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124.アホが染るよ

 大広間から開いている小部屋へ移動する。アルディーネと手をつないでいると、どうしても俺の歩行スピードに合わせないといけない。お姉さんにひょいと抱き上げられて運ばれる事になってしまった。

 こ、このお姉さんはなかなかの筋肉質だ。公爵家のお嬢様がなんでこんなに鍛えてるんだよ。


 「さて、何故そんなに浮かない顔をしているの? いつもショウ様、ショウ様ってショウ様の話ばかり聞かされてたのに、そのショウ様との婚約発表の場なのよ。もっと嬉しそうな顔をしてもよさそうなものでしょう。」


 がらりと口調が変わった。アルディーネとは随分と親しくしているようだ。


 「ごめんなさい、お姉様。それは聞かないでください。お母様やショウ様との約束でお話ができません。」

 「そう、分かりました。それじゃ、ショウ様に聞きますね。」

 「待って下さい、お姉様。今日はショウ様は、」

 「ここには誰も聞いている者達はいないのよ。もうそれはいいでしょう。

 ショウ様、それでよろしいでしょうか。」

 「でも、」


 何か言いかけたアルディーネを手を上げて制する。


 「初めまして、ショウ・アレクサンドル・テルヴェリカです。」

 「おお、この小さな子供がここまで(りゆう)(ちよう)に話されるとは。事前に聞いていても驚きです。改めまして、ローズマリー・ベアトリクスと申します。アルディーネとは姉妹のように親しくさせて頂いています。」

 「単刀直入に言うけど、俺に何か聞きたい事があるらしいけど、答えないからね。」

 「凄いですね、普通にしゃべると聞いていても、もっと子供っぽいのかと思っておりましたよ。まるで大人と話しているようです。子供の声で大人の会話、ギャップが凄すぎます。」

 「アルディーネに俺の事、どこまで聞いているんだよ。」

 「光り輝く神々の御子が天空からおりてきたところから、その赤ちゃんがアドリアーヌ・テルヴェリカ様の2男だったとか、とんでもない魔法を使うとか、女神の魔力より生まれた精霊アシル様と懇意にしているとか、そのぐらいしか聞いておりませんよ。」

 「いや、それ、ほとんど聞いてるよね。俺に秘密はないのかよっ。」

 「アシル様はどうされたんですか。」

 「テルヴェリカ領に残してきたよ。本人が王宮へ来たがらなかったからね。」

 「もう一度アシル様にお会いしたかったですね。」

 「アルディーネがテルヴェリカ領に来る時に一緒に遊びにこればいいよ。」

 「本当ですかっ。是非そうさせて下さい。

 アルディーネ、行く時には必ず誘ってね。」

 「でも、お姉様は貴族学院があるのでしょう。」

 「休みの時に行くのよ。ちょうど今長期休暇だから、領主会議が終わった後に行かない?」

 「今回許しも得ずに勝手にテルヴェリカ領へ出かけてしまって、お母様に酷く叱られました。しばらく王宮から出してもらえません。」

 「それなら私からアンジェリータ様にアルディーネを許して頂けるように進言してみるわ。お許しが出たら二人で行きましょう。」

 「貴族学院っていつまで休暇なんだよ。」

 「領主会議が終わるまでです。でも私は全ての単位を取ってありますから、終業の時に行くだけですの。」

 「へ~、優秀なんだね。マーシェリンとは全然違うんだ。」


 その言葉にローズマリーがつかみかかりそうな勢いで俺に迫った。


 「何故ショウ様がマーシェリン様を知っているのですかっ!!」

 「ちょっ、近いっ、恐いよっ。」

 「し、失礼いたしました。」

 「ローズマリーが言うマーシェリンと一緒か知らないけど、マーシェリンは俺の護衛騎士だよ。」

 「そうでしたか、じゃあ違うお方ですね。マーシェリン様はイクスブルク領の騎士団にいらっしゃいますので。」

 「え? じゃあ、同じマーシェリンだよ。イクスブルクからテルヴェリカに移籍したからね。」

 「なっ、なんという事でしょうっ。護衛という事は、ショウ様について王宮にいらっしゃっているのですか。」

 「どこかにいるんじゃない?」

 「会わせて下さいっ。あのお方は私の憧れなのです。マーシェリン様に憧れて剣術を磨き、騎士団をめざしているのです。」


 公爵家ご令嬢が騎士団って、誰も反対しないんだろうか。それよりも、単位は全て取っているという事はマーシェリンと違って頭脳も優秀なのでは。マーシェリンは、座学が落第寸前だったという話を聞いたことがある。


 「そんなのを目標にしてたら、アホが(うつ)るよ。」


 しまったぁ――っ 思った事が口に出てしまった―っ!!

