128.交渉 イクスブルク
ポスダルビアの護衛が扉をノックして部屋の中に声を掛ける。
「シルヴェストル様、ショウ・アレクサンドル・テルヴェリカ様がいらしております。桜の件はショウ様を交えてお話をされた方がよろしいのではないでしょうか。」
中から扉が開き、じいさんが顔を出す。
「しゃべれる事は秘密ではなかったのか。」
「秘密というのなら、ポスダルビア様の護衛にも秘密にして頂きたかったですね。」
「そ、それは済まぬ事をした。とりあえず入ってくれ。」
ここで、このじじい、約束やぶって言いふらしたなっ!! と、やってしまえば全ての交渉がそこで途切れる。まずはご挨拶からだな。
「ポスダルビア様、ご機嫌麗しゅうございます。イクスブルク様、初めてお目にかかります。ショウ・アレクサンドル・テルヴェリカと申します。夜会に参加するつもりがなかったのでこのような格好で失礼いたします。」
「ほう、昨夜は寝顔しか見れなかったからな。私がヴァーソルディ・イクスブルクだ。是非とも起きているショウ殿にご婚約のお祝いの言葉を述べたくてアドリアーヌに無理を言った。改めて、ショウ殿、アルディーネ様、ご婚約おめでとうございます。」
「ヴァーソルディ・イクスブルク様、ご丁寧なお祝いのお言葉ありがとうございます。」
「ポスダルビア殿から聡明な子供であるとは聞き及んではいるが、私が想像した以上の聡明さを持ち合わせているようだ。しかしお祝いとは別にここは交渉の場だ。私と旧知のマーシェリンを連れていても、イクスブルクとポスダルビア殿との交渉場所に乱入は許される事ではないぞ。」
許される事ではないと口では脅しているが目は笑っている。俺がしゃべるのも想像を超えてるなんて言いながら、落ち着き払って大人に対するのと同じように話しかけてくる。
どこまで俺の事を理解しているのやら。食えないおっさんのようだ。言動に注意して足をすくわれないようにしないとな。
「さて、イクスブルク様。その交渉の内容が我がテルヴェリカ領にもかかわる事でしたら、私がポスダルビア様の側に立って交渉に参入させて頂いても問題はないでしょう。」
「ふむ、問題はないが全ての決定権はアドリアーヌにあるのだろう。」
「イクスブルク殿、そうでもないようですぞ。塩の件ではアドリアーヌ様を越える決定権を持つようですぞ。」
「そうなのか、ショウ殿。」
「ポスダルビア様、交渉の席ではそんなに簡単に手の内をさらしては、相手方の有利に話が進められてしまいます。情報は適宜に、そして小出しに、」
「ショウ殿っ!! おぬしイクスブルクの領主候補として私の養子にならぬかっ。」
「ありえませんね。というか本当に養子に迎えようと思って言ってるわけでは無さそうですしね。」
「はっはっはっ、あわよくばとは思っておるぞ。」
「母親のアドリアーヌ様が手放さぬであろう。イクスブルク殿、あまり無茶を言うものではないぞ。」
「何を言っておる。ショウ殿は養子であるぞ。アドリアーヌやアステリオスとは似ても似つかぬであろう。」
ここでその話か。このおっさん、その話は間違いではないがここで言うべき事ではないと思うぞ。
アルディーネが俺を振り返り見つめてくる。いや、今更なんだけどアドリアーヌとアステリオスの間に黒髪は生まれないよ。うん、あいつらの遺伝子ではないよね。
「ショウ様、どういうことなんですか。」
「今聞いたとおり、俺は母上の子じゃない。誰が親かも分からないんだ。だからアルディーネの婚約者にはふさわしくないんだ。」
「それはそうであろう。他国の王の子が家臣と共にこの国に逃げ延びて来た。その家臣は政変を収めるために王の子をアドリアーヌに預け国に戻ったと聞いているが、ショウ殿は聞いているか。」
マーシェリンの目が泳いでる。そんなモロバレの態度はイクスブルクにつけ込まれるぞ。そもそも、その話ってアドリアーヌの作り話だし、今この場で肯定しない方がいいよね。
「聞いておりません。で、今のこの場はそのような戯れ言の場ではございません。」
「そうか、戯れ言と申すか。」
「そうです、ここは交渉の場です。自らが欲しい物に対して何を提供できるのか、それをお聞かせ願いたい。」
「そうだな、私が欲しい物は桜だったが、最も欲しい物がショウ殿になったぞ。ショウ殿は代わりに何を欲する。」
「それは先ほどお断りいたしました。桜の件もお断りするしかないですね。もうポスダルビア様とは契約が済んでおりますし、それを破棄してしまうのはいろいろと問題も多かろうと思われます。」
「全部を回せと言っているわけではない。1~2割程度の本数を欲しがっているだけでな。ポスダルビア殿が首を縦に振ってくれれば、アドリアーヌはどうとでもなる。」
「それは無理でしょう。桜を欲したのは私ですから、私が納得できる条件を提示できなければ、この交渉は終わりです。」
「ほう、ショウ殿が桜を? あの美しさは子供でも分かるか。しかし欲張りすぎだぞ。ポスダルビア殿が提示した苗木を全て奪い去るとは。」
え? 全部? アドリアーヌどんだけ無理したんだよ。金で解決できてるんならいいけど、それ以外にどんだけ譲歩したんだよ。テルヴェリカ領の利益とか考えてんのかよっ!!
