10.半裸の剣士
頑張った。私は本当に頑張った。剣術のためとはいえ、ここまでがむしゃらに勉学に打ち込む事ができた私を、褒めてあげたい。文字を目で追うたびに、瞼が重くなり意識が飛びそうになるのを叩き起こし、この残念な脳ミソに無理やり学問を詰め込んで頂いた騎士団の皆様、本当にありがとうございました。涙無くしては語りようもない壮大な物語を経験したような気分です。
貴族学院を無事卒院できた私は、騎士団入団を果たし第二騎士隊に配属された。1年前の約束通りパトリック様が挑んできたが、当然私の勝ちだ。
全寮制の貴族学院が休講の度に、領主城へ泊まり込み、与えられた課題を達成する度に、騎士団の訓練に参加してたのだから、パトリック様の実力はまだ私には及ばない事は分かっていたが、騎士団内でも上位に食い込めるぐらいの上達ぶりだった。私もうかうかしてたら追い付かれてしまいそうだ。私はと言えば、オルドリン隊長と手合わせをして5本に1本ぐらいは打ち込めれるぐらいにはなった。
そして今日は初めての大型魔獣出没調査だ。冬の雪深い時期に特に起きる事なのだが、魔獣が魔獣を喰らい魔獣の核となる魔石を摂取することにより巨大化する。そうならない様に騎士団が常に魔獣討伐を行っているのだが、私もこの任務には何度か参加している。
「24組、48名、準備はいいか。」
オルドリン隊長の問いかけに、腕輪に装備された魔石に魔力を注ぎこむ。魔石から魔力が迸りペガサスが形成されていく。魔力で創り上げた従魔だ。これは人それぞれの印象に基づいて形成されるため色々な従魔を見かけるが、私は子供の頃に好きだった物語に出てくる天翔ける天馬の印象が強かったから必然的にペガサスになった。珍しいものでは馬車型になっていて乗り込む形の従魔も見かけるが、剣を振れないので騎士団では乗り込み型を使っている者はいない。
演習場に出る前に装備品の点検も済ませてある。連絡用魔道具はオルドリン隊長が持っているので私が持たなくてもよし。後は従魔にまたがり、
「準備完了です。いつでも出れます。」
「よしっ! 探索範囲は事前打ち合わせのとおりだ。新人達は遅れないようにしっかり付いていけ。では、出発。」
48名とその従魔が宙へ舞い上がる。そう、魔力で創られた従魔は空中を飛んでいけるのだ。それぞれの組が捜索担当地域に向かって宙を駆けて行く。私もオルドリン隊長の背中を追い掛け宙を駆ける。私達の担当地域は領都から東へ国境近くまで飛び、そこから南下してイクスブルク領とテルヴェリカ領の領境まで飛ぶのでかなり距離がある。眼下に普通の魔獣を確認してもすべて無視して、国境を目指す。近場を担当している騎士にお任せだ。
夜明け前から飛び続けそろそろ国境に近づいた頃には、日もかなり上がっているはずの時間だと思うのだが吹雪いているため視界が悪く周りは薄暗い。オルドリン隊長の背中を見失わないように細心の注意を払って飛んで行く。
このマグノリア王国の国境は神々の結界に囲まれて、王族の魔力により維持されている。他国との行き来は12の神々が守護する12の国境門があり、その開閉の権限は王が持っている、と教わった。国境の結界の中には領界を隔てる結界があり領主一族の魔力で維持され、領の行き来は領界門を通らなければ出入りが出来ない。と学院で教わったが、真偽を確かめる術も無いのでそれを信じるしかない。過去には領界の結界を強引に通り抜けようとした者もいたらしいが、半端な魔力では結界は抜けることもできず、結界を通り抜けようと力がかかった時点で領主に感知され、双方の騎士団が飛んできて捕縛された、という話を聞いたことがある。
吹雪で視界の悪い中でも、向かって左側に山々の影が見え、麓に大きな森が広がっているのが見えた。多分この森の向こう側が国境であろう。
雪深い平原の上に今にも吹雪にかき消されそうな、何者か巨大なものが雪を掻き分け通っていった跡が僅かに残っていた。森から南に向かってずっと続いている。しかも2本。
即座にオルドリン隊長の横に並び、前方を指差す。
「オルドリン隊長っ! 跡が見えます。」
オルドリン隊長が『了解』と手を上げ降下を始めた。後に続き轍と思われるものの上で静止した。
「マーシェリン、お手柄だ。私はまだ確認できていなかった。」
「お褒め頂き、ありがとうございます。」
「どちらに向かっていると思う?」
「森から出て南に向かってるのでしょうか。もしかすると、人里を狙っているのでしょうか。」
「南に向かっているというのは賛成だが、この轍の直線上に人里は無かったはずだ。何かに導かれるように真っ直ぐ進んでいるように思う。この先に大きな魔力が感じられるのかもしれない。」
オルドリン隊長が連絡用魔道具の小箱を取り出し魔力を注ぎ、喋り始める。
「第二騎士隊オルドリンだ。騎士団本部、応答を頼む。」
この魔道具は遠話の魔法円が中に仕込まれていて、移動している騎士同士は連絡出来ないが本部とだけ、連絡ができる。
