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ーオルドワルドー  作者: 淡山吹
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面倒な日常の幕開け3

 轟々と人の胴体程の首に大きな頭、そのサイズで開かれる口で上げる声は車の中にいる俺らに、車や地面が揺れたと錯覚するほどの鳴き声だった。

 俺は声に怯まず翼竜を見ていた。翼竜は高さを変えず俺らを追ってきていた筈だが、いつの間にか空中に留まり、腹部に当たるであろう部分が少しへこみ、対照的に心なしか喉が膨らんでいる気がした。

 「ヤバい、ボルト!」

 「見えてるよ!」

 時を同じくしてボルトもサイドミラーから見ることが出来て気付いたらしい。

 所謂小型の翼竜とは言え、竜と言えばだ。

 「喉が膨らんで、腹がへこむ。竜と言えば」

 車の後方から、こちらめがけて一直線に、翼竜は息を吐きだし、それと共に繰り出されるのは赤く燃える炎だった。

 間一髪、、冷や汗も垂れる傍から無に帰る程ギリギリの際で避けることに成功した。

 「流石だぜ、ボルト!」

 「策よりも本能を信じてよかった。横に避けようとかそんな小細工じゃなく、真っすぐこの車の速度を信じてよかった!」

 喜ぶボルトだが、俺は三度に聞かなきゃいけいことがあった。

 「今の俺じゃ倒せないってどういうことだよ」

 「魔法使い、確かに今の仲瀬の中には魔を従える法が存在しているが、名も無き王と名も無き法をお前は忘れることなく覚えていられるだろうか、否、出来ない、超人的とまで言える仲瀬の力であってもそれは難しいだろう、人は忘れる生き物だ。一を捨て一を得て、十を生産することで進んできた生命だ。だからこそ名が必要なのだ。捨てることのできない名前と言う人が生まれ持ちながらにして保有する絶対の法が、魔法使いにも必要なんだ」

 そう語る三度を見ながら俺は一つの考えを巡らせていたが、それは一旦置いておくことにした。

 「三度、名前が必要なのは解ったが、俺はどうすればいいんだ?」

 「君には少し眠ってもらう必要がある。人は死や睡眠と言った精神と肉体を切り離さなければ新しく生まれることは出来ない、これは自己の芽生えではなく誕生なのだ」

 「おいおい、少し返答は待ってくれよ」

 眠る。

 一度俺が寝たらどうなるのだろうか……。

 例えばあの翼竜が突進してきたらどうなるのだろう、想像なんかする必要なんか無い程の木っ端みじんだ。

 もし、もう一度炎のブレスを吹かれたらどうなるのだろうか、もう一度避けることは出来るだろうか、それに賭けるのは少し無謀だろう。

 そこで俺は先ほどの疑問を三度に聞くことにした。

 「なあ、三度。お前が魔法使って翼竜倒せばいいんじゃないか?」

 どうして今まで魔法を使ってこなかったのか疑問なくらいなんだ。

 楽観的に考えれば俺より強い魔法が使えて、あの翼竜を倒せるかもしれない。

 しかし、そうだとしたら俺を魔法使いにした理由は他の何かがあると考えるべきか。

 ぐるぐるうんうんと、頭を回していると三度が答えた。

 「今の私に魔法を使うことは出来ない、いや、魔法を使うための資質が私にはと言うかあの世に長くとどまれるものには存在しないと言った方が正しいのだろう」

 「使えないってお前、俺に魔法与えたじゃねぇか」

 三度は少し迷って、話した。

 「カミサマには魔法を使うために最も必要なモノが欠けている。他人を罰する業務、淡々を本に封じる業務、どれも人の道から外れた行いだ。正義なんて免罪符さえ機能しない、正しく生きた人間も同じようにしまい、来るべき時の為に備えるのだから」

