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少し暴力的な描写がありますので、ご注意ください。
学校には七不思議というものが存在するらしいが、
とある学校にもそれは存在した。
―この学校には0階がある。
そして、0階には人間でないものが授業を受けているらしい。―
クラスの女子がそう話しているのを聞き流す。
怖いもの見たさなのか学校探検をしようなどと話しているあたりが厄介だ。
そもそもこの学校に地下なんて存在していない、ただの4階建ての校舎だ。
「人間ではないもの、ねぇ…」
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「―――であるから―――となり、―――――――――――――」
何の感情もなく淡々と読み上げられるそれを必死に”ノート”と呼ばれるものに書き殴っていく。
聞き逃そうが、手が痛くなろうが、それは止まらない。
ただひたすらに読み上げられるそれを聞き、書く作業は何時間にも及ぶ。
途中読み上げる"人間"が変わるが、その数分が唯一の休憩時間である。
それでも誰も文句をいう者はいない。
それが普通で、万が一にも後れを取ろうものなら、お仕置きが待っているからだ。
「―――――――以上。」
今日が、終わった。
その場所で先生と呼ばれている男は分厚い眼鏡をくっと中指で押し上げると、隠すこともなく舌打ちをした。
「バケモノどもが。」
低くそう放たれた言葉に教卓近くに座っていた生徒が肩を揺らす。
教員たちの些細な苛立ちのせいで度々お仕置きをされたことがあるからだ。
コツコツと教員の足音を耳で聞きながら、先ほどまで必死に動かしていた手を眺めた。
血が滲み、骨ばった手だった。
いつからそうだったかは分からない。
思い出そうとも思わない。
これから先もどうせ変わらないのだから。
ピシャリと扉が閉まる音を聞いて漸く息を吐く。
ほんの少しだけ教室の緊張が和らいだのが分かる。
それを肌で感じながら、机上に散らばった今日の成果をまとめる。
しっかり目を通して今度のテストに挑まなければならない。
教科書と呼ばれるものは年に一度新しいものを渡され、その日に読み、その日に返却しなければならなかったから持っていない。
「ねぇ…」
背後から小さな声が聞こえた。
自分の肩が大きく揺れたことが分かる。
振り返れない。
「さっきの、途中を聞き逃しちゃって…」
手が震え、背中を嫌な汗が伝っていくのが分かる。
「もう、失敗はできないの…お願い…」
震えた声に、彼女について思い出した。
一度彼女がお仕置きをされているところを見たことがある。
確か次は――――――、そうだ。次は、ないんだ。
「なんでもするから、おねがいっ…」
だめだ、振り返ってはだめだ。
ここでは許可なく教えることはタブーとなっている。
先生から指示されて初めて教えることが許されるのだ。
許可なく教えれば、私にもお仕置きが――
「56番!!!!!!!なにをしている!!!!」
突然扉が開き、体格の良い私たちが一番恐れている男の先生が入ってきた。
そしてまっすぐに私の後ろにいる彼女の前にドスドスと音を立てて迫ってきた。
「あ、いえ、そ、その、もももも、もうしわけ、っっっ!!」
彼女の震え、慌てふためく声が不自然に止まる。
教室で誰かが息をのむ音がした。
私がだした音かもしれない。
「34番、何をしていたか答えろ。この場においての発言を許可する。こちらを向け。」
なるべく目を合わせないよううつむき加減で、ゆっくりと後ろを向く。
狭い視界で、彼女の足が浮いている。
「顔を上げろ。」
逃げ出したい気持ちをぐっと抑え、顔をあげた。
見たくなかった。
片手で首を絞め持ち上げられている彼女は今にもこと切れそうで、顔を真っ赤にしながらもがいている。
そんな目で私を見ないで。おねがい。私を見ないで。
「何をしていた。」
目をそらすことは許されていない。
心臓がうるさい。
「っな、何も、しておりません。」
「ほう。”何も”と?」
目を細め私の言葉を繰り返す先生を見たこともないが鬼だと思った。
「はい。先生。」
「そうか、では聞き方を変えよう。こいつはお前に何をお願いしていた?」
鬼だ。
今この状況ですら楽しいと言わんばかりのその顔は今日の夢にでてくるだろう。
「…教えてほしいと。」
「何を」
「…さ、先ほどの授業で聞き逃したところを、教えてほしいと。」
「ほう?」
ミシと何かがきしむ音がする。
彼女の顔が見れない。
「お前はどうした。」
「先生の許可がなければ、教えることはできないので無視をしていました。」
泣きそうだ。
「そうか。ではお前は”なにもしていない”な。」
ドスっと彼女の体が床に落ちる。
漸く空気を体内に入れようとするその体は震え、怯え、そして私に対する憎悪が滲んでいた。
「56番、お仕置きだ。」
髪の毛を無造作につかみ、引き摺っていく。
嫌、嫌だ、ごめんなさい、やめて
叫ぶ彼女の声が静かな教室にこだまする。
誰も動けない。
「片付けておくように。」
先生のその言葉を最後に扉は閉まった。
扉越しに彼女の叫び声と教員のドスドスと大きな足音が聞こえ、やがて遠くなった。
教室ではだれも声を発することなく、彼女の席に残された吐瀉物や血、抜け落ちた髪の毛をそれぞれが処理した。
最後は一人の”能力”によってすべてを浄化された。
すべてが終わると漸く皆の顔を見た。
青ざめている者や、いつものことだと割り切っている者など様々だが、だれも彼女の事を思った涙を浮かべていなかった。
自分じゃなくてよかった。
その気持ちだけは皆一緒だった。