第三夜「影踊る、宵の刻」
どうもです、作者です。
そして、お久し振りです。二ヶ月ぶりです。本当に二ヶ月間隔になっちゃってるよ……orz
まぁ、こんな作者ですが楽しんで頂ければ嬉しいです。今回は、いつにも増して意味がわかりにくくなっておりまーす(笑)
では、本編へお進み下さい〜
満月は時に弱く、時に強く地上を照らす。天上にいる全ての者はまた、その明かりを欲するとも言うそうだ。そんなことを気にもしないかのように、満月は今宵も空に浮かんでいた。
流れる川は光に染められ輝きを放ち、なお流れ続ける。行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず、とは誰が言ったことだったろうか。とにかく川は、時折弾けながら流れ続けていた。底に敷き詰められている小石までが透き通って見え、小さい魚までもが泳いでいた。
そんな小川の、一際でかい端の大岩に、二人の若者が座り込んでいた。一人は少女で、一人は少年。
少女の髪は輝く黄金で、首辺りまでの後ろ髪と、睫毛当たりまでの前髪が風になびいていた。首の後ろを通して肩からは羽衣のような布を纏っていて、上は胸部分だけを覆い他は露出させた薄布、下は膝より少し上くらいまでのスパッツのようなもの。憂いを帯びた青色の双眸は、静かに流れ川へと向けられていた。少女は両手を身体の両脇で岩につき、美しい両脚は水面に触れるか触れないかの所で投げ出されている。少女の起伏のなだらかな胸が、微かに上下した。
そんな少女の隣に座っている少年。髪はどこまでも染まるような漆黒で、その眼は長い前髪に隠されていてよく見えない。少年は無地のTシャツに、上からは黒いチェックの長袖シャツ。下はベルトに紺色のジーパンと、少女に比べて割合地味な服装をしていた。だが、少年の持つ特有の雰囲気というのかわからないが、少年はどう形容しても地味とは言い難かった。抜けるような白い肌が綺麗で、それでいて一片の不気味さを醸し出している。妖艶な月の明かりに映し出されていれば、尚更である。
「もし……」
少年が、ふと少女に問い掛ける。少女はそれに視線を向けることなく、静かに目を伏せていた。少年は無機質に、淡々と続ける。
「あなたに近しい者が、あなたに近しい者によって殺められたのならば。……あなたは誰を憎みますか?」
少年の声は高く、凛と澄んでいた。だが同時に、声は少年のものではないような、微妙な違和感が感じられる。少年はまるで少女ではなく虚空に語りかけるかのように、しばらくしてからまた言葉を紡いだ。少女は、黙したままだ。
「もし、あなたに近しい者が。あなたに近しい者とあなたを陥れようとしたならば。……あなたは誰を怨みますか?」
少年の言葉は難解で、何を伝えようとしているのかはわからない。ただ、ひたすらに感情を訴えかけていることだけはわかるだろう。少女は視線を向けるが、その目には少年が映っていないのかと思うほどの、無気力な目だった。
「もし、あなたに近しい者が。あなたに近しくあることを虚偽としたならば。……あなたは、誰を呪いますか?」
少年は淡々言うと、今ので終わりであったかのように顔だけを少女に振り向かせた。さぁっ、と頬を撫でる風が吹き、満月を映す水面が僅かに跳んだ。少女は暗澹たる、憎しみさえこもった笑顔を浮かべて、小さく囁いた。
「真実に苛まれ、またそれをもって自らを絶つ。それこそが、嘘偽りのない真なる心」
「……くくっ、断罪、ね」
「ふふっ、そう……」
狂ったような問答を続け、何がおかしいのか二人は静かに笑い合った。
満月が、赤く輝いた。
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満月が、淡く光を放っていた。
