形成するときに魔力を放出してるよね。その要領で放出した魔力を、従魔を形成させずに体のまわりに纏わせるんだ。でも従魔のイメージが固定されてしまっているから難しいと思うよ。とりあえずはやってみて。」
アステリオスが考え込み、悩んでいるような難しい顔をしながら、腕輪の従魔の魔石に魔力を注ぐ。
フムー!! とか唸りながら放出された魔力は見事にケルベロスを形成していった。
「そう、もうその形に固定されているんだ。だけどアドリアーヌはトラネコバスの形をしてるし、マーシェリンはペガサス、みんな好きな形の従魔だよね。一つの形に決定している訳じゃない。それと同じで誰もが好きな形にできるんだよ。自分にはケルベロスしかできないという固定観念は捨てようよ。」
「しかし、違う形状などと言われても、どのようにするのか見当も付かぬ。そこにたどり着くような手がかりは教えてもらえぬか。」
「しょうがないな~。一回だけだよ。マーシェリンは最初の一回でマスターしたからね。じゃあ、もう一回従魔の魔力を放出してみて。」
アステリオスが従魔の魔力を放出する。そこへ俺の魔力をぶつけ、ケルベロスを形成しようとするのを止め、分解して霧状にする。霧状になった魔力はアステリオスの廻りに漂わせる。
「体のまわりの魔力を感じられる?」
「あ、ああ、分かる。これは凄いな。こんなことができるのか。」
「霧状の魔力を圧縮させるんだ。服の上にもう一枚の服を着込むような感じに。そして、それは服のようにしなやかで軽く、鎧を装備しているような強度を持たせる。」
「おお~、これはできたのか。」
「マーシェリン、もう一度アステリオスと手合わせしてみて。」
「かしこまりました。」
もうその後の剣の打ち合いは何も見えなかった。打ち合う音だけが訓練場内にこだましている。その音もずっと連続で、キキキキキキキキキキンッ、と。
そこにいる騎士達も護衛達も誰も目で追えていないようだ。もちろんアドリアーヌが追えるわけがない。
キンッと剣がはじかれ飛んでいき、マーシェリンがアステリオスに剣を突きつけていた。
「降参だ。確かに魔力を纏う方法で動きは格段によくなったが、今の私ではマーシェリンの速度に追いつけないようだ。」
「アステリオスのお墨付きも出たね。足手まといは連れて行かないよ。」
「旅に出るのにマーシェリンだけってあり得ないでしょう。ショウの身の回りの世話をする従者だって欲しいし、その一行の護衛も必要なのよ。二人だけでポスダルビア領へ行くなんて絶対許しませんよっ。」
ありゃ? マーシェリンがアステリオスよりも強ければ、という事でこの訓練場まで来てバトルしたよね。アステリオスがマーシェリンに二度も負けてもまだそんなこというのか。
「約束ではなかったのか。いくら相手が幼い子供とはいえ、約束を違えるのは関心せぬぞ。」
「でも、アステリオス様。またいつ襲撃を受けるかもしれないのですよ。」
「今のマーシェリンなら驚異となる存在はおらぬであろう。ショウも護られるだけの存在ではない。大勢を連れ歩くよりも少人数で機動性を高めた方が危険からは逃れやすかろう。」
アステリオスのお墨付きも出たし、これで大手を振って出掛けられるぞ。




