122.婚約?
それほど待たされることもなく、部屋の扉がノックされ侍女が入ってきた。
「食事の用意が調いました。」
入ってきた侍女がそう告げる。
なんだ? 国王との密談じゃねーのかよ。しかも、俺の目の前のテーブルに用意するんじゃなくて、どっか他所の部屋なのか?
アルディーネはすぐに椅子を降り告げる。
「ショウ様、こちらです。」
え? なに? ここにアンジェリータが来るんじゃないのか? でも一人で椅子から降りられないからマーシェリンが走ってきて椅子から降ろしてくれる。
侍女の案内で付いて行けば、この部屋に入ってきた扉とは別の扉に案内され、扉を開けてくれる。
マーシェリンやアルディーネの護衛達はそのままその部屋で待機のようだ。アルディーネが手を取って俺の歩くスピードに合わせてくれる。
その先の部屋は、今までいた部屋から比べればかなり広く大勢の人数が入る事ができそうだ。ダイニングテーブルがずうっと長く置かれており、どれだけの人数が座れるのか見当も付かない。
そうか、今までいた小部屋はこの部屋で準備ができるまでの、客を待たせておく控え室みたいなものなのか。振り向けば俺達が出てきた扉と同じ扉がいくつも並んでる。俺達以外にも誰か出てくるのかな。
テーブルの上座には、もうすでに数人が席に着いている。国王夫妻と若い男の子二人、この二人はアルディーネの兄ではなかろうか。その反対側にはアドリアーヌとアステリオス、ウルカヌスまで座ってる。こりゃ一体なんの集まりだ?
皆が座っている所まで案内され侍女が椅子を引いてくれるが、座る前に国王様に挨拶が先だろう。アンジェリータの元まで歩いて行く。
「アンジェリータ様、ウェスマディ様、本日はお招きくださりありがとうございます。このようなところへ招かれるとは思ってもいなかったので普段着のままでしたが、正装でなくてもよろしかったでしょうか。」
「ご機嫌うるわしゅう存じます、ショウ様。私達も会議中ですので正装ではありりませんのよ。この場では昼食を頂きながらフランクにお話をいたしましょう。」
ウェスマディの横に並んでいる兄たちにも歩み寄り挨拶をする。あれ? 二人とも目がまん丸く見開かれているぞ。
「デュナメイス様、エインヘリル様、お初にお目にかかります。アドリアーヌ・テルヴェリカの2男、ショウ・アレクサンドル・テルヴェリカと申します。右も左も分からぬ若輩者ゆえ、失礼があっても笑ってお許しください。」
「あ、・・・ アンジェリータ・ヴァランタインの長男、デュナメイス・ヴァランタインと申します。ショウ様がお話になられるとは聞き及んでおりましたが、話す内容が大人と全く変わらないじゃありませんか。どうやって覚えられたのでしょうか。」
「本をたくさん読みましたので。」
「本も読めるのですかっ。」
横から弟が、私にも挨拶をさせてくださいとささやいて、ようやくエインヘリルが口を開く。
「2男のエインヘリル・ヴァランタインです。アルディーネが随分とご執心のようですね。私達の大好きな妹がショウ様に取られそうですよ。」
「アルディーネ様はお兄様達に随分と可愛がられていると伺いました。きっと姉の立場に立って弟妹を可愛がりたいのですよ。」
「ご挨拶もその辺にして昼食にいたしましょう。時間の余裕はそれほどありませんわ。」
俺の席はアドリア―ヌとアステリオスの間、アルディーネはその向かい、アンジェリータとウェスマディの間、お互いに向かい合っている。
給仕係が皿を運び並べ、食事が始まる。だけどこのメンツが揃って食事だけで終わるつもり・・・ の訳がない。
アドリアーヌにコソッと聞いてみる。
「こんな所へ連れてこられて、いったいなんの話をするつもりだよ。」
「アンジェリータ様から打診はされてるんだけど、私の一存では返事はできないとお断りしたのよ。じゃあ、本人をお呼びしましょうとなってね。」
「だから何? 意味分かんないよ。」
アンジェリータが話し始める。
