第一夜「満月は闇に笑う」
どうも、作者です。
初めに、警告しておきます。この小説は、不定期更新です。のっけから何言ってんだ、と思うかもしれません。ですが、真実です(笑)。
作者はこれの他に一つ小説を書かせて頂いております。この小説は、『ちょっと違う感じのも書いてみたいな〜』という作者の気まぐれで出来たものです。
当然もう一つの方を滞らせるわけにはいかないので、余裕があるときのみの更新になります。
それと、もう一つの小説から来た方々に一つ。あちらの方とは大分雰囲気が違ったものとなっておりますのでお気を付け下さい(え)。
それでもいいという心の広い方は、本編へお進みください。
不気味なほどに綺麗な満月が、宵闇に染まった空を薄く照らしていた。日中その風景を豊かに彩っていた木々たちは、今は黒に染まって静かに葉を揺らしている。
そんな薄気味悪い景観に、戸惑うこともなく木々たちの間をぬって進んでいく少年が一人。
暗がりではよく見えないほどの綺麗な黒髪。顔はその髪に隠れてよく見えないが、小柄な体格と幼さが残る輪郭から、まだ年の頃は十四、十五くらいだということが推測できた。
やがて、少年は迷うことなく進めていた歩みを止める。そこにある細い枝を払いのけると、目的地であろう場所が目の前には広がっていた。
そこには、公園くらいの広さいっぱいに草原があった。辺りは木々に囲まれているが、この空間の中には一本たりとも存在せず、中心に人が座るのに丁度良い具合の切り株が生えているだけであった。その空間には満月の光を遮る物もなく、今までとは正反対の薄明かりに包まれていて、何とも神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「……お〜い、いないのかい?」
少年が辺りを見回しながら呼びかける。何を探しているのかはわからないが、隠れるスペースなどどこにもないこの空間に対しては若干奇妙に見える。
目の前の切り株に一層強い光が当たったのは、その時だった。遥か上空の満月から、一筋の光が切り株の中心に向かって伸びていき、それが円上に広がり輝きを放つ。
その光の円が跡形もなく消えたとき、切り株の上にはいなかったはずの少女が立っていた。
「……こんばんは、ハティ」
少女は少年に微笑みながら話しかける。少女は少年ーハティとは対照的に光り輝く金色の髪をしていた。
胸を覆い隠すような薄い布に下半身はスパッツのような、上半身に合っている素材のものを身につけていた。身体には天使の羽衣のような極薄の長い布を纏っており、普通の人間ではないようなこれまた神秘的な感じだった。
「おどかさないでよね。……久しぶり、マーニ」
ハティは頭を掻きながら言葉を返す。その言葉に少女ーマーニは柔らかく顔を綻ばせると、後ろで手を組みながら言う。
「そうだね……。このごろは天気も悪かったし、二週間ぶりくらいかな?」
「まぁ、大体そのくらいかな。……それで、なんか面白い話は見つかった?」
「……聞きたい?」
ハティの問いかけに、マーニは楽しそうに妖艶な笑みを浮かべる。ハティはそんなマーニに合わせるように薄い笑みで、言った。
「聞きたい。……聞かせてくれる?」
「ふふっ、……もちろん」
照らす月明かりが、少し弱くなったような気がした。
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満月が辺りを照らすある晩、一人の少女が祈っていた。小高い丘に膝を折って座り込み、頭を深くさげ、手を組んでいた。
栗色のロングヘアーが華麗に風に揺れていた。
「神様、お願いします……」
少女はそう弱々しく呟くと、虚空に向かってぽつぽつと語り始めた。自分のこと、家族のこと、帰ってこない恋人のこと。それを語る少女の声は何かに縋るようなか細さで、見る者を哀れませるような情景だった。
