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月明かりの下で  作者: TAR
2/3

第二夜「夜はより深く」

どうも、作者です。本当に久しぶりだと思います、えぇもうはっきり言うと二ヶ月ちょっとぶりですね(殴

今回も、意味不明の世界を繰り広げておりますので、ゆっくりと味わって貰えたらと思います。

よろしければ、作者の他の小説も読んでみてね(死)。


御意見、御感想随時お待ちしております!……といっても、この小説だともの凄く書きにくいと思いますが(笑)。


では、本編へどうぞ。

 満月がいつものように夜を明るく照らす。柔らかい光が切り株を中心としたサークルのような草原を包み込み、この場所を一つの舞台へと変化させていた。

観客は、さしずめ草原を取り囲むようにして並んでいる木々達か。風に吹かれてざわめき、波を打つ。

 その舞台の台上、切り株の上で一人の少女が踊っていた。

 少女の髪は金色で、薄明かりの闇夜によく映えていた。深みを帯びた青色の眼は、見る物全てを魅了するような妖しさと美しさを放っていて、ともすれば吸い込まれてしまいそうで。胸だけを隠した布と、スパッツのような衣服は露出度が高いようにも思えるが、不思議と淫らな感じはしない。スラリと伸びた手足が、美しかった。

 少女は、狭い切り株の上をバランスを崩すことなく舞う。流れるように身体が回り、その周りを羽衣が美しくはためく。

 絵に描いたような、神秘的で、儚い光景だった。

 ふと、少女が首までの金髪をなびかせながら振り向く。そこには、木々達の闇に紛れるように黒髪の少年が立っていた。

 少年は無地のTシャツに黒チェックの上着を羽織い、下にはジーパンを履いていた。その格好も相俟ってか、かなり暗い印象を受ける。

 だが少年はそれとは裏腹に、漆黒に輝く両眼を見開くと明るい調子で言った。


「やぁ、マーニ。……幻想的なダンスだね」


 その言葉に、マーニと呼ばれた少女が目を細めて微笑む。そして、切り株からふわり、と軽やかに降りると少年に向かって言った。


「こんばんは、ハティ。……来てたのね」


 ハティと呼ばれた少年は、マーニの方へ歩きながら穏やかに笑みを浮かべた。


「あぁ、いや。今来たところ」


「何だ、そうだったの?」


 マーニが聞き返し、ハティが『うん』と頷いて見せる。そして、二人で中央の切り株まで歩いていく。


「あの踊りはね、私が考えたんじゃないの」


 切り株の片側にすとん、と座りながらマーニが言う。その言葉を聞いて、ハティも反対側の切り株に座り込む。そして、丁度背中合わせになったところで、先程の言葉にハティが尋ねる。


「……じゃあ、誰が考えたんだい?」


「お月様……、かな?私は、その光に導かれて踊っただけに過ぎないもの」


 マーニは切り株に両手をつき、暇になった足をブラブラさせながら言った。ハティはその言葉に『へぇ……』と短く息を漏らす。

 そして、マーニの言った満月を見上げながら、言った。


「不思議なこともあるもんだね」


「……そうね」


 そう言って二人で微笑み合う。その後、申し合わせたかのように数分の沈黙が二人を包んだ。

 ふと、マーニが振り返り、ハティに問う。


「それで……、今日は何の用?」


 ハティはそんなわかりきった問い掛けに、少し驚いたような顔をする。そして、その後愉快そうに笑い、言った。


「何を……って、お喋りしに来たんだよ」


「お喋り?」


 ハティの言葉に、マーニが聞き返す。ハティは『そ、お喋り』と言うと、わざとらしくウィンクをして見せた。

 マーニはそれを見て、呆れたような、それでいて楽しそうに微笑んだ。


「それじゃあ、今日は何から話そうか?」


 そして、その両眼に漆黒を映しながら、語りかけた。






----------------------------






 昔々、ある島があった。

その島は、広大な海のどこかにぽつりとあったため知られておらず、誰かがその島に漂着することは、稀だった。 仮に漂着することがあったとしても、その島を何の用意もなく探索しようとして、帰った人は一人もいなかった。何故か。それは、この島の生態系が他と比べて歪んでいたからとだけ言っておこう。

