12.オルドリン
「なんだ、あれは、」
魔獣の向かう先には・・・ 半球状の・・・ 山なのか? 人が造ったものなのか? 人が造ったにしては大きすぎる。そこに向かっている魔獣の2倍以上の大きさに見える。
魔獣共は、脇目も振らずにあの山を目指しているのだろうか? あそこに何か大きな魔力を感じているのだろうか。
魔獣以外に、あれは想定外すぎる。
連絡魔道具を起動する。
「オルドリンだ。『ブリザードウルフ』の『キング』『クイーン』を肉眼で捕捉。それ以外に、何か想定外の物を発見、向かっている騎士達に注意を促せ。」
「想定外とはどういうことでしょうか。危険なら第一騎士隊を派遣しますが。」
「想定外が何なのか分からないのだ。」
「第一騎士隊は必要か不要かお願いします。」
その山から人が走り出てきた。腰には剣を携えている。
まさか、一人であの魔獣に挑もうというのか。そんなことをしたら、すぐに喰われて魔獣が強大化するだけだぞ。
「第一騎士隊の派遣を頼むっ!! 正体不明の剣士が一人で魔獣に立ち向かっている。我々は剣士の援護をしつつ騎士隊到着を待つ。」
「剣士の援護に入りますっ!!」
本部との『剣士の援護をする』との会話を聞いていたマーシェリンが、私の承諾を得る間もなく剣士と魔獣に向かって滑空する。
「待てっ!! マーシェリン。」
「本部っ!! マーシェリンが剣士の援護に向かった。私も援護に行く。この後の展開が、どうなるか分からない。次の連絡で団長の指示を仰ぎたい。団長をそこに待機してもらえるように話を通してほしい。以上」
「了解しました。団長に連絡します。以上」
通信を終わった時点でもう『ブリザードキングウルフ』の首が宙を跳んでいた。
あれの首をたった一人で? そんな馬鹿な。啞然とするしかない。
マーシェリンが援護に入り、目を潰したのを見ていたが、あの巨大な魔獣の首をたった一太刀で切断するなど、人の力で出来るものなのか? 魔力か?
首を切断する寸前に、剣が突然伸びた。大きな魔力を剣に注いだのだろう。
魔獣の狙いは、あの剣士か。あの剣士の強大な魔力を狙ってここへ向かっていたのか。
油断していたマーシェリンが、魔獣に噛みつかれた。しまった!! 『キング』の首が跳んだことで、私も油断していた。
「マーシェリンッ!!」
私がマーシェリンを助けに飛ぶよりも速く、ジャンプしていた剣士が空中で突然向きを変え、魔獣に飛んで行く。彼は飛べるのか? どんな魔法を使っているのだ?
剣士が魔獣に剣を投げつけ、見事に目に刺さる。魔獣が咆哮を上げ、マーシェリンが宙に放り出され、剣士がロープを自在に操りマーシェリンを確保する。あんなに自由自在にロープを操れるなんて、いったいどんな魔法なのだ。見たこともない魔法だ。
いや、そんなことよりも、マーシェリンを助けるためとはいえ、剣を投げるとは・・・ あの剣士は馬鹿なのか? 自分の戦う術を失うのだぞ。そこまでマーシェリンを大事に思ってくれたのか。
しかしあの傷では、すぐにでも高度な治癒魔法士に頼まねば、助からないだろう。今から全速力で領都に向かっても、途中でマーシェリンの命は尽きることになる。
すまない。マーシェリン。戦う術を失った剣士の代わりに、私が魔獣に挑む。
『キング』の屍体に『クイーン』が喰らい付いている。まずい。魔石を喰って巨大化する前に倒さねば。
炎の魔法を打ち出しながら、魔獣に切り掛かる。到達する前に、魔獣の前脚が横から迫って来る。駄目だ。避けられない。動きが早すぎる。
バシ―――――ンッ!!
前脚で薙ぎ払われ、雪の中深く突き刺さる。鎧のおかげで怪我は無いようだが、雪に深く埋もれて身動きが取れない。まさか、このまま喰われるのか?