小一時間ほどその場で佇んだのち、少女はゆっくりとこの場から立ち去った。その後ろ姿に声をかけれる者は、誰もいなかった。
その翌日も、少女は同じ場所に訪れた。
昨晩と同じ時刻に、同じ服装で。
照らしつける満月にも、何の変わりもなかった。そして、少女は昨晩の独白をなぞるように違う内容を話し始めた。やがて、柔らかく光を放つ満月を覆い隠すように暗雲が立ち込めてきた頃、彼女はその日の話を終えると、静かにその場を立ち去った。心なしか、少女の背中が昨晩より頼りなく見えるようだった。
それから少女は次の日も、その次の日も、毎夜毎晩姿を見せるようになった。
少女は気味が悪いくらいに毎晩同じ時刻に現れ、取り憑かれたかのように同じ時間、誰もいない空に向かって話しかけるように自分の身の上を語った。その内容は毎度違うものだったが、最愛の恋人の話だけは共通して話の中にあった。そして話が終わると、静かに立ち去っていくのであった。
そんなことが幾日か繰り返され、十三日目の晩を迎えた。いつもの時刻になっても少女は現れなかった。いつもと変わらぬ景色の中、その時刻から半年ほど遅れて少女は姿を見せた。ただ少女の出で立ちは来た時刻のように、いつもの彼女とは少々違っていた。
月光に美しく映える栗色の髪は見る影もなく、まるで男性のように短く切り揃えられていた。艶やかに少女の身体を纏っていた衣服は、所々が擦り切れて見るも無残な光景となっていた。ただ一つ、小さな十字架のネックレスだけが傷一つ無く首からぶら下がっていた。
……やがて少女はそれを気にすることもなく、いつものように手を目の前で一つに組み、話し始めた。ただ、その内容はいつもとは一線を画していた。
いつもは内容こそ違うものの、大体が自分の身の上話や思い出話だったのだが、今日の彼女の独白は、まるで懺悔のようなものだった。姿の見えない誰かに許しを求めるかのように話す少女の姿は、見る人によっては滑稽にうつったかも知れない。
そうして少女はいつもより長めに話すと、顔をあげてこう言い加えた。
「神様、私は明日からはもうここにはいません。……でも、毎日違うところで祈ります。ですからどうか、どうか……!!」
そう言って、嗚咽と共に涙を流す。そんな彼女の言葉は、今までで一番感情がこもっているようだった。少女はその後、五分くらいぎゅっと組んだ手を強くし、静かに祈りを捧げた。
「これは、あの人から預かった物です。……あの人に、渡してください」
少女は自分の首からネックレスを外し、取り出した白いハンカチの上に乗せてそっと地面に置いた。そして、いつものようにゆっくりと立ち上がり、来た道を静かに戻っていった。
少女がいなくなってから少しして、少女が来た道の反対方向の茂みから、ガサッと葉が擦れる音が響いた。その直後に茂みから若い男が姿を見せた。
無骨に切られた短い黒髪に、整った顔立ちだった。だが、驚くべきはその青年の姿だった。
少女の比にならないくらいに着ている衣服はズタボロで、脇腹の辺りは赤黒く染まり、右手で押さえてはいるものの、今もなおじわじわと血を滲ませていた。
整った顔は苦痛に歪み、生気がどんどんと失われていく。右足の太股部分からも出血しており、足を引きずって歩いていたことが、ぽつぽつと残っている血の跡から推測できる。
青年はよろよろと歯を食いしばって歩くが、ついに限界なのかドッと地面に倒れ伏した。倒れた時に脇腹を強く打ち、短く呻きをあげる。
「くそ……俺は、こんな所で、……死ぬのか?」
青年はそう言うと苦しそうに、そしてそれよりもなお悔しそうに両の拳を地面に叩きつけた。当然、地面は無念の怒りに何も答えてはくれない。
「くそっ!! くそっ!! くそぉおぉおおお!!!!」
