114.ハリセン アターックッ!!
「あっ、兄ちゃん達だ。」
マーシェリンぐらいの年齢から20歳ぐらいまでの男達の5人連れが、こちらに向かって歩いてくる。
「おまえ達、いったい何を食べてるんだ。まさか、盗んできたんじゃないだろうな。」
「え、」
助けを求めるように、俺に視線を向ける子供。
「盗んできたんじゃない。俺が持ってきて、みんなに食べさせてやってるんだ。」
「誰?って、赤ん坊がしゃべってる?」
「赤ん坊とは失礼ですっ。ショウ様とお呼び下さいっ。」
「あれっ、マーサさんじゃないのか。なんでこんな所にいるんだよ。デブリコンさんは一緒じゃないのか。」
ありゃ? どっかで会っていたっけ、ってデブリコンとマーシェリンが一緒だったって事はハンターギルドだよな。こいつらハンターなのか。記憶にないけど。マーシェリンの反応も記憶になさそうだ。
「どこかでお会いしましたか。」
「俺達ハンターギルドで会ってるんだけど、覚えてないかな。」
首をかしげるマーシェリン。あまり深く人付き合いをしなかったからな。
「そ、それより、その子は、まさか、デブリコンさんとマーサさんの子?」
「兄ちゃん、マーサさんって誰だよ。この人はマーシェリンさんだよっ。こっちの子はショウ様だって言ってたよ。」
「え? ショウ様? 様って・・・」
「そうです。ショウ・アレクサンドル・テルヴェリカ様です。」
5人連れがズザザーと後ずさる。
「テルヴェリカ様って、領主様のお子様?」
「す、すいません。失礼を致しましたっ。」
「子供達が無礼な事をしても許してやってください。俺達が責任を取りますっ。」
「責任を取らなきゃなんないような事なんかないさ。ここの子供達はいい子達だよ。なんでこんなとこに住んでるんだ。」
「俺達はここで生まれて育って、親を亡くした者同士が寄り添って助け合って生き延びてきたんです。だからこの子供達を置いてここを離れられないんです。」
ハンターの兄ちゃん達がのたまうが、おまえらおかしいぞ。子供達を置いてって何? おまえらだけでよそへ行くとか考えてたの?
まあ、そういう考えもアリっちゃーアリだけどね。血を分けた家族でもないんだし、他所のガキ共は勝手に野垂れ死ね、と逃げていっても全く問題はないんだよね。
でも、こいつらはそんなことをしなかった。幼い子供達に食わせ、生きる術を教えようとしてる。
ここの子供達がこんなに仲間思いなのも、こいつらのおかげか。
「よし、ここの子供達は孤児院に連れてって面倒見てもらおう。」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。ここの6人だけじゃないんです。もっと大きい子達が、まだ8人いるんですよ。そんな人数を孤児院にいきなり連れて行ったら、追い出されてしまいます。」
「大きい子がいるのか。そうだよな、こんな小さい子ばかりじゃ、ここで生活するなんて無理だよな。で、その大きい子達はどこにいるんだ。」
「市場や商店で働かせてもらってるから、夕方にならないと帰ってこないですよ。」
そうかそうか、働けるぐらいの年齢か。製塩プラントの労働力ゲットできそうだな。無理にやれとは言わないが、孤児院の子供達の反応からしたら、条件は悪くないはずだぞ。
「その大きい子供達は、俺が面倒を見る。っていうか、今テルヴェリカ領で進めている事業の労働力に欲しい。」
「そんなっ、領の事業だなんて、子供達にできることなんですか。」
「孤児院の子供達はもうやってるぞ。ここの子供達だってできるだろ。」
イカを頬張っていた子供達は、満足したみたいで、おなかを抱えて苦しそうだ。まだ桶の中にイカが余ってるけどどうしようかな。この兄ちゃん達が食べるかな。全部焼いてしまおう。
「兄ちゃん達は、イカ食べるか?」
「子供達が美味しそうに食べてたけど、なんなんですか。これは。」
「イカだよ。あまり釣れないらしいから、市場には出ないみたいだけど、うまいよ。」
「あ、じゃあ、頂きます。」