 ここで詳しく、ある学者の話をしよう。

 その学者は、ある目的があってその島に来た、初めての人間だった。故郷の国の船乗りが船旅をしていた時に、偶然にもこの島を発見してしまったのだ。

 船乗りは当然そんな島を想定していなかったし、国へと帰還している最中だった。だが、外から見れば自然に満ち溢れて美しい花々が咲き誇るその島は、とても美しいものだった。船乗りは思わず、見とれてしまった程だった。暗闇に光り、綺麗に飛び回る蛍たち。紅、黄、青などの色とりどりの花々も、蛍の光でうっすらとだけ見える。実に幻想的で、神秘的な光景だ。

 ……この島の持つ外の顔が、如実に表れた瞬間だと言えよう。

 とにかく船乗りは、一目の内にその島に釘付けにされた。だから、探索はしなかったが船のレーダーに反応して信号を出す、発信機を安全な場所に置いた。そうしてもう一度来れるようにした後、船は島を後にした。

 船乗りは当然国に帰ると、国王に願い出た。『航海中、かくも美しい島があった』のだと、もう一度島に、今度は探索に行くために船団を組ませて欲しいこと。そして、その船の長を自分にやらせて欲しいこと。

 王は了解し、それ程の島ならば自分の国の離れ領土にしようとも考えた。そして、国随一の科学者たちが集められ、船団に乗り込みその島に上陸したのだった。

 学者もその内の一人だったが、彼らはこの航海で、望まない、その島の内の顔を知ることとなった。

 国王直属の船団は、島に碇を下ろすと列になり固まって探索を始めた。学者たちを真ん中に、兵士たちが前と後ろを務める。その手にはライフルのような長い銃、腰には長剣。

 ……勿論これは、どんな野獣が来ても対処出来るような配慮だった。

 だが、その島に蔓延していた恐怖は、危険な猛獣よりも殊更だった。


 異変が起こったのは、探索を初めてから一時間ほどたった頃だった。兵士の内の一人が、突然叫び声を上げたのだ。

 軍によって日頃から鍛えられている彼らが悲鳴を上げるというのは、余程のことだ。すぐに仲間の兵士たちは学者たちに下がるよう告げ、その兵士に何があったのかを聞いた。だが、兵士は苦悶の表情を浮かべて右足を押さえるだけだった。怪訝に思った仲間の一人が兵士のブーツを脱がすと、そこには親指の付け根深くに食い込んでいる一匹の黒蟻がいた。

 これが、その島を探索して帰れない所以だった。蟻というと『何だ』と思うかもしれないが、無論ただの蟻では無い。

 体長は大きいもので4cm弱もあり、肉食で、尚且つ皆一様に強靭な顎を持っていた。

その強さは普通の蟻を遥かに凌駕するもので、先程の蟻もブーツを食い破って兵士の指を噛んだのだ。ブーツを易々と破る程のものに噛まれればどうなるか、容易く想像はつくだろう。兵士の指の皮はいとも簡単に剥がれ、傷口からは今尚大量の血を流していた。その様子を見て戦慄した仲間の兵士は、すぐさま指から蟻を引き剥がそうとした。

 ……だが、それも叶うことはなかった。剥がそうとした兵士からも悲鳴が上がったのはすぐ後だった。その兵士は背中の服を食い破られ、肩にその傷を晒していた。同時に、兵士たちが驚愕する。

 どこかに巣穴があったのだろう、既に足下には何百ものおびただしい数の蟻がいた這っていた。

 そう、この蟻の最も恐ろしい点は、通常の蟻を上回る殺傷力を持った上で、通常の蟻と同じく集団で行動するということだった。兵士たちは装備していた銃や長剣で必死に応戦するも、小さくて当たりにくい上、数があまりにも多すぎる。兵士たちは一人、また一人と蟻の犠牲になり、遂にはパニックとなった。最早まともに動ける者など誰もおらず、無様に蟻に蹂躙された。

 兵士たちの断末魔を、学者たちは少し離れた場所で震えながら見ていた。やがて、蟻の一群が学者たちの方まで這いよってくる。

 他の学者たちは必死に逃げようとしたのだが、あまりにも凄惨な光景を見せられたショックか足が動かなった。

 唯一動けた学者一人は、蟻に這いよられないように素早く後退った。

 そう、この蟻たちの唯一の弱点は足の遅さだった。人間のような大きい生物に本気で走られたら、どうやっても追い付けないのだ。学者はそれを本能で悟ったのか、襲われている他の学者たちに潔く見切りをつけ、全速力で走った。……自分を責めるようにも聞こえる断末魔に、耳を塞ぎながら。


