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目の前にいる何か不思議な存在

作者: 有坂総一郎

 ある日突然そいつは現れた。


 まぁ、よくあるRPGのモンスターの出現みたいなそれではないけれども、気付くとそこに何故かいた。


 そいつの主張を思い出した順に並べてみようか。


「私は貴方の嫁よ」


 こんな感じのことを言っていた。何を言ってるのかと首を傾げた。


「こんなかわいい嫁が出来たことに感謝すると良いわ」


――いや、だからそんなこと今は聞いていない。そもそも、どうやってここに入って来た?


「そんなこと些末なことよ」


 十分大事だと思う。最低でも不法侵入は成立していると思うぞ。


――あと、そこの羊羹食うな。その羊羹、俺の好物なんだからな。毎月実家から送ってもらっているのに。


「それだけ食べているならいいでしょ、やはりこれ美味しいわね、まだあるけれど貴方も食べる?」


 そう言いながら結局コイツは自分で食いやがった。


「今日から一緒に生活するから買い物行かないと……ついて来なさい。なにしているの? ヨーカン食べられたのショックだったのかしら? ヨーカンの代わりに私の手料理食べさせてあげるから感謝しなさい」


 確かにショックだったよ。羊羹、丸ごと一本食べられるとか尋常ではない驚きだよ。自分で切り分けて全部食いやがったんだから。それにこの手の話題で手料理といえば地雷ワードだろう? まだ俺は死にたくない。


 と言うか、今コイツ、一緒に生活するとか宣いやがった気がする。


「早くしてよ、鍵を閉められないじゃない」


――なんで鍵を持っている? この部屋の鍵はスペアを含めて二本しかない。その両方とも俺が持っているのに……。


「そんなだからモテないのよ!」


――それは関係ない。というか、それだけでモテないというのはあまりいも酷いんじゃないか?


「だから、早くして! タイムセールが始まってしまうわ」


 などと訳の分からない状態で彼女との生活はスタートした。いや、させるつもりは毛頭なかったのだが……。しかし不思議だ。お嬢様然としているくせにタイムセールとかますます訳が分からない。




 2日目……。


 朝が来た。いつも通りに起床したが全然疲れが取れていない。


 何かよくわからない生き物がまとわりつくから布団で寝られなかったのが原因だろう。


――きっと夢だ。そうに違いない。


「おはよう、旦那様」


――どうやら今朝は幻聴が聞こえるらしい。風邪で熱でもあるんだろう……。


「それは大変。布団で寝ないと駄目よ。おかゆ作るから待っていなさいよ」


 どうやら、幻聴でも幻覚でも何でもなく、やはり目の前に不思議な存在が居座っているようだ。おかゆを作ると言っていたが……まぁ、美味いんだろうな……。


 実際、彼女が昨夜作った手料理は地雷でも何でもなく、至って普通の料理であった。いや、相当に美味かった。


――昨夜は美味しい料理だった……味気ないおかゆも美味いのだろうな……。


 そんな呟きを思わずしてしまった。


「料理は裏打ちされた経験と無意味な創意工夫をしないことに尽きるわ」


――あぁ、愛情がどうとか言わないんだ……。


「それはこれから別のところで発揮するから入れる必要がないもの……それに愛情の入った料理なんて……何を入れられているかわからないから口にしない方がいいわよ」


――ちょっと待て、それどういう意味?


「ふっ……知らない方がいいわよ……ええ……」


 何があった……このお嬢さん、何が過去にあった……気になるじゃないか。だが、その話は結局してもらえなかった。おかゆは塩味の利いた普通のものだった。奇をてらったものじゃない安心感があった。だが敢えて言えば自分の好みの味付けを把握されている様な気がしてならなかったが……。




 数日後……。


 彼女はやはり居座っている。あれやこれやと彼女が確実にこの家を侵食していっている。それどころか、本格的に住み着くための買い物もいくつかしている。


 この数日間、彼女は夜中に妙な動きはしなかった。


 自分も一線を越える真似はしなかったし、そもそもそういう感情は起きなかった。なにしろ、困惑している状態が継続しているからだ。


「今日も美味しく料理が出来たわ。旦那様、さぁ、どうぞ」


 一つ言えることは胃袋は掴まれているということだ。いや、家事全般を彼女は自分のテリトリーとしてしまったのだ。無論、自分が出来ないのではなく、こちらが何かする前に既に終わっているのだ。


――今日も美味い……って……そうじゃない。いつまでここにいるつもりだ?


「いつまでって、異なことを仰いますのね? 夫婦ですからいつまでも一緒にいるのが当然ではなくて?」


――いや、夫婦って違うだろ?


「おかしなことを仰いますのね? これお忘れ?」


 何か取り出してきた彼女であった。


「これ、まだ出してはいないですけれど、ここに署名がありますのよ? ご自分で記入したのお忘れかしら?」


――書いた覚えがない。


「いえ、これは旦那様の自筆……私が捏造したものじゃないわ」


 彼女が言う通り、自分の筆跡だった。だが、よくわからない。その後、言いくるめられて有耶無耶にされた。




 一ケ月後……。


 彼女に隠れて彼女のことを調べていた。だが、全くと言って良い程成果はなかった。


 だが、彼女と会ってからちょうど一ケ月目のこの日、彼女は忽然と消え去った。


 そして、彼女を探しに出た直後、彼女と似た後ろ姿の女性が歩いているところを見つけたのだった。声をかけようと駆け寄ったのだが……わき見運転をしていた車がハンドル操作を誤って歩道に突っ込んできた。


――危ない!


 咄嗟に彼女を助けるため突き飛ばしたが、自分の身を守ること敵わず……救急車で運ばれていたようで気付いたときは病院のベッドの上であった。


「良かった目が覚めたようですね」


 傍らにいた女性はパッと開いた花の様な笑顔であった。


「助けていただいてありがとうございました……そして、ごめんなさい。私のせいで事故に遭わせてしまって……」


――いや、無傷……ではないか、もう少しスマートに助けられたらよかったんだが……。


「いえ、かすり傷程度です。本当にありがとうございました……私、両親とお医者様に連絡してきますね」


 彼女はそう言うと病室を出ていった。


「調子はどう?」


 さっきまで事故から守った女性がいたところに彼女はいた。


――おまえ、まさか……。


「ふふ……ちゃんと会えたね。あらためてありがとう……あの子のことお願いね、旦那様」


 そう言うと彼女は病室から出ていく。最期に振り返って手を振っていった。


――全く、そういうカラクリか……。


 暖かく清々しい春の風が病室を駆け抜けていった。

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