「こちら騎士団本部、ご用件をどうぞ。」
「大型魔獣の移動している痕跡を発見。種類は確認できていないが、辺り一面の吹雪から考えて『ブリザードウルフ』と思われる。大きさは『キング』『クイーン』の2頭で移動している模様。『ブリザードエンペラーウルフ』に進化の可能性あり。我々の現在位置は領都より東、国境付近。そこから痕跡が南へ真っ直ぐ進んでいる。待機中の第二第三騎士隊及び現在調査中の騎士達も国境南方テルヴェリカ領境の北側に派遣してくれ。それと、今日本部で訓練してるのはどこの隊だ。」
「第一騎士隊です。」
「では、第一騎士隊に本部待機を頼んでくれ。『ブリザードエンペラーウルフ』に進化した場合、直ちに応援要請を行う。」
「復唱します。『ブリザードウルフ』と思しき魔獣『キング』及び『クイーン』二頭が国境付近を南下中。国境南方テルヴェリカ領境北側に、待機騎士隊及び調査中の騎士を派遣します。『エンペラー』に進化の可能性を踏まえて第一騎士隊に本部待機を要請します。間違いありませんか。」
この短い時間にどれだけの情報をやり取りしているのだ。この人達は。しかも本部の女性は、間違いが無いどころか、要約までしてきた。
「間違いない。よろしく頼む。以上。」
「了解しました。以上」
「どうした、マーシェリン。」
「てっ」
「て?」
「天才ですかっ!!」
「普通だっ!! さっさと南に向かうぞっ!!」
南に向かって飛べば降り積もった雪の上を進む痕跡がはっきりしてくる。それと同じく吹雪が強くなってくる。間違いなくこの吹雪の先に何かいる。
オルドリン隊長が、上へ上がれと指を差す。オルドリン隊長に続いて上空に上がれば・・・ 見えた。吹雪の中にうっすらと確認できる雪の中を走る巨大な魔獣が二頭・・・ が向かっている先・・・ なんだ、あれは、
「なんだ、あれは、」
オルドリン隊長が私の頭の中の言葉と同じ言葉を喋った。
山のように見えるが、半球状の山など見たことも無い。人が造ったものなのか。人が造ったにしては大きすぎる。そこに向かっている魔獣の2倍以上の大きさに見える。
オルドリン隊長が連絡魔道具を起動する。
「オルドリンだ。『ブリザードウルフ』の『キング』『クイーン』を肉眼で捕捉。それ以外に、何か想定外の物を発見、向かっている騎士達に注意を促せ。」
「想定外とはどういうことでしょうか。危険なら第一騎士隊を派遣しますが。」
「想定外が何なのか分からないのだ。」
「第一騎士隊は必要か不要かお願いします。」
その山から何かが走り出てきた。
ドクン 私の鼓動が大きく脈打つ。半裸の剣士が雪上を駆ける。
こ、この・・・ この極寒の地でなぜ半裸なのだっ!! しかも雪に埋まることなく雪上を駆けている。一体どんな魔法を掛けているのだ。いや、そんなことはどうでもいい、些細な事だ。
美しいのだっ!! 彼の走る一歩一歩に、躍動する鍛え上げられた筋肉。どれほど鍛えれば、あれほどの美しい肉体が完成すると言うのだっ!!
非の打ち所がない。強いて言えば、背中の革袋が邪魔だっ!! 背中の筋肉が見えないでは無いか。
「第一騎士隊の派遣を頼むっ!! 正体不明の剣士が一人で魔獣に立ち向かっている。我々は剣士の援護をしつつ騎士隊到着を待つ。」
オルドリン隊長が剣士の援護をすると本部に報告を入れている。早く剣士を援護せねば。
「剣士の援護に入りますっ!!」
オルドリン隊長に叫び、剣士と魔獣に向かって滑空する。
「待てっ!! マーシェリン。」
オルドリン隊長が叫んだが、もう止まれる速度では無い。このまま行くしかない。
ガシ―――ンッ!!
止めた。あの巨大な魔獣の牙を、剣士が剣で止めた。しかも一瞬で剣が巨大化した。魔剣か?
「援護しますっ!!」
大声で剣士に呼びかける。
ペガサスから飛び降り、止まった魔獣の目を目掛けて切りつけた。見事に目を潰し、回り込んだペガサスに着地する。剣士を見れば、のけぞった魔獣の喉元に飛び、下から首に切り掛かる。また剣が伸びた。剣士が剣を振り抜き、魔獣の首が弧を描き飛んで行く。
美しい筋肉の躍動に見惚れ、魔剣の切れ味に感動し、目を奪われた。油断していた。まだ魔獣はいたのだ。
右下から飛び掛かってきた魔獣にペガサスごと喰われた。肩口から腰骨のあたりまでを、魔獣の牙が突き刺さってくる。金属製の全身鎧のおかげで喰いちぎられなかったが、鎧を突き抜けて牙が突き刺さる。痛みと苦しみで声も出ず意識も朦朧とし始めた耳に、
おおおお―――――――――っ!!!!!!!!!!!!!!!
剣士様が吠えている。私の死を悲しんで頂けるのでしょうか。私は剣士様のお役に立てたのでしょうか。ほんのわずかな時でしたが、私は剣士様に出会えた喜びを胸に、死の神に召されます。命の女神の導きで生まれ変わった時には、剣士様に出会えることを夢見て・・・・・




