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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case59 ズタズタに切り刻まれた死体

 人通りのない小道にその死体はあった。まるで猛獣に食い荒らされたかのように、肉片は散乱し血しぶきがレンガ敷きの地面に点々と斑点模様に染め上げた。


 鉄臭い血の(にお)いと人間の死体が放つ独特の、胃酸を逆流させるような臭いがジメジメした路地に充満していた。


 カラスが集り。その集まったカラスがガーガー、と仲間を呼ぶ。

 どこからともなく、カラスが集り、負の連鎖が繰り返された。


「こいつはひでぇーな……」


 キクマは憎悪に顔を歪めながらぽつりといった。


「体はズタズタにされてるが、顔は殆ど無傷だ。まるでどこのだれかすぐに分かるようにしてるみてぇーにな」


 ウイックはおかしそうに微笑みながらいった。

 たしかにどこのだれか、すぐに判断できるように考えられたような殺され方だ。体を必要以上にズタズタにしているのに、顔だけはほとんど傷が付いていないというのは、不自然すぎる。


 これは明らかに意図的に行った、としか考えられなかった。


「死亡推定時刻はいつごろだ?」


 キクマは一人の鑑識官のもとに歩みより、問うた。

 鑑識官はメモを取っていた。キクマの声に気付きメモを取る手をとめ、振り返る。見覚えのある顔がキクマの目に飛び込んだ。


「おまえ、たしかハシトって名前だったよな」


 キクマはハシトというなの青年鑑識を指さしていった。


「あ、キクマ刑事じゃないっすか。お久しぶりっす」とズタズタ死体を前にしても、その軽口は健在であった。


「ああ久しぶりだな。そんなことより死亡推定時刻が分かってんだったら教えてくれ」


「死亡推定時刻ですか」そういってハシトは持っていたメモをめくった。「死亡推定時刻は明け方3~5時の間だと思われるっすね」と告げた。


 明け方3~5時の間にどこで殺されたかだ。ここで殺されたのではないことだけは確かだった。引きずった跡が付いている。きっとここまで車か何かで運ばれてきたのだ。


 森に埋めたり川に捨てるのではなく、こんな人通りのある街道に遺棄するなど通常なら考えられない。これはつまり誰かにあえて見つけてもらうためにここに遺棄したのだ。


 だとしたら、どうしてこんなところに遺体を遺棄したのか。どうして見つけてもらう必要があったのか。何の目的があって議員を殺したのか。すべてが謎だらけだった。


「ちょっと訊きたいんすけど」


 ハシトは友達に話しかけるように、馴れ馴れしい口調でキクマに訊いた。


 ため口でしゃべられるのは腹立たしいが、そのことを注意したところでこいつのしゃべり方が変わるとは思えない。


「なんだ?」キクマは応じた。


「この仏さんの顔どっかでみたことあるんすよ」ハシトは歯に屑が挟まったような顔をして、「キクマ刑事、知ってますか?」と問うた。


 キクマは周辺に目を走らせた。すると見つけた。

 キクマはあごとしゃくり、壁に貼られたポスターを示した。

 ハシトは不思議そうな目で、キクマがあごでしゃくった方向を目で追った。その先にはカエルのような顔をした議員のポスターが貼られていた。


「ああ、あの人でしたか」と他人事のようにハシトは、「ほ~」とうなった。


 たしかに他人事なのだが、そこまで素っ気なく言われると議員も可哀想だな、という気持ちがわいた。


「まあ、仏さんのことを悪く言いたくないですけど、良い噂は聞かなかったって言いますよね~」ハシトは感情なくいう。


「なんでおまえがそのことを知ってんだよ?」キクマは不思議に思い訊いた。


「結構有名ですよ」といってからハシトは声を潜めて続ける。


「何でもマフィアとのつながりがあったとか、って話を聞きましたけど」


「マフィアとつながりがあったっているのは本当だぜ」


 キクマは何気ない声で教えた。

 すると、「やっぱりそうっすか」うんうん、と大きくうなずく。

「だけどどうしてそれほどまでにハッキリ言い切れるんですか?」


 頭の回転は速いらしくハシトは即座に訊いた。


「俺はこの人を護衛してたんだよ」


「なんで?」


「ジョン・ドゥがあらわれると思ってな」


「あらわれたんすか?」


「分かんねえな。議員の息子はジョン・ドゥに殺されたのは確かだが、今回はいつもの殺害方法とは明らかに違う」


 キクマはあごを触りながら考えた。


「たしかにジョン・ドゥとは明らかに違いますよね。ズタズタに引き裂かれて、獣に食われたようになってますし。てことはこの街にはジョン・ドゥ以外にも狂った殺人鬼がいるってことですよね」


「ああ、そうなるな」


 そこにウイックが割り込んだ。


「本当に飽きさせない街だな。この殺害方法から考えて、黒人のあんちゃんが言っていた怪物に間違いないだろうな」


「怪物?」


 ハシトはウイックに訊く。


「ああ、俺とサエモンは訳あってキクマとは別にこの怪物を追ってんだよ。なあサエモン坊ちゃん」


 しかしサエモンは、「私は別にどっちでもいいんです。脅迫されて仕方なく付き合っているだけで。私が追っている事件は別にあるんですから」とめんどくさそうに答えた。


 サエモンのその言葉を聞いてキクマは思い出した。議員の私室で見つけた書類のことを。


「おいサエモン」


 自分からサエモンに話しかけることなど珍しかった。

 サエモンも不振がりながらも返事を返した。


「何ですか」


「実は仏さんの私室である書類を見つけたんだが、見たいか」


 サエモンはさらに顔を険しくした。「仏さん?」そう訊いてきたのでキクマはズタズタに切り裂かれいている仏さんを指さした。


「どうしてあなたがこの人の私室にある書類のことを知っているんですか?」


 痛いところを突いてきやがる。

 正直に答えれば面倒なことにあることは眼に見えていた。


「そんなことはどうでもいいじゃねえか。それより見たくないのかよ。おまえが追っている実験につながっているかもしれない書類を、な」


 にたりと悪の笑みを浮かべ、キクマはいった。

 サエモンは怪訝に顔を歪めて、固唾を飲んだ――。

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