102.やぶさかでない
鍋は完成したものから、次々に領主城に運び込まれてきている。領都は年末年始のお休みの中、鍋作り職人はお休み返上で働き続けているそうだ。鍋作り職人? 金属加工職人かな。
これはアドリアーヌのせいだよね。断じて俺がやらせているわけでは無いっ!!
職人達には充分な報酬を渡してほしいものだ。
10日を過ぎた頃にようやく半分、15個が納品されてきた。このペースだと18日で30個は厳しいかな。最期に足らなかったら俺が創るつもりだったからいいんだけどね。
だったら最初から【魔力固定】で創造しろよって話になるんだけど、そんなことをしたらお金が流通しなくなる。平民に仕事をさせてお金を流通させることを考えていかないと、領の発展は望めない。
決して俺が楽しようと思っているわけじゃない。
俺が創ったとしても、代金は貯金だといって、俺の手元に来ることはないしーっ。
職人達は頑張ったようで、最期の5個の鍋が期限日に領主城に運び込まれた。
後はこの鍋に【沸騰373.15K】の魔石を組み込むだけだ。それに加えて魔法円の【複写】をブロックする魔法円を組み込めと、アドリア―ヌの指示だ。
新たに【コピーガード】を開発し【沸騰373.15K】の魔石に組み込む。
事前に運び込まれた鍋はもう完成して、アドリアーヌに渡してある。そのうちの2個は料理長に渡してしまったから、領主会議に持っていくのは28個か。
こんなに創っちゃって大丈夫なんだろうか。誰も欲しがらなかったら、売れるかどうかもわからない大量の鍋在庫を抱えることになるけど・・・・・ まさか俺に責任を押しつけられて、俺の部屋が鍋だらけになったりしないよね。
まあその程度、収納しておけばいいし、鍋制作費もそんなに高い金額を請求されることもないだろ。
売れても売れなくても、俺には関係ないね。
鍋は、間に合ったね。もう俺の手を離れ、後はアドリアーヌが会議に持っていくだけだ。これで後はのんびり過ごせるぞ。と、思っていたらアドリアーヌにつかまった。
「鍋制作、お疲れ様。充分な報酬を用意するわ。」
「お休み返上で鍋作ってくれた職人に、充分な報酬を用意してあげてよ。」
「それはもちろん考えてるわ。でもこの鍋は、ショウが施した付加価値が大きな利点があるのよ。」
「付加価値とか利点とか、売れたらの話だよね。だれも欲しがらずに大量の売れ残り在庫を抱えるかも、とかは考えてないの。」
「えっ・・・・・・ だっ、大丈夫よっ。こんなに凄いお鍋なのよ。みんな欲しがるに決まってるじゃない。」
「それって、世間一般で『捕らぬ狸の皮算用』と言われてたヤツですよっ!!」
売れないことを全く考えてなかったな。俺は、その場で必要と思った物を創って使用しただけで、売ろうとは思ってなかったしな~。
売るつもりなら、プレゼンテーションとか考えてるのかな。
「自分が気に入ったから皆が欲しがるっていうのは、大きな勘違いだからね。欲しがるように仕向けなければ売れないと思うよ。」
「アンジェリータ様はとても気に入ってくださったわよ。」
「それなら、広告塔になってもらえばいいんじゃない。ついでにその場に料理人を連れて行って、料理の実演と試食をしたら、最高のプレゼンテーションになるよ。」
「そうね、実演販売はいいわね。会議場に料理人を連れて行きましょう。」
「実演は、カニやタコは駄目だからね。」
「えー、あんなに美味しいのに、なんで駄目なのよ。」
「他領に海産物はないからだよ。どこの領にでもある素材を使って、普通の鍋の調理法、この鍋を使った調理法、ってかんじで比べなければ違いがわからないでしょ。」
「・・・・・ プレゼンテーションをする気は、」
「ありませんよっ!! 赤ん坊がプレゼンしてたらおかしいでしょっ!! それこそ他領から俺を攫いに来るんじゃないのっ!!」
「そ、そうよね、その危険性があったからショウの存在を秘密にしたかったのよね。わかりました。その件はなんとかします。それとは別で、アステリオス様にお願いされたんだけど、『沖之浮島』でショウが創った塩生産プラントが雪が降り積もって困ってるらしいんだけど、なんとかならないかしら。」
「それって、屋根を創ればいいだけの話だよね。アドリアーヌやアステリオスが【建築物創造】で創れるんじゃないの。」
「出来るんだけど、今の時期会議に向けての準備で忙しいのよ。会議から帰ってからでもいいんだけど、その間の塩の生産が滞るし。命令じゃないわよ。出来たらやって欲しいな、って話。」
「わかったよ、やってくるよ。でも、会議の準備って、何をしてるっていうんだよ。」