 突然、ローズマリーが迫ってきて俺の手をがしっと握る。


 「アホとは酷いですっ。彼女は最強なのですっ。女性の中で最強というのではないんです。名だたる剣術自慢の男性を全て打ち倒し、果ては教師達でさえも敵う者がいなくなったという話です。私は2年下だったのですが、同学年で切磋琢磨したかったと、今でも思っております。」

 「あ~そー、でも今のマーシェリンの強さはその頃から比べたら次元が違うよ。」

 「分かります。マーシェリン様は常に高みを目指していました。あの頃から比べたらどれだけお強くなっているのやら。テルヴェリカ領の護衛控え室に待機されているのでしょう。今すぐ会いに行きましょう。」


 有無を言わせない剣幕に押されたまま、またもやローズマリーに抱き上げられ扉に向かう。


 「アルディーネ、あなたはショウ様の婚約者なんだから一緒に行きますわよ。」

 「え、でもホールに戻らなければ、」

 「王宮から出るわけじゃないわ。ちょっと他の部屋へ行くだけだから何の問題も無いでしょう? それでアルディーネはもちろん行くんでしょ。」


 そんな聞き方されたら行く以外の選択肢を選べる事もなく、ローズマリーを追って扉に向かう。

 ホールの外にも侍女達がせわしなく行き交っている。あちこちにある扉には所々に騎士達が立っている。そんな部屋は領主や上位貴族達が商談中なのだろう。

 知った顔が立っている扉を見つけた。リベルドータだ。ローズマリーにその扉に向かうようにお願いしてリベルドータの前に行く。


 「アルディーネ様、ショウ様、婚約発表をされたそうですね。おめでとうございます。そちらの方はどちらのお嬢様でしょう。」

 「お初にお目にかかります。ローズマリー・ベアトリクスと申します。アドリアーヌ様の護衛の方ですよね。ショウ様の護衛騎士のマーシェリン様はどちらにいらっしゃるのかご存じでしょうか。」

 「ベ、ベアトリクス様っ、公爵家の方でしたか。」


 ザッと、片膝をつき頭を垂れる。


 「そのような礼は必要ありません。私も騎士団を志す身、私から見ればあなたが先輩になります。マーシェリン様はどちらですか。」


 何故マーシェリン? 疑問の眼差しを向けてくるリベルドータ。

まあ、それが普通だろう。突然、俺を腕に抱いた娘が来てマーシェリンは何処だと問いただす。しかも公爵家のご令嬢だ。繋がりも分からずに混乱するよね。


 「貴族学院で剣を交えてたんだって。今王宮に来てるよって言ったら、是非会いたいって言うんだ。マーシェリンはどこ?」

 「そうでございましたか。護衛騎士控え室にいますが、マスカレータに案内させましょう。」


 横に立っていたマスカレータに案内されて控え室に向かう。

 控え室は領ごとに部屋をあてがわれており、マスカレータに案内されて入った部屋は見知った顔ばかりだった。


 「これはショウ様、アルディーネ様も、ご婚約おめでとうございます。お二方揃ってこのようなむさ苦しいところに、何かご用でもありましたか。」

 「ショウ様、そちらの美しいお嬢様はどなたですか。」

 「あら、あなたは、ローズマリー・ベアトリクス様では。テルヴェリカ領騎士団イブリーナ・ギリストスです。お懐かしゅうございます。」


 イブリーナが知っていた。マーシェリンと同期だけど学年が違うのになんで知っているんだ。学院全体の生徒の事を把握しているのか?


 「なんでイブリーナが知っているんだよ。」

 「マーシェリンは学院最強で有名でしたけど、その最強に挑み続けたローズマリー嬢も同じくらいに有名だったのです。」

 「私は挑み続けただけであって、一度も勝てた事は無いのですけど。」

 「そうか、お互いに有名人なんだ。マーシェリンは何処。」

 「隅にいますけど、合わない方がよろしいかも。」

 「どうしてですか、私は憧れのマーシェリン様に会いたくて来たのですよ。」

 「最強のマーシェリンが最弱のマーシェリンになっています。」


 そういうことか、アドリアーヌが婚約の話をした後から落ち込んでいたけど、まだそんな状態なのか。

 イブリーナが大勢の護衛騎士達の間を抜け部屋の奥まで案内してくれた。

 部屋の隅っこで椅子にも座らず、床の上で膝を抱え込んでシクシクむせび泣いているマーシェリン。


 「マーシェリン、ショウ様とアルディーネ様、そして懐かしい方がいらっしゃってますよ。」

 「ショウ様っ、も、申し訳ございません。お見苦しいところを・・・・・」

 「何を泣いてるんだよ、マーシェリン。」

 「ショ、ショウ様、アルディーネ様の婚約者になったのです。きっと王宮から護衛が派遣されて来るのですね。私はもうお払い箱ですか~。」

 「何言ってんだよ。そんなの来るわけないよ。俺の護衛はマーシェリンだけだよ。」

 「本当でございますかっ!! ショウ様にずっと付いて行きます~。」


 「この方は本当にマーシェリン様なのですか。」

 「え? あなたは何故ショウ様をお抱きになっているのですかっ。」

 「私を覚えていらっしゃらないのですか。」

 「見た事がありますね。どこかでお目にかかりましたでしょうか。」

 「貴族学院で幾度となくあなたに挑み続けた、ローズマリーですよっ!!」

 「あぁ、そんな方がいましたね。この私を嫌っているのにわざわざ会いに来るとは雪辱を果たすためですか。」

 「(きら)って? どういう意味ですか。尊敬こそすれ、嫌ってなどいませんよ。」

 「あそこまで私に挑み続けられたのです。随分と嫌われてしまったものだな、と悲しく思っていたのですが。」

 「ま、まさかっ、そんなふうに思われて名前さえも覚えられていなかったのですかっ。」


 いや、まあ、マーシェリンらしいっちゃーらしいんだけどね。だけどローズマリーにはさっきの言葉をもう一度贈ろう。


 「アホが(うつ)るよ。」

 「マーシェリン様はアホじゃありませ―――んっ!!」

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