116.『横目でさめざめ』
ドッボーンッ!!
落ちただけではない。恐ろしい勢いで引っ張られている。
一体何が起きてる? さっきまでの魚の引きとは次元の違う引き・・・・・ クジラにでも引っ張られているんじゃないかと思われるぐらい・・・・・
魔獣か? 俺のお魚を横取りしやがったな。クッソー、絶対釣り上げてやる。絶対離さないぞ。しかし、この水圧はヤバい。水上スキーから転落したまま全速のプレジャーボートに引っ張られている状態だ。俺自身は自分のまわりを魔力で覆っているけど、このままじゃマーシェリンの力が尽きそうだ。
ん? 俺の魔力でマーシェリンもコーティングすれば?
「ショウ様、私がショウ様を護らなければいけないのに、また私は助けられております。」
「まだ助かってないっ!! 魔獣化した何かに引っ張られてるっ。今、魔力を変形させて海上に出るっ。」
身の回りをコーティングした魔力に新たに魔力放出、形成、捕鯨船、全長230フィート、総トン数800トン、船首に捕鯨砲搭載。海上に浮き上がった俺達の廻りに魔力を放出して変形させた捕鯨船、うっわーっ!! 捕鯨砲かっけーっ!!
よぉ―――っしっ!! この捕鯨砲で魔獣をブチ抜いてやるっ!!
魔獣を逃がさないように、ロッドとラインを鎖に、ルアーをアンカーに変形。
ルアーを飲み込んだであろう魚の口が引き裂かれ、巨大に変形したアンカーが魔獣の腹の中へ突き刺さる。アンカーを吐き出そうにも、腹の中に突き刺さって吐き出せない。
もう逃がさないぞ。後はアンカーの鎖を巻き上げるだけだ
捕鯨船は引っ張られるままに海上を滑っていく。ガラガラと鎖を巻き上げる音が響く。
突然、前方に引っ張られていた力が無くなった。鎖がたるんで海中に沈む。まさか、攻撃してくるつもりか。たるんだ鎖を巻き上げる。
ガ――ンッ!! 舳先が一気に海中に沈み込む。衝撃で浮き上がった俺の体は、コントロールパネルに叩き付けられる寸前で、マーシェリンに抱きとめられた。
ヤバかった。俺もヤバかったけど、下へ引く力がもう少し強かったら、舳先から海中に沈没もあったよな。艫が完全に浮き上がったもんな。
今度は海中から急浮上する魔獣の気配。
「マーシェリン、衝撃に備えろっ!!」
こういうときのマーシェリンの判断は速い。俺をぎゅっと胸に抱き、かかとを浮かせてつま先で立ち、膝を曲げ中腰になる。下からの衝撃を緩和し、即座に反撃に移れる姿勢だ。敵は海中にいるから反撃できないんだけどね。
ド―――ンッ!! 船底からの強烈な衝撃を受けた。全ての衝撃はマーシェリンの膝と腕で受け流され、俺には船底に巨大なものがぶつかる音しか感じられなかった。
「やっぱり俺のマーシェリンは信頼できるね。」
「ブフ――・・・・・ な、・・・ 何をおっしゃいます。ショウ様。」
「たよりにしてるけど、ここで気を抜くな。終わってないぞっ。」
「はいっ!!」
今度は横に振られた。右舷側に強制的に回頭させられ引っ張られる。暴れ回っていやがるな。鎖を巻き上げて近づいてきていると思うんだけど、海面から出ることはあるのかな。海面まで出てきたら捕鯨砲を撃ち込んでやるのに。
「マーシェリン、降ろして。」
船橋からガンナーズブリッジを捕鯨砲の元まで走る。舳先に設置された捕鯨砲のロックを外し、鎖の沈んでいるその前方に照準を向ける。
「ターゲットスコープオープン、魔力充填120%!!」
「タ、ターゲット・・・・・? ・・・・・ なんですかっ、それはっ!!