 上陸した浜辺付近に待機していた船乗り、もとい船団の船長は、切羽詰まったように学者が一人で帰ってきたことに驚く。そして、その後に告げられた言葉に、驚きを超えて恐怖することになる。


 その後、乗組員と学者一人だけで彼らは国に辿り着くことになる。

 国王は生き残った学者の説明を受けると、やはりというか何というか、当初は信じられないようだった。だがそれが真実だとわかると酷く落胆し、彼らに涙を落としながら謝罪した。そして島のことは諦めるように言ったが、学者はこれに強く反論した。

 学者は『無念を晴らす』のだと、『あの蟻たちを駆逐する』のだと言った。自分の同僚たちも、沢山、死んだと言った。王が困ったように考えていると、学者は王に蟻を駆逐する方法を告げた。

 王はそれを聞くと、感心したように納得し、今一度船団を結成することを許可した。

 国王は今度は兵士に島の危険性を告げ、我こそはという有志のみを募った。船団の長も、またもやあの船乗りだった。


 そして、二回目の上陸。学者は一回島に来たこともあり、実質上の指揮をしていた。兵士たちは前みたいに銃や長剣を所持しておらず、学者と兵士たちは皆ドデカいリュックをしょっていた。そして、両手には布の袋が持たれていた。

 学者は兵士たちに、足下には常に細心の注意を働かせるように強く言うと、自らが先頭にたって探索を開始した。

 そして、前回惨劇が起こった地点で学者は止まるように言う。そして注意深く辺りを見回すと、巣穴らしきものを発見した。兵士たちにはまだ足下やその周辺を警戒するように言い、自分はじぃっと様子を見ていた。

 すると、人間の匂いを嗅ぎつけたのか、巣穴から蟻が一匹、また一匹と出て来た。そのままゾロゾロと現れた蟻たちを見て、学者は警戒用の数人を残すと、後の者に一斉に指示を出した。兵士たちはその指示を聞くと素早く手に持っていた袋の紐を開け、中に入っていた白い粉末を隙がないように四方八方ばらまいた。

 すると、どうだろう。粉に少しでもかかった蟻たちが、あの凶暴さが嘘のようにあっけなく死んでいくのだ。

 学者は油断しないで自分もばらまきながら、僅かにニヤリと笑みを浮かべた。

 そう、これが学者の考えた『蟻たちを駆逐する方法』だった。

学者は国に帰った後、全ての種類の蟻にそれぞれ効果的な成分を調べ、果てはあの蟻の見た目から導き出せる他の虫に適切な成分までもを完璧に調べ上げていた。そして、それを元に逃れられる可能性の薄い粉末を大量に作った。わざわざ重いリュックまで背負わせて、腐るほど持たせたのだ。足りない、ということはないだろう。

 更に、学者にはもう一つ秘策があった。学者は地上の蟻たちが完璧に死んだことを確認すると、引き続き警戒を命じて巣穴へ近づいていった。

 そしてまた巣穴から出てこないように巣穴に粉を大量に落とすと、自分のリュックを開けた。そしてその中から、ノズルがついた缶を取り出した。学者はそれを巣穴に向けると、勢いよくノズルを引いた。

 同時に噴出される、煙のようなもの。

 これが学者の、もう一つの秘策だった。蟻を根絶するには巣穴の中を崩壊させるしかないと学者は考えていた。だから今度は先程の成分を濃縮して気化させ、缶に入れて持ってきたのだ。さすがにそう何個もは持ってきてはないが、蟻の巣の性質上この煙から逃れる術は無い。


 完全な勝利だった。


 それから学者たちは島内を隅々まで調べ尽くし、ついに、あの暴君蟻はこの島からいなくなった。

 学者たちは、涙を流して喜んだ。


それから月日は流れ。かつてのあの島には国が作られ、人々は豊かな自然に恵まれ、生活を享受していた。その日は独立記念日で、毎年国では盛大な祭りが行われていた。城の目の前には、あの学者の銅像が立ち、大通りをパレードが更新する。夜になって、満月が出てもそれは続き、誰もが楽しんでいたわけだ。


そんな賑やかなパレードとは少し離れた場所。自然に満ち溢れた地帯だった。満月に照らされた花々がとても綺麗だったが、何か地面に黒い、遠くから見ると粒のように見えるものがあるのが、景観を損ねていた。


満月が、全てを包み隠すように、一際強く光った。






----------------------------






 月が、辺りをうっすらと照らしていた。そんな穏やかな夜。日頃のどかな雰囲気を醸し出している村は、異様な空気に包まれていた。 いつもは和やかに見える木造のかやぶき屋根も、今では殊更雰囲気を重くして、村全体にのしかかっていた。

