面倒な日常の幕開け2
翌日朝。
三度は居間に居た。
古い時計は約束の時間十分前を指していた。
ダリアさんが出ていく前に淹れていってくれた紅茶はすっかり冷めてしまっていた。
何十年と言う単位でしたことの無かった人との待ち合わせと言う事に心が躍っていたのもあるのかもしれない、口の中はいくら紅茶を飲んでも渇いていってしまう。
時計の針が約束の時間を指したとき、足をパタパタして待っていると仲瀬は現れた。
「おはよー、って、どこ行くんだ?」
「ト、トイレッ」
走ってトイレに向かう三度を見て、首をかしげた。
机の上を見るとポットいっぱいの紅茶を飲み切った跡があった。
「飲みすぎだ……」
遅れること数分して、メンバーがそろった。
俺と三度の二名だけで向かう予定の依頼。
「結局殺しの依頼って運び屋の依頼じゃないだろう? 何を運ぶんだ」
リストを確認しながら荷物を積んでいる最中に飛んできた三度の疑問、面白おかしく答えることも出来たが俺は普通に答えることにした。
「まあうちの取り扱い物は多岐にわたる。危険な薬品や建材、朝の情報誌等だが、中にはいくつか一般的に言う運び屋では運ばないモノも運ぶ時がある。これはそのうちの一つの「安全」だ」
追加で頼まれていた荷物も積み終わり、車に乗って出発と言うところで聞きなれた声が遠くから聞こえた。
情報誌配達を終え、帰ってきたところのボルトだ。
「僕も連れていってもらっていいかな」
「今日の仕事は?」
「今日の仕事は、銃の整備とかだったんだけど。魔法とかで銃とかをどう使ったりするのか、それとも使わないのか気になって」
ボルトの意見はもっともだった。
運び屋ジャンクの心臓部はダリアでも俺でもなく実はボルトだったりする。銃の整備から車の調整に至るまで機械系統はすべて任せっぱなしだ。
「三度、後部座席に乗ってくれ、ボルト」
「解ってる。運転だろ」
三度を後ろに座らせ、ボルトを助手席に座らせ、車はブロロロとエンジン音を鳴らしながら拠点を出発した。
「それで、ふぉごまでふぁなしたっけ」
もっしゃ、もっしゃとこの世界じゃ比較的手が出にくい、パンを食べながら三度にどこまで聞いたのか聞く。
「安全を運ぶってとこまでの筈」
俺はボルトにここから先の説明をするようにジェスチャーする。
「僕がするのか……、ああ、次の十字路右の方が早いよ」
ボルトはどうやったら伝わるだろうか考えるが、どうやってもめんどくさそうだと思った。
「今回の依頼内容は魔獣の討伐になっている。これは十年前から世界を悩ませている一つだ。魔獣については現場に着いてから説明しようか、まあこれが、僕らが運ぶ安全」
「殺しの依頼ってのは?」
「まあ、害をなしてきている相手とは言え命を奪っていることに変わりはないよね、だから僕らは魔獣も「その他」も合わせて「殺し」の依頼として扱っている。表向きは安全を運ぶって事になっているけどね」
ボルトが三度の事を見て、こんなことを聞いたのだ。
「三度ちゃん、魔法って何なの?」
「難しいことを聞くなあ」
ボルトが悩んだように、難しい顔をする三度。
俺に対しては割とわかりやすく説明していたように思うが、あの説明も思い返してみれば魔法を手に入れた後だった気がする。確かに直感的に判る状態でなきゃ説明は難しいように感じる。
(魔法で思い出したけど。俺、魔法使いとしての名前もらえるんじゃなかったっけ?)