突然ロープが巻き付けられ、かなり乱暴に雪の中から引っ張り上げられたと思ったら、そのまま宙を舞い、魔獣からかなり遠くに放り投げられた。また雪にはまったが、深くは無かったため立ち上がり周りを見渡すことができた。吹雪いているので剣士も、魔獣も確認できない。これはペガサスで空から確認しないと状況がわからないな。
ペガサスに乗り宙へ舞い上がった目の前に、突然巨大なものが立ち塞がる。まずい。魔獣が目の前にいた。こんな近くで攻撃を受けたらひとたまりも無い。魔獣を避け上へ向かって飛ぶ。ペガサスが上に向かって飛ぶのと同じぐらいに、どんどん大きくなっていく。
こ・・・ これは・・・ 人型の巨大魔獣だと? そんなもの今迄、見た事も聞いた事も無い。文献にも、載っていたという記憶は無い。
まさか、マーシェリンと剣士は? 二人共喰われてしまったのか? まだ他にも魔獣がいて、隙を伺っていたのか?
まだ向こうにも『ブリザードウルフ』がいる。体表がボコボコと沸騰したように波打って、徐々に巨大化している。魔石を喰われてしまったようだ。このまま『ブリザードエンペラーウルフ』に進化するのだろう。それに加えてこの人型の巨大魔獣を相手に、騎士達にどれだけの犠牲が出るだろうか。
連絡用魔道具を取り出し騎士団本部を呼び出す。
「こちら、オルドリン、本部どうぞ。」
すぐに返事が来た。
「こちら、マクファード、そちらの状況はどうだ。」
「団長でしたか。こちらはかなり危険な状況と言わざるをえません。『クイーン』が『キング』の魔石を喰らい、『ブリザードエンペラーウルフ』に進化中です。それと魔獣に噛みつかれたマーシェリンとそれを助けた正体不明の剣士が、別の魔獣に喰われたらしく、その魔獣が巨大魔獣に進化しました。」
「何ぃ―――っ!! 二体の大型魔獣だと―――っ!! 第一第二騎士隊だけでは無理であろう。騎士団全てに連絡をして、向かわせる。攻撃は少し待て。
おい!! 騎士団全てを招集だ。」
後ろへ指示している声が聞こえてくる。
そうしているうちに続々と、調査に出ていた騎士達が、私を見つけて集まり始め、ざわめいている。
「オルドリン隊長、あれは何ですか?」
かなり遠くからでも目視できたであろう人型魔獣を指差し、問いかけてくる。
「すまない。本部と連絡中だ。後にしてくれ。」
マクファード団長から問いかけが来る。
「マーシェリンは残念だった。それで剣士とやらは、全く見当も付かないのか。」
「この地を治めている、伯爵家に問い合わせればすぐにでもわかるでしょう。『ブリザードキングウルフ』の首を一刀両断できる剣士など、そう何人も存在しないと思われますから。」
「そんなに凄い剣士だったのか。残念なことだ。それで、もう一体の魔獣というのはどうしている。どんな魔獣なのだ。」
「先程現れてから微動だにしていません。そして驚くことに、人型です。」
「?・・・・・・・ 」
しばらくの沈黙の後、
「すまん、聞き間違えたかもしれない。もう一度、言ってくれ。」
「多分聞き間違えではありません。人型の巨大魔獣です。大きさはイクスブルク領領主城の屋根の先端の高さの二倍は超えていると思われます。70mを超えていると思われます。」
ゴクッっと唾を飲み込む音が響いてきた。
「そんな魔獣を、イクスブルク領の騎士団だけで倒せるのか?」
「やるしかないでしょう。そのための騎士団です。」
「分かった。騎士団員が集まり次第、私も向かおう。テルヴェリカ領の領境付近だったな。領主様同士で話をしてもらって、一体だけでも引き受けてくれるようなら、テルヴェリカ領に追い込もう。以上。」
「了解しました。以上。」
ドドドドと地響きを立て『ブリザードエンペラーウルフ』が走って来る。人型魔獣の喉元に向かって飛び掛かる。なぜあの人型魔獣は微動だにしないのだ。
ズズ―――ン!! 魔獣に喉元を喰い付かれた人型魔獣が、仰向けに倒れている。『エンペラー』の大きさが人型魔獣と同じぐらいの大きさだ。
初めて人型魔獣が動いた。喉元に喰らい付いた魔獣の顔にに拳を叩き込み、膝で腹をけり上げる。頭越しに飛んでゆく『エンペラー』を追いかけ飛び起きた人型魔獣が、『エンペラー』が飛び掛かって来るのを警戒している構えをしている。魔獣なのに動きがやけに人間臭い。マーシェリンと剣士が喰われたからなのか。だとするとこの人型魔獣を倒すにはかなり骨が折れそうだ。
