―忘却の旅一章。 “遠い昔から言い伝われる古くて古い猫物語” 2
今日もよろしくお願いいたします!
/2/
何も見えない暗黒。暗闇が薄く広がっている路地裏を…私は歩いていた。
ふらふら、ふらふら。あてもなく歩いていた。
目の前が揺られる。
ゴミ。ゴミ。ゴミ。ゴミに一杯のところ。本当に臭うところだ。
鼻衝く臭いにふと気づく。
-あれ......? 何で私、こんな汚いところを歩き始めたんだっけ。
入った記憶すらない。気づいてみたら歩いていて、周りを見渡したらここだった。
そんなことすら憶えてないのか。情けないな、私。
悪臭のせいか、未だ朦朧とする。
食べ残しのゴミ。お菓子の袋。カップ麺の容器。タレ付けの割れた皿。
ゴミゴミゴミ。
どこに行っても、どこを歩いても、周りはゴミだらけ。
最近は新しいゴミまで入った。
指、目玉、髪、足、腹、内臓。真っ赤でどろどろな液体。
いつも思うことだが、本当に汚いな、ここは。
「まさにその通り」
朦朧とした意識に、雷のように重く沈む声が鳴る。
全身を真っ黒に染めた男が、私の首を絞めていた。
だが、不思議にもそんなに息が苦しくはない。
「だれ...?」
「下らない掃除屋」
雷鳴のごとき声に身体が震えた。
「展性的に汚いのは我慢がきかないものでな」
あ、奇遇だ。
「お前もそうだろう?」
そう。汚いのは我慢られない。
「汚いところは片付ける。当たり前の手順だ。が、人間は捨てることと片付けることの区別ができない生き物だ。勝手に散らかしては後片付けは念頭にも置かぬ」
声が、言の葉が、全身を庇い、奥側に入り込む。とても気持ち悪い感覚だ。
「見ろ。この臼汚い裏道の有り様を。これが彼らの本性だ」
その気持ち悪い感覚は心の深いところに眠っている記憶を引き出した。
いやな予感が脳裏を掠める。
「さぁ、この有り様を見て、お前はどうしたいと思う?」
ああ、傷が痛い。
ゴミ、ゴミ、ゴミ、またしてもゴミ。
......あれがゴミ? あれは、人...?
「ゴミだ」
そっか、ゴミか。
こんなところに捨てておいて。 馬鹿な種族ね。
どうやら人は片付けの仕方が下手なようだ。
私は汚いのは我慢できない性格だ。
「ならショウガナイね。片付けがどういうことなのか、手本をみせてあげなきゃ」
さぁ、綺麗にしよう。
翌日、花雪市朝のニュースは変死体の報道で大騒ぎだった。
/3/
今日分のノルマを済ませた頃、外は午後の清明さを失い、燃えそうな紅が空の青と混ざり合っては雲もその色に染まり始めていた。
その下のビルの森が次々と紅の光に染められて行く。
事務室のベランダからの風景はいつ見ても情景だ。
まるで四季一幅の絵。ここからの風景は心に染みるものがあって事務室でもっとも好きな場所だった。
茜のアイスのおかげか、今日は予想より早く上がれた。
このペースだと、僕の計算によれば納期までには無理なく終わらせるのだが…。
このまま明日分の仕事に移すのも悪くはない。
でもさすがに…
「休みたいなぁ~」
数日間続く徹夜で身体も魂もくたくた。もう限界だ。
ここは一旦休息にしたほうが効率の面からしてみてもましだ。
今日は歩いても明日は走って行く、だ。
「あ、そうだ。茜に一緒に食事しようって言っておかないと」
食事は基本一緒に食べたが、最近は忙しくてタイミングが合わなくなり、一緒に食べたのももう二週間前だ。
今日は時間ができたし、久しぶりに一緒に食べようって言ってみよう。
スマホでメッセージを送って事務室を後にする。
彼女の性格上食事はまだのはずだ。
夏の生温い風は相変わらずだったが、昼のような熱気は大分和らいだ。
駅が近くなるに連れて素通りする人も多くなった。
働いてると時間感覚が薄くなる。何曜日なのかもカレンダーを見てやっと解るくらいだ。
そう思うと少し憂鬱になるが、久々の買い物のおかげですぐ心が躍る。
料理趣味の人に買い物はそういうものだ。
今日は何にしようかな。
今日まで不幸にも食事らしいものを食べられなかったから、できればちゃんとしたものが食べたい。
作るものはまだ決まってないが、行く先は決まっている。
‘会社’から15分くらいの距離に‘菜花市場’がある。
野菜や水揚げされた海産、豚や牛、多彩な旬の食材が揃っているいわば食材の宝庫と言える。
料理が日常の僕にとってここの店は宝箱みたいなものだ。
昔から共に生きた同居人が相当の面倒くさがりで自炊経歴は10年余り。
自ずとお得意の店もできた。市場も久しぶりだ。通えなかった間に何が入荷されたのか気になる。
散歩がてら市場まで歩くと、久々の外の空気に何もかも新しく見えて新鮮だ。
まだ冷めてない昼の熱気を感じる。
燃えそうな夕日を眺めていると、夏の一時も悪いことばかりでもないと思い始める。
夕日暮れる時間、部活後帰る学生たちが視界の隅に入った。制服からして近くの高校のはずだ。
高校生なら、僕と似たような歳か。
僕も平凡に生きたならあんな風に学校に通い、友達と部活とかに行って、そんな風に生きれたかもしれない。
魔術がどうとか、‘会社’がどうとか、書類がどうとかで頭を痛めることもなかったはずだ。
「なんだか鬱するな」
夕日に包まれたせいか、この街(花雪市)はどこか穏やかで和みがある。
その雰囲気に酔ったのか、やけに無意味な仮定ばかり繰り返す。
既に起きたことであり、過ぎたことだ。失われた時間は何をどうしても戻れない。
僕はその事実をこの世の誰よりもよく理解している。
「ああ、もう!」
事務作業は全部僕が担当してるから、余計なことばかり考えてしまうのだ。
馬鹿な仮定はここまでにしよう。
僕が下らない感想に深けてるうちに、足は既に市場に着いていた。
ありがとうございました! まだまだ続きますので楽しみにしてください! ^^