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「それは散々だったな」
風間はくっ、くっ、笑っている。
「笑い事じゃ無いよ。沈黙は嫌だから、何とか話題を振ろうとしたの。そしたら山本さんは、きちんと応えてくれるけれど、男子二人が意気消沈しちゃって」
「はあ。人には強く当たれる癖に、跳ね返りには弱いのか」
「まさか、山本さんから、「嫌い」が出るとはね」
「よほど、癇に障ったんだろうな。まあ、よく居るよな。自分の価値観が絶対だと思って居る人」
「例えば?」
「うーん、常に友達と一緒に居ないと不安な奴。大学にも居るよな。どこへ行くにも、集団行動。別にそれ自体は、その人達の勝手だけど、大抵そいつらは、一人で過ごす人を可哀想だと決めつける。それとか、文化祭や体育祭は絶対参加だと思っている人。あれ、別に嫌な人は参加しなくても良いじゃん。でも、クラスの輪が乱れるから、とか理由を付けて強制参加させて、結局孤立させる」
「風間って、闇が深いの?」
「別に。ただ、俺の周りにはそういう人が目立っただけ。ほら、論調が強い人は、記憶に残りやすいでしょ。もちろん、友達と居ることが好きな人の大半は、一人が好きな人の気持ちを分かっているだろうよ」
「そうか、極端な意見は力強いもんね」
「そそ、ネットの炎上と同じ。あれも少数の強い意見が、荒れ狂っているだけ。普通の人は、芸能人の不祥事とかに興味ないし」
僕はふと、尋ねてみたくなった。
「なあ、風間。僕って変かな?」
「いきなりどうした」
「サークルにも所属して居ない。風間と過ごしている時以外は、ひとりぼっち。たまに、キャンパス内を歩いていると、思うんだ。ああ、僕は欠陥品だなぁって」
「何、傷心中ですか?」
「そう、なのかな。僕は普通になりたいのかもしれない」
「普通って、何よ?」
「上手く説明できないけど…人に怯えず、自分がしたいことを突き詰めて、人生を全うする、そんな感じ」
「それ普通じゃねえ、超人。神田は求め過ぎだよ」
「求め過ぎ…」
「そう。ほら、人間、ホモ・サピエンス理論。人間なんて、所詮猿なんだから。考えるだけ無駄!な」
風間と話していると、自分の悩みがちっぽけに思える。いや、彼がそう思わせているのかもしれない。今まで会ったことの無いタイプ。それが風間だ。
肌寒くなって来た。木々は紅茶色に変貌して、息を潜める。一度風が吹けばぱらぱら、水分を失った葉が舞い落ちる。人間も同じだと思う。毎年寒くなると、気分が落ち込む。なんでも無いことでも、考え込む。
変化、僕が一番嫌いなもの。
「神田君、私と付き合ってくれませんか?」
「はい?」
それは突然やって来た。思わぬ角度から。
「その。ほら。神田君とは、共通の趣味があるでしょ?私、それがとても嬉しくて。それに話しているうちに、段々貴方自身にも、興味が湧いて来て。気がついたら、いつも神田君のことを考えているの」
長い髪が秋風で靡いている。ふんわり、花の香りが鼻に運び込まれた。山本さんの透き通った肌は、今や熱を帯びている。こちらを掴んで離さない目線に、たじろいでしまう。
「僕は、大した男じゃ無いよ。多分、山本さんなら、もっと良い人が居ると思うけどな」
彼女は、王道のモテる人ではないが、密かに思いを寄せる人が居る、という点では引く手数多だった。そんな人と、僕が釣り合う筈がない。
「うん。神田君が大した人じゃないことは知っている」
自分で言っておきながら、いざ肯定されると傷つく。山本さんは、僕の微妙な表情の変化を感じ取ったらしい。
「ああ、ごめんね。そういうつもりじゃ」
「良いの。僕がそう言ったんだから。山本さんも理解しているなら、どうして?」
「うーん。例えば、神田君。飲みの席とか苦手だよね。いつも、無理して笑っている感じだもん」
「え!ばれていた?!」
「ばればれです」
山本さんは口に手を当てて、笑いを堪えている。誰にもばれていない、自分は名優かもしれない、と思っていたのに。
「それでも、場の雰囲気を壊さない様に、考えているでしょ。だから、終わる頃にはへとへとになっている。そういう姿を見ると、守ってあげたいって、思うんだよね」
「小動物的感じですか?」
「ううん。それとは少し違う。言葉に出来ないことがもどかしいよ。他にも理由なら幾らでも挙げられるけれど、まだ聞きたい?」