いきなり『エンペラー』が敗走を始めた。まずい、その方向はテルヴェリカ領の領境だ。集まって来ていた騎士達に指示をする。
「テルヴェリカ領領境を超えさせるな。領境の結界に辿り着く前に、回り込んで向きを変えさせろ。」
ヴゥオオオオ――――ッ!! 人型魔獣が吠えた。空気がビリビリと震える。そこにいた全ての騎士がその咆哮に恐怖し体がすくみあがり、凍り付いたように動けなくなった。
我々の誰もがその場に凍り付いた状態の中、人型魔獣が走り出し『エンペラー』の背に飛びつきしがみつく。しまった。もう結界のすぐそばだ。間に合わない。
二体の魔獣が結界に引っ掛かったように止まる。何故だ? この結界は人は通れないが、魔獣は素通りできるはずだ。あの人型魔獣の中でマーシェリンと剣士の意識が残っているのだろうか。そのわずかにでも残っている意識が『エンペラー』を倒そうとしてくれているのだろうか。しかし意識が残っていたのだとしても、騎士団の総力を挙げて討伐せねばなるまい。あれは危険すぎる。国を滅ぼしかねない。
人型魔獣が喰い破ろうと、結界に噛みつき首を振りたくる。一瞬のうちに食い千切ったようで、結界を通り抜けてしまった。
後を追い結界まで辿り着いた時には、結界は既に塞がれていて我々は通ることが出来なくなっていた。そして・・・・・ その先に見えた光景は見るもおぞましい殺戮だった。人型魔獣の一方的な殺戮だ。背中の肉を喰い千切り、目を潰し、殴る、足をむしり取る、腹を引き裂き手を突き刺し内臓を掻きまわす。引き抜いた手には『エンペラー』の魔石が握られていた。『エンペラー』が息絶え、おぞましい殺戮が終わった。
この人型魔獣はあの魔石を喰おうとしているのだろうか。そんなことになったら益々強大化してしまう。
テルヴェリカ領の騎士団はこんな恐ろしい魔獣を倒すことが出来るのか? 我々は今ここで結界を越えることが出来ない。応援要請が来た時のために、領界門まで行って待機していた方がいいだろう。
本部への連絡のため、魔道具を準備していたら、周りの騎士達が騒ぎ出した。
「オルドリン隊長っ!! 魔獣が崩れ始めましたっ!!」
顔を上げた先に見えたものは、人型魔獣の形状がボロボロと崩れ落ち始めている。手も崩れ、持っていた魔石が落ちてくる。地上に落ちた魔石の巨大さに驚くが、それよりももっと大きな・・・・ 筒状の魔石? これは人型魔獣の魔石なのか? いや、魔石は球状だよな。しかも大きすぎる。魔石特有の魔力による光も無い。表面には記号のようなものが記されている。魔法円に使われている古代語とも違うようで、全く見たことも無い記号だ。
「本部、オルドリンです。マクファード団長はそちらにいらっしゃるでしょうか。」
「マクファードだ。変化はあったか。」
「先程、魔獣同士の戦闘が始まり、人型魔獣が『エンペラー』を倒しました。」
「そうか。後は人型魔獣一体のみということか。」
「いえ、魔獣同士の戦闘の際結界を越えてしまい、テルヴェリカ領内で決着がついた後、人型魔獣が崩れ去って消えてしまったのです。それで、『ブリザードエンペラーウルフ』の魔石は分かるのですが、人型魔獣の、魔石といっていいのか、よくわからないものがあります。」
「二体とも倒れたのか。騎士団の派遣は必要かどうか教えてくれ。」
「いえ、必要は無いと判断します。テルヴェリカ領の領主様に連絡をして騎士を現地に派遣してもらえるようなら、説明のために私がこの地にとどまりましょう。」
「その件は領主間で連絡が既について、テルヴェリカ領の騎士がそちらに向かっているはずだ。それよりも、よくわからない魔石とはどんなものだ。」
「巨大です。私の身長を超えています。2mぐらいはあるでしょうか。長さが10mぐらいでしょうか。長い筒状の形です。魔石のように光っていません。」
「それは、大木が一本転がっているというのではないのか。」
「いえ、人型魔獣が崩壊している時に、背中の辺りから落ちてきたのを見ています。」
「分かった。出来ればすぐにでも本部に戻って報告をしてもらいたいが、テルヴェリカ領の騎士に現況説明のために、そちらで必要な人数を選んで残ってくれ。帰還する騎士達には、マーシェリンの遺品があったら本部へ運ぶように伝えてくれ。早く家族の元へ届けてやりたい。以上だ。」
「了解しました。以上。」