対向車が来ているのが見え、避けるように道を通る。
話は魔法の話に移った。
「魔法って言うのは。誰にでも扱えるけど誰にも扱えないものなんだ。例えば稲村さん貴方、覚悟ってしたことある?」
「覚悟、したよ。ダリアと出会ったときにした」
「それが魔法なんだよ。覚悟を持ったまま生き続け、覚悟の内容と違えたら力や、覚悟の大きさや得た力に応じて失うものは大きくなる。そんな感じなのが魔法」
「ざっくりとだけどね」と付け加え、以前より少し赤みを帯びた本をギュッと抱く三度。
その答えを見てボルトは「僕には無理そうだ」と言った。
貫くモノを貫き通すってすごい難しいことだと思う、変わってもいいけど曲がってはいけない、自分だけど自分じゃない誰かに生殺与奪の権利を渡してもいいそう思える程の覚悟は昨日の自分に在ったのだろうか。
そう考えると少し後悔、楽しさがこみあげてくる。
「命や精神をすり減らす面白さ」「戦いを楽しむこと」恐らく俺の魔法の核となっている覚悟はこの二つのどちらかだと思っている。
それでも解らない。
「人の心は揺れるからなあ」
そんなことをつぶやくと車体がぐらりと勢いよく揺れた。
魔獣の地帯にはまだ遠いはずだとボルトの方を見るが、ボルトも同じ事を思ったらしく俺の方を見ていた。
こういう時、一番安全だけど。一番危ないのは車を停めることだと俺は何となく思っている。直感に従い、俺はアクセルを踏み込んだ。
「ボルト!」
「言われなくても!」
速度を増し、荒れる道を縦横に揺れる車内でボルトは銃を組み立て後部座席の背もたれに機関銃を掛け、迫りくるナニカに照準を合わせる。
「三度ちゃん。座席下にある耳栓かヘッドフォン着けててね」
三度が耳を防護したのを見て、銃を放つ。
雷よりも凄まじい音を間近で聞いた三度の体はビリビリと震えていた。
「どうだ!」
「解らない、けど。当たった手ごたえだけはある」
俺は胸のハンドガンに触れるが何も感じない、おそらくこの状況は危機的ではないのだろう。
俺には今二択があった。
1・このままアクセル全開で飛ばし、敵を巻く。
2・ボルトに運転を変わり、俺がここで敵と戦う。
(どっちだ!)
バックミラーを細かく確認しながら考える。
チッと思わず舌打ちをしてしまった頃、三度は窓を開けて手をかざしていた。
その手は昨日とは違い、かすかに、本当に微かにだが光って見えた。
しかし、思った手ごたえがなかったのか三度は身を車内に戻し、窓を閉めた。
「何をしようとしていたんだ?」
「カミサマの特権かな? でも、うまくいかなかったというよりは対象外って感じだ」
次の返答を待つ俺は少しだけその回答に期待を寄せていた。
「正体は解らなかったよ?」
馬鹿な答えに俺はハンドルを思わず手放しそうになった。
「なんでだよ! 何かわかったんじゃないのかよ!」
「感覚的問題だろう! 何となくこうそうじゃないって気がしたんだ!」
「勘じゃねぇか、あてにならねぇ神様だ」
正直半端者と人間の見分けは付かない、実弾打ち込んでも立ち上がってきたらあの世側の住人、立ち上がってこないならこちら側って程度の判断しかできない。
「いや、待てよ?」
昨日の出来事を思い返す。
車を使って追っかけてくる奴が多かったが、何人かは車と同速で走っていた筈だ。
「ボルト、後ろの敵、距離は!」
「変わっていないよ! 変わっていないっておかしくないか?」
俺はニィと笑った。
「ボルト、運転変われ!」
「OK、死ぬなよ」
運転席の扉を開けて、運転シートの下からバッグを取り出し背負った。
「三度、ボルト、行ってくる」
(さすがに怖いな)
俺そんな風に軽く思いながらリュックを背負い俺は時速百キロを超える車から飛び降りた。
過ぎていく視界に泣きそうな三度の表情が見えた。
俺は前を向いてリュックの起動用の紐を引っ張った。
少しの衝撃と同時に小型のパラシュートと鉄でできた支えが足を支えるようにリュックから現れ、衝撃から体を守る。それでも体はバラバラになってしまうんじゃないかってくらいの衝撃が体を走った。
その一瞬。
衝撃を受けているその最中に俺は胸から銃を取り出し、来る敵に向かい魔法を放った。
流石にこのレベルの衝撃ともなれば命の危険に分類されるらしい。
当たっているかどうかは大事じゃない、自分にこの状況は命がかかっていると思わせる事の方がよほど大事なんだ。
敵は俺の前に来るとピタリと止まり、腕をだらんと伸ばし、戦う気なんか微塵も無いような空気を出している。
腰のホルスターから実弾の入った銃を取り出し、試しに撃ってみるが思った通り撃ちぬけない。
魔法が込められた銃を引き抜こうとした瞬間。