「大丈夫!もう結構です!」
もう既に、悶え死にそうだ。恥ずかし過ぎる。女性から告白されることは初めてだ。俊君は、これを何十回と繰り返しているのだろう。一体、何回目で平気になるのか、教えて欲しい。
「今すぐに返事が欲しい訳では無いから。またね」
肩の荷が下りたのか、山本さんは小走りで去って行った。柔い芳香剤の匂いを残して。
一人残されて、深い溜め息を吐いた。これまでの人生で一番の事件が起きてしまった。秋風がくすぐる様に通り過ぎる。手をポケットに突っ込んで、当ても無くキャンパス内を彷徨う。
こういう時、頼れるのは一人だけだった。連絡を取ると、風間はすぐに大学内のカフェテリアに来てくれた。ここでは、パソコンを熱心に打ち込んでいる人や、雑談に明け暮れている人が大勢いる。
「よ。重大な相談って何よ?」
カプチーノ片手に席へ座る。僕は、どう切り出せば良いのか、まだ迷っていた。風間はずずっ、と一口飲んだ後、欠伸をした。
「告白でもされたか?」
店内を見渡しながら、風間が呟いた。
「うん」
小さく頷いた。
「そんな所だと思ったよ。それで相手は?」
「プライバシー保護の為、詳しくは…」
「ま、山本さんだろ?」
ワンテンポ、ツーテンポ、時が止まる。
「…違うよ」
「説得力ねえな。それで、何を相談したいの。まさか、告白を受けるか断るか、俺に相談するとかじゃ、ねえだろうな。それはお前の問題だぞ」
「分かっているよ。ただ、自分でも混乱していて。山…彼女をどう思っているか、あやふやなんだ」
「その彼女のことは好きだろ?」
「好き…だよ。真面目で、芯が通っていて、誰にでも平等に接していて」
「それなら、悩むこと無いだろ。あ、もしや顔か。顔がタイプと違うのか?」
風間が、悪い顔をしている。片方だけ釣り上がった口元に、ねっとりとした目つき。
「真逆。どストライクだ」
「お前、惚気か!自慢話をしたいが為に、俺をここへ呼び寄せたのか。言っておくが、俺もそこまで暇人じゃないからね」
「…違うよ。彼女の優しい所が好き。でも、それは彼女の顔が可愛いから、そう思っているのかもしれない。もし彼女が見目麗しくなかったら、果たして僕は彼女を好きになっていただろうか?」
風間は目を、点々にしている。
「神田、やっぱりお前は面白いな」
「これは真剣な悩みだよ。面白いなんて、酷いよ!」
風間は両手を合わせて、謝罪の意を示した。
「いや、滑稽ではない方。興味深いというか。そこまで考える人は、今時貴重だぜ。胸が大きいから、身長が高いから、やりたいから、そんな動機で恋人を作る奴も居るのに。お前は凄い!」
「それ、褒めているの?」
「ああ、もちろんさ。そういう所も含めて、彼女も神田を好きになった、と思うよ」
こういう所が、女性は守りたくなるのか?
「結論から言うと、顔を重要視することは悪いことではないよ。情報源は、人間、ホモ・サピエンス理論」
「また始まった…」
「俺は、これを提唱し続ける。良いか、俺たちの先祖はパートナーを性格よりも、顔、体格で選んでいた。だって、そうだろ。マンモスを相手にする時、穏やかな人が有利とか無いからな。どんな顔が好まれるか、これは諸説あるが、一般的には左右のバランスが均一な顔が理想的だそうだ。栄養が偏ったり、感染症にかかったりしている人は、このバランスが崩れるらしい。より強い子孫を残す為に、健康的でバランスの良い顔が求められる。現代では、イケメン、とか美人だな」
風間の熱量に圧倒される。彼は、いつか論文でも発表しそうである。
「要は、俺達の遺伝子の中に、見た目で判断する部分が残っている。神田がいくら悩んだ所で、遺伝子には抗えないよ」
「そっか…」
「何落ち込んでいるんだよ。良いか、神田が山本さんの顔が好きなのも事実。それに、彼女の中身にも惚れている、それも事実。どちらも嘘偽り無い」
「外見と中身、両方…」
「そう!それって、素敵だな。神田、お前は今愛を勉強している。これから、喧嘩もするだろう、恋敵も現れるかもしれない。でも、それを通じて、愛を育むんだ」
風間は絶好調だ。饒舌になって、恥ずかしいセリフを盛り込んでいる。
「風間って、恋愛したことあるの?」
「いんや。無い」
「うそでしょ」
自分は恋愛経験が全く無いのに、友達の恋愛に親身になって、アドバイスをくれる男、それが風間だ。