ポスダルビアのじいさんに確認しておいた方がいいな。ポスダルビアのじいさんの耳元でささやく。
「ちょっと、じいさん、どんだけの桜の苗木を用意したの。」
「じいさんと呼んでくれるか。私の孫として迎え入れてもよいぞ。」
「もう、そういうのいいから。桜、どんだけあるの。」
「今年は随分と多めに用意したぞ。150本だな。」
「150か~。その対価は何なの。」
「アドリアーヌ様が持ち込んだ塩だな。セファルバラ領の岩塩など比べものにならぬほどの味だったぞ。」
塩ですかっ!! 塩、どんだけ高価なのっ!! なんだか凄くアコギな商売してるみたいじゃないかっ!!・・・・・ でも皆が納得しているからいいのか?
でもその一割、15本程度なら回してあげてもよさそうだな。その対価として何を提示できるんだろう。
「ショウ殿、我がイクスブルク領でも、あの塩はもっと欲しいのだがなんとかなるのであろうか。」
「桜が欲しい、塩が欲しい、など欲しい物ばかりを並べ立てられても交渉にはなりません。それに見合ったものを提示頂けるのでしょうか。」
「イクスブルク領では金山や銀山がある。金細工、銀細工が盛んなのだが、どうだ?」
金か~。あまり食指が動かないんだよね~。そんな贅沢品なんて貴族共が欲しがるだけだし、一般庶民のためになるようなものはないのかな。
腕を組んで悩んでいると、イクスブルクが別の提案を出す。
「あまりお気に召さないようだな。豊かなテルヴェリカ領に食料を提示しても意味はないから、そうなると金貨での取引になるが、どれだけの金貨を求めるのだ。」
金貨をもらってもね~、領の財政が潤うだけだし・・・・・ これは俺があれこれ悩むよりも、アドリアーヌに欲しい物を言わせた方がよさそうだ。
「イクスブルク様、私では欲しい物を思いつきません。申し訳ないのですがこの場に、」
バーンッ、と扉が開けられアドリアーヌが飛び込んで来た。
「ショウっ!! あなたはまた勝手な事をしてっ!! 他領の交渉の場に入り込んで何をしようというのっ!! 外へ出るわよっ!!」
呼びに行く手間が省けたけど、マーシェリンの膝上から乱暴に抱え上げられ退出しようとする。
「申し訳ございません。ポスダルビア様、ヴァーソルディ様、すぐに退出いたします。」
「いや、待て待て、アドリアーヌ。私は今ショウ殿と交渉中だ。ショウ殿を連れて行かれては困るぞ。」
俺とイクスブルクの顔を交互に見て、アドリアーヌが質問する。
「どういうこと?」
「イクスブルク様が桜をご所望なので、少し回す換わりに何を提示できるかの交渉中なのです。母上が来て下さったのはちょうどよかった。交渉の席に着いて下さい。」
「ヴァーソルディ様、一体どういうことですか。」
「ショウ殿の申した通りだ。ポスダルビア、テルヴェリカ、イクスブルク、3領主の交渉という事になる。座ってくれ。
もうマーシェリンの膝は必要ないな。マーシェリンは外で待っててくれ。アルディーネ様は・・・ いかがいたしますか?」
「私はショウ様と共にいさせて下さい。」
「ではアルディーネ様も共に。」
アドリアーヌがささやく。
「どういう話になってるのよ。ショウは桜が欲しかったんじゃなかったの。」
「その件に関してはたくさんの桜を確保してくれて感謝してるよ。でも、イクスブルク領とは懇意にしてるんじゃなかったっけ。欲しがってるんだし、15本ぐらいなら良いかなって、話に乗ったんだよ。」
「あら、テルヴェリカ領の事を考えてくれたのね。いいわ、私は何を決めれば良いのかしら。」
「イクスブルク領の特産品で何か欲しい物があったら、アドリアーヌが欲しい物を言ってよ。俺はこれといって欲しいものはないんだよね。」
「分かったわ。じゃあ、金貨と交換で良いわね。」
「好きにしてよ。」
