110.操船訓練
食後の休憩が終わり、それぞれがそれぞれの場所へ仕事に戻る。
俺達はトランスポーター号のブリッジに集まって講習会だ。操船のためのノウハウはここへ航行してくる途中で教えてきた。しかし、衝突する物が何も無い広い大海原を航行しながら舵を切って進路変更をする程度は誰だってできることだ。問題は離岸接岸だ。特に重要なのが接岸。水の上にプカプカ浮いてるだけの船に、ブレーキなんて物が付いてる訳が無い。スクリューの回転を止めた後は、水の抵抗でスピードを落とし接岸する。どのあたりでスクリューの回転を止めるのか、全ては勘で覚えるしか無い。
離岸に関しての注意事項は舵をいっぱいに切って前進しようとすると、岸に艫をガリガリこすりながら離岸することになる。後進も同じく舳先をこすってしまう。
そうならないように微妙に舵を切り船の前後進を繰り返して船体を岸から離して出港、なんだけどこういうのは全てその場の状況で変わるからね。『沖之浮島』の浮桟橋は直進での離岸接岸ができるから難易度は低いんだけど、これは練習だ。およそ20度の角度で進入接岸、そこから前後に船を動かして離岸、これをやってもらおう。
「船を止めるための勘を、これから練習してもらう。まず乗船したら救命胴着の着用。これを徹底して欲しい。操船を始める。慣れたところで最初はエレーナ。補助に二人浮桟橋に繋いだ舫い綱を外して船に戻って。戻る時に落ちないようにっ!!」
ウインチで巻くロープじゃ無くて、別のロープで船のクリートと浮桟橋を繋いであった。二人が走り浮桟橋側の舫い綱を外し船に戻る。危なげなく・・・・・ あそこで落ちるのは俺だけですかっ!! 多分そういうことだろう。そんなアホは、そうそういるもんじゃない。
「舵を切りながらスロットルを前進後進を繰り返して離岸、船体が浮桟橋から離れたら直進の後、左旋回、左舷側で接岸。」
「了解しました。」
左旋回を終え、浮き桟橋に向かって直進状態になる。いい角度になってる。桟橋に対して20度ぐらいの角度で向かっている。
何も障害物の無い所に桟橋があるんだから、船体をまっすぐ横付けできる角度にすればいいじゃん、と思うかもしれない。しかし、それでは練習にならない。陸への接岸はまっすぐ止めることなどできはしないのだから。
角度を付けて進入し、どこで減速、どこでニュートラル、どこで舵を切る、どこで逆転、それらを勘で覚えなければならない。それを失敗してもダメージの少なそうな浮桟橋で練習できるのだから願ってもないことなのだ。
「このあたりで減速・・・・・ はい、ニュートラル・・・・・ 右に舵を切って~、・・・・・ここで逆転、船体が止まったらニュートラル、はい接岸完了。ここで舫い綱で係留するんだけど、このまま離岸、今やったことの逆をやるからね。直進の後、右旋回、右舷側で接岸。」
「了解しました。」
俺が指示しながらの操船だったけど、エレーナはきっちり船を止めた。他の船長候補の騎士達にも全員順番で同じように接岸の練習をさせる。
桟橋を通り過ぎてしまったり、桟橋から離れすぎて渡れそうも無かったり、いろいろ突っ込みどころはあったけど、夕方まで練習させたおかげで、だいぶうまくなったようだ。そこまで練習しなくても、騎士達なら従魔で舫い綱を持って飛んで行けば、岸から綱を引っ張ってトランスポーター号を寄せる方法もあるんだけどね。