 そんな村の外の、ど真ん中の地面に、女性はうつ伏せになって寝ていた。いや、寝ていたというにはおかしい様子だった。女性の透き通るような長い藍髪は、宵闇に同化してサラサラと地面に落ちている。髪と同じく神秘的な藍眼は今や閉じられ、キレ長の睫毛が頼り無く揺れていた。女性は紺色の長袖シャツの上から八分丈の茶色ベスト。下は麻と毛皮を織り交ぜた珍しいスカートに、膝当たりまでの腰巻き。更に腰回りの小さな袋、左腰にさした二本の剣が、女性の活動的な様子を明らかにしていた。

 だが、その女性の様子がおかしいのは明白だった。第一、こんな深夜の野外、しかも見付かりやすい所に寝ていること自体命知らずだし、何よりもその姿を見れば一目瞭然だった。

 女性のそのか細い両腕は後ろ手に、太い縄で縛られていたのだった。時折女性は苦しそうに小さく身じろぎをし、その可憐な長髪を揺らしていた。


「……う……?」


「やぁ、……お目覚めかね?」


 女性がようやく目を覚ますと、目の前には小太りの老人がいた。それだけではなく、女性を中心に円のように若い男性たちが立っていたのだ。女性は目の前の恰幅の良い男を見上げ、怪訝そうに口を開いた。


「村長さん……?」


「やぁ、サードさん。気分はどうかね……?」


「何が? ……!!」


 的を射ない男の発言に女性、サードは呟くが、立ち上がろうとして自分の異変に気付いた。途端に表情が、疑問から侮蔑に変わる。


「……どういうこと、ですか?」


「何を。……わかっているんだろう?」


 男の言葉に、サードは鷹をも射殺す目つきで男を睨みつける。男はそれに若干怯むが、すぐに笑みを取り戻すと言った。周りを取り囲んでいる若者たちは、先程から一言も喋らずにただ立っている。


「魔物の討伐の依頼……、わしらは確かにあんたに頼んだ。そして、あんたは見事にそれを果たした。……そこで、問題になるのじゃ」


 男は目を瞑って腰に手を回しながら、淡々と話していた。照らす月明かりはあまりにも弱く男の顔はかげって見え、何とも不気味な雰囲気を醸し出していた。サードは、拘束された状態のまま、ちらり、と一軒の家に目をやった。男は、続ける。


「わしらには、あんたに払える分の高額のお金がないのじゃ。……だが、あの魔物にはほとほと困り果てていたのも事実。……だから、依頼を達成させた上で、あんたを殺せばいい、とな」


「…………」


 サードはそれにも、やはり無言だった。ただ、その猟奇的なまでの異常な理由を聞いたとき、僅かにその繊細な眉毛を歪ませた。いよいよ場の空気もおかしくなってきたというのに、吹き付ける夜風は涼しく、幻想的な夜だった。


「さて。そろそろお喋りもお終いにしようかの。……今日は、冷え込むじゃろう?」


「……あら、これから殺される女の心配?」


 男の言葉が合図とばかりに、周りの若者たちがじりじりと距離を詰めてくる。その顔は一様に伏せられてよく見えず、受ける印象はさながら暗い意味のものしかない。サードはふっ、と不敵な笑みを浮かべ、挑戦的な台詞を放つ。直接的な表現を使ったその言葉に、村長の男は少し表情を曇らせる。だが、それも決意を鈍らせる程のものではない。

 本格的に危険な状況に置かれ、それでもサードは冷静だった。ふと、その艶やかな唇を縦に歪ませ、闇夜に響く高音を鳴らした。……無論、口笛である。


「!?」


 何事かと男たちが歩みを止めた直後、ビリビリと地面を伝ってくるような咆哮が辺りに轟く。益々不思議に思った男たちの中心、つまりサードの元へ走ってきたのは、一頭の黒い馬だった。サードは慌てふためいている男たちを尻目に、うつ伏せのまま一際大きく、叫んだ。


「ルクティナ、おいで!!」


 主人の叫びに、愛馬ルクティナは更に加速して猛スピードで走る。首に巻かれていた縄は、千切れていた。その強靱な四肢は、存在から走るためだけにあるもの。脇目も振らずにただひたすらとサードへ直進していった。


「馬鹿者! 早く殺せ!! 生かせばわしらが殺される!!」


 男は皺の多い顔を強ばらせ、必死になって叫んだ。若者たちはようやくそれに気を取り直すと、一斉にサードへ走り出した。だが、すでに最高潮の速度で爆走する馬と、今から走り始めた人間の男、距離が違うにせよどちらが速いだろうか?