」
「いーんだよっ!! そんなこと、気にしなくても。男の子はそういったこと言ってみたくなるんだよっ!!」
捕鯨船を引っ張りながら、海中から海面に向かって巨大な何かが浮上してきている。海面が盛り上がる。
「捕鯨砲発射―――っ!!」
砲身内に充填させた魔力を爆発させて、魔獣が飛び出るであろう場所に向けて銛を撃ち出す。銛も俺の魔力だからそれ自体が空中を滑空できる。そこへ砲身内の魔力爆発の勢いが加わって、とてつもないスピードで撃ち出された銛。
これはっ、初速がマッハ超えててんじゃね。衝撃波が海面の水にぶつかり後方に水柱を巻き上げながら突き進む。
海上に跳ねた魔獣に、ワイヤーを引っ張って飛んでいく銛が腹側から突き刺さり背中まで抜けた。
この魔獣って・・・・・ 目が横に飛び出た・・・・・ なんかサメっぽいやつ。なんだっけアレ。ト、トンカチザメ?
もう何でもいいやっ!! 命名『横目でさめざめ』
銛を撃ち込まれた『横目でさめざめ』が海中に落ちていく。巨大なサメの魔獣だ。15~20mぐらいはあったんじゃなかろうか。銛を撃ち込んでもたいしたダメージにはならないだろうし、アンカーが腹の中で突き刺さって鎖で繋がってるんだし、銛に繋がるワイヤーって、意味無くない?
今度浮き上がったら魔法攻撃に変更だ。
再び『横目でさめざめ』が急速浮上してきている。それも、捕鯨船に向かって。俺達が攻撃目標になったみたいだ。
海面に大きく【水弾】の魔法円を展開。水球形成、射出待機。海面の魔法円の上に10m級の水弾が待機状態になる。
海中から捕鯨船に向かって空中に躍り出た『横目でさめざめ』 その下から腹に向けて水弾を撃ち出す。
巨大な顎を開き怒りに燃えた横目が、俺達めがけて跳んで来る。マーシェリンがとっさに俺を抱きかかえ後ろへ跳ぶ。そんなことしなくても、凶悪な顎は俺達には届かなかったけどね。
腹の中心に水弾が直撃。『横目でさめざめ』が上空へ跳ね上げられる。【水弾】の威力を上げれば、粉々に打ち砕くこともできたけど、あえて跳ね上げるだけの威力にとどめた。魔石まで砕け散ったらもったいないしね。
空中に跳ね上げられた『横目でさめざめ』が無防備に胴体をさらしている下から、何十本もの魔力の触手を槍状にして、突き上げる。
『レインボークイーン』を上空から地面へ魔力槍で縫い付けた、逆バージョンだな。
強い魔力を発する位置だけはよけたから、魔石は無傷で取り出せるだろう。
何十本もの槍が突き刺さりながらもまだ致命傷は与えられていないようで、体がのたうち槍から逃れようとする。
とどめを刺して、血抜きしておこう。魔力槍をエラからザクザクと突き刺し、海の中に放り込む。これで『沖之浮島』に戻るまで曳航していけば、血抜きもできるんじゃない?
