面倒な日常の幕開け1
右、左、前、見渡す限り敵の山が広がる。
腰に潜ませたハンドガンから俺は妙な力を感じていた。
その感覚を信じ、素早く銃を引き抜き半端者の頭を撃ちぬいたつもりだったが。
「あらぁ?」
弾は貫くことなく半端者の額で止められてしまった。
(やっぱり人とは違うみたいだな)
心の底から震えた。震える恐怖を取り払うように両の手に握られた銃がより強く力を増した気がした。
「なら、これはどうだ」
二丁の銃から弾丸が重なる様に時間差で引き金を引く、一発目の弾が当たりめり込むがやはり貫通はしない、そこに追い打ちをかけるかのように時間差で放たれたもう一発の弾丸がめり込む弾を押し込む様に当たる。
(嘘だろ?)
銃弾は確かに頭蓋を割り、脳に届いているはずだ。
人とは違うどころか既存の生命体から逸脱しているその力に足が一歩後ろに下がりそうになる。
「あいつらには魔術や魔法と言った人の想いを種にした力しか効くことは無い、幾らか例外は存在する事にはするが、普通の弾じゃめり込むことも無いだろうよ」
三度は俺の陰に隠れながらそう言った。
「そうだろうよ! 俺が今体感していることだからな! だが、俺は魔法使いになったんじゃないのか?」
「なっている。なっているが魔法使いは往々にして自由からかけ離れているモノよ、魔術は魔を扱う術、魔法は魔を扱う法だ。術は使い方を考えることは出来るが、法は法だ順守するものであり、そこには術以上のルールがある。仲瀬、お前の魔法も何かしらのルールがあるだろう」
迫りくる半端者をあてにならない銃をしまい、来る敵を次の敵に投げつけたり、一人を引き飛ばして複数の敵の足止めを測ったりと言った格闘戦主体に切り替えながら、三度と話していた。
「フッ、ルールって言ったってなあ、託す者と決めたのは魔法使用の際の代償位で、使用方法なんか聞いてねぇよ」
「条件は何にしたんだ? 恐らくそれが関わっているのだろう」
俺は少し考えた。熱くなったこの頭では条件を言ってしまいそうになったからだ。
イレギュラーもイレギュラー。
異常も異常すぎる俺ではその条件でなければ魔法の使用は出来ないと踏んだからこその条件だ。
「言えんが、まあ、ろくでもない条件だとでも考えておいてくれ」
「何を契約してきたか不安なところだが、まあいい、その条件で差し出す者を力に変えたりするのが魔法だ。仲瀬、君の場合は元となった力の性質上「弾丸」と言う形を与えられている……」
「だから銃を撃ったんだろ!」
弾丸の魔法使いと呼ばれて戻ってくることが出来たから、俺は「弾丸」を扱う魔法使いだと思っていた。弾薬に魔法を込めて放つそんな魔法だと思ったから銃を撃ったんだ。
そうこう考えているうちに右前の敵を殴り飛ばした俺に意図しない方向から敵が飛び掛かってきた。
(後ろに飛んで、嫌、ダメだ。三度に敵の攻撃が当たってしまう。となると回避は無理だと割り切ろう、殴るか? それも難しいだろう。今敵が来ているのは完全に俺の斜め後ろのはずだ。ここで殴るや蹴る判断をしてしまうと伸びきった体をどう動かしても、遅れてくる前の敵からの攻撃をもろに受けてしまう)
判断の末、俺が下した決断は最も愚行だった。
胸元のホルスターではなく
カチッ。
弾を撃ち切った空のハンドガンだった。
持った瞬間に解っていた。一発当たり二十グラムを超える弾が何発も入っているのだ。それがこんなに軽いわけがない。
しかし、俺の口の端は笑っていた。
魔法使いになれているかどうかよりも、この危機的状況をこの空の銃で本当に切り抜けることが出来るのかどうか。
そこに興味が向いていた。
意を決して引いた引き金、もちろん手ごたえなんかあるわけがない。
あるわけないのだが、手のひらから手首、肘、肩と順に衝撃が伝わってきた。
「撃てたッ!そして撃ちぬき生きている! そうか読めて来たぜ、魔法の発動条件が!」
すぐに銃を胸の二丁の銃に持ち替え、同じようにマガジンを空にし、空にしたマガジンを銃に戻す。
「なんか、やれるって感じがするな」
前から遅れてやってきた敵たちを次々と撃ちぬいていく、実弾よりも確かな実感と共に宙に回転跡のような軌跡が見える。その視界の中に興味をそそられる者が一つ転がっていた。
(試してみるか……)
乗り捨てた車の残骸から、オートピストルを拾いマガジンを空にし、引き金を引くが、何も出ることは無かった。
すぐさま銃を持ち換え、ハンドガンで応戦する。
すると、一つ異変に気が付いた。
(あの後ろの半端者、俺、倒した記憶がないぞ)
撃った魔法の共通点を探しながら、三度の元に戻り、笑顔で三度にこう言った。
「ちょっと俺を信じてくれないか?」
「ま、まてどうするつもりだ!」