「よかった。『沖之浮島』はお願いするわね。領主会議はね、主に各領の生産物の貿易に関しての会議よね。穀物の売買に始まって、嗜好品、塩、魔道具、繊維、領の特産品を何でも扱うんだけど、他領が欲しがる物を多く持っているほど、取引の交渉が有利に運べるの。
例えば、ショウが桜の苗木を大量に欲しいといってたわよね。その苗木はポスダルヴィア領にあるんだけど、他領にも人気があって手に入りにくいのよ。
その苗木を優先的に手に入れたいとなると、高値で買い取るか、ポスダルヴィア領が欲しがる物を優先的に回すか、といった交渉になるわけ。
カードゲームみたいな物ね。相手のカードが欲しければ、こちらもそれなりのカードを提示出来なければ交渉が成立しないし、切るカードが多ければ交渉は有利に進むわ。」
「で、会議の準備って、そこへ持ち込めるカードの準備なわけ。」
「実際に持ち込むわけではないわ。穀物なんかを会議の場に持ち込まれても困るでしょ。鍋なら実演販売するだけなら、そんなに大量に持っていかなくてもいいし。創った分を売り切ったら、後は受注生産ね。」
「鍋だけで桜の苗木をいいように交渉なんて、虫がよすぎるんじゃないの。」
「テルヴェリカ領の特産はいろいろありますよ。繊維や染色、製紙、ショウの創ったそろばん、」
「そろばんも? あんな物、簡単に真似して作れるんじゃない?」
「だから、今回のために前もって作っておいて、安め設定で一気に売るのよ。」
「そういうことか。鍋に仕込んだ魔石に【コピーガード】を組み込んだのは真似させないためなのか。」
「そうよ、これであの鍋が欲しい領主達は我がテルヴェリカ領に発注することになるのよ。」
「だけど、アンジェリータ様に渡した鍋は【コピーガード】が無いよ。」
「あ・・・・・ ど、ど、どうしましょう。」
「王宮に行った時に、中古を渡した事を謝罪して新品に交換してこれば。」
「そ、そうね。そうしましょう。それと塩ね。塩の生産量はセファルバラ領がダントツの1位で我が領がはるかにかけはれた2位なの。セファルバラ領は岩塩の採掘、我がテルヴェリカ領は塩田での製塩、どうあがいても産出量には差が出るのよ。だから『沖之浮島』での製塩に期待してるの。どの程度の産出量が見込めるのか予測はできるかしら。」
「そんなの分かるわけないだろ。まだ何も始まってないんだよ。これから製塩事業をどう進めるかって事を考えていかなきゃいけないんだ。
でも大体わかったよ。塩も交渉のための重要なカードって事か。塩の生産性向上に協力するのも、やぶさかでない。」
「何? やぶさか?」
「うん、やぶさかでない。」
「やぶさかでない、ってなんなの。」
「塩の生産性向上に努力を惜しまないって言ってるんですよっ!!」
「そ、そうなの?、お願いするわ。ありがとう?」
自室に戻る前に昼食の時間だ。『沖之浮島』の件は明日の朝に出掛けるか。弁当持ちだな。食堂へ行ったら明日のお弁当も作ってもらおう。
「明日の朝から『沖之浮島』へ行くけど、マーシェリンは?」
「もちろんご一緒します。」
「あたしも行くよっ。なんであたしには聞いてくんないのさっ。」
「え、アシルはいつも自由だからさ。」
「意味分かんないよっ。」
昼食を頼む時に、ついでにお弁当を10人分頼んだ。足らないより余分にあれば、急に人数が増えても困らない。
「マーシェリンは領主会議を知っているの。」
「そのような会議が行われていることは知っていますが、国王様と領主様方の会議ですから、詳しいことは知りませんでした。。」
「領主と護衛だけで行くのかな。」
「いえ、領主様ご夫妻と、今回はウルカヌス様が初めての参加になるそうです。他にはお付きの者達、料理人達などが一緒について行かれると、リベルドータ様に聞きました。」
「アルテミスは行かないのか。」
「アルテミス様は5歳を迎えておられません。5歳のお披露目を迎えた子供でなければ、夜会やお茶会には参加できません。」
「夜会やお茶会? 勘弁して欲しいね。そんなものには絶対参加したくないね。」
「あたしは参加してみたいな~。美味しい物がいっぱいたべられそうじゃない。」
「だったら、アドリアーヌに連れてってもらえばいいだろ。アルディーネはアシルを気に入ってるし。王都を案内してもらえばいいんじゃないか。」
「うぐ・・・・・ い、行かないよっ。ショウといるよっ。」
「その方が無難かな。アシルを見て生け捕りにしようなんて考える悪党がいるかも知れないしね。」
「そんな奴、いるのっ。」
「いろんな人がいるからね。中には、いるかもって事。」
昼食も済んで弁当も受け取り、後は自室に戻って明日の準備か。いや、明日の準備って何するんだ? 魔石を使うかも知れないし、その準備でもしとくか?