兄ちゃん達も今日の獲物の肉を持ってきたらしいが、目の前でいい香りで焼けているイカを見て食べたくなったようだ。寒い時期だし、肉は明日まで置いといても傷まないだろう。子供達の皿とフォークを借りて、イカにかぶりつく。
「熱っ」
「ウマッ」
「この塩加減、すっげーうまいっ。塩なんて凄く高価なのに。」
イカなんて海水の中で泳いでるし、塩を振らなくても塩味になるんだよね。
庶民・・・ 特に貧民街に住んでるやつらじゃ、調味料なんて買えないんだろうな。塩味なんてあまり口にしたことないんだろう。
そろそろ薄暗くなってきた。近隣に住んでいるであろう大人達や子供達も帰ってきているようだ。
イカの焼ける香りにつられて遠巻きに羨ましそうに眺めているが、やっぱり子供達は好奇心につられて近くに寄って欲しそうな顔をする。
ハンターの兄ちゃん達が恐る恐る聞いてくる。
「あの、俺達はもういいので、この子達にあげてもいいですか。」
「まだたくさんあるし、好きなだけ食べれば。向こうで眺めてる大人達にも持って帰ってもらって、焼いて食べろって言っといて。」
「ええ、あの連中にまで? いいんですか。」
もう一回、魔力の桶を創り異空間収納からイカを取り出す。桶の中で、ナイアガラ洗浄。これを大人達に持っていかせて、ようやくギャラリーが減った。
そうしている内に、ようやくお目当ての子供達が帰ってきた。あれ? 成人していそうな姉ちゃん達もいるな。
「なんだよ、みんな何食ってるんだよ。すっげー旨そうな匂い。」
「あれ、何この子。また身無し子が増えたの?」
やっぱり俺って身無し子に見えるのですかっ!!
「ばっ、馬鹿なことを言うなっ!! こちらのお子様は領主様のお子様だ。」
「すいませんっ。きつく叱っておきますっ。許してやって下さい。」
きつく叱っておきます、って言いながら、もうすでにげんこつを喰らった子供が涙目になっていた。
「いて~よ、兄ちゃん。」
「いいか、貴族様に無礼を働いたら、痛いじゃ済まないんだぞ。切り捨てられるかもしれないと覚悟しておけ。」
「いや、俺は切り捨てたりはしないけどね。剣を持ってないし。ん、マーシェリンが持ってるな。」
「なっ、何をおっしゃいます。ショウ様。私もしませんよ。ショウ様が害されない限りは。」
なにぃ――っ マーシェリンのその、害するの定義はどのあたりなんだ。
腹を減らしフォークを握りしめて近づいてきたガキ共が、切り捨て御免の対象にならなくて良かった・・・・・ って、そんな事はしないと思うが・・・・・
「これでここに住んでる孤児達は、おおよそ全員揃ったのか。」
マーシェリンぐらいの年頃の姉ちゃんが答える。
「はい、具合の悪い子が家の中で寝込んでますけど・・・・・
え? なんで、あんた起きてるのよ。起きれなかったんじゃなかったの。」
「めがみさまにたすけてもらったの。もう、くるしくないんだよ。」
「そんなっ、女神様だなんて・・・・・
まさか・・・・・・・ あなたが助けてくれたんですか。」
「いや、本人が女神様だって言ってるんだから女神様でいいじゃない。」
「そうですね。みんなで女神様に感謝致します。
さあ、みんな。晩ご飯を作るから、ちょっと待っててね。」
「この子供達は、おなかいっぱいで食べれないと思うよ。まだイカ焼いてるから、兄ちゃん姉ちゃん達も晩ご飯はこれを食べれば。」
「いいんですか。って、兄さん達、もう勝手に食べてるじゃないですかっ。」
「あ、ああ、これ凄く旨いぞ。おまえ達も食べてみろ。市場には出回らないんだって。」
「兄さん達、ずうずうし過ぎない。遠慮とかしたのかしら。」
「そ、それじゃあ、遠慮なく頂きます。」
この場にいた孤児達、孤児達を面倒見ているらしいハンター達や姉ちゃん達、皆が満足するまで食べてくれたようだ。
一番のリーダー的な姉ちゃんに、俺とマーシェリンは家の中に招かれた。ハンターの兄ちゃん達よりも発言力が強そうだ。見た感じも、しっかりしたお姉さんっぽい。
「今日は、子供達だけでなく皆ががいろいろとお世話になったようで、ありがとうございます。領主様のお子様だとうかがいました。このようなぼろ家に足を運ばれて・・・・・ 私達はここから追い出されるのでしょうか。」
