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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case60 つながる事件

 サエモンは今まで見たことがないほどに顔をしかめた。キクマはしてやったり、という風に顔を緩めた。こいつに一つ恩を作ってやったぞ、と。


「いったいどういうことなのですか……?」


 サエモンは怪訝に歪んだ顔で、再びキクマに訊いた。

 キクマはあえて説明するでもなく、「まあ、これを見てみろって」そういって懐に忍ばせていた書類を引っ張り出し、サエモンの眼の前でぶらぶらふった。


 サエモンは猫じゃらしを見せられた狐のような顔で、書類を目で追う。そして固唾を飲んだ。


「見せてください……」


 苦汁をなめるようにサエモンはキクマに頼んだ。こいつがキクマに頼みごとをするなど、屈辱の何物でもなかっただろう。


 キクマは快感を覚えた。あのにくったらしいサエモンが自分に頼みごとをしているのだ、と心中(しんちゅう)で高笑いを上げた。


「いいぜ」


 そういってキクマはサエモンに書類を手渡した。

 いまサエモンに渡した書類はキクマが書き写したものだ。書き写すのに一時間はかかったが、時間なら捨てるほどあったので良い時間つぶしになった。


 書類に書かれていた内容を端的に説明すると以下のように書かれている。はじまりはこうだ〈親愛なるピエール君へ〉ピエールというのはカエル顔の議員の名前だ。


 まるでフランス貴族にでもいそうな名前で、あの議員には似合わない名前の代表みたいなものだ。違和感すら覚える。


 そして〈研究は実を結んだ〉と続く。どこかの組織が子供たちを集めている。それも身寄りのない幼い子供を、だ。


 その組織の名前は三ページあった書類のどこにも書かれていなかった。書き忘れたのではなく、あえて書かなかったとみるべきだろう。


 実験の詳細までは記されていなかった。

 獣やら、適合やら、わけがわからない単語が並ぶ書類だ。

 キクマの憶測では身寄りのない子供たちがいなくなろうと、誰にも怪しまれないからだ、と考える。


 そして書類には愛情を注いだ子供たちと、愛情を注がず薬で支配した子供たちの実験結果が記されていた。まず愛情を注がずに薬で支配した子供たちは、必然に反発した。

 

 (おや)のいうことを聞かないのだ。

 しかし面白いことに愛情を注いだ、子供たちの方は(おや)のいうことを聞く。


 こんな胸くそ悪い実験など行わなくても、考えてみれば至極まっとうな答えだ。犬だって暴力をふるう飼い主のいうことは聞かない、人間ならなおさらだ。


 そして子供たちを(おや)の命令を従うだけの機械に変えてゆく。子供たちは(あるじ)に褒めてもらいたい一心で命じられた使命をまっとうする、と。


 いったい子供たちがどのような命令を遂行するのか、という詳細までは書かれていなかった。ただ書かれているのは、命じられた使命はまっとうする、ということだけだった。


 つまり命じられれば人でも殺す、殺人鬼にでもなるということだ。

 そして国家がその実験を黙認しているのなら、国は戦争で感情をもたない最強の殺戮(さつりく)兵器を手に入れたことになる。


 爆弾を体に巻き付け、敵陣に特攻させればこれ以上ない人間兵器だ。


 その研究を行っている施設にピエールは多額の資金を提供していたのだ。はたしてこの実験がサエモンたちの追っている、実験であるかどうかは定かではないが、子供たちを使った非人道的な実験が今も行われていることはたしかなのだ。


「これは……」


 サエモンは言葉を失った。乾いた唇を湿らせ続ける。


「この書類をピエール議員の屋敷で見つけたのですか……?」


 サエモンの声はかすれていた。


「ああ、本人が亡くなった今となっては、たしかめようがないがな」


 サエモンはカエル顔の議員、ピエールの事件よりもキクマが渡した書類に全神経を乗っ取られていた。


「この書類を送ってきた人物の名前は分かっているんですか……?」


 鋭い眼つきでキクマを睨んだ。


「その文書を写すときに隅々まで見たが、どこにも書かれていなかった。たぶん直接わたされたんだろうよ」


 サエモンはもう一度書類に目を落とす。そして射貫くような鋭い眼つきで隅々まで読み込んでいく。全文暗記するかのように、隅々まで何度も、だ。


 ウイックとハシト、そしてハシトの上司の初老の鑑識官は死体の回りをグルグルと周り、鑑識作業を続けていた。ズタズタ切り刻まれたピエール議員の死体。


 あのような殺し方ができる人物。感情をもたない人物。


「ここに書いてあるような児童実験がこの国のどこかで……行われているということですよね……?」


「ああ、孤児を名目上疑われることなく集められる施設で、かもしれねえな」キクマはサエモンの眼を見すえた。


「つまりピエール議員が支援していた、孤児院が怪しいってことだよな」


 キクマは諭すようにいった。

 サエモンが思い至っていないはずもなく、深刻な顔でうなずいた。


「ピエール議員が支援していた施設を調べてみましょう。政治資金の一部を施設に寄付している、という話を聞いたことがあります」


「ホントか!」


 叫ぶようにキクマは訊いた。

 

「本当です。調べるには時間がかかるでしょうが。名誉にかけて必ず突き止めてみせましょう」


「何日くらいかかる?」キクマは訊く。


「まだ分かりません。いまの時代どこもかしこも、孤児たちでいっぱいです。新しくできた孤児院は数多。しかしできるだけ早く、調べてみせます」


 サエモンは答える。


「この実験はおまえ達が追っている人体実験じゃないのか?」


 サエモンは分からないと言うように首をふった。


「断言はできません。けれどその可能性はゼロとは言えません」


 そういって、サエモンは暗号の羅列のような書類に目を落とした。

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