茶色の土に所々草が生えているその地面。宵闇に包まれた集落全体を、一陣の風が吹き抜ける。入り口に備える木の門には、村の名前を指し示す看板。男は、老朽した灰色の塀にもたれかかっていた。
髪は月光に良く映える銀で、背中の中辺りまでの長髪だった。鋭い双眸は、前髪で隠されていてよく見えない。肩からは焦げたような土色のナップザックを背負い、黒いジャンパーを羽織っているその姿は、まるで闇に溶け込むかのようだった。
男は何もすることなく立っていたかと思うと、いきなり腰回りのホルスターから黒光りする銃を右手で引き抜き、左側の草陰に向けた。
「……誰だ」
男は、低く言い放つ。地を這うようなその声は相手を威嚇するには十分だったが、声をかけられた当の人物は、気にすることもなく茂みから出てくる。
「あはは、バレちゃった。こんばんは、お兄ちゃん!」
声の主は、年端もいかない一人の少女だった。少女は可愛らしい白のワンピースを着ていて、欠けた前歯を覗かせて笑った。髪は薄桃色で両側をリボンで結んでいる。その頭には、小さな麦わら帽子を被っていた。
「ふん、……お前か」
男は興味がなさそうに呟くと、危険な武器を元の位置へと戻らせる。そしてまた腕組みをして正面をむき直すと、今度は少女が正面に立った。両手を腰の後ろに回し、満面の笑顔を浮かべていた。
「お兄ちゃん、お話しようよ!」
「何故だ」
少女の言葉に、男は心底不思議そうに言った。即答だが、それはもちろん少女の望む答えではない。少女はぷくりと頬を膨らまし、語気を強くして言った。
「だってお兄ちゃん、昼間は宿の部屋にこもってばっかりでしょ!? 夜じゃないとお話出来ないじゃない!」
少女はまるで小さい子供を叱るように、男を指差して言う。男はそれに別段怒る様子も見せずに考え込み、ふと思いついたように言った。その姿に、先程までの警戒心はなかった。
「俺は、夜行性なのかもしれないな」
「……夜行性?」
聞き慣れない言葉に、少女が可愛らしく小首を傾げる。男はそんな少女を尻目に塀の上にのぼって腰を下ろした。そして少女を抱き上げて隣に座らせると、輝く夜空を見上げた。
少女も、つられて見やる。
「夜に生き、闇に蠢く者たちのことだ。満月に魅せられ、それを糧として生きる者たち。……どれもみな、狂っているようなものだ」
男の言葉は、少女には理解の範疇を越えていた。ただ少女は、男が自分を卑屈に言っていることだけは何となくわかった。風は、相変わらずそよそよと頬を撫でる。少女は肩を動かしてくっくと笑っている男に、言った。
「お兄ちゃん、……悲しいの?」
「? ……何故だ」
「うぅん、何でもない。……また、明日」
少女は悲しげにかぶりを振ると、塀からふわりと降りる。そして、最初に見せた笑顔をもう一度浮かべると、短く手を振って反対側に歩き出した。男の上で、風車がカラカラと回っていた。
それから、男は数日少女と時間を共有した。男は決まって夜は塀の上に座って月を眺めていて、少女はその時間に家を抜け出してきた。男は邪険にするわけでもなく、歓迎するわけでもなく、何気なく少女と会話をして過ごした。
そして、男が旅立つ前日の夜。男はいつもの通り塀の上で、程なく少女も現れた。
「お兄ちゃん、こんばんは」
「…………」
男はその挨拶に視線だけを向ける。少女は最早それには慣れた様子で、男に言った。
「お兄ちゃん、明日旅立つんでしょ?」
「……何故だ」
少女にとってよく聞く言葉を、男はいつもの通りに言う。その言葉には『何故それを知っている』という意味が隠れているのだが、少女はそれにももちろん気付いている。いつものような満面の笑みで言った。
「宿のおじさんに聞いたの。……お兄ちゃんのことだから、どうせ夜に行っちゃうんでしょ?」
