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風間という男  作者: 桜雪月
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風間は大学の様々なサークルへ出入りしていて、期末テストの情報や、楽単(出席などをあまりしなくても、簡単に単位がもらえる教科)の情報を僕に教えてくれていた。僕はというと、フットサルサークルや、軽音サークルなどの歓迎会に行くものの、そのあまりの賑やかさに面を食らって、どのサークルにも所属していなかった。

だから、昼ごはんを一緒に食べる相手は風間しかいなかった。彼は友達がたくさん居たのに、僕が誘えばいつでも、一緒に過ごしてくれた。

その時に話す内容は本当にくだらなくて、書かなくても良いのだが、風間という人間を知ってもらうために、ここに書き留めておく。

「なあ、神田。人間、ホモ・サピエンス理論って、知っている?」

「何それ?どこかの学者が唱えた説?」

「いんや。俺独自の理論。お前、小、中、高でモテたことあるか?」

「ないよ」

聞くまでもない。僕の様な地味な人間が持てるはずない。

「だろうな」

「だと思うなら、聞かないでよ。少しは傷つく」

「悪い、悪い。小中高でモテる奴って、どんな特徴があったか覚えているか」

バレンタインにチョコを二十個もらっていた勇気君のことを思い出す。サッカーをやっていて、足がとてつもなく速かった。毎年リレーの選手に選ばれては、アンカーを務めていた。

「運動神経が良い子」

「ザッツ・ライト」

風間は指を鳴らした。彼は日本語訛りの外国語や、大袈裟なジェスチャーを多用した。風間は続けた。

「特に小学校、中学校では足の速いやつがモテる。でも大人になったら、足の速さで恋人を選ぶ人なんて居ないよな?」

確かに。運動神経の良さを結婚条件に求める女性はいないだろう。

「俺はな。ホモ・サピエンスとしての本能が、運動神経の良さを魅力的に感じ取っていると仮説を立てた」

「僕にはさっぱりだよ。丁寧に説明して」

風間はごほん、とわざとらしく咳をした。

「人類の祖先であるホモ・サピエンスは、今では考えられないくらい、数多くの天敵がいた。だから、天敵に打ち勝てる、より強く、より速い男の遺伝子を、女は必要とした筈だ。その本能が今でも子孫の人間に受け継がれている、そういう理論」

「ちょっと待って。じゃあなんで大人の女性は、足の速さや運動神経に魅力を覚えないの。その理論で言えば、おかしいでしょ?」

風間はちっちっ、と指を振った。彼は何から何まで芝居臭い男だった。

「ホモ・サピエンスと人間には異なる点がある。前者に無くて、後者にあるもの、それは社会だ。義務教育である学校を通して、この社会で生き残るには、運動能力では無く、頭脳や、コミュニケーション能力が大切だと学習する。あ、それと小学生は泣きたい時泣くだろ。あれは本能のまま生きていて、ホモ・サピエンスに近い生き方だと思うんだよ。でも、この人間社会では、本能的に動く人は嫌われる節があるだろ。そういう部分も含めて、大人になったらホモ・サピエンス的側面がすり減らされているんだと思う。どう、この理論?」

自信満々に語る風間は、生き生きとしていた。言いたいことは分からなくもないが、旗を振り回して、賛成は出来ない。

「風間は、いつもそんなこと考えているの?」

「いんや。電車に乗っている時間とか…通学の時間にスマホを触るの嫌いなんだよ。無駄な時間を過ごしている感じしない?」

変な理論を考えている時間が有益かどうかは置いといて、僕は自分に無い風間独特の考え方が好きだった。行ったことの無い外国に旅行する、そんな感覚に近かった。


もう一つ、風間の話の中でも、印象深かった物を紹介したい。これも、昼ご飯を一緒に食べている時だ。僕は母に作ってもらったお弁当を、風間は大学内にあるコンビニで購入した焼きそばパンを食べていた気がする。

「今まで隠していたことを話して良い?」

紅生姜の切れ端を、口からはみ出していることに気が付いていない風間は神妙な顔で語り出した。

風間と出会って数ヶ月が経っていたので、彼の特殊性については大分分かってきたところだった。だから、そんな彼の秘密はとんでもない物に違いないと思った。唾を二回飲んだと思う。

「俺、実は左利きなんだよ」

しょぼい内容に、思わず口からファ、という声が漏れ出た。

「そ、それが秘密?」

「驚いたか?」

風間は僕の方をじろりと見つめている。僕がどんな表情をするのか、それを見届けていた。

「ドキドキして、損したよ!そんなのどうだって良い!」

大きな声にびっくりしたのか、通りすがりの人が全員振り返った。僕は注目されるのが苦手だから、耳を真っ赤にして、俯いた。

対照的に風間の声が大きくなった。

「どうだって良いとはなんだ!俺が左利きというだけで、これまでどれほどの弊害を被っていたか!」

唾が顔に飛んできて、うえ、と思いながら手で拭った。それは微妙に生温かったので、余計気持ち悪かった。

「まず!ノート。何故右に書いていく。鉛筆で書いていたら、手の底が真っ黒になるじゃないか!学校関連で言うと、教室の日差しも常に左から入るだろ?影で文字が見え辛いんだよ!改札口に入る時だって、クロスさせなければいけないし。後、大人数でご飯を食べる時、左利きは嫌がられる!俺は、こんな理不尽に耐え続けてきたんだ!」

瞳孔が開いていて、可愛そう、というよりかは、僕は若干引いていた。ふざけて、左利きの不便さをネタにする人は見たことがあったが、真剣に怒っている人は見たことが無かった。

「大変だったね」

当たり障りの無いコメントで応じると、風間は不服そうに眉を潜めた。

「で、でも。左利きの人って、凄い人多いよね。ほら、アインシュタイン、ダ・ヴィンチ、ダーウィン、ピカソとか」

機嫌を直してもらおうと、分かりやすく左利きの人が喜びそうなことを言う。

「確かに。昔から左利きには天才が多いって聞く。右脳が発達しているから、どうちゃらこうちゃら」

「そうそう。それにスポーツでも、左利きは重宝されているよ。メッシ、大谷翔平、スター選手には左利きが多いでしょ!」

風間の鼻がプクぅ、と開いた。

「メッシや大谷さんも、鉛筆で手の平を汚していたかな?」

素っ頓狂な質問だ。

「きっと、そうだよ。ダーウィンも、進化論を書きながら、手をインクまみれにしていたと思う!」

風間は左利きで、本人はそれを隠したがっていた。字面だけで面白い。


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