 男たちがサードに手が届く寸前、ルクティナが僅差で勝利した。ルクティナは主人が身動き出来ないことを察していたのか、後ろ手に巻かれた縄を顎でくわえて、そのまま村の出口へと走り出す。


「……くっ!」


 苦しそうに顔をしかめるサード。縄の付けられた手首部分が、真っ赤に染まっていくのが、簡単に見てとれた。それも当然、今サードの身体はその縄一つに支えられ、宙ぶらりんの状態になっているのだから。……相当の激痛が襲っているであろうことは、明白だ。

 追う、男たち。だがしかし、本気を出した馬の走りに人間ごときが到底かなうわけはない。満月の光を煌々と受け、ルクティナの走る姿は、神秘的な余韻を残していった。


「ふぅっ……。ありがと、ルクティナ」


 村から一里ほど離れた岩場地帯。そこにサードと、ルクティナはいた。サードはルクティナにくわえさせた携帯袋から後ろ手で器用に小型ナイフを取り出すと、これまた柄をルクティナにくわえさせ、慎重に縄を切った。やっと戒めから逃れた手首には、痛々しいほどの縄の跡が残っている。

 サードはそれには何も言わずに、寂しそうに佇んでいる自慢の愛馬の頬へと、笑顔で口づけを降らせた。ルクティナは心なしか嬉しそうにグル、と鳴いた。


「良い子だね、お前は」


 そして最後に頭を一撫ですると、散らばったナイフや、袋の中身を整え始めた。ルクティナは首をブルンと横に振り、主人の様子を大人しく眺めていた。幸い、荷物はルクティナの背中にかけていたから無事であった。サードは身なりを整ると、ルクティナの背中にぽすんと乗った。


「別に金が無ければ、無くてもいいだろうに……」


 そうして空を見上げて、誰にともなく呟く。今宵は満天の星空で、満月も淡く輝いている。

 ……綺麗だな。サードは素直に、そう思った。

 村で見たときは状況も相まってか、一際目立つ満月はいっそ不吉にさえ見えた。だが、こうして見るとサードの無事を祝福しているような、何か信用出来ないような光。

 サードはヒリヒリと腫れ上がった両手に苦笑しつつ、美しい毛並みの愛馬にふと、視線を落とした。


「悲しいねぇ、ルクティナ」


 ルクティナはその言葉に顔を上げて主人を見やり、やはり静かにグル、と鳴いただけであった。


 満月は、静かに、誰にでも降り注いでいた。






----------------------------






 太陽は、支配する。全ての地表にあるもののほとんどは太陽によって支配され、またそれが全てだった。

 ある時、一人の学者が言った。『太陽がない生活をしてみよう』。こうして学者は太陽に支配されていない生活をしようとした。

 生きるための食べ物、植物、生物、それらは全て太陽の管轄だった。彼らは太陽によって存在を許され、太陽が全ての存在。つまりは太陽の光を受けている。学者は『ではどうすればいいのか?』、深く考えた。そして学者の出した答えは、『深海魚』などの太陽に支配されていない生物を食して生きることだった。

 だがそれを自分で獲るにしても、店から買うにしても、結局はどちらかが太陽の日の目を浴びることとなる。学者の研究は、断念された。


 月は、交わる。全ての地表にあるものに光を与え、交差し、混じり合う。それが月の、役割だった。

 ある時、学者は今度はこう言った。『では、月のない生活をしてみよう』。学者は、懲りもせずに月に支配されていない生活を試してみた。

 だが、言わずとも結果は同じ。どんなに食べ物や着る物、住居を選別しようが、太陽と同様、月の光に照らされないことはない。

 学者は、人々から馬鹿にされた。『そんな当たり前のことを』、『何を今更』と誹謗、中傷を受け、それでも学者は知りたかった。


 太陽も月も無かったら、この世界はどんな世界になっていたのか。人は生まれたのか、植物は生まれたのか。二つに代わる何かは誕生していたのか。太陽だけが無かったとしても、月だけが無かったとしても、学者はそれだけ、知りたかった。