「勘の鋭い奴だな」
「自分で夜行性だって言ってたくせに!」
男の若干驚いたような言葉に、少女は悪戯っぽく笑って言った。
「ふっ、くくっ……」
それに男は、初めて声を出して笑った。
「……お兄ちゃんが笑ったの、初めて見た」
少女は、心底有り得ないといった目つきで、男を凝視した。男はその少女の反応にも込み上げるものがきたらしく、とうとう大声で笑い始めた。
「ははっ、くっ、はははははっ! 確かに、こう笑ったのは何年振りかわからんな」
男の初めて知る行動に、そのいつもより明るい声に。少女は胸を高鳴らせた。無論、恋愛感情的な意味でではない。純粋な子供心からだ。
「お兄ちゃん、もっと笑えばいいのに」
「何故だ? 面白いことにしか、俺は笑えない」
「そうじゃなくって……、うぅん、いい。それがお兄ちゃんだもんね」
少女は何かを悟ったように、儚く笑った。そして、立ち上がり塀から飛び降りると、言った。
「明日の夜、お花持ってくるね。村の外に生えている、綺麗なお花! 摘んできてあげる!!」
「……止めはしないが」
男はそんな少女の言葉に、やはり淡々と言った。だが少女はそれで何かを確信したらしく、くるりと一回転するとスカートの裾を風になびかせた。そして、麦わら帽子を深く被り直すと、囁くように言った。
「待っててよね、最後くらい!」
それだけ言うと、少女は足早に自分の家へと戻っていった。男は前髪をかきあげると、碧眼を輝かせた。
翌日。月が見えるほどの夜更け、男はいつものように宿のドアを開けた。そして、またいつものように塀のそばまで向かおうとするが、いつもとは違うことに気付く。
普段は寝静まっている人々が、皆広場に集まって円を作っているのだ。訝しく思った男がその人だかりに静かに近付くと、中央には小さな麦わら帽子を手に持った一人の女性がいた。その女性も、周りを囲んでいる者たちも、一様に暗い顔をしている。
ふと、声が聞こえる。
「一人で村の外に出るなんて……」
「我々の監視が甘かったから……」
「あまりにも、酷い……」
聞こえてくるのは、悲しみと後悔の念ばかり。見ると、麦わら帽子を持った女性は、涙を流して嗚咽していた。その人だかりには、大人の姿しか見えない。
男は人だかりから離れ、いつもの塀まで歩いた。そして、いつもの位置に腰をかけると、空を仰いだ。さわ、と銀の長髪が風に揺れた。男はその後、自分の隣をちらりと見た。……そこには、無機質なレンガの板があっただけだった。
「……関係、ない」
男は何故か言葉を途切れさせながらも、小さく、強く呟く。そして、塀から勢い良く飛び降りると、村の出口まで走っていった。
満月が、悲しみに彩られていた。
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極彩色に輝く羽根は、天上の至高にあまねく。それぞれの動物は、大地に降り立ち進化を遂げた。海中に残った者は残った者で、またそれぞれの進化を遂げた。
太陽の光を浴びながら。月の光を浴びながら。生物として繁栄しながら、それぞれがそれぞれ種族としての個を見出していった。その中でまた、動物たちも太陽、月のどちらかを好きになっていった。太陽を好む者、月を好む者、或いは両方を好む者。
鳥でいえば、太陽を好む者に代表されるのが、鶏であった。彼らは暁とともに自分の存在を謳い、一日の始まりを歓喜する。他の全ての者へ、太陽の起床を告げるのだ。自我の強い、雄々しきプライドを持った鳥といえる。人間たちも、鶏を一つの指標としていたくらいであった。
基本的に、鳥は鳥目という目の悪さの関係上、太陽に生きる。せいぜい有名な夜行性の鳥といえば、梟くらいのものであろう。だがその昔、虹色に輝く夜行性の雄の孔雀がいたそうだった。