捕鯨船を回頭させ『沖之浮島』に進路を取り、前進。
あ、駄目だ。『横目でさめざめ』が舳先のアンカーに繋がってるから、舳先が振られてまっすぐに進めない。しかもスクリューに引っかけそうだ。艫のアンカーにつなげよう。
艫のアンカーの鎖を尾びれに巻き付かせ、舳先のアンカーと撃ち込んだ銛の魔力供給を止めればそれらは塵となって消え去り、『横目でさめざめ』は捕鯨船の後ろに流れていく。
これで多少の舵取りで、前に進めるだろう。
「ショウ様、とてつもない魔獣でしたね。あんな存在がこの海洋にはまだまだいるのでしょうか。」
「まだまだ海底の魔力の澱みもなくならないし、どのくらいの海洋生物が魔獣化してるか分からないな。」
「そんなっ。どれだけ討伐しても次々と現れるのですかっ。」
「その可能性はあるね。『沖之浮島』方面隊だけじゃ対応は無理かもしれないな。巨大な魔獣に対応するためにも『沖之浮島』の規模を大きくして騎士団の駐屯地として使えるようにしておこうか。」
それ以外に船も必要かも。この捕鯨船を『魔力固定』をしておくか。そうすると船名を付けないといけないよな。何がいいかな。
クイーン・エリザベス号なんて船があったよな。『ロード・アドリアーヌ』号なんてのは・・・・・ いや駄目だ。あれは豪華客船だったよな。捕鯨船にアドリアーヌの名前を冠したら、本人が怒りそうだな。
あ、そうだ、アシルの名前でも付けておくか。
舳先の両舷に『アッシュールバニパル』の文字を浮かび上がらせる。
船着き場に『アッシュールバニパル』号を係留し船を覆う【魔力固定】の魔法円を展開、そして発動っ。まばゆい光に包まれ『アッシュールバニパル』号が固定された。
「ショウ様、この船は一体なんですかっ。トランスポーター号よりはるかに大きな船ではありませんか。」
船から降りた俺達を、エレーナと他の騎士達が囲む。
「デカい魔獣が出たからね、討伐するのに創った。後ろに魔獣がつながってるんだ。」
魔力の触手を海中に突っ込んで、一気に持ち上げる。ザザーっと海水をしたたらせて空中に持ち上げた『横目でさめざめ』を、腹を上にして浮島のフロートの上にドンッとおろす。
「こっ、これは・・・・・ 魔獣ですかっ。」
エレーナガ俺をかばうように、他の騎士達が散開して剣を構える。
「驚かせたようで、悪かった。そいつは死んでるから、そんなに警戒しなくてもいいぞ。」
「死んでいるのですか。ショウ様がこの魔獣を?」
恐る恐る剣でツンツンする騎士達。完全に死んでいるようだと納得したようで、安堵して剣を収める。
「なんでしょう、この横に張り出した物は。」
「それは、この魔獣の目だ。横に目が出てるから『横目でさめざめ』と名前を付けたけど、どうだ?」
「どうだと、おっしゃっても・・・・・ あまり強そうな感じを受けませんが、そんな名前でよろしいのですか。」
「いいんだよっ、名前なんか。もうっ、腹を開くから、そっちっ、どいてどいてっ。」
俺が指差した方にいた騎士達がよける。風の刃の魔法円を展開・・・・・ これもネーミングしちゃおうか。命名【赤Do真空切り】・・・ 発動っ。
ズバァーという切り裂ける音を響かせながら、風の刃が顎の後ろから腹の下までを切り裂く。
カパァーっと開いた腹の中身が・・・・・ うげ、きわるい。切り裂かれた腹から内臓が見えてる。腹の中は血まみれだし、なんだ、この巨大な臓器・・・・・ 肝か? いやこれ、肝だよ。ありえねーよ、この巨大さ。
その肝の裏側・・・ 奥側に、魔力の塊が。魔石だ。魔力の触手を突っ込み、魔石を引きずり出す。
血まみれの・・・・・ 匂い立つ感じ? ま、まずは洗おう。腹の中に戻して、血まみれの内臓ごと洗浄をかける。
血とヌメリが綺麗に消え去った。魔石も綺麗になってる。なかなかにデカいサメザメ魔石だ。2尺玉といったところか。
この魔石は『アッシュールバニパル』号を動かすための専用魔石にしよう。
魔石に魔法円を組み込んで『アッシュールバニパル』号の機関部に設置する。後は『横目でさめざめ』を収納して、よしっ、朝ご飯だ。
「おなかが減ったよ。ご飯にしよう。」
「もう皆さん食事が終わって仕事が始まってますから、食堂は空いてますよ。」
エレーナと3人で食堂に上がれば、厨房のおばちゃん達とクレアが遅い朝食を摂っていた。