青年はしばらく怒声を発しながら拳を打ち付けることを繰り返していたが、やがてそれをする体力さえ無くなったのかじきに大人しくなる。そして、ふと気が付いたかのように空を見上げた。
そこには、変わらず光り輝く満月が浮かんでいた。
「……綺麗だなぁ」
青年は、本心からそう言った。
「……そういや、ゆっくり月を見る機会なんてもう全然無かったなぁ……。月って、……こんなに綺麗なもんだったっけか……」
青年は、先程の怒りようからは信じられないくらいに落ち着いた声で喋りだした。自分の今までの経験に思いを馳せ、浮かんでくるのは幼馴染みで、恋人でもある、少女のことだった。
「……あいつ、どうしてるかなぁ……。また、泣いたりしてねえかなぁ……。あいつは、泣き虫だからなぁ、……きっとまた、泣いてるな」
そう言って目を閉じ、彼女の姿を思い浮かべる。昔の思い出が走馬灯のように蘇ってきて、目頭が熱くなるのを感じる。
「あれ? ……っかしいなぁ……、何で俺が泣いてんだよ。……こんなんじゃあいつに笑われちまうな。はは……」
流れ出した涙は止まることなく流れ続け、止めどなく地面を濡らした。出てくる思いは後悔の念ばかりであった。なぜ自分がここで死ななければいけないのか? そんな往生際の悪い疑問が後から後から湧いてでた。
「会いてえなぁ……」
もう目も霞んで、そんな言葉しか出てこなかった。……ふと右手を伸ばすと、何か硬い物に触れたことがわかる。青年は僅かに残っている触覚を頼りにそれを手に取り、形をなぞってみる。その感触は、青年自身もよく知っているものだった。
「十字架……?」
青年はそう呟いて、何度もそれを握り直す。確か自分も恋人に十字架を渡したような……。そんなことをおぼろげに思い出して、もう殆ど動かない右手で強くせれを握りしめ、微笑んだ。
「あいつも、十字架……、今も持ってんのかなぁ……? はは、お揃いだなぁ……。……俺が買った、あの、安物の、ちっ……ちぇ……、十字……、架…………」
続く言葉が、彼の口から発せられることは無かった。青年の口は気のせいか、薄く笑みを浮かべているような、そんな表情だった。満月が、そんな彼に合わせるように、光を柔らめたような気がした。
次の夜から、この場所に来る人は誰一人として、いなかった。
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満月に照らされて薄く光る夜道を、一つの馬車がゆっくりと歩を進めていた。何の舗装もされていない怪しげな樹海の道をカラカラ、と穏やかな音を立てながら進むその姿はのんびり、といった言葉が丁度当てはまるようであった。御者台の上には、眠そうに手綱を握る女性の姿があった。
髪は透き通るような藍色で、綺麗なロングヘアーが女性らしさをアピールしていた。対して服装は極めて活動的なもので、上は藍色の長袖シャツに八分丈の黒色ベスト。下は麻と毛皮を織り交ぜたズボンに、膝辺りまでの腰巻き。左腰には細身の剣が二本添えられており、腰回りには携帯用の袋が二、三個きっちりとぶら下がっていた。
そんな、少々変わった出で立ちをした女性はあふ、と眠気を誘うような欠伸を一つすると、手綱の先にいる黒い愛馬に話しかける。
「……こう何日も同じ道ばっかりだと暇だね、ルクティナ」
話しかけられた当の愛馬、ルクティナは重そうに顔を上げてグル、と小さく喉を鳴らしただけであった。女性はそれを見てふぅ、と短く溜息をつくと手綱を片手で握り直す。そして、もう片方の手で袋から古ぼけた地図とコンパスを取り出した。
「この道でいいんだよねぇ……? まさか、間違ったとか……」
そう言って手綱から手を離し、両手に地図とコンパスを持ちながら見比べる。そうしてしばらくの間、悪戦苦闘する。
バヒィィイン!!
