第一話、天竜の秘箱
一応彼女の名前は次話で公開されると思います(出来なかったら申し訳ないですっorz)。
長年受け継がれている伝統のある式で、正式に皇帝から蒼の騎士の称号を受けたからといってそこで終わりではない。
五つに分けられた騎士隊それぞれの数百人を前にしての演説。これからの相棒となる武器を作るために何十人との打ち合わせ。それ以外にも本当に必要なのだろうかと疑問に思う儀礼的行事を何十もこなし、ようやく解放され、自室に戻った頃には日が変わり、朝日が登り始めていた。
「や、やっと終わった……」
蒼の騎士特別宿舎に荷物は全て運ばれ、残っている家具はベッド以外にはなく。長年疲れを癒してきたベットに、倒れこむとか細い声で呟いた。
体力的な面では鍛えているから疲労はないが、紹介されなくても偉い人だと雰囲気が漂わせる方々と話を交わすのは初めての経験だ。しかも、中には友好的でない人もいたのも疲れる相乗効果となって、彼女を苦しめる。
(……私には、向いてないのかな)
突然思い出されたかのように姿を現す睡魔に、これからの不安を全て預け、抵抗することなく、静かに眠りに落ちた。
チカチカと点灯を繰り返す電球から申し訳ない程度の光に照らし出される室内は小さな円卓、粗末な木製の椅子が申し訳ない程度に二つの椅子。その片方にどっかりとすわり、火のついた煙草を咥えたまま、口の端から紫煙を漏らす、青年――外見から推測するに、二十歳ぐらいの――は机に両足を投げ出したままの体制で瞳を閉じていた。
部屋の奥から足音が聞こえると、灰を黒い皮手袋で包まれている手の指で灰を潰し、煙草を床に落とした。
「出来たか、スイ」
扉を開け、入ってきた少女――スイと呼ばれた少女の両手には三十センチほどの正方形の箱。材質は金属だろうが、少女が軽々と持ち歩いているぐらいなのでそれほど重さのない物なのだろう。
「お前が相手だって、仕事は仕事だろ。ウチだって一応プロだし、期日は守るわ」
目元には遠目からでも分かる大きなクマ、恐らく徹夜だったのだろう。口調からどこか棘のようなものを感じるのも恐らくその性だ。だが、男はそれに構うことなく「当然だ」と短く返答する。
スイは短く後悔の念を含んだ息をはくと、男の正面の椅子に腰掛け、堂々と載せられている足に容赦のなく拳を振り落とした。
チッ、と苛立ちげに舌打ちをしたが、渋々足を下ろすと、スイはそこに箱を乗せた。
「一応完成はさせたが……本家と比べるとやはり此方が見劣りする。一応最初に言っておくが、精々一時間ぐらいしか効果はない。失敗したとしてもウチの責任じゃなく、アンタ等の実力不足ってことだけは理解しといてくれ」
「分かってる。元々三日で完成できる奴などスイ、お前以外に俺の知り合いにはいない。よくやってくれた。本当に感謝する」
今までのどこか上から見るような態度とは一点変わり、穏やかな口調で頭を下げた。突然の変わりようにスイも分かりやすいぐらいに動揺。
「いや、そのだな、こっちだって金を貰ってる訳だしなっ、そんなに感謝はいらないぞ。機械技師としての当然の仕事だ、お前だけに全てを任せる訳でもあるし」
戸惑いながらも冷静を保とうとして、帽子を深く被り照れを隠そうとする。機械技師として、自らの腕を誉められたのが嬉しかったのだろう、相手が堅物と有名な青年だからなおさらだ。何年も昔からの馴染みであるのに初めて聞いた感謝の言葉に僅かに頬を桜色に染め、箱を青年の方に押し出した。
電球の真下に来た箱は光を浴びると、今までの鈍重そうな鈍く、重い輝きではなく、金塊を目の前にしているかのような神々しい光を発し始め、青年は目を細めた。スイは既に光が入り込まないように黒のゴーグルを装着済みだ。
「俺にもそれをよこせ」
「一個しかない、こう見えて高いんだ」
ちなみに、このゴーグル一つで庶民なら一月ぐらいならば不満の無い生活を送れる。どんな光でも完璧に遮断、強い酸でも溶けることはないこのゴーグルは一見特に意味の無さそうなものではあるが、機会技師からしたら研究中に光や酸、その他諸々の危険な薬品などで視力を失う事は少なくない。喉から手が出るほど欲しい一品である事は間違い無い。
腕を組み、堂々とスイが言い放つ。
「これが、天竜の秘箱だ」
「未完成の、を付け忘れているぞ?」
「やかましい、さっきの感謝の言葉は嘘か、嘘だな」
無視を決め込む青年の姿に、「照れて損したわ」と、スイはそう掠れた声で呟いたが、青年は目を細めながらも天竜の秘箱を凝視していたので耳には一切届いていなかったようだ。
窓から差し込む朝日が室内に入ってくると、力無く秘箱は光を失い、元の安物の金属の箱のような外見に戻ってしまった。
「……さて、それではそろそろ俺は行く。仲間が待ってるんでな」
天竜の秘箱を掴むと、腰を上げ、スイが入ってきた扉とは反対側の扉を開け、出て行こうと一歩を踏み出すと――
「待て」
席を立ち、ビシッ、と人差し指を青年に向ける。
「……絶対だ。成功させろ。ジザやミーハ達の恨みを晴らしてやってくれよ、頼む。生き残ったウチ等二人は……絶対に世界を変えなきゃ行けないんだ。生き残った……ウチ等の使命なんだよ、本当に……、本当に頼んだよ、レフィー。こんな事言っちゃいけないのは分かってる、けど」
スイの口から流れ出す言葉がどこか悲しみに満ちていて、
「ウチよりも苦しんでるレフィーに全て……預けて、ウチは機械いじるしか出来なくて、無責任だけど――」
とても苦しそうに自分を呪う呪詛を吐きながら、
「……みんなの恨みを晴らすために――」
大きく息を吸い、何日も言うか迷い続けた一言を、
「――死んできて」
涙を零しながら、言葉へと形を変えた。
青年――レフィーは言葉を時間をかけ、一言一言を噛み締め、大きく頷いた。
「じゃあな、スイ」
煙草を咥え、火をつけ、一歩を踏み出す。
「お前が照れた姿は――その……とても面白かった」
素直に言いたい事を言えなかったレフィーは口元に笑みを浮かべると、ただその一言を残し、扉から出て行った。
作戦開始まで後二十時間。全ての始まりまでの、タイムリミット。
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