それは確証もないし、ただの昔話、或いは一種の神話のようなものだったのかもしれない。虹色の羽根を持つ鳥など、この世には存在しないのだから。その鳥は果たして本当に鳥だったのか、今ではそれさえも疑わしい。
ある人は人の届かぬ天上に舞い渡ったとも、またある人は今でも密かに地上界で人間たちを見ているとも言った。いずれにせよ、何か神懸かり的な、憧れを抱いていたことは確かだろう。
虹孔雀は月夜に羽ばたく、夜の鳥だった。月光を受けて煌びやかに光るその美しくも力強い扇のような羽根は、まるで月そのものを象徴しているかのようだった。淫靡で、妖艶で、そして慈愛に満ちている。
月はそれでも変わらず、毎夜毎夜、照らす。
あぁ、……それにつけても、今夜の月の綺麗なことよ。
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淡い月明かりの下、道すがら一つの馬車が止まっていた。その馬車には黒い馬が一頭繋がれており、時折低くいなないては、蹄を地面に擦りつけていた。木で出来た平凡な車輪は、短い雑草を踏みつけている。
その馬車から少し離れたゴツゴツとした岩場に、一人の女性が座っていた。女性の髪は闇に溶け込む深い藍色で、腰元までさらりと伸びていた。透き通るような綺麗な碧眼は、今は持っている細身の剣に向けられている。紺色の長袖シャツの上から八分丈の茶色ベスト、下は麻と毛皮を織り交ぜた珍しいスカート。膝当たりまでの腰巻きに腰回りの小さな袋、左腰にさした二本の剣は、片方は刀身がなく鞘だけの状態になっていた。
女性は、何か研磨石のようなもので刀を研いでいた。その様子は慎重そのもので、満月が照らす岩の上に座っているその姿は、僅かな情緒を感じさせた。
ふいに、満月が光を弱めたような気がして、女性は空を仰ぐ。満天の星空に、薄く光を放つ満月。それらはみな、意志のあるように思えた。……少なくとも、女性には。
「……!」
唐突に、女性は勢いよく振り返る。そして研いでいた剣を右手で握り、後ろにいた人物の首もとに突きつけた。ゴクリ、と息を呑む音が聞こえる。
「抵抗しない方がいいわよ。……ざっくりいっちゃうから」
背筋も凍るような、女性の冷ややかな視線。その人物ははなから危害を加える気がないらしく、抵抗はしなかった。暗がりでよく見えなかったその男の身体を見て、女性は絶句する。
男は漆黒の髪で、前髪は長く両目は隠れてしまっている。だが、驚くべきはその身体の方であった。男は一糸まとわぬ姿で、生まれたままの姿を女性に晒していたのだ。細身だが、筋肉はついているその身体は、女性にはいささか刺激が強すぎるものだった。それが誰かもわからないというのに、女性は思わず顔を背けてしまった。
「ご主人!!」
そして、そんな一瞬の隙をついたのかはわからないが、男は女性をいきなり抱き締めた。もちろん、裸体のままである。勢いが強かったため女性はそのまま岩場に押し倒される形となり、痛みに顔をしかめる。だが、それよりも頭の中は混乱と動揺でいっぱいだった。必死に男の身体をつっぱねるも、男はどかない。
男が敵意はないだろうことは、女性にも何となくわかった。だがそれ以上に、正体がわからない不安が残っている。男の声は、何故だか必死でもあった。女性は取り敢えず、身体を見ようとせず、赤い顔で男に聞いた。
「あなた、誰!?」
「俺だよ! わからないの?」
男はそれに、悲しげな顔をする。だが、岩場に手をついて自分を見下ろしてくる裸の男など、女性は知り合った覚えはない。この状況もいかんせん誤解を招く。困り果てていると、男の口から聞き慣れた言葉が発せられる。
「ルクティナだよ、ルクティナ!!」
「……は?」