ルクティナが前足を上げながら嘶いたのは、丁度その時だった。ルクティナはそれと同時に、我を失ったかのように全速力で走り出す。手綱から両手を離していた女性は、いきなりの振動に荷台の奥まで跳ね飛ばされてもんどり打つ。ルクティナはそんな彼女にもお構いなしに、身体を上下に揺らしながら強靭な脚力で馬車を突き動かす。
「……っつ〜〜! こら、ルクティナ!! いきなりどうしたのさ!!」
女性は強く打った頭を右手で押さえながら、ゆっくりと身体を起こす。その顔には痛みに耐える表情が見られたものの、焦りや不安といった感情は見られなかった。
蜂に驚いて混乱したりなどはたまにあることだった。そして、彼女が一声かけて宥めてやればすぐに大人しくなるものでもあったからだ。
だが、今回の状況はいつものそれとは明らかに違う類のものだった。彼女が宥めすかして大人しくなるどころか、暴走はますます激しくなるばかりだった。
女性はようやく異変を感じ取ると、激しく揺れる荷台から素早く御者台へと乗り移る。見ると、もう馬車と馬とを繋いでいる革は、あまりの力に千切れる寸前であった。それを察した女性は、そのままルクティナへと身を翻して荒々しく飛び乗る。瞬間、限界を越えていた革はブチッ、という不吉な音とともにあっけなく千切れ去った。
馬車という重い鎖から解き放たれた自慢の愛馬は、上に乗っている主人のことなどには目もくれないといった様子でロケットのごとく加速する。女性は体勢を立て直す暇もなく加速したルクティナに、両手で首をしっかりと掴んで振り落とされるのを免れていた。やがていつまで経っても速度を落とさないルクティナに業を煮やしたのか、女性は両足で胴体に巻き付き、あいた右手で腰から剣を一本とる。
「……こぉの、……バカ馬!!!!」
そのまま鞘のついた状態で思いっきりルクティナの脇腹を強打する。
ルクティナはその衝撃にようやく足を止め、バランスを崩してその場に倒れこむ。その一瞬のうちに女性はルクティナから飛び降り、無傷で隣に着地した。そして、苦しがっているルクティナの脇腹を優しく撫でて立ち上がらせる。ふらふらと立ち上がったルクティナには、すでに先程までの異様さは感じられなかった。
「ごめんごめん、強くやりすぎちゃった……。」
そのまま顔を乱暴に擦りつけてくる愛馬に、女性は困ったような苦笑いを浮かべた。すっかり落ち着きを取り戻したルクティナの頭を撫でながら、遥か後方に視線を向ける。距離が離れすぎて、千切れて止まっていた馬車は最早すっかりと見えなくなってしまっていた。
取りあえず辺りを見回すと、……そこは深い闇だった。先程までも森の中で光は少なかったが、道が見える程度には光があった。だが今、周囲にはおびただしく無尽蔵に成長した木々たちによって空は見えず、僅かな光の筋が見え隠れするのみであった。まるで魔物でも住んでいるかのような、暗鬱な雰囲気を肌で感じさせる。
ルクティナはこの気に恐れ、我を失っていたのであろう。そう、女性は思った。行く道に待ち構える凄まじい気配を、動物ならではの鋭敏な感覚で感じとってしまい、極度の興奮状態に陥ってしまったのだ。今も呼吸を荒く乱れさせ、『主人がいる』という安心感が無ければ、またすぐにでも先程の状態になってしまうことは明白だった。
「……へぇ。これが村長さんの言っていた、『常闇の森』って奴ね……」
女性は落ち着き払った声でそう言うと、愛用の両剣を静かに抜き放つ。
「何か良くない気配が、あちこちにあるね。……面白い」
そう言うと、さらに闇の濃度が強い奥へと歩みを進める。同時に、大切な愛馬を穏やかな声で鎮めることも忘れない。周囲の雰囲気とは裏腹に、彼女はどこか軽い様子で、まるで今から長年の友の家にでも訪ねていくかのような雰囲気だった。
「さぁて、鬼退治と洒落込みますか!」
そう言うと女性とルクティナは、樹海の最奥へと歩を進めた。
満月の光は、闇に遮られて届かなかった。
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舗装された砂利道を、一人の男が歩いていた。