慌てる三度を抱え、敵に囲まれるように突き当りと曲り道の真ん中に置き、それに半端者が飛び掛かるタイミングで俺は割って間に入り込む。
ひやりと汗が額を流れる事を感じながら俺は銃を乱れ撃つ。
そうして放つ弾丸はすべてが敵を貫き、特に最初に放った二発は敵の中を抜けるごとに瞬き、輝き、再び速度を増して敵に向かっていく。
「危機的状況であればあるほど弾の性能が変わっていく、か、随分と面白い魔法じゃないか、一体どんな代償を支払っているんだい?」
「言えるようなもんは払っちゃいないさ」
胸ポケットから煙草を取り出そうとポケットの中を探すが見つからない、車の中に煙草は置かないというより置いていると怒られるから置くことは無い。
戦っている最中に落としたかと思い、周りを見渡してみるがそれらしいケースはない。
「なあ、三度さんよ。これくらいの煙草ケース見なかったか?」
「これはお前やめときなさい、仲瀬、君の体を壊してしまうだろう」
俺は指でサイズを宙に描きながら三度に話しかけるとそこには煙草ケースを燃やしている三度の姿があった。
「あーっ、最後の一箱だったってのに……」
「口寂しいならこれでも咥えていればいいだろう」
残念そうに半端者どもの亡骸の上に転がる俺の口に、無理やり何かが押し込まれた。
「むぐっ、フゥ。ロリポップねぇ」
甘いイチゴ味のロリポップだった。
「どうだ? いいだろう?」
「ま、悪くはねぇなあ、でもなんでイチゴ味なんだ?」
「それはだな……」
「それは?」
意味ありげに少し溜める三度、俺は起き上がらずにその顔を眺めていた。
「……イチゴ味嫌いなんだ。甘ったるくってさ」
子供みたいな答えに呆れてしまった。
「なんだそりゃ、まあいいよ。俺は好きだからイチゴ味」
「酸っぱさも無いイチゴに何の価値がある?甘みと酸味を楽しんでこそだろう?」
「甘いだけってのも悪くは無いもんだ」
「なんだそりゃ」
そんな他愛もない会話をしながら頼まれた荷物を依頼人の元に届けに向かう。
「あらあら、今日は随分とかわいいお嬢さんを連れているのね?」
「ああ、そこの道で拾ってな、乗り掛かった舟と言うか乗せられた船と言うかまあそんな風でな、ホイ、婆さん頼まれたもんだ。結構貴重だかんな無駄遣いすんなよ」
依頼人に別れの挨拶をし、帰り道に顔を向けた時俺の顔はまるで氷の様だったと思う。
帰りは歩きとなると少々時間がかかりすぎるので、街に幾つか隠してある車を乗ることにした。
「少し埃っぽいかもしれないが……」
「この程度は埃っぽいとは私は思わないよ」
三度、神様も案外ずぼらだったりするのかもしれない等、意外な一面を見ることも出来たが、話すことも無くなる。
何ていうことは無かった。
「なあ、仲瀬」
「なんだ?」
俺は壊れた信号機前を徐行しながら答えた。
「この世界は今一体どうなっている」
「カミサマなら解っているもんだと思ったんだがなあ、説明はどれくらい必要だ?」
「結構がっつり目に頼みたい、カミサマと言うのは全能でも全知でもないからね」
何所から話そうか、そんなことを考えながら車の速度を少し速度を上げた。
「具体的な時間なんか、数えてる奴の方が少ないからこうだとは解らないが、八年だが九年もしかしたらもっと時間かかってるかもしれない、それぐらい前に世界各地で文明が滅んだ。法を司る裁判所然り、議会然り、警察署然り、すべてが滅んでいった。勿論軍も謎の樹々によって破壊されつくした。世界で一番被害が大きく一番初めに復興が始まったのは確か日本の筈だ。今は東極だっけな、が、まあいろいろ整えに出たわけだ」
ここまで世界が崩れても十字路で速度を落とし、左右を確認する。
法も何も無いのにだ。
同じことを考えていたのか三度からも同じことを聞かれた。
「法も社会も崩れたというのに、どうして人は道を渡るときは止まり、左右を確認するのだろうな?」
「……フフッ」
「なんだ? 君、どこかおかしなところがあったか?」
「いや、別に、神様でも疑問は同じなんだなあって思っただけだ」
「だから、わかりやすく言えば神様なのであって、実際のところは違うんだって言っているだろう」
疑問の答えを催促するように背もたれに強くのしかかる三度。
俺はそれを見て、ペットを横に座らせる飼い主の気持ちになりながら答えた。
「人の道に留まるからだと俺は考えている」
「正義が人の心にあるからじゃないのか?」
ある種当然と言えば当然の疑問を投げてくる三度。
俺はロリポップを甘噛みしながら答えた。
「正義なんておひとり様専用コースは人の道に数えらんねぇよ、正しさと悪の二面性を持つから立ち止まる「迷い」が生まれるんだ。迷う事の無い外道と正義の二つは迷うことなく我の道を行くから止まることは無い、