女性は、その端正な顔立ちを面白いくらいに歪ませた。ルクティナは確かに知っている。共に旅をしている、自慢の愛馬だ。だが、ルクティナは馬だ。こんな、自分を押し倒すような人間ではない。女性はゆっくりと、口を開く。
「何言ってるの? あなた」
「いきなり人間になっちゃったんだよ! 馬車見て!!」
だが男は、必死に叫ぶ。女性がその言葉に馬車を見やると、確かに馬車には愛馬がおらず、手綱だけが地面に落ちていた。いよいよ女性は、狼狽した。もちろんこの男がルクティナであるのか、ということではない。大切な自分の名馬がいなくなったことにだ。
「ル、ルクティナ!? ちょっと、離して!」
「だからぁ、ここにいるって! でも、俺のことそんな大切に思っててくれたんだ……」
「あなたじゃないわよ! は・な・し・て!!」
立ち上がり馬車の元へ向かおうとする女性を、後ろから男が抱き留める。女性は顔を真っ赤にしながら、男に怒鳴った。だが男はそれに動じず、さっきまでの様子とうってかわって幸せそうな表情を浮かべている。
「離しなさい! 切るわよ!!」
女性が真っ赤になって、これでもかというくらいの音量で叫ぶ。その大人しそうな清楚な見た目からは、想像も出来ないような慌てようだった。
満月が、柔らかく微笑んだような気がした。
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無限に続くのではないかと思うほどの、終わり無き草原。微弱な月光に照らされて、風にそよそよと揺れ、青々しく萌え出づる。今宵の闇は、深く、雲は穏やかに流れる。
そんな草原に仰向けに寝そべる、一人の青年。
青年の髪は満月と同じ、黄金に輝き吸い込まれそうになる。碧眼のその目は天高い満月に向けられ、食い入るように見つめて離さない。後ろ髪は細いゴムで結ばれており、草の上に投げ出されている。男の黒くて長い、まるでマントのようなコートは下敷きに、両腕は頭の後ろで組まれている。
時折男は、口の形を様々に変化させる。そこから紡がれるのは、微かに優しい旋律。音を息にのせて、男は物語を歌っていた。そして、決まっていたように口を閉じる。予定調和、そんな言葉が似合いそうな、仕組まれた閉口。
男は両手を地面について起きあがり、ゆっくり辺りを見回す。そこには別段、奇異なものはない。どこまでも広がる草に、もの悲しく立っている木々たち。その間をぬって、地にしげく伝わる漆黒。男は何事もなかったように再び空を見上げる。そして、口の端をつり上げて、いとも楽しそうに言った。
「……嫌だねぇ、今夜も、何も変わらない」
一面の宵闇。広がる景色。男は全てを悟ったように、一人で笑みを浮かべる。そして、再び、今度は目を閉じて歌い出す。紡ぎ出す。……この風景を。
このまま永遠に動かないのではないかと思うほどの、嫌な平穏。破ったのは、草木が擦れる音だった。男が振り向き、音がした方を見やる。そこには、男の背丈ほどの体長を持つ、黒い野犬。獰猛に牙を剥き出しにし、敵意を男にぶつける。
普通こんな場合、逃げるか、持っている獲物で犬を仕留めるかのどちらかだ。飢えて凶暴化した野犬は危険極まりないし、何より自分の身を優先させるのが、人の常だから。
しかし男は、動かない。野獣を見据えたまま、座ったまま、その瞳には恐怖が感じられない。いや、むしろ歓喜に満ちた、恍惚とした表情すら浮かべていた。獣は低く体勢を整えた後、男に勢いよく飛びかかる。さすがにここでは少しでも動こうと思うものだが、やはり男は動かず。鋭い牙が左肩に突き刺さる。鮮血を噴出し、抑えきれない力で体内へ食い込む。男はそれでも、逃げない。しかしそれは、野獣を殺したくない、逃がしてやりたい、といった聖人的理由ではなく、自己のためのもの。
「……っふふ、はは。はっはっはっはっはッハッハァ!!」