「ショウ様、アルディーネの面倒をみて頂いてありがとうございます。アルディーネが勝手に王宮を出て行った事は後でしっかり叱っておきます。でも、ショウ様の元へ向かった事が分かっていたから、安心はしておりましたの。」
「いえ、そんな大したお世話ができた訳ではありません。」
「このままショウ様の元で面倒をみて頂いてもよかったのですけど。」
「そんなご冗談を・・・・・ え? 冗談では・・・・・?」
「冗談ではありませんよ。アルディーネが逃げ出したのも分からないでもないのですよ。5歳になって初めて夜会に参加するようになったのですが、決まった婚約者がいなかった事もあって、婚約の申し込みをされる殿方が殺到してしまいました。」
「それはアルディーネ様よりお伺い致しております。」
「それで考えてみました。やはりショウ様にアルディーネの婚約者になって頂けないかと、アドリアーヌ様にご相談をしましたの。普通なら子供同士の婚約は親が決めるものなのですが、ショウ様に至っては自我が確立されてしまっておりますので、ご本人に聞いて欲しいとおっしゃったので、こうして来て頂いたのです。」
そうういうことかい。話を聞いたアルディーネ、さっきまでいつ怒られるのかとおどおどした感じの脅えた顔が一転、嬉しそうな笑顔。
でも、前にも断ってるよね。それを俺が受けると思ってるのかな。アドリアーヌの顔を伺えば、うなずいている。あなたの好きなように答えなさい、と受け取っていいのだろうか。
「その話は以前にもお断りしました。それをまた蒸し返されても、同じ返事を返すしかできませんが。」
「婚約とはいえ、形だけの婚約というのでも駄目でしょうか。」
「形だけなら、ここにいるウルカヌス兄上でもよろしいのではないでしょうか。」
「いえ、何も分からぬ幼いショウ様を婚約者にしてしまった、という事で将来成長してからの婚約の解消も問題無く行えると考えております。」
あらら、アルディーネの浮き沈みが手に取るように分かるよ。がっくりと肩が落ち、天国から地獄を行ったり来たりだね。
でも、婚約解消なんて本当に考えているのか? 婚約者だからと会う機会を増やして、なし崩し的に結婚させてしまえ、とか考えてるんじゃないのか。もしその話を飲むとしても、これは念書でも書いておいてもらわないといけないな。
「それじゃあ、条件を付けさせてもらってもよろしいでしょうか。」
「それはどのようなものでしょう。」
「私が5歳の魔力登録の時を迎えるまでに私以外の婚約者を決めて下さい。婚約解消はアルディーネ様からお願いします。」
「ショウ様が5歳までとは短いですね。そして、婚約解消はショウ様からでなくてよろしいのですか。」
「私から婚約解消したとなればアルディーネ様の名に傷が付きます。」
「それではショウ様の立場に傷が付くでしょう。」
「私が女性に嫌われた、ということは私自身は歯牙にも掛けませんよ。」
突然アルディーネがが叫ぶ。
「私は嫌ですっ!!・・・・・・・ ショウ様を嫌う事などできませんっ!!」
「アルディーネ様が私を嫌いになるかならないかではなく、婚約解消の理由付けですよ。他に結婚したい人ができた、とか、幼すぎて結婚対象として見れなくなった、等、理由は何でもいいのですよ。」
「どうしてもショウ様と私は結婚はできないのでしょうか。」
「テルヴェリカの次期領主はウルカヌス兄上です。私は城を出て自由気ままな旅に出るつもりです。その旅にアルディーネ様を連れて行く事はできませんし、たとえ付いて行くとおっしゃってもまわりの方々は誰もそれを許さないでしょう。」
付いて行きます、みたいなセリフが口に出かかったのを、機先を制したおかげでアルディーネが言葉を飲み込んだ。これで、一緒に旅をします、なんてこの場では口に出せないだろう。
念書はどうしよう。口約束だけでもいいかな。どうせ、婚約を解消せずに結婚を強制しようとしたって俺自身がいなくなってしまえば、実行は不可能になるしね。