「では、ヴァーソルディ様、ショウに変わりまして。私が交渉いたします。桜の苗木15本をおわけする事に、ショウが同意しています。その対価として金貨50枚でいかがでしょう。」
「おいおい、去年は一本あたり金貨3枚だったのだぞ。金貨5枚分余分ではないのか。」
「あら、契約まで済んでいる話を無理を通そうとするのですよ。その間でのお駄賃ぐらいは頂かないと割に合わないでしょう。」
「アドリアーヌもしっかりしておる。良いだろう、それで承知した。」
「ポスダルビア様もそれでよろしいでしょうか。」
「私は一向に構わんぞ。対価は塩で契約が決定しておるからな。」
「そうだ、塩だっ。私にも塩を増やす事はできないか。」
「塩に関しては、今年の生産量を見据えながら余裕が出たらイクスブルク領への配分を優先させるようにいたしましょう。」
「そうか、ありがたい。ショウ殿、期待しておるぞ。」
「それに対して、イクスブルク領を旅してみたいと考えています。入領許可証をお願いしたいですね。」
「そのくらいは全く構わんぞ。マーシェリンもつれて里帰りをすれば両親が喜ぶだろう。」
なんとか交渉は終わり契約も済んでこれで解散という時に、イクスブルクが注意を促す。
「アドリアーヌ、ショウ殿から目を離すでないぞ。セファルバラがショウ殿を見る目つきが尋常ではなかったぞ。」
「そうですな、テルヴェリカ様の塩のおかげで、セファルバラ領の岩塩が売れ行きが随分と減りましたからな。」
「塩もそうだが、アルディーネ様を息子の正室にと本気で狙っていたようだ。そこへショウ殿が婚約者として現れたからな。何かちょっかいを掛けてくるかもしれぬぞ。気をつけるに越した事はない。」
「ポスダルビア様、イクスブルク様、私へのちょっかいなどマーシェリンに全て阻まれて届く事はありませんよ。実力行使に出てこられても、マーシェリンは最強ですからね。」
「そうか、マーシェリンは信頼されているのだな。一時は魔獣に喰われて死んだのかとも思ったものだが・・・・・ そうだっ!! どうやってマーシェリンは救われたのだ。アドリアーヌが送ってくれたマーシェリンの鎧や衣服の損傷は、とても生きていられるような傷ではなかったぞ。」
こりゃまた古い話を持ち出してきたな。アドリアーヌ、何て返すんだよ。
「あ、あ~、そんな事もありましたね。あ、あれはコナン様です。コナン様がマーシェリンを救ったのです。我々には及びもつかない魔法をご存じだったのです。学者に解析させましたが、無理でした。」
「そうか、学者でも無理か。世界は広いのだな。そんな未知の魔法を扱える人々が住む国があるとは。国境門を開いて交流はできぬものなのだろうか。」
「神々が国境門を開けぬ限り、それは無理でしょう。」
「私の生きているうちに国境門が開くのをみてみたいものだな。」
へ~、【門】って開いた事ないんだ。俺でも開けないのかな。『原初の女神』の魔力が俺の中にあるよね。その魔力があればいけそうな気がする。ん? そうするとアシルも門を開けれそうだよね。
交渉の場は解散して俺とアドリアーヌはそのまま残り、ポスダルビアのじいさんとイクスブルクはパーティー会場にに向かっていった。アルディーネはイクスブルクがエスコートするって言ったから任せた。王族なんだからアルディーネはパーティー会場ににいなきゃいけないよね。
「俺はこのままマーシェリンと帰るよ。」
「今日で会議終了なの。私達は明日帰るわ。」
「じゃあ、その時にアルディーネとローズマリーが一緒に来るのかな。」
「そんな事言ってたわね。まず帰ったら製塩プラントの確認ね。どれだけの生産が期待できるのか。それを把握しなくちゃ。」
「ついでにお風呂もね。」
「何、お風呂って。」
「入ってみれば分かるよ。」