「あ、ショウ様。今、朝食を用意します。」
「クレアは座ってな。あたしが用意するよ。」
おばちゃんが厨房へ歩いて行き、すぐに俺とマーシェリンの朝食を用意して戻ってきた。
朝も早くから魔獣討伐なんて、考えてもいなかったから、すっげー腹減ったぜ。ごはんごはん・・・ いただきま~す。
「ショウ様、あの魔獣はここでは解体はできませんがどうされますか。」
「フィッシャーマンギルドへ持ち込んで引き取ってくれるかな。」
「無理だと思いますよ。あそこは漁師が捕った魚を、持ち込む所ですからね。かといってハンターギルドも、あそこまでの大物は無理でしょう。」
「じゃ、食肉ギルドか。」
「食肉ギルドをご存じなのですか。」
「あ、ああ。」
前に行ったことあるけど、あの時はデブリコン一人だけだったな。マーシェリンも連れて行かなかったし。行ったことある、とは言わない方がよさそうだ。返事は濁して、話題を変えよう。
「クレア、明日は北門の近くに住んでる孤児達を連れてくるから、仲良くやってくれよ。」
「はい、大丈夫です。子供達、探して来れたんですね。会うのが楽しみです。」
「ええ? ショウ様、子供達を連れてくるって・・・・・ ああ、そうか。今日は外に繋いである船で帰るんですね。」
「『アッシュールバニパル』号はここへ係留したままにする。帰りは俺の従魔で飛んでくよ。」
「あぁ、あの雲ですね。いやぁ、あれは快適でした。私もご一緒させてもらってもよろしいでしょうか。」
「もちろん、エレーナも一緒に乗せていくつもりだったぞ。でも、觔斗雲よりも速い従魔だけどな。」
ヒクッと、マーシェリンの顔が歪む。
「いけませんっ、ショウ様。私のペガサスが充分に速いですっ。ペガサスで帰りましょうっ。」
「え? じゃあ、マーシェリンはペガサスで帰ってね。俺とエレーナはファントムで帰るから。」
ぐうっと音が聞こえそうなほど握りしめた両拳。
「分かりましたっ!! いっ、一緒に帰りますっ!!」
「マーシェリン、いったいどうしたの。ショウ様の従魔に乗せていただけるのよ。」
「エレーナ様、ショウ様の従魔にはいろいろあります。ファントムはしゃれになりませんっ。」
マーシェリンは以前にファントムに乗った時の恐怖がいまだに消えていないみたいだ。最初の加速で失禁して意識失ってただけなのに。最初の加速が恐かったのかな。
「そ、その、しゃれにならないとは・・・・・ どういったことですか。」
「速度が誰の従魔に比べても、遙かに速いんだ。でも俺みたいな赤ん坊が乗っても平気なんだよ。エレーナが乗っても何の問題も無いよ。」
「そ、そうでございますね。帰りはそのファントムを楽しみにしております。」
それじゃあ、『沖之浮島』の拡張工事をやっていくぐらいの時間は、充分にあるな。建物の拡張までは手がまわりそうもないけど、足場になるフロートを大きくするだけだしな。そうと決まれば、行動だ。製塩プラントの魔石を使わせてもらおう。
100m程だった浮島の直径を1000mにまで拡張した。しかも海からの魔獣の攻撃を防ぐように、高さ10mの塀で囲った。塀の西側には船を塀の中へ入れられるように開閉式の門も付けた。今の所『トランスポーター』号と『アッシュールバニパル』号の2隻だが、4隻分の係留スペースを創っておいた。南北と東にも門を創っておく。この三つの門ははお魚釣り用だ。
ここまででっかくなったらアンカーも増やさないといけないかな。今は4本が海底深くに突き刺さっているけど、2倍の太さの鎖と大きなアンカーを、もう4本追加で海底深くに突き刺しておく。
これだけの拡張をしてて気づいたことが。漁師町の人間以外、泳いだことないんじゃね。 騎士達の海での任務に泳げないのは危険だ。落水した時点で溺れてパニックになれば、水死確定だよね。
騎士達の水泳訓練用に海水の50mプールを創った。足が付かないように水深2mだ。その隣に浅いプールも創っておいた。いきなり泳げない騎士達を足の付かないプールに放り込むほど鬼ではない。
今はまだ寒くて水泳などできないが、夏になれば子供達が喜んで泳ぎそうだ。
「さて、俺は孤児達の所へ行かなきゃいけないから、もう帰ろう。」
ずっと俺の後に付いて回ってたマーシェリンとエレーナ。マーシェリンの頬がピクリと引き攣った。