最後はトランスポーター号を、縦に停泊するつもりの切れ込みにまっすぐ入港、ボラードに係留して下船。
製塩プラントに顔を出せば、灯りが点いていた。そうだ、照明が必要だったか。誰が?って騎士達が魔法で照明を点けてくれたんだろうね。俺がやらなくても、いいか。
「そろそろ、夕食の時間じゃないのか。」
「そうなんですが、子供達が張り切っておりまして、止まらないのですよ。」
孤児院組が大人並に働いたら、大人と一緒の報酬を約束したな。それ以上に働いた時のこと決めてなかったけど、こいつらどんだけ働いてんの。
騎士を引っ張って行って耳打ちする。
「子供達の働きっぷり、大人達と比べてどうなの。」
「頑張って働いてますよ。大人に比べてあの子供達は半分以下の人数なのに仕事量が匹敵してます。一人一人の仕事量が大きいだけではなく子供達の連携がスムーズに行われているようです。」
子供達頑張りすぎだよ。もう少し気抜いた方がいいんじゃねーか。
「リーナ、随分と頑張っているらしいけど、張り切りすぎじゃないのか。」
「あ、ショウ様。このくらいは普通ですよ。私達は働きが悪いと、来なくていいって言われちゃうんです。」
「仕事は明日もあるんだから、無理しないように。」
「はい、ありがとうございます。」
「ショウ様、製塩で出る水を溜め込んでるタンクがそろそろいっぱいです。どうしましょう。」
え? 水? あ~、化粧水にするとか言ってたっけ。誰が言ったんだ、そんなこと。
・・・・・ 俺か?・・・・・・ 俺なのかっ!!
いや、そんな大量に誰が運ぶんだよっ。もういいよ、自家消費しよう。って、何に? ここにいる全員が飲み水に使っても、こんなにたくさん飲めないよ。他には・・・・・お風呂は? 良さそうだね。ミネラルたっぷりの水だし、お風呂なら女性が喜びそうだ。
どうやって風呂に水を張る? みんなで桶で運ぶ? いやいや、深海から海洋深層水を汲み上げられるんだから、魔法でなんとかしなさいよ、って?
楽勝ですよ。魔力形成、水の貯留タンクから2階の浴槽に伸びる給水パイプ、ついでにペントハウスの浴槽に伸びる給水パイプ、浴槽上に止水栓を2個ずつ、給水パイプ内に水汲み上げ用のプロペラ、【魔力固定】発動。
後は汲み上げ用プロペラに【回転】の魔法円を『焼き付けるっ!!』
「全員、今日は終業だ。片付けて2階へ上がろう。」
皆が動き始めるよりも先に2階へ行き、浴槽に水を張る。ここに蛇口ができたことは誰も知らないからね。魔石を取りだし、蛇口に魔石をセットする。これでプロペラは回って水を汲み上げてくれるはずだ。
【沸騰373.15K】を展開、この温度を書き換える。風呂温度は42度ぐらいでよかったかな。それより高めの温度で319Kでいいか。
もう一つの魔石に【給湯319K】を『焼き付けるっ!!』 この魔石をもう一つの蛇口に取り付けてバルブを開けば、おおー、お湯が出た。お湯を出しっぱなしで食堂へ戻る。
食堂で席に着いた面々に声を掛ける。
「さて、食事の時間ではあるが、今からの食事は男達だけ、女性達には食事の前に体験して欲しいことがある。」
ええー、という不満そうな声、いや、顔も思いっきり不満を表す顔が。そんなに腹減ってんですかっ!! この女達はっ!!