 三度は翼竜を見て、空を見た。

 その表情を見た俺は、どうしてか彗星のような印象を抱いたんだ。

 昼過ぎの空を見ながら三度は続けた。

 「カミサマにはね、人で言うところの心ってやつが無いんだ。情状酌量の余地なんか許されないあの世の決断に迷う心は最も要らないから、カミサマは心を無くしていくんだ」

 地獄のような作業だ。

 もし自分がやったとしたらどうするのだろうか、俺は心が無いという三度を見て、三度のカミサマとしての仕事を一つ一つ思い浮かべていた。

 他人の罰する業務、俺はボルトがその罪人だとしても罰することが出来るだろうか。

 出来ない、迷い悩み、その果てに罰することを止めることは想像できてしまった。

 正悪、義も外道も全てを本に封じる。

 ダリアを前にしても俺は封じることが出来るだろうか。

 ボルトと同じく諦め、共に天を降りようと考えるだろう。

 そう考えるとどれだけカミサマになっていたかは解らないが、途方もない時間やっていたのだとしたら、心なんてあっても擦り切れてしまっているのだと俺は理解した。

 「じゃあ、どうやって罪人を罰するんだよ」

 少し声が震えているのが自分でもわかるほどにこの話に宛てられてしまっている事を言葉を発して自覚した。

 「罪人の魂を使えばいい、私の手持ちにあったものはすべて罪人たちに寝返るもしくは始末された。だが一つだけ、たった一つだけ残った魂があったが、残った魂は私には使うことが出来なかったからあの世に置いてくることにした」

 「だから俺を魔法使いにしたんだな」

 「すまない、自分の無力に泣きたいほどだ」

 俺は三度を抱きしめた。

 この状況でその言葉が出るってことはさ。

 「泣きたい」なんて、さっき空見ながら泣いていた奴がさ。

 「いいよ、俺は少し眠るよ。その間にやっちまってくれ、ボルト!」

 「荷物は黙って安全に運ばれていろ」

 切ることのできないかけがえの無い友と軽口を言い合い、俺は少女の暖かさに心を預けた。

 だってこんなにあったかいんだ。

 心が無いなんて嘘つくなよ。

 「随分と早い再会になってしまったな」 

 目の前には椅子の上で脚を組んで座っている一人の男「託す者」がいた。

 「前回とは違って今回は草原なんだな」

 「前回は少しばかり華やか過ぎたと思ってね、で、今回は名前を貰いに来たのか」

 やれやれと言った表情で、何もないところから現れたテーブルとティーセットから紅茶を用意する託す者、俺はそれを見てあの世と言うかなんというか「非現実的」と言うのを実感していた。

 「名前、それは別にここに来る必要はないはずだが、ああ、そうか。そういうことだから必要なのか、君も苦労しているんだな」

 座りなさいと手で椅子を示され、俺はなんか納得がいかない表情で席に座った。

 だってそうだろう、勝手に自分で悩んで勝手に解決しているんだ。

 出された紅茶を飲みながら、俺は言った。

 「ならなんで俺はここに来なきゃいけなかったんだ」

 「君が魔法使いの中でもイレギュラーだからだよ、資質の芽生えよりも結果を先に持ってくるところは彼女らしいと言えば彼女らしいが、いずれにせよ。そのうち解る事だ」

 「アンタの事も、か?」

 託す者は一息吐き、目を閉じながら話した。

 「僕の事はきっと解らない、託す者という名称もそろそろ消える。僕の名を知る者は覚えているだろうが、僕の事を̪知らない者は忘れていく、情報が欠ければそれだけ力は失う、実体という核がないままでは完結しない情報が着地点を見失い、消耗していくばかりだ」

 男は立ち上がり、そろそろ時間が近いことを告げた。

 俺はそれを聞き、紅茶を飲み干し、席を立ち上がろうとする俺を男は引き留めた。

 「ああ、最後に一つだけ、一つだけ言っておかなきゃならない事を忘れていた」

 男は俺の両手を握りこうつぶやいた。

 「君に、連なる星の願いが届きますように」と。

 「じゃあ行くよ」

 「うん、また会えたら今度は、今度はましな話を用意しておくよ」

 名を呼ぶ声がする。

 不思議と。

 本当に不思議だけれど嫌な気はしない。 

 俺が目を覚ました時、最初に感じたのは熱さだった。

 起き上がり、外を見て見ると遠くの道が溶けているのが見えた。

 俺が戦ったときも、竜になって火を吐かれた時もこんな強さは無かったはずだ。

 (早めの決着が望ましいな……)

