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風間という男  作者: 桜雪月
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ここから、僕と風間の最後について書き記す。出会いがあれば別れがある。それは当然のことだ。僕達も例外では無い。

僕は就職が決まって、後は大学卒業を待つだけだった。カナダにいる山本さんとは、今も交際を続けている。彼女はそのまま、現地の企業に就職する。相変わらず遠距離だが、僕達は満足していた。

風間とはちょくちょく会うけれど、将来については話さなかった。特段理由は無いが、話す場面が無かった。僕達がする話と言えば、ここに書くのも躊躇する様な、どうしようも無い話が大半だった。

ある日、風間から「二人で会おう」と連絡が来た。二つ返事をして、場所と時刻を決めた。

待ち合わせ場所に着くと、もう風間はベンチに座っていた。

「おう、神田」

いつもと変わらない笑顔で、僕を迎える。

「風間、調子は?」

「ばりばり元気。お前も元気そうだな」

「まあね」

「彼女さんとは、上手くいっているか?」

「お陰様で」

風間は親指と人差し指を輪っかにして、指笛を吹く。日本人がする指笛はダサいが、風間がやると、格好が付く。

いつものように、風間の隣に座り込む。

「それで、なんか話でもあるの?」

「そう、そう。俺の最後の秘密、大学卒業前、神田に教えたくてな」

風間は満面の笑みでこちらを見た。最後、ごくりと唾を呑んだ。思えば、出会った時から風間には驚かされてばかりだった。自分には無い価値観を持っている、そんな彼が好きだった。風間が居なければ、僕の大学生活は彩りのない四年間だった。

「秘密、何?」

風間はたっぷりと間を置いてから、言った。

「俺、風間って名前じゃない」

ゾワっとした。背筋が凍るとは、こういうことか。本当にあった怖い話、それが眼前で繰り広げられている。

「は?」

多種多様な表現を、頭の中で探した結果、この一文字が妥当な回答だ。

風間はしてやったり、といたずら小僧の表情をしている。

「俺の本名、桜雪月。風間なんて、親戚にも居ないよ」

「え、いや、どういうこと?」

何を言っているのか、さっぱり分からない。

「俺な、一度別人になってみたかった。桜雪月では無い存在。そうするには、どうすれば良いか、整形?いや、それは外身が変わるだけで、本質的には不変だろ。それで、行き着いた先が、名前を変えること。俺さ、名前には人の想いが沢山詰まっていると思うんだよ。この大学で俺は風間という存在になった。風間として、生きて来た。神田や多くの人が、俺のことを風間と呼んでくれた。それによって、俺は自分が風間であることを実感した」

風間は理解出来ない話を淡々と説明する。

「風間、大丈夫か。自分が変なことを言っている自覚はあるか?」

「はは、まぁ常識的とは言えないよな。でも、俺は正常だよ。お前からしたら、異常かもしれないけどな」

風間は肩を竦める。

「神田。俺の名前が桜雪月って聞いてどう思った?」

「違和感しかないよ。俺にとって、風間は風間だから。混乱している」

「だろ!神田にとって、俺は風間なんだよ!この四年間、お前は桜雪月ではなくて、風間と過ごした。これが事実だ」

目を爛々とさせながら、風間は僕の手を握った。

僕はじっと風間の目を見た。それは大人に成りきれていない、純粋なものだった。

「ふ、あは、はは、あはは」

腹の底から笑った。余りにも笑うから、涙が出て来た。おかしくてたまらなかった。

「そんなに面白いか?」

風間は不思議がっている。溜まりに溜まった感情を爆発させた後、僕は彼に言った。

「風間。君は奇想天外だよ。君みたいな人に出会ったことが無かったし、これからも恐らくないだろう。最高だ。風間のお陰で、この四年間楽しく過ごせた。ありがとう」

へへ、風間は人差し指で鼻の下を擦る。照れ隠しにしては、ベタすぎる。でも、それが良かった。


大学を卒業して三年。僕は出版社に勤務している。仕事柄、ユニークな人達と関わりを持つが、風間以上の存在にはまだ出会ったことがない。

風間とは現在も連絡を取っている。彼は今アメリカで伝説と言われる、巨大イカを捕獲しようとしているらしい。どこまでも面白い存在だ。

この手記を作成した理由、それは風間の存在をこの世界に残す為だ。彼の面白い話、変わっている考え、それを人々に伝えたい。

もう、貴方にとって、風間は風間でしょ?


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