満月の夜に鋭く輝く銀色の長髪で、肩からは大きな旅用のナップザックをかけていた。細身の身体に似合うシャツの上に、黒いジャンパー。革のズボンを履いていて、腰回りには一丁の銃が収められていた。
男は急ぐこともなく、道に従って同じ歩幅で歩いていた。人気のない道での、深夜の一人旅は危険極まりないものだが、男は黙々と、ただ歩いていた。辺りは虫の鳴き声一つしないくらい、静まり返っていた。
横の茂みからいきなり体格の良い男が四、五人現れたのは、男がピタリと足を止めたすぐ後だった。
いきなり現れた男たちはそれぞれ手にナイフやら、斧やらの獲物を持っていた。着ている服のなかにはなかなか高価なものも見受けられたが、着こなしのアンバランスさから、男たちの元々の持ち物ではなかろうことが容易く推察できた。露出している肌には傷が見え隠れして、男たちが血生臭いことをしていることを一見してわからせた。
「おい、兄ちゃん。……悪いなぁ、金目の物を根こそぎ置いてってもらおうか?」
男たちの中の一人、鼻にピアスをしている男が止まったまま身動きひとつしない男へ話しかける。他の四人はその男を中心に周りを取り囲んでおり、男がリーダーであることを想像させた。男たちが、俗に言う『山賊』であることは明白だった。
山賊五人に周りを囲まれた男は、それでも顔色一つ変えずにそのまま歩みを再開させようとする。当然そんな行為を山賊たちが見逃すはずもなく、リーダー格の男に胸ぐらを荒々しく掴まれる。
「どこ行くんだぁ、てめぇ……? どっか行くんなら金目の物全部置いてからって言ってんだろうが、聞こえなかったか?」
「まぁ、命も置いてってもらうんだけどなぁ!!」
「ちげぇねえ!! ぎゃはははは!!!!」
リーダーの男の問いかけに、残りの男たちが低俗な受け答えをして笑い合う。
男はそれでもなお動きを止めたまま山賊たちの言う『金目の物』を渡す気配すら微塵も感じさせなかった。
「……おい、いい加減にしろよてめぇ……! 聞いてんのかって言ってんだよ!!」
そんな男の態度にとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、山賊のリーダーが胸ぐらを掴んだ手を高く上げる。男が口を開いたのは、その時だった。
「……その手で俺に触れるということは、……貴様、覚悟があるんだな」
「……ぁあ? てめ、何言ってやがんだぁ!?」
男がぽそりと言った言葉に、リーダーの男が激昂する。男は表情を崩さないまま身体を捻る。リーダーの男は突然の変化についていけず、胸ぐらを掴んでいた手を離す。男はその隙に素早くホルスターから銃を引き抜き、リーダーの男の額に突きつける。
「……死ぬ覚悟があるのかと、聞いている」
そう言った男の声は地を這うように低く、血が上っている山賊たちの顔色を冷やすには、丁度良かった。男がそのままトリガーに指をかけると、リーダーの男はさっきまでが嘘のように狼狽した。
「て、てめぇ! いいのか!? 俺を殺したらそこの子分共が黙ってねぇぞ! この人数で、勝てるとでも思ってんのかよ!!?」
「……人間は恐怖が高まると、普段より饒舌になる。……そして、今のお前が、それに当てはまる」
男はそう言ってふっ、と短く笑い、全く表情を変えずにトリガーを持つ指に力をこめる。その無機質さが、一層恐怖を駆り立てたのかもしれない。リーダーの男は『ひっ……!』と短く呻き、震える声で子分に叫んだ。
「て、てめぇら!! ここ、こいつをや、やっちまえぇぇえ!!!」
その言葉に弾かれたかのように子分たちが走り出す。男はそんなことには意も介さずに、哀れな男を見据えてつまらなさそうに言った。
「……お前の器は、……その程度か」
そう言ってトリガーの指を躊躇無く引いた。撃鉄が勢いよく振り下ろされ、ガゥンッ、という乾いた音が辺りを包んだ。しばらくして、額に穴のあいた『リーダーだった』男がゆっくりと仰向けに倒れた時、信じられないくらいの静寂が辺りを覆った。男の額からは、つぅーっ、と申し訳ない程度の量の血が流れ出た。