 「ボルト、今どんな感じだ」

 「必死に逃げてるよッ」

 不思議と落ち着く、成長とも進化とも違う不思議な感覚が体をずっとピリピリと走っている。まるで体の関節全てが外れて重力から解放されたみたいなそんな心地いい感覚が。

 「仲瀬、貴方の名前解る?」

 「解っている。ボルト、車を少し止めてくれ、もう一度アレとぶつかってみたい」

 「正気か?」

 俺ではなく、三度を睨みながら言うボルト。

 「正気さ」

 「しょうがない、ホラ、はやく行け」

 不安そうな声を出しながらもボルトは車を少し止め、俺はゆったりと降りる。

 「アイツ倒しきらないでね、できれば捕獲って感じが望ましい」

 車が走り去る際で三度がそんなことを俺に注意していた。

 「善処はしたいが、どうなる事やら」

 どのみちやらなきゃいけない事ははっきりとしている。

 まずは。

 「そのデカい翼に風穴開けてやる」

 魔法の使い方、それ自体は間違ってなかったんだ。

 唯一つ一番大切なものが抜けていただけで。

 銃を構え、二枚の大翼に狙いを定めると翼竜は俺の方を向き、向かってきた。

 「名を「貫通者」裏名を「届かせる者」翼に届け、俺の意志!」

 一言、一言言うごとに銃は輝きを増して行く。

 叫ぶ名と友を護りたいという俺の意思を乗せ、輝きは翼竜の翼を撃ちぬく弾丸となって放たれた。

 勢いそのままに道路を抉りながら翼竜はこちらに向かってきた。

 俺は出来るという確信と試してみたいという欲から避けることなく、翼竜を蹴った。

 ありったけの力を込めて下に。

 そこにはクレートとまではいかないまでも、おおよそ人がつけたのではないと思うほど大きく深く道路を砕いた。

 そうしてそこで見たのだ。

 自分以外が付けたであろう傷跡を。

 翼竜は呻いているが壊れたおもちゃの様に立ち上がり、もう風を受け止められない程大きな穴の開いた翼を動かしている。 

 飛べないと判ったのか、翼竜は首が曲がったままこちら側に突進してきた。

 しかし、人の時よりはるかに遅く、まるで何かにつられているような動きだった。

 そこまで見て気が付いたのだ。

 何故、魔法を使おうとするとこちら側に向かってくるのか。

 何故、こんなにも叫ぶのか。

 罪を名に持つ人でも、わかり合えたかもしれない可能性があった。

 翼竜の首がグリンと動き口を開き、燃えるような熱気を放ち始めるが、俺は臆することなく銃を構え、ありったけの怒りを注ぎ込み、ブレスを吐くより早くその体ごと消し去る程の一撃を与えた。

 「やるせねぇな」

 慣れない手つきで飴の袋を剥き、口に咥える。

 車に乗った後も俺は話すことが出来なかった。

 「ねぇどうして、封印する為に捕獲を頼んだのだけど」

 そう聞いてくる三度。

 俺は十何分か閉ざしていた口をようやく開いた。

 「そうするしかなかった。それだけだ」

 そう言う俺に対し、ボルトが言う。

 「何を見たんだ。どうせナットの事だ心揺れる何かがあったのだとは思うよ」

 三度は膝に本を立てて顔を乗せている。その表情はどうにもやる気の無いだらけの顔をしていた。

 「私は君を魔法使いにした。けれど私は戦うことが出来ない、それはとても悲しいことなんだ」 

 「悲しいんだな」

 「悲しいとは少し違うだろうか、何にしてもしばらくは私は活躍できそうにない」

 俺はチクチクと俺の方を見ながら何かを訴えてくる三度の頬をつねった。

 「何が言いたい」

 パクパク口を動かすのを見て、つねる手を外すと何故捕獲したかったのか理由を話した。

 「私は人より一番体力は無いし、魔法だって使えない、けれど。罪人をこの本に封印すれば封印した罪人の心を使い魔法を使うことが出来るんだ。だからあの罪人を封印したかったんだよ」

 脚をパタパタさせながら、「あーあ」と言う三度。

 「そりゃ悪い事をしたな」

 適当な返しをしていると運転中のボルトが急にとんでもないことを言い始めた。

 「ねぇ三度ちゃん。罪人捕まえたら僕も魔法使いに出来るの?」

 「無理」

 答えは速かった。

 「適正、よりかは魂がその罪人の心を受け入れるだけの余裕があるかになる。常人の心の中には自分で器はいっぱいなの」

 説明しながら、三度は眠たそうにしている。

 「それは残念だ。でも今寝ないでね、ここから車はよく揺れるからさ」

 外を見ると俺は見慣れた場所に来た。

 辺り一面広がる荒野ではなく、崩れたビルなんかが並ぶ廃墟街だ。

 かつては人が住んだ町でも今の住民は人じゃなく、魔獣が住み着いている。

 今もこの車を狙おうと獣が目を光らせている。

 「マジで危機感ないんだなこいつ……」

 横でく~すかく~すか寝息を立てている三度。

 別にここに居る獣が襲ってくるわけじゃない、むしろここの獣はこの周辺の管理をしている側だ。

 問題はこの街の中心部にいる魔物なのだが。

 「なんだよこれ……」

 荒れた住宅街があるはずの場所には本当に何もなく、綺麗に砂ばかりの更地になっていた。


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