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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case55 勉強は不可能を可能にする

 チャップたちはラッキーから託された書類やら、手紙を指定された住所まで運ぶ、という仕事をつづけた。


 街の地図を覚え、大雑把な住所を覚えた。字は結局覚えることができなかったけど、長年住み慣れた街の地理を覚えるのはそう難しいことではなかった。


 地図を覚えることも街の地形を熟知している彼らには、そう難しいことではないのだ。託されたものを指定された場所まで届けるだけで、スリなどよりも多額の報酬をもらえるのだから、これほどうまい話はない。


 チャップとニック、ミロルとカノンの二チームに分かれ一日三件ずつ運んだ。このままこの仕事を続けていれば貯金もでき、ちゃんとした生活を送れるようになるのも夢ではない。


 これでみんなに勉強させてやれる、とチャップは嬉しくて仕方なかった。


「なあ?」チャップは広場のベンチに座り、休んでいた。チャップの問い掛けにニックは応じる。「なんだ?」


 背もたれにもたれかかり腕を頭の上で組むチャップの横顔を彼は見た。


「勉強してみたいか?」チャップは澄み渡る青空を見上げながら訊いた。


 彼は首をかしげた。

 いったいチャップは何を言っているんだろう? と。


「突然なんだよ?」と彼はチャップに問い返した。


 チャップは青空を見たまま、「勉強は勉強だよ。分からないか?」といって彼を見た。


「いや知っているけど。どうして急にそんな話をするんだって意味でおれは訊いたんだよ」


 チャップはしばらく思索(しさく)するように考え込んだ。彼は急かすことなく待つ。ゆっくりとチャップはいった。


「いやな、普通の子供みたいにおまえたちは勉強して、普通に遊んで、普通に暮らしたいのかなって思ってよ」


 彼はチャップを見た。チャップは遠いいところを見ながら、思いをはせるようにいったのだ。


 彼もしばらく黙りこみ、チャップの言った言葉の意味を考えた。

 勉強してみたいか、か。

 しかし彼にはハッキリとしたことは分からなかった。いまの生活しか考えられないのだ。学のない彼には、今の生活しか考えられない。


 学校に行って勉強して世間一般の普通の生活が想像できない。それに学校に行っている間どうやって食費を稼ぐというのだろうか。


「いや、分からないよ」


 ニックも叶わない夢に思いをはせるように、遠くを見つめ答えた。


「ああ、だよな」


 チャップはのどから低い声をだした。


「だけどはじめのうちは何も考えることはできないけど、勉強すれば見えてくるんだよ」


「見えてくる?」


 彼は横目でチャップを見ながら訊き返す。チャップも横目で彼を見た。


「ああ、勉強ってのは不可能を可能にするんだよ」


 彼は再び考えた。

 しかし自分の頭では到底分かることなく、チャップに訊いた。


「不可能を可能にするってどういう意味だよ?」


 しかしチャップも困惑気味に顔を歪めた。


「知ったようなこと言ったけど、俺もハッキリとは分からないんだ。ふと口から出てよ」といって、「う~ん」とチャップはまた考えだした。


 しばらくすると吹っ切れたようにチャップの顔はパッと明るくなった。


「つまり勉強っていうのは不可能を可能にするんだ」


 チャップは彼を見た。彼はチャップを見た。


「全然説明になってないぞ」と目を細めて、チャップを見すえ、「不可能を可能にする?」とまた問い返した。


「そうさ、不可能を可能にするんだ。勉強をしたことがない俺が知ったようなこといえないけど、つまり勉強っていうのは今まで不可能だと思っていたことを可能にしてくれるんだよ」


 チャップは興奮気味にいった。


「不可能だったことを可能に」


 呆然と唱えるように反復した。


「ああ、今のままじゃ不可能だと思えることも学べば可能にできるのさ。不可能を可能にするために人間は学ぶんだ!」


 チャップはモヤモヤとしていた霧が晴れたような清々しい声で、そう熱弁する。


 彼は何度もチャップの言葉を心の中で唱えた。

 何十回も唱えた。その言葉は彼の血となり肉となる。今の自分ではチャップのいっていることを百パーセント理解することはできない。


 しかし学べばチャップの言おうとしたことを理解できる。つまりそういうことなのではないだろうか。彼はうなずいた。「ああ」と。


「ああ、たしかにそうだな。学べば今のおれ達が実現できないようなことが実現できるかもしれないんだな」と時間をかけてゆっくりと言葉を選び答えた。


 チャップは青空を見た。


「そうさ。昔の人は人間が空を飛べるなんて考えもしなかったんだ。

 だけど人間はどうすれば空を飛べるか考え、学んだんだ」


 キラキラ輝く少年のような目でチャップは彼を見た。


「だけど今では人間は空を飛んでる。学ぶことによって不可能を可能にしたんだ」


 彼はチャップを見習い、空を見上げた。

 空には名も知らぬ鳥たちが飛んでいた。

 そして空高くに飛行機が飛んでいた。彼はその光景を目に焼き付けた。


「そうだな、人間は勉強することで宇宙(そら)にも行ける時代が来るかもしれないな」


 チャップは眼を細め優しく微笑み、「ああそうさ。学び続けていれば不可能は可能になるんだ。学び続ければ人間は宇宙(そら)にだって行けるんだよ」


 二人は肩を並べ今まで語ったことのない宇宙(そら)のことを語った。宇宙(そら)という場所はまだほとんど分かっていなくて、果てしなく広いということをチャップは教えてくれた。


 勉強することによって人間は不可能を可能にして、宇宙(そら)にだって行ける日が来るのだろうか。


 いや、きっと来るのだろう。

 これから先何百年、もしかしたら数十年後、いやもっと早くて数年後には人間は宇宙(そら)に行ける時代が来るかもしれない。

 

 きっと行けるんだ、不思議と二人は確信を持ってそう思った――。

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