男は煙を吹き出している銃をゆっくりと戻すと、あまりの衝撃に足を止めている子分たちに吐き捨てる。
「これでわかったはずだ。……ボスを失った犬共は、……とっとと尻尾を巻いて、逃げ帰った方がいい」
「……ふ、ふざけんなぁあああ!!」
そのあまりの言いように怒ったのか、子分のうちの一人が男に向かって走り出す。男はそれに驚いた様子も見せずに、静かに銃を構える。
そして無慈悲に、……発砲した。
小気味の良い 音が三発ほど闇夜に響き、向かってきた男は弾の衝撃に躍り、勢い良く後方に飛び倒れ込む。男は二、三回痙攣したのち動かなくなり、周囲を真っ赤な鮮血が染めた。
男はそれにも、やはり何の反応も見せなかった。それを黙って見ていた残りの三人は、恐怖におののく目で男の方を見ていた。
「お、お前、……何なんだよ」
一人が無意識のうちに、ぽつりと呟いた。男は顔についた血を左手の甲で拭いながら、静かに答えた。
「弱い者が朽ちていく……、それだけだ。何を不思議がる必要がある」
「……う、うわぁぁああ!! 逃げろぉぉおお!!!!」
その悲鳴を皮切りに、残った三人が慌てふためいて一目散に逃走していく。
男はそれを特に追うこともせず、黙って見ていた。鋭く輝く青色の眼は、視線を逸らすことはなかった。やがてその三人が見えなくなると、男は銃をホルスターにしまい、しわくちゃになった衣服を直した。二人の男の身体に鴉が群がっているのも特に気にせず、全てを元通りにして、再び男は道を歩き出した。
ふと、空を見上げたときに、自分たちを照らす満月に気付く。
「…………満月か」
そう誰にもともなく呟くと、小さくなっている二人の横たわっている男を一瞥する。
「……俺にはどちらも、関係の無いことだ」
男は男たちから視線を戻すと、再び道なりに歩き出した。
満月が、紅く染まったような気がした。
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昔々、世界には太陽も、月も、ましてや光もなかった。
世界はどこまでも、いつまでも続く暗闇で、人という概念すら存在しなかった。
闇に形は無く、したがって形あるものは存在しなかった。
世界は人も動物も植物も無く、ただ、ただ、闇だった。
そんなあるとき、突如『光』は生まれた。
何故、どのように、どこからかはわからないが、光は誕生した。
闇は、まるで初めからの決まり事のように『光』を嫌った。
闇はどんどん消失していき、そこにはさらなる光が生まれた。
そして、世界は『光』と『闇』の半分に分けられた。
光あるところには形が生まれ、そこから物質、動物、植物、様々な物が生まれた。
万物の全てのものは光を好み、闇は恐れられた。
そして、そんなそれらに合わせるかのように、『太陽』は誕生した。
太陽は全てを公平に照らし、人々を柔らかく包み込んだ。
人々は、光そのものである太陽をこよなく愛した。
だけど、太陽のない時間はやはり人々の恐怖だった。
いつしか人々は、太陽のある時間に行動し、無い時間に寝るようになった。
そんなある日、『月』は生まれた。
月は太陽の代わりに、太陽の無い時間の闇を薄く照らした。
けれど人々は、月の光を好まなかった。
月の光は、闇を誘う妖しげな光で太陽の光とは違う、と人々は言った。
だが大多数とは反対に、月の光に魅せられた者は闇を好み、闇に生きるようになった。
『光』を放ち『光』そのものという『太陽』。『光』を放つが、『闇』に位置する『月』。これらは、同じく『光』を放ちながら、対極的なものとなった。
こうして世界は長い年月をかけて、常に『光』に照らされながらに、『光』と『闇』の半分に再び分けられることになった。
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満月が、その空間を優しく包み込んでいた。
空間の中心には小さな切り株が生えており、その切り株には、少年と少女が座っていた。
少年の髪は黒、少女の髪は金。対照的な二人は、何をすることもなく静かに目を伏せていた。