男は急に、肩に獣が食いついたままで立ち上がり、両手を空に広げて嗤う。最初は控えめだったそれも、段々と際限なく狂気じみてき、果てには大きく仰け反りながらの甲高い叫び声へと変わる。
そして、急な男の変貌に何か異様なものを感じ取ったのか、獣はあろうことか肩から牙を抜き、急いで来た方向へと走り去る。男は真っ赤な血を滴らせながら、踊り狂う。急に前屈みになったかと思えば、また弓なりに体を反らせ、まるで壊れた人形のよう。
男は顔をこれでもかというくらいに空に向け、一際大きく、叫び歌う。
「予定調和が崩されたァ! 今宵は、何ていい日なんだろうか!!」
満月は、ただひたすら、無情に光る。
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虚構とは、何の上に成り立つのか。真実とは、何の上に成り立つのか。真贋を決めるのは、一体何なのか。問い掛けても、空は何も教えてくれない。ただ今夜も、美しく可憐に満月が輝きを放つだけ。無知な者に問いを投げかけても、答えは返ってこない。また、知識深い人に答えを求めても、ある意味では同義である。難解なうえ、それに隠された本当の意味は、一片たりとも理解することは出来ないのだ。突き詰めて言えば、自らの力で真理に気付くことが一番なのかもしれない。
川は、ひたすらに流れを止めない。それが、当然の理。だが、そのせせらぎは何故か、先程よりも邪悪な含みがあるように感じられる。
そんな小川の一際大きい岩の上、二人の男女が座っている。金の少女に、黒の少年。二人とも揃って容姿端麗だったが、纏っている雰囲気は暗澹にして、異様。無言で見つめ合っているその姿は、間違っても気軽に話しかけやすいとは言えなかった。
二人の内の一人、金の少女の方が、ふと虚空を仰ぐ。その蒼の眼には、一体、何も映していないようだった。ただ飾りとして付いているだけの、光を失った瞳。少女は人形のような、生気のない唇で形を作り、言葉を吐き出す。
「あなたは全てを知らなかった。知らないが故に、常に何かを求めていた」
言葉と同時に、機械的に黒の少年を振り向く。少年はその漆黒の瞳に狂気を宿しながら、静かにそれを聞いている。少女は無機質に、冷徹に続ける。
「あなたは僅かを知り得ている。そしてそれを是としないがために、上を目指している」
紡ぎ出すは、意味不明な言葉の羅列。その一つ一つに意味を持っていそうな、けれでも暗きをなしているだけで意味のなさそうな、そんな摩訶不思議な言葉。
少女は至って、冷静だ。
「あなたは今、更に知ろうとしている。欲望の上に、この上何を望むの?」
少女は終わりに深く息を吐き、糸の切れた人形のようにカクンと項垂れる。そして自分を真っ直ぐ見据えてくる少年にいきなり顔を上げ、眼を見開いて見つ返す。吸い込まれそうになる真っ青な視線、少年は楽しそうに、狂ったように笑い言った。
「何を望むか? 世界の理を全て知り尽くし、愚かにも更なる追求をする。……それ以上には何もない」
「ふふっ、傲慢で、子供……」
「違いない」
問答の末、二人は笑う。笑い続ける。ひたすらと、本当に楽しそうに。
満月は輝く。そう、魔性の輝きを放って。
おはようございます、こんにちは、そしてこんばんは、作者です。
……こうすればいつの時間に見ても通じるかなぁ、なんて(死)
えぇっと、今回は一つのお話だけ若干コメディチックでしたね。えぇ、敢えてどれかは言いませんが(すぐわかるわ
……あんまり、この作品に言いようがないですね(笑)。なぁんで作者もこんなわかりにくい作品書いたんだろ(爆)。ま、それでも割と楽しんで書けているので、自己満足でよしとします!(あ
では、また会う機会がありましたら!
以上、作者でした!!