127.『1/f ゆらぎ』ですねっ!!
先に会談の部屋へ行っているとの伝言を、イブリーナに頼んで向かった。昨日のポスダルビア領主との商談をした部屋だと言っていたな。
当然マーシェリンの腕に抱かれて揺られている。
・・・・・ あっ ・・・・・ 寝てた? い、いかん、こ、この揺らぎが絶妙に眠りを誘う。と、特にマーシェリンは筋力体力は成人の平均から遙かに高く、鍛えにくい体幹筋も凄く鍛えられているんだ。そのおかげで歩いている時の揺れが押さえられ、わずかな揺らぎが俺の体に襲いかかる。
それも、一定の揺れではなく微妙に緩急がついたような・・・・・ 眠れ、眠れ、とでも言うように。
『1/fゆらぎ』ですねっ!!
いや、そうじゃねーだろっ!! 寝ちゃ駄目だろ。寝る寸前まで追い込まれて、っていうかもう寝てたよね、俺。
がっとマーシェリンの胸にしがみつき叩く。
「どうされましたか、ショウ様。」
「マーシェリンの腕のゆらぎが、眠りを誘うゆらぎだという事に、今気付いたっ。降ろしてくれ。歩いて行く。」
「も、申し訳ございません。そのようなつもりではなかったのです。」
腕から降ろされて今度はアルディーネがにこやかに俺の手を取る。
「やっぱり婚約者同士、手をつないで行きましょう。」
「仮だけどね。」
「仮にだとしても、私はショウ様の横に並んで歩けるのが嬉しいのです。」
いい子なんだけどね、将来もっとお似合いの婚約者を見つけてくれるのだろうか。お勧めはウルカヌスなんだけどね。あいつはいい奴だよ。アルディーネともお似合いじゃないか? ウルカヌスはちょっと奥手なんじゃないかと思うんだけど、アルディーネが俺に会いにテルヴェリカ領へ来た時には、いつでもウルカヌスと一緒になるようにしてやれば・・・・・
一目会ったその日ではないけれども『恋の花咲く事もあるっ!!』
よ~し、このプロジェクトは極秘裏に俺だけで進めよう。アルディーネ&ウルカヌス、恋に落ちるプロジェクトですねっ!! これにマーシェリンは入れられないな。恋愛事情に疎いような気がする。いや、だからといって俺が恋愛熟練者というわけではないよ。俺だって女の子を前にしてお話ししようものなら、声がひっくり返っちゃうからね。
そんな事を考えながらアルディーネに手を引かれて歩いていたら、いつの間にか昨日の部屋の前まで来ていた。
その部屋の前には護衛などは立っていないから、部屋は空いているのだろう。
扉の前に立てばマーシェリンが開けてくれる。把手に手が届かないんだから、これはしょうがない事だ。早く手が届くようになるといいな、と常々思っているが、こればっかりは一朝一夕に背丈が伸びる事もなく、早く大きくな~れと祈るしかない。
開けられた扉の中に一歩踏み出せば・・・・・・・ いかついおっさんず、ギロリと一にらみ。
足を一歩踏み出したそのままの格好でフリーズ状態に。
「なぜ、こんな所に子供が? アルディーネ様、ではこちらの子がアドリアーヌ様の子。ショウ殿でしたかな。お、マーシェリンか。久しいではないか。元気そうで何よりだ。」
マーシェリンがその場に片膝をつき頭を垂れる。
「マクファード団長っ、ご無沙汰しておりますっ。」
「私はもうマーシェリンの団長ではない。そうかしこまらずともよい。立ちなさい。」
マーシェリンとおっさんのやりとりの間に、アルディーネの手を引っ張って扉の陰に隠れる。
イクスブルク領の騎士団長か。そうするとその他数名のおっさんずは護衛騎士達? イクスブルクの領主はこんな早い時間から部屋で待ち構えてるのか。どんだけまちどうしいんだ。子供ですかっ!!
「まだ時刻が早いようですが、ヴァーソルディ様はいらっしゃっておられるのですか。」
「アドリアーヌ様との会談の前にポスダルビア様との商談をされておるのだが、アドリアーヌ様がいらっしゃるまでには終わるであろう。それより、ショウ殿がいらっしゃるのが早すぎるのではないか。」
「そ、そうでございますね。では、ショウ様は私と一緒に・・・ さ、散歩でもいたしましょう。」
マーシェリン、ナイス判断、そのままマーシェリンに抱き上げられその場を立ち去る・・・・・ つもりだったんだよ。なんでこっちのおっさんが呼び止めるんだよ。おまえ誰だよ。
「待たれよ、ショウ殿。昨夜シルヴェストル様に伺ったのだが、大人との交渉もこなせるそうではないか。この交渉の場に参加してもらえないか。」
なんだこのおっさんは、シルヴェストル? 誰? ポスダルビアのじいさんか。あのじじい、黙っとけって言ったのに吹聴してまわってるのか。これはレッドカードものだな。どんなペナルティーを与えてやろうか。
マクファードがポスダルビアの護衛騎士っぽい男をたしなめる。
「待ちたまえ。君は何を言っているんだ。こんな小さな子が大人と交渉? そんな無理な事を言うもんじゃないぞ。」
「昨日はシルヴェストル様がショウ殿と交渉した結果、ショウ殿のお情けで塩の取引量を増やしてもらったようなものだと聞き及んでおります。」
「お待ちくださいっ。ショウ様にそんな事ができるわけがありませんっ。」
マーシェリンの全力否定、しかしポスダルビア領のおっさんは止まらない。
「イクスブルク様はテルヴェリカ領に植樹される桜を分けろと言っておられます。それを押し切られた場合テルヴェリカ領への桜が減ります。」
「な~に~・・・・・ それは俺の桜だっ!! それを奪おうなどとは、なんぴとたりとも許さんっ!!
マーシェリン、降ろせっ!!」
マーシェリンが、よろしいのですか、と耳元で言っているが、よろしくないのは俺の桜を横取りしようとしているイクスブルクだろうがっ!! ポスダルビアもイクスブルクもとっちめてやるっ!!
アルディーネが、いけません、冷静になってください、と俺の手を引っ張る。
あ、あ~ そうか、熱くなってたか。そうだ、熱くなっての交渉事はほとんどが失敗する。冷静に話をしなければ。アルディーネ、ありがとう。頭が冷えたよ。
そうだよ、突然の乱入はまずいだろう。ポスダルビアのじいさんの護衛に取り持ってもらおう。
そのじいさんの護衛達、目を丸くして口を開けてる。何驚いてるんだよ。じいさんから聞いてたんじゃなかったのかよ。この程度で驚いてるんじゃないよ。
イクスブルク側の護衛達も同じような反応だ。
「ま、まさか、こんな年端もいかぬ赤子が? マ、マーシェリン、どういうことだ。なぜ普通にしゃべれるのだ。」
「ショウ様はとても賢いお子様です。たくさんの本を読み知識量も普通の大人以上でしょう。子供として扱わないで下さい。」
アルディーネも俺を赤ん坊のように接するのを諦めたようで、護衛達に部屋の中へ入れるように指示をする。
「まあ、そういうことです。ポスダルビア様の護衛の方にお願いします。中へ声を掛けて頂いて、入ってもよいかお尋ね下さい。」
「そ、そうでございますな。し、しばしお待ちを。」