「人と言うのはいつの世も難しいのだな」
「難しすぎる。人と言う生物が生きるには」
いつの間にか砕けたロリポップは下の上でいつの間にか溶けてしまった。
「となると人の心次第だが、君のいうところの外道はどうするんだ?正しさや悪じゃ太刀打ちできなそうだが」
「その辺は、まあそういうのを専門にしている組織があるって事だけ憶えてくれればいいよ、自らの犠牲を問わず戦う狂人がいるって事をね」
気が付けばアジトに着いていた。
人の道や世界情勢なんかだけじゃなく普通の会話と言うのを久しく楽しんだような気がする。
「おかえり、行きに使った車とは違うようだけど? どうしたのかしら?」
「三度、このアジトで敵に回したら大変な目に会うのが二人程いる。こいつはダリア・ダスト俺にいっつも無茶な依頼を押し付けてくる女だ。気を付けろぉ」
三度の背に回り耳打ちする俺にダリアは呆れていた。
「いいから、車はどうしたのか聞いているの?」
訂正、どうやら怒っていたらしい。
今まさに俺の胸ポケットから空の拳銃が引き抜かれ、俺の額に突き刺さろうと迫り来ているのである。
「なあ、ナット。これ以上車は壊すなと伝えたよなあ?」
「おい、おい、クールになれよダリア。白い服着た幼子が助けてくれーって泣きついたらそりゃあ俺としちゃあ助けるしかねぇよなあ。どんな手段を使ってでも」
「口が笑っているぞ?」
「こりぁ女の子を護れて安全な場所に避難させることに対する喜びさ」
手の甲でコツンと頭を叩かれた。
「ナットの軽口に付き合っていたら夜が明けるわ、君が、カミサマかしら?」
「カミサマじゃなくて、三度境だ」
「フッ」
ギロリ。
正にそんな音が聞こえそうな程に三度の目が笑っていなかった。
「日本名か、日本に縁がある人がいるのか? おい、ナット」
「あー、聞いてねぇやー」
ポケ―と取り繕う発言でもなくまんま真実を伝えてしまった。
身の危険を感じるより早く拳銃が投げつけられてきた。
「どうしてそういう事を聞かなかった!」
「だって神様だって言うから」
「だからいつまでたっても馬鹿と呼ばれるんだ。三度ちゃんホラ、入って」
ダリアと俺で悟られないように後ろを塞ぎながら三度を室内に入れる。
正直三度の妖しさは満点だ。どっかのスパイかなんかだと疑い、ここまで真っ当な連絡手段の類を潰してきたつもりだ。
通信機は車ごと。
他の携帯類は爆弾に紛れ込ませて捨てた。
本が通信機なら結構危ないが、いくつかの現象を見ているに俺はこいつの事を本当にカミサマなんじゃないかって思い始めていた。
「やあおかえりナット」
「おう、ボルト」
ハイタッチを交わし、俺は席に着く。
「君が、三度ちゃんか、僕の名前は稲村晶。この辺だとボルトって名前で通っているからそう呼んで欲しい」
「うん、よろしくボルトさん」
ボルトが何の警戒もせずに握手する。
「で、ナットこの子どうするんだ?」
「うちで預かろうと思っている。俺がもらった力が気になるって言うのもそうだけど。まあ、その辺どうよボルト」
ボルトに聞いてみた。
出来る限りこの子を外に出すかどうかの形で。
「まあ女の子一人でしておきたくないしねえ、ダリアはどうだい?」
「賛成、で、三度ちゃん。貴方を家で預かりたいんだけどどうかしら?」
三度は答えを決める前に一つお願いをしてきた。
「一つお願いがあります。正式に貴方がたに依頼したいことがあります。組織の名前はまだわかりませんがお願いがあります」
ボルトの手を放し、膝に手を置き、少しそれた視線でダリアを見る三度。
「詳しくは言えませんが、私は今追われています。その追手を捕える手伝いをしてほしいのです」
「ナットこの件は?」
「聞いてるし、受けちまった。俺は前報酬がこの魔法って力だと考えている」
ダリアは頭をやれやれという風に振り、ボルトに目配せした。
ボルトは頷き、ダリアに視線を返す。
「その依頼正式に運び屋「ジャンク」が請け負います。仕事内容は追手の捕縛、前報酬は魔法と貴方の身柄、後報酬はまあ何か適当に考えておきなさい」
話が途切れそうになったところで俺は一つ提案をした。
「なあ、住むんならこいつに仕事手伝わせようぜ? 生きていくにも食うにも金はかかるしさ、どうよ、三度?」
「働けるなら働きたい、私の目標の為にも」
「なら成立だ、いいよな? ダリア」
ダリアは答えを書類のサインで求めてきた。
三度はそれを受け取り、仮従業員として運び屋ジャンクに登録された。
「なら、最初の仕事にちょうどいいのがあるわよ、ナット着いて行ってあげなさい」
俺は面倒臭そうに依頼書を受け取るとその内容に今すぐ眠りたくなってしまった。
来たのは「殺しの依頼」だった。