「全て承知致します。ショウ様が5歳の魔力登録まで、アルディーネの婚約者でいて頂けるだけでも助かります。その間だけでも婚約の申し込みは来なくなるでしょうし、夜会でも言い寄る殿方はいなくなるでしょう。」
「ご納得頂いてありがとうございます。アンジェリータ様。」
「それじゃあ、今夜の夜会でそれを発表致します。ショウ様も正装で出席なさってね。」
「ええ――っ!! 5歳以下はそういうの出れないんじゃなかったの?」
「婚約発表ですからね、当事者が出席しなくてどうするんですか。」
そりゃまぁ、そうだ。俺みたいな赤ん坊が存在する事さえ誰も知らないし、アドリアーヌと一緒に出て、テルヴェリカ家の2男です、と紹介されなければどこの誰かも分からないのか。
そんなもの出たくないんだけどな~。しょうがない、約束だし婚約のふりだけでもしてくるか。でも赤ん坊に徹するぞ。絶対しゃべらないぞ。
「分かりました。出席はしましょう。でもその場では一切しゃべりませんので、しゃべる赤ん坊だという事は皆さん内密にお願いします。」
こんなもんで婚約話は決定かな。後は夜会か。正装は誕生会の時に着たのが異空間収納にしまってあったよな。まだ着れるのかな。俺だってどんどん成長してるはずだし、ズボンの丈直しぐらいは必要かもしれないな。テルヴェリカの宿泊施設に行けば侍女達が治してくれるかな。アドリアーヌに聞いてみよう。
「誕生会で着た服で大丈夫かな。」
「そうね、あれならパーティーに出ても問題は無いわね。少し大きめになっているはずだから、ショウが大きくなってても着れるはずよ。リベルドータに伝えておくから、もし直しが必要なら侍女達の所へ案内してもらって。」
「分かった。もう食事も終わったし、席を離れてもいいよね。」
護衛達が控えている部屋へ案内される。俺が最初に待っていた部屋と別の部屋だったけどテルヴェリカの護衛達にマーシェリンが合流していた。アドリアーヌがリベルドータに詳細を説明する。
婚約の話を聞いて皆が一様に驚く。マーシェリンの驚きが突出してるね。ふらついてイブリーナに支えられてる。
この婚約は将来解消される事をアドリアーヌは説明してないから、マーシェリン以外が褒めそやす。
説明を聞き終えたリベルドータに抱かれて宿泊施設に向かう後ろを、とぼとぼと力なく付いてくるマーシェリン。感情出しすぎだよ。こんなんじゃ、まともに護衛もできないんじゃないか? マーシェリンだけには後でこっそり教えておこうか。
リベルドータが説明をして俺は侍女達に引き渡された。ヴァネッサが来ていて、ショウ様は私がみます、と抱き上げられて連れて行かれた。
「ショウ様、おめでとうございます。アルディーネ様とご婚約だなんて素晴らしい事じゃありませんか。少しお年が上ではありますが、ショウ様がしっかりしておりますからそのくらいの年齢差がよろしいのかもしれませんね。」
「こんな赤ん坊のうちから婚約だなんて、めでたいかどうかは分かんないよ。」
「王家から奥様を娶られるのですよ。とてもおめでたい事ですわ。領に帰りましたら大々的に披露パーティーでございますね。」
「・・・・・勘弁してくれ。」
「着付けはよろしいでしょう。裾丈も直さずに済みますね。ピッタリです。」
一度着てちょうどいい事も分かったし、後は脱いでおこう。こんな堅苦しい格好いつまでもしていたくない。後はゆったりしたベビー服でのんびりパーティーが始まるのを待とう。
アドリアーヌ達が戻ってきた。会議が終わるの早くね。まだ昼間だよ。
「なんでこんなに早いんだよ。ちゃんと会議やってんの。」
「そんなに遅くまではやらないわ。それぞれの領で売りたいもののプレゼンをやった後は、夜会の場で取引量や価格の交渉になるから、まだ明るいうちからパーティーが始まるのよ。でも大人達は他の部屋で交渉を始めるから、最初は子供達がメインの社交場だと思って。」
「そうですか、社交界のデビュー戦ですか。」
「なんなの、デビュー戦って。まさか乱闘なんてしないわよね。」
「しませんよっ!!」