 だが、それは言うなれば世界の真理であり、永久に解けることない不変のことわり。言葉を悪くして言えば、一人の心で理解出来るものではない。

 いや、それこそ答えなどないのかも知れない。

 何故なら、世界にはこうして『太陽』も『月』も、存在しているのだから。

 

 今までも、これからも。……永遠に。






----------------------------






 満月が笑う。草木も笑う。地面ですら、笑っていた。今、この草原は一つの世界を築いていた。金の髪を持った少女が、華麗に、流麗に舞う。特別なものは何もないが、見たことがない、神秘的を具現化したような踊りだった。羽衣はひらひらと、闇に吸い込まれるかのように頼り無く揺れ、それがまた一層の情緒を生む。


「……まるで天女だ。こんなに綺麗な舞は初めて見たよ」


 切り株に座った漆黒、黒い髪を持った黒い瞳の少年は、食い入るように見入っていた。

 月はこのステージを彩る、いわば照明。そんな風にさえ、少年は思っていた。だが、ふいに少女がピタリと、動きを止める。


「どうしたのマーニ? せっかくいいところだったのに」


 黒の少年が、不思議そうに問い掛ける。対する少女は、その露出の多い肌に汗の一つもかかずに、朗らかな笑顔で答えた。


「今日はここまで。……お月様が、続きを教えてくれないの」


「へぇ……。案外、月も嫉妬してんじゃないの?」


「え?」


「マーニがあまりにも綺麗だったから、さ」


 少年は、さっきの『月が照明』呼ばわりしたことの皮肉も尚更込めて言った。それに先程まで見ていた自分の感想、美しいと思ったことはもちろんのこと。マーニと呼ばれた少女は出し抜けのその言葉に初めて笑顔を崩し、頬を赤く染めた。ニコニコ笑っている少年に向かって、拗ねたような甘えた声で言う。


「もう……。ハティったら、からかってるでしょ?」


「そんなことないけど」


 ハティと呼ばれた少年は、心外だという風に頭の後ろで両手を組む。満面の笑顔が誤解を招いたし、ハティ自身それを狙っていた節もあったが、素直にそう思ったのは本当だ。

 もっとも、この少女はそれを言っても尚更顔を赤くするだけだろう。ハティは誤魔化すようにやおら頭を振ると、小さく呟いた。


「そろそろ今夜もお開きか……」


「ハティって、いっつもそれを言うんだね」


 マーニはハティの隣に座り込み、微笑みを浮かべて言った。マーニはどことなく嬉しそうだったが、対してハティの表情は暗い。


「僕らってさ、……織姫と彦星のようだよね」


「……そうね。そこまでじゃないけど、気持ちはわかる」


 天を仰いで自嘲するように言ったハティに、マーニは複雑そうな表情で言った。そして自分も何となく夜空を見上げる。ハティはもう気にしていないように、それとも冗談だったのか、星を指差して明るく言った。


「ね? あれが、ベガかな?」


「さぁ。私、星は詳しくないもの。もう一つの名前だって知らないわ」


「アルタイル?」


「そう、それ」


 二人はしばらく星を指差しあって、ああでもないこうでもないと押し問答を繰り返した。ふいに、月が光を増したように思えて、ハティは眩しさに一瞬目を細くした。後は何でもなかったのように淡い輝きに戻る月を見て、ハティはからかうように言う。


「ほら、……星の話ばっかりしてるから、怒られた」


「星のことばっかり言ってたのは、ハティじゃない」


 マーニは、不服だというように片目を閉じて溜息を一つ吐いた。ハティは『ごめんごめん』と笑顔を浮かべて謝るも、またさっきの調子で言った。……儚い時間を、楽しんでいるように。


「……でもさ、この際今日はこうして話していようよ。たまにはお月様じゃなくても、いいよね?」


「ふふ。……まぁ、いいかもね」


 ハティの言葉にマーニは薄く微笑み、再び頭を上に向けた。


 満月はもう、急に輝きを強めたりしなかった。


どうも、作者です。


今思ったんですけど、月が出る関係上、話にめっちゃ縛りある!……と感じました(今更)。変えようと思っても、タイトルが『月明かりの下で』だしなぁ……。

そりゃあ、無理だ(笑)。これからもこれで頑張っていこうと思います。


……さて、次の更新は二ヶ月後かな?(駄目な奴)


ま、不定期更新なので気長にいきますが。ストーリー物でもないので、読んでくださった方は『暇潰しの小説』程度に頭の片隅に置いて頂ければありがたいです。


では、また次の話、もしくは違う作品でお会いしましょう!!


以上、TARでした!

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