敵は獣の様に俺の腕を掴み、へし折ろうと関節とは逆に曲げようとして来た。
俺はその力に逆らうことなく体に流し、宙を一周し、敵に一連の動作で得た勢いを同じようにしかし、違う形で力をぶつける。
腕を掴み胸元に引き寄せ、両脚で相手の上半身を押さえつけるだけでなく、そのまま関節を壊すつもりで力を加える。
音も無いが確かに腕の関節を外した感触がある。
ダメ押しとばかりに、至近距離から魔法を打ち込む。
確実に当たった手ごたえはあった。
間違いなく届いた確信もある。
それでも積み上げてきた数年と潜った修羅場の数がまだ終わっていないと叫ぶ。
半端者とは違う、人間とも相いれない。
「これが罪人か……」
今度は距離を取り、魔法の銃口を向け構えを取る。
(能力があるとして、その力が罪状と一致するなら、こいつの趣味嗜好からある程度能力を絞ることが出来るが……)
もし、高速移動が能力だとしたら俺の見立てではさらに二、三段は速度を増すと想像しているが、その場合は恐らく何もできずに死ぬ。
冷や汗が垂れるが、罪人の次の行動は突進でも加速でもない。
「なあっ! あっつ!」
火を手から出したのだ。
「マジの魔法じゃん……」
それもただの火種などではなく、火炎放射器のような強く燃える炎。
よく見て見れば罪人の体自体が燃えている。
距離を離そうにも百キロ越えの車に追いつてくるんだ。離したところでさして意味はないと考えてもいいが、なら、どうして炎と一緒に突進してこないのか。
「考えるより、とりあえず動かねぇと何も始まんねぇや!」
ある程度の狙いをつけ、幾つか魔法を撃つ、威力はそこまで出なかった。
昨日のような敵を消すまで途切れないなんて力は無い。
やっぱりあの力は自分が大けが負うリスクに対する力だからあの威力なのか。
「なら、方法はあるか」
敵の身長は俺より少し小さく、少し太めと言った所か髪はスキンヘッドでよくわからない刺青をしている。
敵の分析をしながら俺は腰にいつもぶら下げている小型のフックショットを取り出し、適当な岩に撃ちこむ。
これだけ攻撃する隙がありながら一度も攻撃出る気配がないのは舐めているのか、それとも魔法のみに反応するのか。
「どっちにせよだな」
敵の周りをぐるぐると回り、電柱とか、街路灯の残骸なんかにロープを固定していき、楕円のリングを作り、その上に飛び乗る。
「まあそこそこ頑丈にできたか」
俺は器用にロープからロープに飛び乗り、勢いを付けてピンボールの様に跳ねていく、その中で罪人の後ろに回った時、斜め前の電柱めがけ魔法の弾を撃つ。
その時、想像通りのタイミングで罪人は火を放ってきた。
俺はロープからロープに飛び、避ける。
飛び跳ねる俺を追いかける敵の後頭部を先ほど俺が撃った魔法が命中する。
「やっぱやろうと思えば跳ね返るよな!」
じゃなきゃわざわざ弾丸の魔法使いとはつかない筈だ。
撃てる限りの魔法を撃ち、すべてを跳弾を計算し当てていく、しかし妙だった。
昨日の半端者の集団、確かに強かった。数も多いが一体一体が強かったように思う、半端者がいまだに人としての形を残すから強いのだとしたら、罪人は何が強いのだろうか。
そんなことを考えながら敵に当たるたびに煌く弾丸を見ながらロープから降りた。
もうこれ以上は撃ちたくは無いなと思いながらも銃口を外すことは出来なかった。
策を練れば罪人でも討伐は可能だと考え、車を待とうかと岩に腰掛けた時ちょうど車がやってきた。
「おー三度、ボルト終わったよー!」
呑気な声を出す俺とは反対に焦っている二人、何なのかと思い車に駆け寄ると後部座席に引きずり込まれた。
「ナット一時引くよ!」
「あんでだよ! 倒したってのにさ」
三度は申し訳なさそうに俺をつついてくる。
「あのな、本当に言い忘れていたんだが……」
「言い忘れていたんだが?」
俺はオウムの様に同じ言葉を繰り返す。
三度は、罪人をチラチラ見ながらこう告げた。
「今の仲瀬じゃ罪人はどう頑張っても倒せない」
「倒せないってどういうことだよ!」
「罪人と言うのは本来人型じゃないんだよ!」
言い合う俺と三度。
「罪人と言うのは人の道から外れたから罪人になるんだ。決断が出来ない半端者とは違い常人には出来ないような決断をするから罪人は人の形ではない、魔法の力が人ではなく自然や造物に寄るのはそれが理由だろう」
「何が言いたい!」
「アイツはまだ変身を一回は残しているってことだ!」
先ほどまで俺が戦っていた場所で鳴き声が聞こえた気がした。
「なあ三度、因みに罪人の名前ってわかるのか?」
「解らないが、アイツhあの世でこう呼ばれていたぞ」
大きな翼にそれなりの体で火を放つ。
「ワイバーンと」