「ええっ、俺達追い出されるのっ。」
「いやだよっ、わたしはみんなといっしょがいい。」
「なんで追い出す話になってんだよっ。俺は一言もそんなこと言ってねーよっ!!」
え? っと、しっかりしたお姉さん、俺に視線を向ける。今まで俺にではなく、マーシェリンに訴えかけてたお姉さん。
孤児の中の一番小さい子よりももっと小さい赤ん坊が、この場を仕切ろうとしている異様さにようやく気が付く。
マーシェリンと俺の間で視線がさまよう。
「・・・・・あの・・・ 領主様のお子様とおっしゃっても、赤ちゃんですよ。会話ができるようですが・・・ 」
「ショウ様は、私よりも賢い方であると認識して会話をしなさい。あなたがどのような質問をしても、全て答えていただけます。」
マーシェリンよりも賢そうなこのお姉さんに、ザ・貴族的な超上から目線のマーシェリン。
なに、えばってんねんっ!! と、つっこみたいっ!! 張り扇でもあったら張り倒すレベルだ。
・・・・・ん? 張り扇・・・・・ 作るか。以前、厚紙をたくさん買い込んで異空間収納にしまい込んであったよな。
異空間収納から取り出した厚紙を・・・・・ 折り折り・・・・・
「と、突然、何をされているのですか。」
「え? ああ、気にするな。単なる趣味だ。で、俺はおまえ達を追い出しに来たんじゃない。さっきハンターの兄ちゃん達にも言ったんだけど、テルヴェリカ領で進めている事業の労働力を探しにここへ来た。」
折り折り・・・・・ 折り折り・・・・・
「労働力って、私達を無理矢理連れて行って、ただ同然で働かせられるのでしょうか。」
「そんなことはしないさ。嫌なら拒否してもいい。でもそっちの子供達が働きに行ってどのくらいもらっているのか知らないが、今までよりも収入は増えると思うよ。」
うん、綺麗に折れたぞ。柄の部分は素材でとっておいた魔獣の腱があったからそれを巻いておこう。
巻き巻き・・・・・ 巻き巻き・・・・・
「姉ちゃんっ。もっとたくさんもらえるなら、俺達は働きに行きたいよっ。」
「待って、そんな簡単に決めないで。まだどんな仕事をするのか、聞いてないでしょ。」
「製塩の仕事なんだけど、もうすでに孤児院の子供達に働いてもらってる。大人並みに働いたら大人と一緒の金額を払うって言ったら、大人以上に働いてるんだよ。子供達には少し色を付けてやらないといけないかな。」
張り扇の形が整ったぞ。そしたらこの張り扇を収める鞘が欲しいな。背中に背負えるような紐も欲しい。魔力形成、背中に背負う紐と鞘。【魔力固定】発動。
「孤児院の子供達でもできるなら、俺達にもやらして下さいっ。孤児院の子供達よりももっと働きますっ。」
「あの、どのくらいの人数が必要なんですか。」
「そっちの小さい6人以外、全員面倒を見てやる。泊まり込みで働くことになるから、小さい6人は孤児院で面倒を見ることにするよ。」
鞘に張り扇を収め背負ってみた。しっ、しまったっぁ―――! 長すぎて地面を引きずるよ。まだ俺の体型では、この張り扇はデカすぎる。しばらくお蔵入りか?
「ショウ様、それはなんなのでしょう。武器にしては強度がないようなのですが。」
「これは『ハリセン』といって、マーシェリンをお仕置きする物ですっ!! ハリセンアターックッ!!」
スパ―――ンッ!! 小気味よい音が鳴り響く。俺の体ではとても振れないサイズのハリセンだが、魔力の触手で振り抜いた。打たれたマーシェリンは頭を押さえ涙目だ。でも、マーシェリンの反応速度なら余裕でかわせるのに、俺のお遊びに付き合ってくれた。
「・・・・・い、痛いです。ショウ様。私は何か・・・・・ いたしましたか。」
「せっかく作ったので、試し打ちですっ!! でも音は凄いけど、そんなに痛くないだろ。」
その場にいた全員が一歩引いた。
「あ、ちょっとした子供のおもちゃだ。気にするな。で、働きに行くなら明日の夜迎えに来るから、今まで働いていた所へ挨拶してこい。文句を言われたら領主命令だ、と言っておけばいい。じゃあ、まだ行くところがあるから俺は帰る。ちゃんと着替えとか準備しておけよ。」




