3
まだしばらく暗いです…
「これより測定を始める」
相も変わらず淡々とした声をガラス越しに聞きながら意識を手に集中させる。
目の前に立ちはだかった、大きな鉄の塊。
それに手を向けてじっと力を入れると、じわじわと”溶ける”のを感じる。
その瞬間、液状にどろんと床に落ちた。
「固めろ。」
その声を合図に2,3秒で鉄の塊だったものは、床で再度鉄として固まった。
「ふぅ…」
聞こえないように小さく息をつく。
横目でガラス張りになっている方を見ると白衣を着た人間たちが何かを話している。
今日は長引きそうだな。
測定部屋と呼ばれるその場所は3面が鏡、1面は隣の部屋から見るためにガラス張りとなっている。
鏡に映る自身の姿はなんともみすぼらしかった。
支給された白い服の上下
肩程の長さだが手入れのされていない色素の薄い茶系の髪
唯一誇れる翠玉の瞳
平均がどのくらいなのか分からないがモモよりは高い身長
体つきは…あまり健康そうに見えない
この見た目はガラスの向こうにいる人間となんら変わりないように見えるのだが、彼らは私たちの事をバケモノと呼ぶ。
私たちは、人間ではないのか。
私たちは、何なのか。
同じ、ではないのか。
「34番、それを元に戻せるか。」
「…やってみます。」
元に戻せという命令はなんどもあった。
それでも一度も成功したことはない。
ぐっと力を手に込める。
元に、戻す…
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ
埋め込まれた時計の音が響き渡る。
「もういい。」
今日もなにも変わらなかった。
あれから何度か新しい鉄の塊を溶かしては固めた。
もっと早くできないかの追及にシフトしたらしい。
多くの罵声を受けながら、何度も何度も何度も何度も何度も何度も、何度も。
時間になったのか、終了の声と共にガラス張りとは反対の壁にある扉が開いた。
これ以上の罵声を受けないためにも重い体に鞭を打ちながら部屋から出る。
測定部屋は一つではなく、同じように廊下にノロノロと同じ教室で授業を受けている生徒が歩いていた。
必要以上に声を発してはいけないというルールがなくても、この場において声を上げる力が残っているものはいないだろう。
広い廊下の左端を列をなして生徒が進む。
反対側からは白衣を着た人間が汚いものを見るような目でそれを見ながら足早に過ぎ去っていく。
これがいつもの光景だ。
自室が遠い。
「34番。」
条件反射なのか、ピタ、と体が動きを止める。
「こちらに来なさい。」
他の人間と比べ若い男は私に向かってそう言うと、私の返事を待つことなくさっと翻して私たちの寮とは反対の方向に進んだ。
”帰り道”で声を掛けられることは初めてだった。
遅れをとりお仕置きをされても嫌なので、必死にその背中を追いかける。
測定部屋があるところから少し歩き、普段近づくことを許されない”職員室”の付近で少し待ちなさいと言われた。
”職員室”は普段私たちに授業をしたり指導をしたりする先生がいる場所で、お仕置きをされるときは職員室を通ってどこか分からない場所に連れていかれる。
何年も前に教育と称して一度だけその場所に連れていかれたことがあった。
もう、思い出したくもない。
数分経って、先ほどの男が戻ってきた。
白衣を脱いで、他の先生と同じ様な無機質なスーツ姿の男は首に掛けたネームプレートを軽くつまんで、職員室の手前にある部屋の電子キーを開けた。
「こちらに。」
机といすが2脚あるだけの部屋。
「そこに座りなさい。」
言われるがままに指示された奥の椅子に腰かける。
何かしただろうか。
いや、私は”何もしていない”。
成績も1位をキープし続けている。
測定こそ望まれたことがなかなか出来ていないが、そのことだろうか。
この部屋に入ることは初めてだが、ここもお仕置き部屋なのだろうか。
向かいの椅子に掛け、懐から煙草を取り出し火をつける男から目を離せない。
怖い。
私は、いったい、ここで、なにを。
男の口からふぅーと白い煙が吐き出され、メンソール系の香りが鼻をつく。
真っ黒の瞳が私を捉えた。
「34番、君に聞きたいことがある。正直に答えなさい。」