「……綺麗だねぇ」
ふと、少年ーハティが声を上げる。それに対して少女ーマーニはハティの方をゆっくりと振り向く。見ると、ハティは草原に仰向けの状態で寝転んでいた。
「……そう? それほどでもないよ」
マーニは自身もハティに合わせるように仰向けに寝そべると、淡泊にそう言った。
「……何。何か不満でもあるの?」
ハティが仰向けのまま明るい調子で言葉を返す。その言葉にマーニはにっこりと自嘲するように薄く笑う。
「……月なんて、頼りない光を放つだけ。太陽のように、眩しいほどの光には、絶対になれない」
「……そうかい? 太陽なんて、無神経に照りつけるだけさ。……月のように、柔らかく包む光には、……絶対になれない」
マーニの言葉を真似て、ハティがくっく、と可笑しそうに返す。それにマーニは柔らかな笑みを浮かべる。
「……そうね。結局お互い、無いものねだりっていうこと、か……」
そのマーニの言葉を聞いてハティは満足そうに頷くと、ゆっくりと身体を起こし、マーニに向き直る。そして悪戯な笑みを浮かべて、にべもなくこう言った。
「そういえば、ずっと気になってたんだけどさぁ……。マーニって、女の子なの?」
反対方向を向いているマーニの表情はわからなかった。マーニは数秒の間を置いて、振り返った。
……満面の笑みだったが、嬉しそうには見えなかった。
「…………男に、見える?」
「ははっ、……ごめんごめん、冗談だって」
マーニの棘のある笑顔を見て、ハティは事も無げに謝る。マーニはうっすらと上気させた頬を手でペチンと叩く。
「……ねぇ、ハティ。こんな話知ってる? 昔、あるところに仲の良い夫婦がいたらしくてね。それで奥さんが、旦那の誕生日にせっかくだからとお洒落をしたらしいの。でもそれに旦那さんは全く気付かなくて、それが原因で大喧嘩。こじれにこじれて、とうとう離婚にまでなったんだって」
暗に『デリカシーを身につけろ』というのを含みに含んだ、その逸話(本当にあったのかは疑わしいが)を笑顔のままハティに語りかける。ハティは苦笑いを浮かべて頭をぽりぽりとかく。
「悪かったって……」
もう空が若干明るくなってきたころ、ハティがゆっくりと立ち上がる。マーニも後を追うかのようにゆっくりと立ち上がる。
「そろそろお別れだね。……次はいつ会えるのかな?」
そのまま来た道を引き返しながらマーニに問いかける。その言葉には『またすぐにでも会いたい』という感情がこもっているように感じられた。そんな質問にマーニは、妖艶な笑みを浮かべ、首を傾げながら言う。
「さぁ? ……お月様にお祈りしたら、……早くに会えるかもよ?」
「……冗談。それよりだったら、とりあえず神様に祈っておくよ」
そう言って照れくさそうに微笑みを浮かべたハティに、マーニはふふっ、と薄く笑い、森の中へと消えていくハティを静かに見送った。
満月がもう見えないほど、空は白みを増していた。
どうも、作者です。
こんなわかりづらい小説を読んでくださり、ありがとうございました。
月って、不思議だと思いませんか?光を放っているんだけど、ただそれだけではないっていうか。神秘的な感じがあると作者は思っています。
この小説で、そんな神秘さを表現出来ていればいいな、と思います。
この小説では、短編をたくさん並べたような構成になっています。一話から戸惑った方もいると思いますが、特別なことが無い限り、この方式だとお思いください。
そのため書き方として風景描写を密にし、あまりその人物の背景にある物などを一気に描写しないようにしています。皆さんに、『どうなんだろう?』と想像して貰えれば、嬉しいです。
さて、前書きでも言いましたが作者はこれの他に小説を書いています。
『俺が男で女も俺で』と言います。こちらはほのぼの系ギャグなので、そちらの方がいいと言う方は、どうぞそちらをお読みください。
最後に。不定期更新と言いましたが、皆様からの御感想次第では、あちらに差し支えない程度での更新もあるかも知れません。作者は単純なので(笑)。
なので、御意見・御感想はどしどしお寄せください。
では、また次の話で!