「文句を言わずにさっさと動くっ!!」
俺の後にぞろぞろと付いてくる女性陣。騎士達以外に孤児院のリーナとケイトしかいないけどね。厨房組は給仕の最中だからそれが終わったら案内してやろう。
大浴場に案内された女性陣、キャー、という歓喜の悲鳴が。
「こ、これはまさか、お風呂? 入ってもよろしいのですか。」
「入っていいよ。お風呂が熱かったら水を足してね。後で入浴後の感想を聞かせてよ。」
「待って下さい。ショウ様の前に入るわけにはいきません。お先にショウ様がお入り下さい。」
「俺専用の風呂も作ったから、気にしなくていいよ。」
「そうでしたか。ありがとうございます。」
「まさか、お風呂に入れるなんて、」
「タオルと着替えを。」
「水浴びぐらいはできるかと思って、石鹸を持ってきてたんですよ。」
女性騎士達がしゃべりながら部屋へ向かう。その後に残されたリーナとケイト。
「どうした? リーナ達も入っていいぞ。」
「あの、お風呂へ入れるなんて思ってなかったから、何も用意してなくて・・・・・」
「タオルぐらいは持ってるだろ。石鹸は騎士達が持ってるから使わせてもらえよ。俺が言っとく。」
女性騎士達がわらわらと戻ってきた。
「石鹸があるのなら、風呂に置いといて欲しいんだけど。それは俺が買い上げるよ。」
「そんな、ショウ様のお願いでしたら、石鹸の一つぐらい提供しますよ。」
「ちゃんと払うよ。入浴後食堂で話そう。」
「リーナはおばちゃん達とクレアを呼んできてやって。もう配膳は終わってるだろ。」
マーシェリンと食堂に向かってたら、リーナとケイトが「早く早く」と、おばちゃん達やクレアをひっぱっていった。
「マーシェリンもみんなとお風呂に入ってこれば。」
「いえっ!! 私はショウ様のお世話をしなければいけませんっ!! お風呂もショウ様と一緒ですっ。」
そういや、そうか。この短い手足じゃ浴槽の縁をまたげそうもないしな。湯船に転がり落ちたり、湯船で寝込んだりとか、俺一人でお風呂はヤバいか。じゃあ、マーシェリンにお願いしようか。
マーシェリンは頬を赤らめて鼻息荒いんですけどっ!! ムフー、とか聞こえてるのは気のせいではないよねっ。
「やっぱ、洗浄魔法でいいか。」
「ええっ!!」
だって、マーシェリン、鼻息荒すぎるよね~
じゃ、ご飯にしよう。
孤児達がひとかたまりになってる横のテーブルについた。さすがの孤児達。一心不乱に目の前の自分のメシをむさぼる。気を抜いたら取られるとでも思っているのか。
誰も取らないから落ち着いて食えよ。
ふ~ん、今日はステーキにスープ、パンか。豪勢だな。肉がたくさんあったもんね。腐る前に出しましょうってか。
俺は食えねーよっ!! 肉なんか噛んで飲み込めねーよっ!!
「ショウ様の食事が用意されてました。お持ちしましたよ。」
マーシェリンがトレーを持ってきた。そうだよね、一歳児が肉の塊を食えって、食えるわけねーだろって話だ。それなりの食事が用意されてるよね。
パンにスープ、それにこれは? ポテトサラダっぽい? ま、まぁ、食えないこともないか。
パンをスープに浸した物を口の中でモゴモゴさせながら飲み込む。
「あ、ショウ様、いつからそこにいたんですか。」
「どんだけ、メシに集中してるんだよ。」
「こんな肉、孤児院じゃ食べたことがないんです。あっ、これを食べると今日働いた分から引かれるんですかっ。」
「そんなことはしないさ。でも、肉は今日だけかもしれないぞ。」
ええっ、という声を上げながら、肉の無くなってしまった皿を名残惜しそうに眺めるニール達。
これは、働く意欲を下げてしまいかねない。頑張ればまた肉あるかも、ぐらいは言っとくか。
「ああ、すまん。全く無いという訳ではない。また食材を持ってきた時に肉が入っていれば、肉メニューもあるだろ。おまえ達の頑張り次第かな。」
「俺達頑張りますっ!! 肉食いたいですっ。あ、・・・・・ お、 俺の肉はいいです。俺の分、孤児院に送ってくれますか・・・・・・・」
「ニール達はここで働かなきゃいけないんだ。そのために食いたいだけ食え。弟妹達には、おまえ達が稼いだ金で、腹いっぱい食わせてやればいいだろう。」
こいつら大人達より働いてるし、大人と同じ報酬ではかわいそうだ。報酬もちょっと色を付けてあげたい。他にも・・・・・ そうだ、報酬以外に肉や野菜をたくさん持たしてやろう。




